ラズワルド、離れて見守る

 輿の四方に絹を下ろし、ラズワルドの姿が隠れたところで ――

「あ! 事情が事情だから、全員に詳細を教えられん」

 事情を説明するとなると、宝剣が持ち出されたことについても触れなくてはならないので、宝剣に関して知っている者以外に語るわけにはいかないことに気付いた。
 そこで祖廟都市に宝剣があることを知っている面々 ―― ハーフェズとアルデシールシャバーズ、シャープールにスレイマン、そして問題部分を上手くぼかして、確りと説明してくれそうなラヒムを呼びつけた。
 呼ばれたラヒムはなぜ自分が? と、驚きを隠さなかったが、話を聞いていくうちに驚きが徐々に麻痺して最終的には随分と落ち着いた。

「あ……宝剣?」
「そうだ。ペルセア王家の至宝。精霊王が魔王を封じるため、ペルセアに与えた剣だ」
「……機密ですよね、ラズワルド公。俺なんかに教えていいんですか? 見張らせてるということは、バルディアーも知らないのでしょう?」
「あとでバルディアーにも教えてやるから、心配するな」

 ”そういう問題ではないのですが”と思っているラヒムの心中などおかまいなしに、ラズワルドは宝剣込みで事情を語り、上手く宝剣のことを誤魔化しながら事情を説明してやってくれと頼まれた。
 ラヒムは暗い色合いの金髪を少しばかりかき、少々考える仕草を取ったが ―― すぐに兵士たちに説明を始めた。

「ラズワルド公のお言葉だが、ホスロー公とイェガーネフ公はご無事だ。二柱とラズワルド公は会話をしていたとのこと。どうやって会話をしていたかは、俺たちが知る必要はない。二柱は少し離れたところにお出でだ。離れているとは地上においての距離ではなく、世界そのものが違うとのこと」

 ホスローとイェガーネフは宝剣が安置されていた精霊王が作った空間に居る。それに気付いたラズワルドは、精霊王が作った空間ならば精霊の力を自在に操ることができる自分ラズワルドの声が届くのではないかと思い立ち、試してみたところできた・・・のである。

「ラズワルド公がホスロー公から聞いたところによると、イェガーネフ公が襲われるよりも前に、ホスロー公は別の世界に身を隠されたのだそうだ。その理由は祖廟都市の人々を守るためだ。なにから人々を守るのか? ラーミンの罠からだ。なんでもあいつラーミン、自分の力を凝縮した玉を作って、その周囲を魔で覆ったものを作ったんだそうだ。魔が消えると凝縮している力が解き放たれ、そうなると祖廟都市は壊滅してしまうとのこと。ホスロー公は精霊に干渉できるが、瞬時にそれを行えるかどうか? ご自身にも分からなかったので、人々を危険な目に遭わせぬために、凝縮した精霊の力が解き放たれぬよう、一時的に離れられた。祖廟都市から出なかった理由は、その球体は水脈で送られてくるので、下手をしたら追われる可能性があり、追いつかれたら辺りに被害が及ぶので、被害を阻止するためラーミンも追ってこられぬ別世界へ移動なさった」

 この辺りの説明は、ラズワルドがしたままである ―― ホスローは人々を守るのと平行して、宝剣をも守ろうとしたのだが、神の子は魔王と人間の争いに直接関わることは出来ない。宝剣を掴むことができぬゆえ、人間が空間に入り込み、宝剣を持ち出すのを阻止することはできない。

 だがイェガーネフが捕らわれた理由はほとんど事実を語ることはできない。

 それはイェガーネフが連れ去られた理由が、宝剣を持ち出すためだからである。
 「敵」の目的は宝剣を手に入れること ―― そう解釈するのが当然の状況。実際に宝剣は持ち去られてしまっている。
 宝剣を手に入れるためには、神の子の力が必要。それを・・・知っている・・・・・「敵」は二重の作戦を立てており、まずはホスローに仕掛けたが、目的を見破られ宝剣を安置している空間に逃げ込まれてしまった。
 そこで「敵」次善策である、イェガーネフの拉致を実行に移した。
 イェガーネフを攫い、宝剣が安置されている空間へと繋がる扉を開かせる。もちろんイェガーネフが「敵」から出された提案を飲んだのは、ホスローと同じくラーミンが送り込もうとしている罠について聞かされ、ホスローが実際に身を隠したのを知り ―― ホスローよりも精霊などに疎いイェガーネフも従うしかなかった。
 イェガーネフの首に手をかけた傭兵が、仲間に開いた空間の中にある宝剣を持ち出すよう指示を出した。
 ホスローは宝剣を抜こうとする傭兵を殺害することは出来たが、イェガーネフを精霊王が作った空間に保護しなければ、辺り一帯が吹き飛んでしまうかもしれない。
 魔力で覆われた球体の威力は作ったラーミン曰く、王都ナュスファハーンにまで及ぶと、宝剣を持ち出そうとしている者を殺害しイェガーネフを連れて逃げられては困ると ―― 宝剣を持ち出した傭兵はイェガーネフを突き飛ばし空間へと入れると、すぐさま宝剣で入り口を閉じた。
 入り口を開けるのは神の子と宝剣のみ ―― それを知っているのは限られた者だけ。
 「敵」がどこまで知っているのか? ホスローとしては気になったが、それよりも自分ホスローが王都に戻らぬことを心配して、他の神の子が祖廟都市へとやって来ては大惨事になる可能性・・・があると、外界と連絡を取ろうと色々と試みていた所 ―― 唐突にラズワルドの声が聞こえてきて事情を説明するに至った。

「イェガーネフ公もホスロー公と同じで、ラーミンの罠から人々を守るため、別の世界に一時的に身を隠されたそうだ」

 イェガーネフが攫われた理由を流し、ラヒムは話を続ける。

「それでイェガーネフ公の拉致が成功してしまった理由だが、さきほどラズワルド公の梟に襲われた武装神官。あいつが敵と内通して、拉致の手伝いをした」

 イェガーネフが何時出発するかなどの情報を傭兵に流したのが、逃げだしイニスふくろうに襲われた武装神官であった。

「状況から内通者の一人はいるだろうと、ホスロー公がイェガーネフ公の話からあいつを割り出し、あとはラズワルド公が見て判断なさったとのこと」

 内通者を割り出した方法だが、ラヒムが語った通り、状況を詳しくきいたホスローが、当たりを付け、それをラズワルドに伝えた。
 聞いたラズワルドは「イェガーネフを裏切ったものは誰だ」と心中で念じ、スレイマン隊の武装神官の会話に耳をそばだてた。するとホスローが言った通り、その男の声が聞こえず ――

「ラーミンがなにをしたいのか? 目的は分からんが、ラズワルド公がこれ以上近づくとラーミンの力が放出されて俺たちを含めて死ぬことになるので、少し作戦を変えるとのこと」

 ちなみにハーフェズが知りたかった、消えた傭兵たちの行方だが、ラズワルド曰く「知らんな」であった。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 翌朝 ――

「大丈夫か? ハーキム」
「多分……」

 祖廟都市を目指し馬を駆り疾走する一団の中に、片腕を布で巻いて固定しているハーキムがいた。
 片腕で手綱を握り、馬を操る。
 彼の片腕このような形・・・・・・になっているのは、昨晩のラズワルドがもたらした情報が原因である。
 ラズワルドの語りにより、足りなかった情報が補充され、作戦の変更が必要となった。そして新たな作戦を立てた結果、ハーキムは左手に馬鹿なことをした風の精霊キデュルヌーンの力を握ることになった。もちろんキデュルヌーンの全てではなく、ごく僅か ―― ただしそれはラズワルドにとって。
 ハーキムが持たされた力は、ラズワルドの手元にあった時は、胡椒の粒よりも小さかった。だがそれを預けられたハーキムは、その力の大きさに愕然とする。

 彼はその力を操り、これから祖廟都市の城壁を破壊しなくてはならない。

 ラズワルドが乗せてくれた力を握りしめ、祖廟都市の城壁前にたどり着くまで開かぬように布で巻いた。
 ハーキムは不慣れながら片手で馬を駆り、祖廟都市の城壁前近くに無事到着した。祖廟都市の城門は当然ながら閉ざされており、見張り台には顔に刺青の入った、傭兵が立っており、彼らの到着を青銅製の銅鑼を叩き知らせている。

「矢などの攻撃は必ず防ぐ」

 馬から降りたハーキムに、部下共々馬から降りていたナヴィドが声を掛ける。巻かれた布はラヒムが手際よく巻き取っていた。

「はい、そちらはお任せします。ですが、途中までで大丈夫ですので、すぐに逃げて下さい。俺は制御できる自信はないので。もちろんやるだけやりますが」
「……分かった。迷惑を掛ける」
「いいえ」

 ナヴィドの言う「迷惑を掛ける」とは、この中でもっとも戦争に慣れている中将軍ながら、攻城戦が苦手であることを詫びていたのだ。
 中将軍ともなれば野戦は誰でも得意だが、攻城戦などになると得手不得手がはっきりとしていた。

「攻城戦になると分かっていたら、カスラー卿を供に選ぶべきであった。あの男は攻城戦だとか兵站だとか、様々な才を持っている」
「そうなんですか」

 自分が将来仕えることになる予定の中将軍は、随分と多才なのだなと ―― 何時仕えることになるかは分からない主人の名を聞き、他人ごとのように答える。

「そいつ、ラズワルド公の往復に随行した中将軍だろ。今回もラズワルド公に随行したら、マーザンダーラーンが大将軍の地位譲らなけりゃならなくなりそうだから、あんたになったんだろう?」

 二人が話している側にいたラヒムの言葉を、ナヴィドは否定はしなかった。

「ラヒムも少し離れていろ」

 ハーキムはラズワルドから渡された力を握っていた手を開く。
 胡椒一粒ほどの大きさだった白い点が、見る間に巨大化する。ハーキムは両手を前に差し出す。更に大きくなった白い球体が地面に台にし、ますます巨大化してゆく。
 白い光が辺りを照らし ―― 球体に肘までめり込んでいる形になっているハーキムがそれを押す。
 光を放つ球体は地面を削りながら ―― 一歩一歩城壁へと近づき、そしてじわじわと破壊した。

「城壁は破壊された」
「分かりました」

 ナヴィドから報告を受けたハーキムは、自分の視界の全てとなっている球体を上へと持ち上げる ―― 徐々に球体は地面から離れ何とか自分の頭上まで持ち上げ、球体内部に埋まっている手を放す。
 すると先ほどまでの重たそうな音を立て、地面を剥がし城壁を破壊していた球体は宙に浮き、ふわりふわりと空へと昇っていった。
 誰も見たことにない光景に呆気にとられていたが ――

「全員配置に戻れ。突撃するぞ!」

 いち早く正気を取り戻したナヴィドが、馬上に戻り号令を掛ける。その声に弾かれるように馬に戻り、

「お待ち下さい、殿……シャバーズ卿」

 穴の開いた城壁にシャバーズアルデシールが、先頭を切って突撃した。兵士たちがその後に続き、次いで武装神官たちが後を追う。

「ジャバード、メティ、ターラー、ハーキムのこと頼みますよ」

 国軍が先陣を切り、武装神官が後に続く。大地に俯せになり倒れているハーキムを守るよう部下たちに指示を出し、ハーフェズは最後に祖廟都市内にいる傭兵を屠るために飛び込んでいった。
 地面に俯せになっているハーキムだが、まだ彼の仕事は終わってはいない。
 彼はいまだ膨大な力を秘めているキデュルヌーンの力の破片を、地上に被害が出ない高さまで上昇させ、力を解法する任を負っていた。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 最後に戦場に到着したハーフェズは、転がる死体の有様に驚いた。
 サマルカンドで起こった内戦 ―― 小国同士の戦争よりも大きな被害がでた、戦場跡を旅したことがあるので、戦場での死体は幾つも見たことがあるのだが、

「バルディアー。真っ二つだよね? あれ、真っ二つになってるんだよね」
「あ、うん。縦に真っ二つになってるね」

 人間が首の付け根からやや斜めながら、腰まで切り裂かれている死体が転がっているのを見るのは初めてだった。

「一生懸命斬った……のとは違うよね」

 死体はどれも自身の血を浴び赤く染まっているが、その致命傷以外傷らしい傷はなく、武器はほとんど刃こぼれしていないか、砕け散っているかの二つに一つ。怖ろしい力と速さで剣が振り下ろされたことは、見てはいない彼ら二人にもはっきりと分かった。

「どうみても一気に……だと思うよ。俺にはできないけれど」

 中にはまだ斬られ大概に露出したが内臓がまだ動き、うめき声を上げている者もいるが、この時代のその大けがを治せる人間はいないので、死体と見なしても間違いはない。
 二人は顔を見合わせ、血液がぶちまけられた道を馬で抜けた。
 大通りに入り少し進んだ先にあった中央の広場から、怒鳴り声と叫び声が聞こえてくる。武器を構えた二人は注意深く近づく。
 そこには大きく剣を振り上げ、躊躇い一つなく敵に振り下ろすアルデシールシャバーズの姿があった。
 彼らが見た時、敵は手に持っていた槍でアルデシールシャバーズの剣を受け止めようとしていた。おそらく槍で剣を跳ね返し、槍の長所でもある距離を取ってアルデシールシャバーズに反撃しようとしたのであろうが、敵の予想通りとはならず、槍はアルデシールがシャバーズが振り下ろした剣によって砕け ―― 剣はほぼ勢いを失うことなく、胸から敵の体を切り裂いた。

「うわ! シャバーズ卿、強っ!」

 切り裂かれた体から吹き出す鮮血。それを作り出した剣は腰まで埋まっている。アルデシールシャバーズは肉に埋まった剣を手元に引き寄せた。
 剣に絡まった内臓も引きずり出され ―― アルデシールシャバーズは紐のような内臓を振り払うと、馬首を新たな敵へと向け、馬の腹を蹴り走らせた。

「……」

 水気を帯びているのが分かる音を立てて、地面に落ちた内臓と、目を剥き口から血を吐き出して死んだ敵。
 その様は戦場では珍しいものではないが ―― アルデシールシャバーズの強さは、常人としては呆気にとられるものであり、バルディアーは死んだ男の体を見下ろし、屍食鬼にならぬよう軽く祈りを捧げる。

それ・・が屍食鬼になっても、立ち上がれなさそうですけどね」
「そうは思うけど、面倒なことになると困るから」
「ラズワルドさまがいれば、一瞬で終わるんですけどねー」
「そうだけど。ところでハーフェズ、おかしな気配はある?」

 ラズワルドが同行できなかった理由と原因についてバルディアーが尋ねる。

「祖廟都市全体が、取り囲まれてますよ」

 地下水脈からもたらされる、表現しがたい違和感。宝剣を手に入れたラーミンだが未だ罠を解除していない。
 それはまだなにかこの場で手に入れたいものがあるのか、それとも……勘の良いハーフェズだが、さすがに分からなかった。

「やっぱりそうか……」
「ああ、また敵の叫び声が聞こえる。それにしても強いですね、シャバーズアルデシール卿」
「うん。あのお人は凄いと思う」

 人と戦うことを専門としている国軍は、傭兵団を圧倒し ―― 制圧が終わった頃、祖廟都市の遙か上空で城壁を破壊したキデュルヌーンの力が飛び散り、あたりは一瞬白く染まった。