傭兵王の回顧録――父と祖父の出会い

115 アルデシール三世の雑兵

傭兵王の備忘録買って
ページを捲って最初に目に飛び込んできた
リュサンドロスの父ファルジャードって
もしかして「あの」ファルジャード?
歴史上に「あの」ファルジャード以外のファルジャードって存在してたの?

116 アルデシール三世の雑兵

115が言う「あの」ファルジャードの「あの」が誰を指すかは知らないが
wiki大先生のリュサンドロスの父をクリックしたら
スクロールバーが喪失しかかった
当然タイトルは最果ての王ファルジャード
「あの」が「チート王」のことを言っているなら正解
それにしてもリュサンドロスの父がファルジャードだったとは知らなかった

117 アルデシール三世の雑兵

リュサンドロスって誰?

118 アルデシール三世の雑兵

傭兵から成り上がって
最終的にラティーナ帝国の皇帝に収まったのがリュサンドロス
傭兵王の備忘録はそのリュサンドロスの自伝

115

傭兵王の備忘録の著者はサンジャルなんだけど
サンジャルはリュサンドロスのゴーストライター?
もしくはペンネーム?

120 アルデシール三世の雑兵

リュサンドロスは
爺さんのレオニダス傭兵団を継いだ時に名乗った名
本名はサンジャル
ペンネームと言えばペンネームなのかも知れない

121 アルデシール三世の雑兵

祖父のテオドロスと父親のファルジャードって
二、三歳くらいしか違わないんだよね
まああの時代であれほどの大金持ちなら
女を次々大勢囲うのは当然の義務だろうけどさ

122 アルデシール三世の雑兵

息子たちの栄達という点を見ても
ファルジャードってすげぇよな

123 アルデシール三世の雑兵

まあな
最後までチョコたっぷりだもんな

124 アルデシール三世の雑兵


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

「すっごい細目だからな! テオドロス、細目だからな!」

 バフマン隊と共に祖廟都市を発ったファルジャードに、ラズワルドが掛けた言葉は「細目」であり、王都に到着後、アルサランを探しテオドロス傭兵団を紹介してもらったファルジャードとセリームは、ラズワルドがどうしてあそこまで「細目」と言ったのか理由を理解し吹き出した。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 父亡き後、サマルカンドを掌握し、王都に挨拶に向かう途中で豚に遭遇し、ふと思い立ち祖廟に立ち寄りラズワルドと再会し、そしてネジド公国と戦争が始まると聞かされたファルジャードは、王都へと急いだ。
 祖廟都市を出て三日半、昼間の王都にたどり着いたファルジャードは、護衛としてついていた中将軍のバフマンとはすぐに別れ、その足で北の下町へと向かい、知り合いの住人からレオニダス傭兵団の居場所を聞き、宿屋へと直行した。

「久しぶりだな、おやじ」

 北の下町に住んでいたファルジャードは、この宿屋の店主とも顔見知り。

「おや、ファルジャードか。王宮に顔を出しにきたのか? 残念ながら王さまはいないよ」
「王がいないのは知っている。王都に来る途中に会ったからな。そうそう、おやじ、いまここに居る客全員に麦酒を一杯奢りたいんだが、いいかな?」

 ファルジャードはそう言って、今店にいる客全員に麦酒を十杯奢っても、おつりが来るほどの銀貨を水平卓カウンターに豪快に置く。

「こっちはありがたいが、突然どうした?」
「無事、諸侯王に就任したんで、その祝いだ」
「お前さん、諸侯王になったのか! いやいや、お前さんなんて言っちゃ駄目だな。サマルカンドさまって呼ばないとな」
「いやいや、お前でいいよ」

 店主は大声で、ファルジャードが奢ってくれると叫び、

「さすが! お大尽さま」
「サマルカンドの新諸侯王に乾杯!」
「サマルカンドさまに乾杯!」

 宿屋にいる、ファルジャードについて詳しく知らない者たちは、奢ってくれた優しげな顔だちの男を、大きな声で祝福した。
 無料で酒を飲めて大喜びしている食堂の卓子テーブルで、唯一注がれた酒に手を付けていない男の元へファルジャードは近づく。
 セリームとともにレオニダス傭兵団団長テオドロスの顔を見て、ラズワルドがあれほど楽しげに、重ねて「目が細い」といった意味を一目で理解し、笑うだけ笑ったあと、ラズワルドからの神書を差し出し、雇うことを告げた。

「雇われろと?」

 根城にしている宿の食堂で、麦酒をあおっていたテオドロスは、前回旅の途中で、何度か見かけた、ラズワルドの手元にあった瑠璃色の高級巻子を手渡され、紐を解き目を通す。
 ”ファルジャードに雇われるのがテオドロスの任務”
 手紙の内容は、これ以上ないほど簡潔に認められていた。

「嫌なら断ってくれてもいい」
「ラズワルド公柱の命だから従うが、この手紙がなければ、あんたに声を掛けられた時点でペルセア国外に逃げるところだ」

 ラズワルドと共にサマルカンドに赴いたテオドロスだが、ファルジャードに近づくことはなかった ―― 小競り合いが続くマッサゲタイ王国と隣接している領地を持つ諸侯に近づき、積極的に自分たちを売り込む好機だったのだが、テオドロスはしなかった。
 それは内戦で散った悲惨な死体と、ファルジャードの護衛を任じられた国軍の兵士たちの引きつった表情から、下手に近づいてはいけない相手だと判断して、テオドロスは敢えて距離を取っていた。

「何故だ? 俺は金払いだけはいいぞ」

 辺りにはファルジャードに奢られて、上機嫌で麦酒を空けている者ばかり ――

「金払いはいいだろうが……まあいい、雇われる。それで任務は?」
「追々話す。安心しろ、お前たちをはめて、皆殺しにするような真似はしない。だがここで語るには些かな」
「分かった。いつ王都ここを発つ?」
「三時間後に北の門で」
「分かった」

 セリームを連れファルジャードが宿屋を去ったあと、テオドロスは麦酒を隣の卓子テーブルにいる男に譲り宿屋を引き払うために食堂を後にする。
 宿で眠っている部下を起こし、数名に妓楼で遊んでいる奴らを大至急連れ戻せと命じ、残りの者たちに大至急出立の準備を整えさせる。

「いきなりどうした? 団長」

 近くを散歩し、店を冷やかしていた副団長のタッデーオが、不機嫌さを露わにしているテオドロスに、楽しげに声を掛けてきた。

「サマルカンドの諸侯王さまに雇われた」
「そりゃあ……へえ……断らなかったのか?」

 テオドロスはラズワルドからの神書が入った箱を差し出し、断れなかった依頼だと告げる。副団長もラズワルドが書く手紙が入れられる箱を覚えていたので ―― どの国で仕事をするにしても、宗教と敵対するのは避けたほうが良い。
 長年傭兵をし、生き延びている彼らの処世術の一つ。

「これもあるが、断ったら殺される」
「なんだ? 秘密厳守な任務だったのか?」

 神書に目を通した副団長は「実にあの元気な現人神ラズワルドっぽい」と ―― もちろん言葉にはしなかった。

「任務の内容は聞いていない」
「珍しいな」

 傭兵を続け、生き延びるための処世術の中で、もっとも重要なのが、任務内容をしっかりと把握すること。
 任務内容を聞かず、金額に目がくらみ壊滅した傭兵団は、数えきれぬほどある。

「雇うと言われた時点で、拒否権はない。そういう奴だ」
「おっかねぇなあ。団長が言いたいことは分かるが」

 テオドロス傭兵団の面々は、三時間以内に準備を整え北の城壁外に集合し、それから程なく、旅支度を調えたファルジャードが、セリームとアルサランを伴い現れた。
 雑役で日々の糧を稼いでいる奴隷が運んできたファルジャードたちの旅道具一式を、テオドロスが預かり彼らが運ぶことになる。

「気を付けてね、ファルジャード。セリームの言うこと聞くのよ」
「はははは、分かっているよスィミン」

 スィミンにとってファルジャードは、いつもセリームに苦労をかけてばかりの、学術院生という印象しかない。

「ラズワルドがそっちアッバースにいったら頼む」
「喜んでお仕えさせていただきますよ、メフラーブ先生」

 メフラーブにラズワルドのことを頼まれ ―― 彼らは王都を出発した。まず当面・・の目的地はアッバース。

「これは?」

 旅が始まった日の夜、テオドロスはファルジャードの天幕に呼ばれる。任務についてだろうか? と、中に入るとそこには既に中身が詰まっているのが一目で分かる革袋が置かれていた。
 ファルジャードはそれを指さし、開けるよう命ずる。

「アッバースまでの費用だ」

 革袋の中身は銀貨で、テオドロスは中身を見て持ち上げ ―― 中身が百枚や二百枚程度ではないことを感じ取った。

「契約料込みか?」
「まさか。俺はそんなに吝嗇けちではない」
「普通はこれで充分だが……この程度の銀貨では収まらない任務なのか?」

 あまり金払いのいい依頼は受けないのが、テオドロスの信条で、いま渡された革袋の銀貨は、既に信条としている額を上回っていた。

「任務そのものは、難しいものではない。お前たちは、俺が指示した場所で、イシュケリョートという男を捕らえるだけだ。もっともイシュケリョートを捕らえるのは極秘で行ってもらわねばならぬがな」
「イシュケリョートとは誰だ?」

 ”イシュケリョート” ―― ペルセア人には馴染みのない名前ゆえ、初めて聞いた時に「名前」と理解できる者は少ないが、さすがに大陸の各地を渡り歩いている傭兵団の団長は、イシュケリョートそれが人名であることは分かった。ただイシュケリョートが誰なのかまでは分からなかった。

「ネジド公国大公ユィルマズの側近。奴隷廃止の首謀者といった所だ」
シャーハーン・シャーペルセア国王は、そいつを捕らえに行くんだろ? なんで極秘で?」
「理由は知らなくても良かろう……と言いたいところだが、少しだけは教えておこうか。イシュケリョートが生きていると思わせたいからだ。捕らえたイシュケリョートはもちろん殺害する。国王に内密にのまま」
「……」
「イシュケリョートは火種であり、重要な交渉材料であり、俺の実験材料だ」

 これ以上聞いたところで、自分には理解できないだろうと、テオドロスはそれ以上は聞かず、ただひたすらにアッバースを目指した。
 「急ぐ」と言いながら寄り道してしまうラズワルドとは違い、ファルジャードたちは当然寄り道など一切せず。

元気な現人神ラズワルドさまのお供旅が懐かしいなあ、団長」
これ・・が何時もだろう、副団長。あの時は楽すぎた」

 先を急ぐ旅の鉄則は荷物を少なくすること。減らすことの出来る荷物は食糧 ―― 途中途中で適量を補給しながら進むのだが、この補給がかなり大変であった。
 食糧を商品として売っている店がある町ならばいいのだが、そんな町に毎回立ち寄れるわけではない。街道から少し入ったところにある村で、食糧を調達しなくてはならないこともあるのだが、そういった場所で食糧を手に入れるのは非常に難しい。
 まず売れるほど食糧がない。次に貨幣を受け付けてくれない。さらに警戒して食糧を売ってくれない ―― 売れるほど食糧がないのは仕方がないことだが、これに関してはファルジャードの頭に、街道沿いの村の規模と食糧流通事情が入っているので避けられた。
 だが次の貨幣を受け付けてくれない……に関しては、実際に足を運ばなくてはわからない。それというのも商人としか・・貨幣でやり取りしない村というのは、幾つも存在するし、商人との取引すら物々交換の場合もある ―― この時代、貨幣経済はそれほど浸透しておらず、貨幣取引が行われている都市部であっても、物々交換で欲しいものを手に入れることが容易にできた。腹がふくれぬ銀貨よりも、腹のふくれる食糧のほうが大事だし、銀貨より工芸品や香辛料などのほうが、交換歩合がよく喜ばれる。
 最後に警戒して食糧を売ってくれない ―― 武装した集団が現れたら、村人はまずは盗賊を疑う。そして彼らが傭兵団だと分かったとしても、その警戒が解かれることはない。傭兵と盗賊は表裏一体というか、懐が寂しくなった傭兵は、盗賊に早変わりするのが当たり前。よって村に入れない場合も多い。

元気な現人神ラズワルドさまが訪れた時の歓迎ぶりといったら」

 ラズワルドは傭兵とは反対で、歓迎されもてなされ、備蓄を崩してでも村人は献納したがる ―― ラズワルドと同行していた時、彼らは食糧に一切困ることはなかった。

「そりゃあ、ここペルセアの神さまの子供だからな。それに実際奇跡も起こすしな」
「あの光る祈りな。あれは凄かった……さて、もう一回交渉するか」
元気な現人神ラズワルドさまが下さったほどの葡萄酒とは言わないが、酒が飲みたいなあ団長」
「俺は神の子さまが分けてくれた蜂蜜酒ミードが飲みてえな」
「そいつは飲んだことはないが、美味かったのか? 団長」
「そりゃまあ、今まで飲んだことのある蜂蜜酒ミードとは比べられないほどな」
「酒飲みてえ」

 団員の食糧確保は団長の大事な仕事 ―― テオドロスは苦労しながら、食糧をなんとか手に入れ旅を続けた。
 ちなみにファルジャードは、神殿で売っている封がされた高級魔払香で取引し、さほど労せず食糧を手に入れていた。

 傭兵団は金はあれど、ひもじい思いをしながら旅を続け、アッバースに無事ファルジャードたちを送り届ける。

「万事整っております」

 アッバースに到着すると、サラミスがネジド公国に向かう用意は出来ていると報告する。
 ファルジャードは王都を発つ前に、二十名の早馬を出しサラミスに準備を調えておくよう指示を出していた。
 二十もの早馬を出したのは、途中で盗賊に遭う、または途中で仕事を投げ出すなどして、連絡が届かなかった……という事態を避けるためである。実際到着した早馬は十七名 ―― 残り三名がどうなったのか? ファルジャードには興味のないことである。

「神殿にて今回の戦の勝利を祈ってくる……ところで、ナスリーンはどうした?」
神殿長パルハーム殿のほうに」
「そうか。セリームも今回は神殿に預ける。アルサラン、もしもの時は頼む」

 美しい男は妖艶な笑みをたたえ、その任を承った。

 ファルジャードは神殿にセリームを預け、ナスリーンに「サラミスのことは心配しないで大丈夫」と請け合い、パルハームに心付けという名目で大金を支払い ―― テオドロスと副団長のタッデーオを連れ、ラズワルドの宝物庫へと向かった。
 金貨が積まれている部屋へと二人を連れて行き、

「終わったら、欲しいだけ持って行くがいい」

 任務を終えたら望むだけ支払おうと宣言する。

「……一体、何枚あるんだ?」
「さあ?」
「だがこれは、お前の金じゃないだろう? 諸侯王さん」
「自宅で保管していると盗まれる恐れがあるので、献納させてもらっている。ああ、持ち出しの許可は取っているぞ」

 神殿の奥まで咎められることなく来ることができたので、ファルジャードの言葉が嘘ではないことは分かるが ―― ファルジャードが本心で言っているのかどうか? 雇い主と何十回と駆け引きをし、傭兵団を生存させ今日まで率いてきたテオドロスだが、その心の内を読むことは全くできなかった。
 薄汚れた傭兵が完全な異分子である、青い大理石で作られた神殿を出て ―― テオドロス率いるレオニダス傭兵団は、沿岸沿いを北上した。

「本当にイシュケリョートって野郎、カンガーンって所に来るのか?」

 彼らは海沿いを走り、町に立ち寄ってはその場所を尋ね、カンガーンという町を目指さなくてはならない ―― 傭兵に地図を持たせるような真似をする馬鹿はいない。

「きっと来るんだろうよ」

 ”やつがペルセアに来るように、色々と仕込んでいるのでな”そう言ったファルジャードの表情は柔弱なくせに、テオドロスが見た悪い表情の中でも、群を抜くものであった。
 湾岸沿いをひた走った彼らは、灰色がかった黄褐色の髪に青い目をした男と、その召使いと思しき五名ほどの一団と、カンガーンで遭遇した。
 ファルジャードから聞いていた特徴と一致したので、灰色がかった黄褐色の髪の男ことイシュケリョートを捕らえ、召使いたちは皆殺しにし ―― 命令通りさらに北上し、大きな港町ブーシェフルへ。

「団長! あの船おかしくないか?」
「ん? ……なんだ! あの速さ!」 

 イシュケリョートを連れ湾岸沿いを進んでいた彼らは、追い風でもそんな速さでは進めないだろうと思われる速さで進む船を見つけ ―― 両手を掲げて船首に立っているラズワルドと、必要のないことだと分かっていながら、ラズワルドの腰に抱きつき、海への落下を防がんとしているハーフェズの姿を見たテオドロスは、団員たちと顔を見合わせ、

「あの方なら、納得だ」

 人間には想像もつかぬ力で三隻の軍船を走らせているのだろうと ―― 瞬くまに小さくなった船影を眺め、傭兵団員たち全員は声を出して笑った。

元気な現人神ラズワルドが楽しそうで良かったな、団長」
「そうだなあ」

 ”この細目で見えるのか?”とのぞき込んできた、人間とは全く違う黄金を散らした瑠璃色の瞳の持ち主の思いがけぬ登場と、信じられないような速さでの退場に、傭兵団内の空気も幾分軽くなり、一行はブーシェフルへと急いだ。
 彼らがブーシェフルに到着すると、既に雇い主であるファルジャードがいた。
 ファルジャードの右隣にはサラミスが、そして左隣にはテオドロスは見たことのない男がいた。陽光に当たると金髪に見えるほど色素の薄い茶色の頭髪、肌の色はテオドロスとよく似た象牙で、緑色の目を持つ貴人。

「イシュケリョートを見せてくれ」

 ファルジャードが用立てた荷馬車の荷台に、猿ぐつわを嚼ませ、手足を縛り転がしていた男を引きずりだす。特徴は合っているがこれ・・がイシュケリョートなのかどうか? ―― 

「イシュケリョートで間違いないかな? アサド殿」

 テオドロスが分からなかった貴人の正体はネジド公国の元宰相アサド。

「…………イシュケリョートに間違いない、ファルジャード卿」

 彼は髭が汚らしく伸びたイシュケリョートを見つめ、歯を食いしばり暫し、怒りに耐えてから、絞り出すような声で本人だと断言した。

「テオドロス、こいつの身ぐるみを剥いでくれ」

 手足を縛られたまま、服を切り裂かれ、全裸にされたイシュケリョートは、屈辱で顔を赤く染めていたが ―― その後イシュケリョートについて、テオドロスはなにも知らない。

「さて、アッバースに戻るとするか」

 ブーシェフルの港に停泊していたファルジャードの船にレオニダス傭兵団の面々は乗り込み、アッバースへと連れていかれた。

「最後の任だ。これらの品を各国で売り飛ばせ」

 ファルジャードはテオドロスにイシュケリョートの所持品を、ペルセア王国以外で売れと命じた。

「売った代金は、お前の取り分だ」
「……別に、売らなくてもいいんだろ?」
「それは自由だ」

 ”これ”で足がついたら自分たちが危ないと判断したテオドロスは、それらの所持品を「忘れ物」のように、都市部の片隅に置き去りにする策を取ることに決め ―― アッバースで少しばかり休息してから、ダマスカス王国方面へと向かうことにした。

「妊娠……そうか」

 アッバースを発つ直前、テオドロスの情婦の妊娠が判明した。
 傭兵団は妊婦を連れてあるけるような集団ではないので、性処理奴隷の女は妊娠すると売り、新しい女を買う ―― 

「子と一緒に、ここで生活していくからさ」

 ただ情婦はテオドロスとしか同衾しない専用の女であったため、腹の子の父親が他の女と違いはっきりとしている。

「幾らか金をやる」
「嫌だよ。ろくでもない主だったら、金を取られちまうじゃないか」
「そうだが」

 そんな話をしているのをシバ・・に聞かれ、ファルジャードの元に情婦の妊娠が届き、

「では、情婦それは俺が買おう。文句はないな?」

 腹の子ごとファルジャードが買い取った。

「なあに、悪いようにはせんよ。赤子はラズワルド公の玩具にもなる」

 ファルジャードからテオドロスの子を身籠もった女奴隷を買ったと聞いたラズワルドは、アッバースを発つ彼に、青いクーフィーヤと銀の冠を渡した。

「持って行け」
「これは?」
「父親だよと名乗りでる際、これが身分証になるからな」

 またここアッバースを訪れることができるかどうか? 傭兵であるテオドロスには分からないのだが、

「できるだけ、幼いうちに顔を見せに戻ったほうがいいですよ。そうしないと子供が微妙な態度を取ることになるでしょう」

 父親と半分くらいは打ち解けたが、いまだ他人に対するような照れを持つハーフェズの助言を受け ―― レオニダス傭兵団はアッバースを発ち、ペルセア王国を後にした。