ハーフェズ、見習いが取れる

 ファルジャードはアッバースの邸の一部を改造させた。
 海の面していた部屋の壁や天井を取り払い、床だけになったそこに、四阿のようなもの・・・・・を作らせた。”ようなもの”と表現される理由は、屋根が添え付けではなく、取り外し可能なためである。
 ファルジャードはこの四阿に、自ら布を掛けて日よけを作り、四方に薄絹を垂らし、そこで様々な仕事や、思索を行っていた。
 この空間は、許された者以外の立ち入りは固く禁じられており、例え迷ったのだとしても、そこに立ち入っただけで重い罰が与えられる ―― ハーフェズはもちろん、その空間に立ち入ることが許されている一人であった。

「ところでファルジャード」
「なんだ? ハーフェズ」
「ファルジャードはネジド公国に、どんな工作をしたんですか?」

 金色に塗られた柱と青い薄絹が垂らされた四阿の中にある、木製の簡素な机に腰を掛けてハーフェズが尋ねる。

「アサド殿を手に入れるための工作だが」

 頭が隠れるほど背もたれの高い椅子に腰掛けているファルジャードは、軽く答えた。

「具体的、かつ簡単に説明を」
「イシュケリョートの偽者を作りあげ、本人が逃げる時間を稼ぐと見せかけて本人を捕まえて殺害。だが殺害されたことを知っているペルセア軍の者はいない」
「簡潔過ぎて分からないのですが、どうやって偽者を作り上げたのですか?」
サラミスフェルガナ殿の話から、イシュケリョートが結構な情交好きだと分かった。そこで国境付近に簡易の妓楼を作り、イシュケリョートが通っているという噂をシバとカームビズに流すよう命じた。奴は邸に大勢の男女を囲っていることは、誰もが知っていたので、好色なのだろうと人々は思っているから、この噂は簡単に広まった。実際、イシュケリョート本人も何度か足を運んだ」

 何も置かれていない机に肘をつき、頬杖をついてファルジャードは語る。

「いっぱい愛人囲ってましたよねー。でも妓楼に行くんだー」
「そういう男だからな。イシュケリョートは俺とインドラが手ぐすね引いている妓楼にやってきた。そこで暗殺未遂を偽装した」
「ファルジャードとそれインドラが背後にいる妓楼なんて、足踏み入れちゃいけないものでしょ。魔境とか魔窟とか魔界とかのほうが、まだ生き残れる可能性が高い。で、なんで暗殺未遂なんですか?」
「イシュケリョートに近づくためだ。奴を襲ったのも、助けたのもこっちが用意した。役者のようなものだな。役者のほうは演技に熱が入りすぎて、殺したがな」

 イシュケリョートがこの時点では死んでいないのはハーフェズにも分かる。そして襲った者、助けた者がいる。身辺に近づこうとするのなら ―― 

「助ける側の人が、襲う側の人を殺した?」

 自分を暗殺しようとした人間を信頼することはできないが、助けてくれた相手ならば信頼することもある。

「そうだ。襲撃者を殺害した方が信頼されるし、襲う役のやつは口が軽いから、殺したほうがいいとカームビズが言っていたな。まあ、サミレフ襲う側カームビズ助ける側はインドラの寵愛を巡って対立していたから、あの場でサミレフ襲う側を殺さなかったら、カームビズ助ける側が殺されていたことだろう」
「なんという殺伐とした関係。サミレフって……女の人ですよね」
「ああ、娼婦だ」
「寵愛を巡って、ということは、サミレフを殺害したカームビズ、罰を受けたりしたのでは?」
「それはない。あれがカームビズ、正直にインドラに報告するような男か。サミレフという娼婦を殺害したのは、ホセインという男の仕業になっている」
「ホセインはあれインドラの寵愛は受けてないんですか?」
「受けてないな。だからカームビズは身代わりに選んだ。ちなみにこのホセインという男はイシュケリョートの身代わりになった男だ」
「身代わ……国王がイシュケリョートだと思って捕まえたら、実は違ったという人ですか? あの人、国王に殺されたんですよねえ」
「そうだ。もともと身代わりは国王に処刑してもらう予定だったから、問題はない」
「国王をも意のままの動かすファルジャード、少し恐い! ちょっだけ凄い! 微かに格好いい!」
「少しだけだな」
「はい。大体少し」
「暗殺されかけたイシュケリョートを妓楼で助け、カームビズがホセインを身代わりに立てることを提案する。要するに妓楼に通っているという噂はそのまま、その噂を確かなものにするために、ホセインがイシュケリョートと名乗り妓楼に出入りし、妓楼はホセインをイシュケリョート扱いする。カームビズはイシュケリョートの家に娼婦を届ける。そうしているうちに、アサド殿が軟禁されたので、以前から用意していた命令書をサラミスフェルガナ殿に送ってもらい、シバを王宮とイシュケリョートから遠ざけ、今度はカームビズを王宮に近づけるために娼婦を届けさせ、故ネジド大公ユィルマズと顔見知りにさせた」
「アサドさんが軟禁されるの、分かってたんですか?」
「予想はしていたし、バフマンからその動きがあるらしいことも聞いたので、命令書を認め、先に帰還するサラミスフェルガナ殿に預けた」
「信じられないほど遠くから、人を思うがままに動かせるんですね」

 サマルカンドとアッバースを往復したハーフェズは、それだけの距離があり、更に遠き異国の会ったこともない人物を、思うがままに動かせるファルジャードに、心から感心したといったように、目を大きく見開き頷く。
 その瞳には、ファルジャードの予測がぴたりと嵌まった時、多くの人が見せる恐怖は微塵もなく ―― 純粋に”すごい”と、尊敬のみが湛えられていた。

「シバやカームビズ、イシュケリョートに故ネジド大公ユィルマズは単純だから、動かしやすい」
「じゃあ俺も、ファルジャードに簡単に操られてしまうんですね!」
「それはない。お前、自分が単純だなんて、よく言えるな」
「途轍もなく単純な子供ですけど」
「なんと自称しようと構わんし自由だが、それが真実とは限らないのがこの世の中だ。それで我ら諸王の王シャーハーン・シャーが公国を落とす前、カームビズがイシュケリョートの逃亡の手助けをする。”ペルセアに行くべきです。まさか諸王の王シャーハーン・シャーも自分の国へ逃げ込むなど考えもしないでしょう。アッバースやブーシェフルなど、大きい港町にはイシュケリョートさまのお顔を知っている者がいるやもしれませぬ。なのでカンガーンのような、海外貿易の拠点となっていない町に逃げるべきです”……等と囁き、全力で逃走を手助けしたカームビズは、イシュケリョートが逃亡には邪魔だと置き去りにした愛人たちをインドラへの手土産にして、アッバースへと帰った」

 カームビズの仕事は、イシュケリョートをカンガーンに送るまで。

「陸路でダマスカス王国に逃げることも出来たでしょうし、海路も紅海を越えてミスラ王国やアビシニア王国に行けたのに」

 ネジド公国の宗教はダマスカス王国と同じで、イシュケリョートは元はミスラ王国の人間。アビシニア王国は海を横断すると考えた場合、ペルセアに渡るよりも短い距離ですむ ―― だが彼はペルセアを選んだ。

「ネジド公国が使用しているのはペルセア語で、通貨もペルセアのものだ。湾岸沿いの町は異国人は多く、聞いたことのないような訛りのあるペルセア語でも、人々は受け入れてくれる……とあいつシバが語ってくれていたおかげだ」
「語るよう、命じたんですか?」
「いいや、命じてはいないが、生まれついての奴隷という立場で潜入しろと命じられたあいつシバが語れる話題なんてのは、海と湾岸沿いの町のことしかないだろう」
「詳細な命令を出さないことと、過去を封じたことで、話題を制限したんですね」
「その通りだ、ハーフェズ。あいつシバは気付いていないが」
「外から見ているから、俺も分かるんですよ。当事者になったら、きっと分かりませんねー。そういえばイシュケリョートの偽者は、どうして逃げなかったんですか?」
「偽者だから殺されないと思ったらしい。そう思うよう誘導したのはカームビズだが」
「うわああ。アッバースは恐い人ばかりです……でもどうして、イシュケリョートを生きていると思わせる必要があるんですか?」

 ファルジャードは捕らえたことも、殺害したことも国王に報告していない。

「国王というものは、亡国の王家筋の男児なんて生かしておかないものだ。ましてやアサド殿は賢く、人望もある。そんなアサド殿が、ネジド民と共にペルセアに渡ってきたら、厄介この上ない。現国王エスファンデルが、自らの家臣として厚遇することができるような男ならば、俺もここまで警戒しなかったが、エスファンデルは敵は敵で、敵が味方になることはないという線引きで生きている男だ。そういう考えを持った最高権力者に、アサド殿を殺させないようにするには、重要な存在理由が必要だ。それがイシュケリョート。奴隷廃止を唱えた男が、何処かへ逃げた。もしかしたら、また現れるかもしれない。その時、イシュケリョートだと即座に見分けられる人間がペルセアに居たほうがよい。エスファンデルはネジドの貴族たちをも皆殺しにしてしまったから、見分けられるのはサラミスフェルガナ殿、アサド殿、そしてハスドルバルテルメズ殿くらいのものだ」

 捕らえられ、国王の前へと引きずり出された故ネジド大公ユィルマズ偽者ホセイン偽者ホセインは自分はイシュケリョートではないと叫んだが、故ネジド大公ユィルマズが「彼がイシュケリョートだ」と証言したことにより、イシュケリョートとして殺害されかける。
 偽者ホセインの首が落とされる直前に、アサドを救出したファルジャードたち一行が到着し、アサドがイシュケリョートではないと明言し、サラミスも同意した。
 ここでペルセア国王シャーハーン・シャーも疑い、自分は助かると思った偽者ホセインは「ほら、言ったでしょ……」と語っていた口に剣をつきたてられ殺害される。

ネジド大公ユィルマズ、本当に助けが来ると思ってたんですか?」

 故ネジド大公ユィルマズ偽者ホセインをイシュケリョートだと言い張ったのは、イシュケリョートが「必ず救出部隊を連れ、助けに戻って来るので、それまで時間を稼いでくれ」と頼んだため。
 もちろんイシュケリョートは助けるつもりなどなく ――

「故ネジド大公ユィルマズはアサド殿に”お前はいまここで、ペルセアの王に首を落とされるのだぞ”と言われ、辺りを見回しイシュケリョートの名を狂ったように連呼していたから、本気で助けが来ると思っていたようだ」

 このペルセア軍と戦いおぬしユィルマズを救い出せるような軍勢を、僅かな時間で用意できると思っているのか? アサドに言われた故ネジド大公ユィルマズは辺りを見回し ―― はためく数多くのペルセアの軍旗を見て徐々に事態を飲み込むことができたネジド大公ユィルマズは叫び、命乞いをしたが、その態度にエスファンデルは不快感を示し、

『国の主として潔く死ね』

 アサドの目の前でネジド大公ユィルマズの首を落とす ―― ネジド公国の終わりであった。

「楽観的すぎます」
「だから奴隷廃止なんて案に乗ったんだろう」
「そうですけど。なるほど、危険な人物を見分けるために、アサドさんを生かしておく……ですか」
「ああ。もともと俺の目的はアサド殿を手に入れることだからな。国の存亡はどうでもいいから、思い切りよく出来る」
「なるほど。奴隷廃止を訴えたイシュケリョートは、何をしたかったんですか?」
「認められたかっただけだ」
「……はい?」
「子供の頃は出来が良かったらしいが、気付いたら落ちこぼれで、それを認められなくて、俺はこんなところで終わる男じゃねえ! とばかりに色々やった結果が、ネジド滅亡な」
「なんという、迷惑な男」

 イシュケリョートはミスラ王国出身で、若い頃自らの可能性を信じヘレネス王国へと渡り、そこで学問を学び、冴えない詭弁家ソフィストとなり、扇動家アジテーターまがいのことをしたり ―― どちらでも芽が出ることはなかった。
 そのうち大陸を放浪するようになり、ネジド公国にたどり着き、夢見がちな故ネジド大公ユィルマズに取り入り、奴隷廃止宣言を発布するに至った。
 故ネジド大公ユィルマズは騙されての奴隷廃止ではあったが、彼は心から奴隷を自由にしようという気持ちはあった ―― 気持ちだけで、実際なにもできはしなかったが。
 イシュケリョートが奴隷廃止を持ちかけたのは、単に自分の詭弁で国を動かしたいという欲求からであり、先を見据えた確固たるなにか・・・があったわけではない。ネジド公国は大公の座に相応しくなかった夢見がちな男と、承認欲求を満たしたいだけの男が、運の悪いことに出会ってしまったことで、滅ぶこととなった。

「まあ、あのネジド大公ユィルマズでは、例えイシュケリョートと出会わなくても、国は持たなかったのではないかな」
「そんなもんですかね」
「多分な。きっとアサド殿とは早晩道を違えたであろう」
「それはアサドさんのほうが才能溢れているから……ということですか?」
「一言で表すならばそう・・だな。ただそれは嫉妬などではなく、単純な才の差がもたらしてしまう当然の帰結だ」
「悲劇でも喜劇でも悲喜劇でもない、当然ですか」

 海風が一瞬強く吹き、四阿の四方に垂れている薄絹がふわりと揺れる。そして ――

「二人とも、水とお菓子を持ってきたよ」

 大理石を蹴るサンダルの音が響き、氷が浮かべられた水の入った瑠璃杯と、榛実ヘーゼルナッツのロクムが大盛りにされた白い皿を乗せた銀盆を持った、セリームが駆け足で二人の元へと近づく。
 何も乗っていない机に盆を置き、

「ありがとうございます、セリーム」

 ハーフェズは感謝を述べるとすぐにロクムをつまみ、口へと運ぶ。

「難しい話をするのは良いけれど、少し休憩しないと」

 セリームが差し出した瑠璃杯を受け取ったファルジャードは、

「特に難しい話などしていたわけではなく……」

 口に入った氷を、贅沢にかみ砕く。

「ああ! そうだ! ここに来た目的をすっかりと忘れていました!」

 二つ目のロクムに手を伸ばしていたハーフェズが、驚いた! とばかりに声を上げる。

「訪問理由があったのか」
「珍しくあったんですよ、ファルジャード」

 ハーフェズが用も無くファルジャードの家を訪れるのは、昔からよくあることであった。

「どうしたの? ハーフェズ」
「俺、やっと見習いが取れるんです! 明日から正式な武装神官になります!」

 通常は一年ほどで取れる”見習い”の称号を、ハーフェズは四年も冠していたが、ついにそれが取れる日がやってきた。

「おめでとう!」

 良かったと杯を机に置いたファルジャードが手を叩く。

「良かった、ハーフェズ。お祝いしないとね、ファルジャード」
「そうだな、セリーム。欲しいものがあるなら、言っていいぞ。今の俺は金持ちだからな。邸でも馬でも船でも武器でも奴隷でも、何でもいいぞ」
「ありがとう! そうそう、ラズワルドさまが、俺とバルディアーが正式な武装神官になったことを祝って、身内だけの小さな宴を開くそうで、その時は二人も参加して欲しいって」
「もちろん」
「喜んで」
「母さんとお父上にも教えにいってくる! じゃあ、また後で。セリーム、水と菓子、ごちそうさまでした」
 
 ハーフェズはロクムを口に詰め込み、手を振って母親の部屋へと向かった。
 サラミスたちネジド公国からやってきた者たちは、ファルジャードの邸の南棟に住んでいる。
 先ほどのファルジャードがいた四阿のある広い露台バルコニーは東棟で、ファルジャードが生活しているのはこの東棟。
 ここにはファルジャード、セリームの他にナスリーンが住んでおり、ラズワルドたちはここに遊びにきて、泊まったりする。
 ナスリーンが住んでいるので、特例としてサラミスとハスドルバルの立ち入りの許されている。

「母さん! 母さん!」

 ハーフェズはナスリーンに与えられた部屋の前で声を掛けたが返事がなかったので、サラミスたちがいる南棟へと向かった。サラミスの部屋の前まで行くと、顔見知りの衛兵が一礼し、室内にハーフェズが来たことを伝えた。

「ご子息のお出でに御座います」

 ハスドルバルが扉を開け ―― 通された先にはサラミスとナスリーンとアサドがいた。

「宴だ! 宴の用意だ! ハスドルバル!」

 そこで見習いが取れたと告げると、サラミスは喜び、立ち上がって息子ハーフェズに近づき、抱きしめて喜びを露わにする。

―― 力、つよ……

 父親の力強い抱擁に負けそうになりながらも、ハーフェズは耐える。

「畏まりましたチャンドラさま。ですが主たるラズワルド公柱が開かれる宴より先に開くわけにはいきますまい」
「そうだな。それにしても、嬉しい限りだ。なあ? ナスリーン」
「はい、サラミスさま。本当におめでとう、ハーフェズ」

 両親に褒められたハーフェズは嬉しさ半分、恥ずかしさ半分 ―― もちろん未だ父親の腕に絡め取られている状態。
 しばらく抱きしめられたあと、ハスドルバルとアサドの助けにより解放され、小さくため息をついたのは、父親に対しては秘密である。

「ハーフェズ」
「はい、なんでしょうアサドさん!」

 初めて出会った時、親友の息子は自分の息子も同然……とばかりに、先ほどの一方的親子の抱擁なみの抱擁をしてきたアサドに声をかけられたハーフェズは、また抱きしめられるのか? と ―― 嫌ではないので警戒はしなかった。
 だがアサドは抱きしめては来ず、座る際に脇に置いていた短剣ジャンビーヤを持っていた。
 短剣ジャンビーヤは湾曲した刀身で両刃を持つ。鞘の先端は上を向くほどに曲がっているのが特徴。佩く際は、体の正面に差すもので、砂漠の半島では、成人した男性が身につける品である。

「これを祝いに渡したいのだが」
「……はあ。でもそれ、大事なものなのでは?」

 アサドは着の身着のまま亡国から逃げたのではなく、個人資産のほとんどを持って客としてファルジャードに迎えられたので、幾つもの短剣ジャンビーヤを持っているのだが、その中でもこれ・・は特別なものではないかと ―― ペルセア王国に渡ってから、身につけていない日なかったので、ハーフェズは「そのような貴重の品、よろしいのですか」と尋ねた。

「ああ。できる事ならば……あ、もしかして、異教徒からの贈与は禁止か?」

 ネジド公国は公用語と通貨はペルセア王国と同じであったが、宗教はダマスカス王国と同じ。ネジド公国で生まれ育ったアサドは、当然ペルセア王国では異教徒である。

「そういうことはないです。問題はありません。なによりラズワルドさま、そういうの気にしませんので」
「そうか」

 その後、短剣ジャンビーヤの由来 ―― 先々代のキヴァンジュから、成人の儀に貰ったのだと聞かされ「え、そんな重たいものを」思ったが、

「これを手放したら、改宗できそうな気がするのだ」
「あー。そういうことでしたら」

 なかなか改宗に踏み切れないアサドの背を押せるのならばと、受け取ることにした ―― なにせ改宗しないことには、どれほど優秀であろうが、政に携わらせるわけにはいかないという法律があるのだが、その反面知識のある者は、宗教について詳しく知っているため、すんなりと切り替えることができないのだ。
 だがアサドを信じてペルセアへと渡った者たちの為にも、アサドは改宗しなくてはならない。ファルジャードは改宗を勧めることはないが、見限ることはある。その時、ネジドの民がどうなるか? ―― 

「あとで返して欲しいなと思ったら、気軽に声を掛けてくださいね! それまで大事に使わせてもらいます!」

 そして短剣ジャンビーヤの差し方を習い ―― ファルジャードの邸を後にした。