君想う[002]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[53]
「エシュゼオーン大公閣下とゾフィアーネ大公閣下の詳細も目を通さないとな。まさか皇王族の中に放り込まれるとは思わなかった」

 普通、寮の部屋割りは属する一門で固められるので、両側の部屋の大まかなことは知っている状態なのだが、子爵はただいま大急ぎで他の王家の礼儀作法の本なども、家系図や概略と合わせて読まなくてはならない状態に陥っている。

 今年の入学試験首席は当然のガルベージュス公爵、そして次席はこれまた当然のゾフィアーネ大公マルファーアリネスバルレーク・ヒオ・ラゼンクラバッセロ。
 ガルベージュスよりも三歳年下の十二歳。
 彼は皇帝に酒を注ぐ軍人ガニュメデイーロとして有名であった。
 まだ正式な軍人ではないのだが、彼はガニュメデイーロに選ばれたので、軍人になる必要があるのだ。
 このゾフィアーネ大公、戦闘能力も特殊能力も見事な物で、体質も非常に優れている。彼は《酔う》ことが一切ないのだ。
 酒にも血にも乗り物にも酔わず、それどころか薬も効かない。
 この安定した体質こそが彼が栄誉ある役職に選ばれた理由の一つであった。
 ゾフィアーネ大公が酔うのは、天才と名高い軍人(まだ正式ではない)ガルベージュス公爵のみ。
 ちなみに彼の父親は現皇帝(シャイランサバルト帝)の弟で、母親は先代皇帝の弟の娘である。
 その彼と同室なのは、母が現皇帝の妹で、父が先代テルロバールノル王の実弟のエシュゼオーン大公デッシェルファルネカルティト・ナスター・メルキュランタ。十二歳の女性でガルベージュスの婚約者でもある。
 父方の血が強く出て、容姿はテルロバールノル王家が誇る女傑、初代テルロバールノル王ルクレツィアの娘の一人リリアーナ第三王女に瓜二つである。
 はっきりとした作りの顔で、細い眉が多い人造人間の中ではかなり目立つくっきりとした眉。唇は色こそ肌と同化してしまっているが厚みがあり、口紅を塗れば艶が増す。塗らなくともその物憂げな唇は色気を感じさせる。
 彼女は顔立ちもそうだが、髪が特徴的なテルロバールノルの縦ロールで、緩く大きな縦ロールに自然となる。
 白い肌に黒檀のような髪。古典的な容姿だが、まったく古くは見えない。
 彼女がガルベージュス公爵の婚約者に選ばれたのは、ガルベージュス公爵を自由にするため。
 現皇帝はガルベージュス公爵を高く評価しており、彼の願いは結構融通を利かせてやる。だがそれは誰の目にも、息子である皇太子にすら贔屓に映らない。それ程にガルベージュス公爵は優れている。だからこその融通であり、その融通の一つに、
「お前も婚約者がいなければなにかと煩わしかろう。実は余も煩わしいのだ。お前の妻になりたいという娘や、お前を婿に迎えたいという者たちが余を煩わせる。だから決める、良いな」
 行動に自由を与えるために婚約者を選んでやる必要があった。
 現皇帝は姪たちを”ざっと”観て、並び立った時「もっとも似合うであろう」という理由でエシュゼオーン大公を選んだ。
 血筋も才能も年齢も基準を満たしている者ばかりを並べたのだから、最後の決め手はそんな物である。

 ちなみに部屋割りは、
「昔は男女を分けてたって、不思議だよなあ」
 男女で一部屋が基本である。
 これは上級士官たるもの、異性と同室であろうともおかしな気を起こさないようにする為の訓練も兼ねている。異性に対していかなる時でも平常心であるこ と、その程度のことができなければ、立場の弱い部下に対して公平であることはできないと言うところから、このような部屋割りとなっている。

 帝国上層階級は同性愛者が多いので、異性同士の組み合わせのほうが間違いが少ない……は、かなり知られていることだが、対外的な理由は上記である。

 もちろん例外はあり、結婚している場合は異性と同室とはならない。
 イデールマイスラは結婚しているので、結婚はしていないが《色々特例が認められている》ガルベージュスが同室に選ばれたのだ。
 婚約者同士が一緒に入学しても同室になることはない。そのような決まりとなっているのだ。
「それにしてもエシュゼオーン大公閣下……大リリアーナ様、恐いなあ」
 ルクレツィアもそうだが彼女の娘四名は、あのアシュ=アリラシュも手を出さなかった程の女傑ばかり。

―― ルクレツィアと娘たちには手出すな。あれはまずい ――

 皇帝の一人娘を強姦して、その娘と結婚した王が”そう”こぼした程の女の生き写し。エヴェドリットに属している子爵には、彼女の容姿は「三つ子の魂なんとやら」レベルで怖さを感じてしまうのだ。
 ちなみにエシュゼオーン大公の性格はリリアーナとは違い、頑固ではなく怒りっぽくもないが、ガルベージュス大公と良く似ている。要するにかなり暑苦しい。
「他に結婚している同期はいな……あれ? ここも同性同士だな。えっとケシュマリスタ? 誰だ。ギュネ子爵ザイオンレヴィ……イネスの第二公子か、それとジベルボート伯爵クレッシェッテンバティウ。どっちも未婚だった気がしたが」
 子爵は必死に情報を取り出してゆく。
「ジベルボート伯爵は正式な婚約者もいないと。ギュネ子爵はエンディラン侯爵と正式婚約。侯爵はウリピネノルフォルダル公女か。名家同士だよな……たしか、名家だったよな」

 子爵はそれ程、他属に詳しくはない。

「でも何故この二人が? 女性の受験者がいなかった……からか? いや違うようだが……よく解らないな」
 癖のない栗毛の髪を掻きむしりながら、考えていても仕方ないと別の情報を見る。
「えーと。反対部屋テルロバールノル勢も目を通しておかなけりゃな。ローグ公爵の……メディオン様も複雑だろうな。我も複雑だが」
 ローグ公爵家はテルロバールノル一門の大名門。なにせ初代王ルクレツィアの夫がこのローグ公爵の始祖にあたるのだ。
 なのだが彼女は容姿がガウ=ライ。大名門からしてみると、たかが傭兵の部下如きの容姿である。
 《人間の姿をしていた頃》のガウ=ライは決して醜くはない。見た目だけは清純と言われる容姿をしていた。中身はアシュ=アリラシュが部下に誘ったくらい に残酷な、人を殺すのが好きなだけの女であったが、見た目は大人しげで他人の痛みに涙を浮かべる姿が似合うような、そんな容姿である。
 それは他人の勝手な思い込みであるが。
 ガウ=ライも、メディオンもそんな性格ではない。
「鉄仮面様、恐いなあ」
 今年最年長入学者が《鉄仮面》一族と名高いタカルフォス伯爵家の第二子イヴィロディーグ、十九歳。
 顎髭を蓄ている背の高い男で、既にテルロバールノル王国軍に属していたが、イデールマイスラが入学するということで、面倒な試験勉強をして傍仕えするためにやって来た。
 男爵は十九歳で結婚する予定だったのだが、それらも全て犠牲にしての忠義である。彼の婚約者はこれから六年間待つことを余儀なくされるわけだが、婚約者自体も名家の姫君なのでむしろ応援している。(入学前に結婚しなかったのは、婚約者の年齢の関係。婚約者は五歳年下)

「……あー疲れた。風呂入って寝よう」

 これからの学校生活、学業以外に多大な不安要素を抱えてケーリッヒリラ子爵は眠りについた。
 ”親睦を深める為に行われる艦隊戦シミュレーション”は副官に立候補した自薦ゾフィアーネ大公とエシュゼオーン大公以外の全員が「ガルベージュス公爵」に投票し《指揮官》は決定した。
 他学年が溜息をつこうが、頭を抱えようが子爵の知ったことではない。

※ ※ ※ ※ ※


「投票終了したってことは、全員入寮したってことだな」
 翌朝、身支度を整えて、書かれていた通り食堂へと向かう。そこには寮母と学年主任がおり、食堂の使用方法などを教えてくれる。
 生徒が使う食堂は学年毎に分かれており、調理は専門の者が請け負うが、それ以外は自らで行わなくてはならない。
 身分が本当に高い者以外は、テーブルクロスをかけてナイフやフォークを並べ、皿に料理を盛って運ぶ必要がある。
 六学年の食器を一学年が……ということになることはなく、自分達の食事は自分達で用意し続けることになる。
 人に給仕されて生きて来た彼らが最初に躓くところであり、最も厳しい教官、通称「鬼執事」がいる安穏とは程遠い場所、それが食堂。
 鬼執事たちは退役軍人で、元の役職が「元帥」もざらにいる。元帥なのだから、彼らは元々皇帝に近い血族でもある。
 そんな彼らが目を光らせ、時には拳を唸らせて上級士官候補生たちにテーブルマーナーを教えるのだ。ここで行儀が悪く吹っ飛ばされ、意識不明三日間など珍しくもない。

―― あれが、伝説の……

 子爵の視線の先には、寮母と学年主任の後ろに座る威風堂々とした老人。白髪は鎖骨の下辺りで、彫りの深い彫刻さながらの顔立ちは、同じく深い皺が刻まれている。
 この老人フェルディラディエル公爵と言い、十七代皇帝ヴィオーヴの晩年の頃のガニュメデイーロであった人物で、早くに両親を亡くし親戚筋であった皇帝の手元に引き取られ、皇帝がテルロバールノル王子に命じて礼儀作法を仕込ませた、帝国きっての礼儀作法の達人である。
 ちなみに軍人としても有能で上級大将まで昇った程の男だ。
 彼は最近まで、個人的に家庭教師をしていた。
 その相手こそが、ガルベージュス公爵。稽古をつけてやったガルベージュス公爵が、ここから何処まで伸びるかを観るために、そして手助けするために、彼は一学年の食堂へとやって来た。
 これから彼の寿命が尽きるまでの六年間、毎日ガルベージュス公爵とその他を伸ばしてやるのである。

―― 凄い厳しいって聞いたな……総長もなにも言えないだろうしさ……

 殆ど誰も頼んでいないというのに、やるのである。

 ちなみに食堂は本当に食事を食べるためだけで、脇に台所があって誰かが調理している……ということはない。生徒たちの食事は別衛星で作られており、それ らをマニュアル操縦しかできない輸送艦に乗り込んで受け取り、食堂まで運んできて食べて食器類をまとめて再度衛星まで運んで行かなくてはならない。
「と言うわけで、これからお前達は輸送艦のマニュアル操縦講習を受けて、試験に合格して免許を取らなくてはならない」
 寮母が食事をするのに大事なことを説明してくれる。
 そう、同学年にこの操縦が出来る者がいない場合は、食事が食べられないのだ。ただ、これらは解っているので、
「わたくし以下皇王族たちは全て取得しております」
 やる気に満ちあふれている未来の元帥集団は、高らかに手を挙げて免許を持っていることを宣言する。
 帝国上級士官学校は『軍のすべて』に精通する為に教育を施す機関。よって彼らが命令を下す『すべて』を完璧に理解するために軍における『すべて』の資格を取得させる。
「解ってる。それで王国側は」
 帝国上級士官学校のほとんどを占める皇王族が免許を持っていることは、彼らの同族の寮母も知ってはいる。ちなみに《寮母》は役職であって性別は関係なく 呼ばれており、子爵在学中の《寮母》は男性であった。それならば《寮父》と呼べば良さそうだが、帝国では寮母は寮母なのである。
 ちなみに《寮母》はキルティレスディオ大公。父親が現皇帝の叔父で先代皇帝の実弟だった人物だ。

 血統書付きの中でも特に血統が優れている者が集う場所。

「儂は持っておる」
 ヒレイディシャ男爵イヴィロディーグが手を挙げる。
 イデールマイスラの身の回りの世話をするためにやって来たのだ、このくらいできなければ役立たずであろう。
「あとは居ないか?」
 隠していても良いことはないので、子爵も手を挙げた。
「持っております」
 子爵は自分の趣味のために、鉱物を取りにいったり、植物を運んだりするので、この免許を持っていた。
 皇王族以外で所持していたのは子爵とヒレイディシャ男爵の二人だけ。
「全員免許を取るように」
 そして食事を運ぶ当番だが、皇王族は皇王族で仲良くというか、
「あいつらと会話する気はない。儂の仮面にヒビが入りかねん」

―― それは怖すぎる……

「ご一緒させていただきます」
 たっての希望で、子爵は無表情男爵と組むことになった。無表情で名高い一族が、己のアイデンティティー崩壊を恐れる彼ら皇王族を前に、子爵の表情は半笑であった。それ以外の表情の作りようがない。

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