君想う[001]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[52]
 戦争狂人ラウ=セン・バーローズや殺戮人ガウ=ライ・シセレードほど世間一般に有名ではないが、サラ・フレディルもナザール・デルヴィアルスもアシュ=アリラシュ・エヴェドリットがシュスター・ベルレーに寝返る前からの古参部下であり、現在は上級貴族に数えられる家柄である。

 父にデルヴィアルス公子、母にフレディル侯爵を持つ、侯爵家の第二子エディルキュレセ=エディルレゼ。年齢十四歳、性別男。
 帝国上級士官学校は上級貴族に皇王族、王族に皇族のみで構成される。
 基本的にすべての階級に門戸を開いているとしているが、実際は違う。
「特別編入以外は無理だよな」
 エディルキュレセは貴族省で授与されたばかりの「ケーリッヒリラ子爵証明書」を眺めて呟いた。
 帝国上級士官学校を受験するエディルキュレセは入学準備として爵位授与された。そう帝国上級士官学校に入学するには「家名持ち貴族」で尚かつ「爵位」を帯びている必要がある。
 当然のことながら「お前に”将来”ここをやるから今から名乗っていてもいいぞ」などという内輪的な物ではなく、公式に国から証書を得なくてはならない。
「侯子」
 省の正門から出ると、親の用意した秘書が車の扉を開けて礼をする。
「無事受け取ってきた。次は領地の証明書に税収の書類と、それと資産の計算はできているか?」
 子爵は車に乗り込み、着衣に大きい乱れがないかを確認させつつ、用意するべき書類の確認をする。
「できております侯子。ついに試験ですね。ご武運をお祈りしております」

―― ご武運なあ……たしかに”ご武運”としか言いようがないが……

 爵位を受け取った時から当主は税収の運用、領民の生活の安定、治安維持……と次々と問題がのし掛かってくる。普通であればこれらに裁量を揮える、ある程度の年齢になってから叙爵されるのだが、入学資格である以上どうしても必要になってくるので申請するしかない。
 帝国は軍事国家。軍に関わる事柄全般に関しては融通が効くので、王国は一応申請は受ける。
 だが王国も「帝国上級士官学校を受験するので叙爵してください」と言われたからといって、簡単に叙爵していては、年齢が下がり領地の安定に問題が起きるので「模擬試験」という名の選抜試験を設けて、規定の学科と体力測定で合格点に到達しなければ爵位を与えないようにしていた。
 エディルキュレセは先年この試験を受けて「体力は合格圏内、学科は一部不合格、来年の頑張りを期待する」との評価で叙爵はできなかった。これは家庭教師たちにも言われていた、ある意味想定範囲内のことであった。その為ショックは受けなかったが、彼はできることならば先年の間に受かりたいと密かに願っていた。

―― 来年はついにベル公爵殿下が受験なさる。ガルベージュス公爵閣下が……

 前者はともかく、後者と同学年になりたくないと思っていたのだが、結局は彼は後者と同期となり、自分自身が懸念していた以上の騒動に巻き込まれることになるのだが、想像しえない未来のことなど、この当時の成り立てケーリッヒリラ子爵エディルキュレセの知ったことではない。

 十四歳当時の彼の目標は「帝国上級士官学校に合格」である。

 ちなみに、このように模擬試験という名の選定試験を受けて爵位を早くに授かっておきながら、本試験である帝国上級士官学校入学試験に失敗してしまった場合、どうなるのか?

―― 親に殺されるのが先か、国に殺されるのが先か……一生に一度のチャンスだ

 弁明の余地なく、釈明の機会なく殺されるのである。ただしこれは彼、エディルキュレセが属しているエヴェドリット王国のみの決まりである。


 エディルキュレセ、彼が命をかけて帝国上級士官学校に入学することになった経緯と、入寮直後の状況は”こちら

※ ※ ※ ※ ※


「あー。エルエデスは合格したか、良かった……って言っていいのか、悪いのか」
 ケーリッヒリラ子爵は伝説となる男、いやすでに伝説になりつつある男との邂逅を済ませたあと、伝説となりつつある男の従兄弟たちと強制対面させられ、選民意識の塊である一族とその郎党に、容赦ない蔑みの視線を向けられて頭をさげた後に個室へと戻った。
 私服に着替えて端末のを立ち上げ、合格者名簿から寮の部屋割りに目を通しつつ、知ってはいるが確認のためにと「年間行事予定表」を開き額に手をあてて、
「ああああ……当たり前だが……」
 すでに《投票》がなされている、必須のアンケートを前に呻き声をあげる。
 画面には完全独走状態の「ガルベージュス公爵」
 ケーリッヒリラ子爵が見ている間にも《票》が加算されてゆく。
「えっと……誰が得票してんだ。あの辺りは全員投票だろ……まあ最終的には全員投票……いや、もしかしたら立候補が……」
 誰が誰に得票したのかも開示されている類のもので、当然ながら入試成績の詳細と家系図も添えられている。
「ああ……出世レクリエーションは百年ぶりくらいに孤立戦か……はあ」
 ケーリッヒリラ子爵は溜息をつきながら、ガルベージュス公爵に投票し画面をそのままにして、手荷物を片付けて送った荷物が揃っているかの確認をすることにした。

 ケーリッヒリラ子爵が溜息をつきながら投票を済ませたのは、毎年恒例の新入生と他学年の親睦を深めるために行われる「艦隊戦シミュレーション」通称「出世レクリエーション」の《指揮官》を決めるための投票である。
 このシミュレーション、総当たりのリーグ戦で学年ごとに一つの艦隊を形勢し、制限時間内で艦隊戦を行う。
 攻撃そのものはシミュレーションなのでメインコンピュータが管理して実弾などは使われず死亡することはない。
 当然ながら、実際に艦隊を適切に動かしていなければ、相手にダメージを与えることはできない。
 破損率に合わせて艦隊の数を減らされ、所持している武器も減る。補給は一切なしの消耗戦で、勝者は単独艦隊しか許されないが、敗者同士が手を結ぶことが許される。
 この勝率が良い学年は「出世街道に乗る」ことが約束されている。
 そして単独制覇「一学年単独 対 五学年連合」を達成することができた学年は、卒業後皇帝直属軍に配置される栄誉を賜る。
 この帝国上級士官学校の「出世レクリエーション」で、単独制覇を成し遂げた者は数える程しかない。近いところで今から約百年前、軍妃ジオの息子十七代皇帝ヴィオーヴが「三年連続」成し遂げた。
(軍妃ジオは編入した関係で、当時の指揮官であった親王大公の参謀として勝ち抜いた四年連続の記録所持)
 ガルベージュス公爵は二人目の「六年連続単独制覇者」になるのではないかと、入学前から噂されているほどの男である。ちなみに最初にして今のところたった一人の「六年連続単独制覇者」は、この艦隊戦シミュレーションを考え出した九代皇帝オリバルセバド帝(当時皇太子)。ちなみにこの”親睦を深める為に行われる艦隊戦シミュレーション”で、他学年同士の親睦が深まったことはない。

 オリバルセバド帝はその事に関して、生涯全く気がついていなかったようではある*注釈1

 ガルベージュス公爵が入学が許可される「十二歳」ではなく、皇帝の一存で「十五歳」と決まった時(彼は五歳の時点で入学確実な成績を収めていた)彼が「十二歳」を迎えるまで入学を控えていた年齢制限上限の十九歳の者たちの数十名が自殺したとも言われている。

 帝国軍で自力出世が無理だと思えば、他者から抜きん出た同期を持つのが最良。そして出世したくないものにとっては、最悪とも言える。

 ならば違う人に投票すれば良いのではないか? と思われそうだが、下手にケーリッヒリラ子爵がガルベージュス公爵以外に投票などしたら、その者が殺される可能性が高い。
 基本帝国最難関の学校に入って来るものは上昇志向が高い。むしろケーリッヒリラ子爵は異端である。自らの異端ぶりを理解しているケーリッヒリラ子爵は自分の願望で他者の命を危険に晒す真似はしない。
 ちなみに皆の期待を一身に背負っているガルベージュス公爵は誰に投票するのか? 答えは単純《自分自身》に投票するのだ。
 自分自身への投票は《立候補》であり、投票してくれた者たちに対して「よろしい。ならば付いてくるがよい」という意志表示となるのだ。
 なので殺される為に自分に投票などした場合は、逆に「やる気があるな! こいつ! 副官に引っ張ってこい!」と晒し上げを食らうので、間違ってもしてはいけない。

「先達の教えはありがたいよな」

 ケーリッヒリラ子爵は荷物を確認しながら、自分と同じような意識構造で《自分投票》をしてしまったが為に《名参謀》となってしまったファトシュアーク伯爵(帝国貴族)に、心の底から”簡素”に感謝を述べた。*注釈2

 余談ではあるが、他者に依頼して投票してもらった場合は、投票した人もまとめて殺されかねないのでご注意を。

 ケーリッヒリラ子爵は余り前向きではないが、決して後ろ向きでもない。自分のしたいことの為に、最難関の試験を乗り越えたのだから、世間一般からしてみると「前向き」な部類に入るのだが、彼を語る際に《前向き》とは語れない。
 消極的な前向き……とでも評するのが、最も近い表現だとしておこう。。
 さて消極的な前向きであるケーリッヒリラ子爵は、持参の携帯食の封を開けて、端末を移動させて合格者リストを見直す。
 部屋割りと家系図、そして貴族庁のデータベースにアクセスして、何処かの家と諍いがないかを確認してメモを取ったりと、貴族としてするべき最低限のことをする。
 これをしておかないと、触れては行けない部分に触れてしまって、問題が悪化することがあるので、面倒でもしておいた方が良いのだ。ケーリッヒリラ子爵のような面倒に巻き込まれることが嫌いな貴族は特に。
 もっとも彼は既に《ガルベージュス公爵の付き人》として、面倒に巻き込まれまくっているのだが……今の彼の行動は、現実から目を背けるための行為なのかもしれない。

 彼の部屋は「ガルベージュス公爵とベル公爵」と「エシュゼオーン大公とゾフィアーネ大公」に挟まれている。通常二人一部屋なのだが、子爵はガルベージュス公爵の付き人に専念できるようにと二人部屋を一人で使うことになった。
 そうでなかったとしても、属が違う者同士が同室になることはないので、エヴェドリット属は奇数であったこともあり、子爵は部屋を一人で使っていた可能性が高い。
 テルロバールノル王子であるベル公爵イデールマイスラの母親は親王大公であり、ガルベージュス公爵は両親が親王大公なので、血縁といえば血縁なのである。
 テルロバールノル属は皇族系統の血は血縁と見なさない性質を持っているが、相手が《皇帝秘蔵の軍人》であるガルベージュス公爵なので、文句を言う者はいなかった。特にイデールマイスラは既にケシュマリスタ王太子と結婚している為、皇帝から見た場合「ケシュマリスタ王族」分類である以上は、下手に騒ぐわけにはいかないのだ。
 この同室になった二人は同じ容姿で、初代皇帝シュスター・ベルレーの容姿を持っている。初代皇帝と違うのは左右の目の色だけで、あとは同じ顔立ち。二人は髪の質も初代皇帝に同じ《瞬く星を散りばめた輝きをもつ黒髪》だが長さは違う。
 イデールマイスラは太股の中程まであるが、ガルベージュスは腰骨の張っている部分の辺り。髪の切りそろえ方は同じで、両者とも前髪も後ろ髪も真っ直ぐ。前髪の厚みは同じ程度だが、幅はガルベージュスのほうがやや広く、イデールマイスラは若干顔を隠すように幅が狭い。
 本当にほぼ同じ容姿な二人なのだが、見分けるのは容易い。誰が見てもガルベージュスは《明るく》イデールマイスラは《暗い》という共通のイメージを持つ事が出来るためだ。
 もちろん未来のケシュマリスタ王の夫に対して「暗いかんじ」などとは言えないので、言葉を選んで誰もが二人が並んだ際は「落ち着いている方」とイデールマイスラのことを言う。
 言われているイデールマイスラは、ガルベージュスと並んだ際に「暗い」と言われたいと本心では思っていたが、理由を言いたくはないのでそのままにしていた。
 彼が言われたくないと思う理由は、自分を良く知りガルベージュスのことも知っているからに他ならない。そう、自分よりもガルベージュスの方が《本当》は落ち着いていることを、誰よりも良く知っているためだ。三歳年上という年齢差などでは誤魔化せないくらいの落ち着き。
 冷静沈着という言葉はこの男のためにあるのだと、イデールマイスラもその付き人として入学を果たしたテルロバールノルに属する二名の貴族たちも認めていた。

 決して口に出したりはしないが。

※ ※ ※ ※ ※


注釈1*オリバルセバド帝:シュスター・ベルレー以来の強烈なカリスマを持つ皇帝と称されている
注釈2*ファトシュアーク伯爵:別名「長い説明書の重要な所を読み飛ばす達人」
ちなみに”長い”は携帯飲料ボトルの注意書き以上を指す。部下が必然的に要所をまとめ報告が簡素化されて命令系統が引き締まった。ただし頭は良い


|| BACK || NEXT || INDEX ||
Copyright © Iori Rikudou All rights reserved.