ハーフェズの主、気になることを尋ねる

 雇った異国の傭兵たちはレオニダス傭兵団と名乗っていた。

「団名からして、ヘレネス人が中核の部隊だと思ったんだが」

 団名を聞いたラズワルドはそのように考えたのだが、五十名ほどの傭兵団員の中で、ヘレネス人らしいヘレネス人は五名ほどしかいなかった。
 さらにそのヘレネス人らしい五名の中に、団長はいないばかりか、

「レオニダス傭兵団団長テオドロスに御座います」

 団長はレオニダスですらなかった。

「賊はお前たちに任せた」
「お任せください」
「ところで、レオニダス傭兵団のレオニダスはなんなんだ? てっきり団長の名だと思ったのだが」

 傭兵団の団名というものは大体二種類に分けられ、一つは神話などを元にしたもの(例・グリフォン傭兵団、キマイラ傭兵団、マンティコア傭兵団など)もう一つは団長の名前という分かりやすいものの二つがほとんどである。
 かつて傭兵団にいたと言っているアルサランから、そう聞いていたラズワルドは、少しばかり不思議に感じた。

「この団名は、俺たち・・がかつて所属していた団の名前なんですよ。レオニダス団長が解散したんですが、俺はアルにいと違って、傭兵以外では生きていけなくて。他にもそういう奴らがいたんで、そいつらと傭兵団を結成し、団名は元の名前を使おうということになりレオニダス傭兵団と名乗ることになったんです」
「ふーん。レオニダス傭兵団でアル兄……テオドロスはアルサランの昔の仲間か」

 そう言えばアルサランがかつて所属していた傭兵団の名はレオニダスだったことを思い出したラズワルドは、テオドロスが親しげに呼んだ愛称アルにいが、アルサランのことなのだろうと ――

「そうで御座います、ラズワルド公」

 ラズワルドの問いにアルサランがそれは美しいが、作り物めいた感じのある笑顔で答えた。
 団長のテオドロス、頭髪は銅色で肌の色は象牙を思わせる。身長は高いという程ではないが、まったく低くはない。傭兵を生業としているのだから、当然のごとく体は引き締まっており、露わになっている二の腕の筋肉は、荷物運びを生業とするものたちとは違う陰影を作っている。

―― 体ヘレネスの彫像そのものっぽいが……

「となると、団長は細目のテオか」

 団長のテオドロスは目が細かった。というより、顔全体が平らだった。ヘレネス風の彫りの深さがなくとにかく平ら ―― マッサゲタイ人や薫絹人よりは遙かに陰影がある顔だちなのだが、何故か”平らだな”と思わせる顔だちで、その中でも目の細さが特に目立っていた。

―― というか、この細い目で見えるのか? いや見えてるんだろうなあ

 神の子が本気で視界を疑うほど、テオドロスの目は細かった。

「ちょっ! アル兄、人のこと! こういう時は、少しくらい盛って美形にしてくれても良くないか? アル兄程の美形として話してくれとは言わないけど」
「俺もまさか、お前をラズワルド公の御前に連れて来ることになるとは思わなくてな。それにな、テオ。俺は神の子には嘘をつくような不信心なことはできぬ」

 そんな会話をしている二人から視線を外し、隣にいる美少年として評判高い、ハーフェズの横顔をまじまじとラズワルドは眺める。
 長い黄金の睫に彩られた、形のよい大きな瞳。

「どうしました? ラズワルドさま」

 見つめられていることに気付いたハーフェズが「ご用ですか?」と ――

「いや、なんでもない」

 人の美醜どころか容姿を全く気にしたことのなかったラズワルドの心に、唯一引っかかった容姿。それが細目テオドロス

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 細目のテオドロスが率いる、総勢五十名のレオニダス傭兵団だが、戦闘員は団長を含めて三十名ほど。残りの二十名は会計や食糧調達や調理の専門、物資の調達、荷物運び、馬の世話係、そして性欲処理用の奴隷などである。
 性欲処理用の奴隷は男二名に女三名。うち女の一人はテオドロスの情婦。
 普段ならば気にせず情婦を抱くのだが、今回の任務はそれが厳禁。
 仕事を引き受ける際に、旧知であるアルサランから話を聞き、それを守るのが条件で雇われた以上、テオドロスは任務が終わるまで女に手を出すことができない。
 テオドロスの情婦は色気があわるわけではなく、またほっそりとして美しいわけでもない。
 戦場を渡り歩く傭兵団の長旅にも付いてくることができる、体力があり体の丈夫さが取り柄の女だった。
 夜の帳が下りた野営地で、敷物を敷き周囲を囲っただけの寝床で、薄明かりを灯し、テオドロスが杯を持ち、情婦が酒を注いでいた。上記の条件に見合う情婦は逞しく、酒の席の彩りにはならぬのだが、情婦として酌をする。

「公柱が傭兵団について詳しく知りたいとのことで、明日、団を見せることになった」

 旅を初めて一週間ほどした辺りで、ラズワルドが「傭兵団を見せろ。質問させろ」となり ―― 雇い主の命令は絶対なので、テオドロスは頷いた。

「正規軍しか見たことない御仁からすると、面白そうに見えるんだろうな」

 今回の任務は、金払いそのものは並以下なのだが、それ以外のものが充実していた。とくに食事は豪勢で、いつも食材の少なさに頭を悩ませている調理担当の二人が「色々な料理を作ることができて困る」と悲鳴を上げるほど。
 いま情婦がテオドロスに注いだ酒も、普段であれば「勝利の美酒」として飲めるかどうか? といったほど高価なものだが、ここでは普通に配給される。

「側近の綺麗な顔の坊やハーフェズが言うには”国軍カスラーも質問攻めにされました。覚悟してくださいね”とのことだ」
「そうなの。ところで綺麗な顔の坊やって、金髪のほう?」
「金髪と黒髪なら、金髪のほうが断然綺麗だろう」
「まあね。でも黒髪の坊やバルディアーも悪くはないよ」

 わたしより断然綺麗だよと、大柄な情婦は笑う。

「元男娼さんだとさ」

 夕食前にラズワルドの爪にヘナを塗っている姿を見かけたテオドロスが、アルサランに「もしかして?」と尋ねたところ「そうだ」という返事が返ってきた。
 そう言われてから見ると、たしかに物腰の一つ一つが柔らかだと納得する。

「おや? 意外な前身だねえ」

 レオニダス傭兵団にメルカルトを信奉している者はいないが、宗教というものがどのようなものかは知っているので、元男娼が現人神に直接仕えるなど考えたりはしない。

「それも、人攫いに遭っての男娼だとさ」

 テオドロスが杯を空け、情婦は再び葡萄酒を注ぐ。

「強運の持ち主なんだね」

 人買いと人攫い ―― 金を支払い人を買う奴隷商は、元手が掛かっているので、それほど酷い扱いはしない。対する人攫いは、元手が掛かっていないということで、攫った者たちへの扱いは酷いことが多い。自分たちで殴る蹴るの暴行を加え殺害したり、同じく非合法な手段を用いて生計を立てている山賊などに売り払ったり、時には食糧にしたりと。そんな者が大半を占めるなか、バルディアーはとくに何かされることもなく、男娼を取り扱ってはいるが違法ではない普通の店に売られた。
 そういった意味では幸運だが、「強運ですね」と言われたら、バルディアーは「どうも」と曖昧に笑って通り過ぎる ―― 彼にしてみれば、街道に乳飲み子だった妹と共に捨てられた時点で、あまり運が良いとは思えないからだ。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 「明日傭兵団を質問攻めにする」と言ったその日、ラズワルドは自分の天幕にシャープールを呼び出し質問攻めにしていた。
 ラズワルドの天幕は、魔王退治の時と同じく大きなもので、地面には板が敷かれ、その上には毛氈が三枚敷かれ、それを高級絨毯が覆った上に寝台が作られている。室内にはクッションも積まれ、書き物用にと机も用意されている。
 それでもまだ広さがあり、呼び出したシャープールとラズワルドの距離はかなり離れているような状態。

「衝撃の新事実だ。まさか隊に、主計がいたとは」

 傭兵団と護衛隊の違い ―― 所属や宗教などではなく、隊の構造に何らかの違いがあるのかと考えたラズワルドは、まずは自分の直近の部隊の話を聞いてみたところ「主計も武装神官です」と言われて驚いた。
 武装神官というのは戦える者を指す言葉なので、その会計も当然のことならが馬を操り剣をふるうことができる。

「武力を帯びた一団の旅には、必須にございます」

 商売をしながらの旅とは違い、一方的に消費してゆく旅なので、当然会計は必要になる。

「シャープール。その主計担当、今すぐ呼べるか?」
「もちろんに御座います」

 シャープールは一度ラズワルドの天幕から出て、控えていた部下に主計を呼んでくるよう命じた。

「天幕の外が騒がしいな」
「そりゃあ、ラズワルドさまがいきなり呼びつけるから」
「別に今日じゃなくたっていいんだぞ。準備が整ってからでも」
「緊張を先延ばしにするのは、可哀想っていうか、そんなことしたら、緊張のあまり落馬しちゃいそう」
「緊張? わたしに会うのに、緊張するのか? 武装神官が」

 滅多に見かける機会のない庶民ならまだしも……とラズワルドは思うのだが、武装神官は庶民に比べて信心深く、奇跡を目の当たりにする機会も多いので、懐いている畏敬の念が強い。

「武装神官だからこそですよ、ラズワルドさま。ねえ? バルディアー」

 ハーフェズの意見に同意できるバルディアーは同意する。

「ふーん。ということは、頻繁に呼び出せば慣れるということだな」

 ”良いこと考えた”といった表情のラズワルド ―― だがその神の文様で半分覆い隠されている表情を見たものはいない。

「全然違います、ラズワルドさま」
「そうなのか? だがハーフェズは、全く気にしないだろ?」
「そりゃあ、ラズワルドさまに呼ばれて緊張してたら、仕事になりませんし」

―― ジャバードさまは、緊張してらっしゃったよ。俺、ハーフェズ見てびっくりしたもん

 側近でも緊張する人はするよ……と思ったバルディアーだが、いつも通り会話に割って入ることはなかった。
 神の子と神の奴隷の会話ということもあるが、ここで下手に口を挟んだら「緊張してるのかジャバード! 子供だなあ」と、間違いなくラズワルドが言いに行き、そのままジャバードが狂おしいほど愛しているファリドにまで知られてしまうことを考えて ―― バルディアーの想像は完璧なまで的中している。

「ファリドやアルダヴァーンに呼ばれて、緊張したことあるか?」
「…………分かりません。だって俺一人でラズワルドさま以外の公柱に会ったことありませんから」
「そうか? そうだったのか……じゃあ、こんど王都に帰ったら、一人で会いに行ってこい」
「相変わらず、ご無体極まりない。いいですけど」

―― ラズワルドさまが、人が神の子に会うと、緊張することを理解してくださらないのって、ハーフェズのせいじゃあ……あ、そう言えば養父のメフラーブ殿も全然緊張しないって。……でも、メフラーブ殿は錬金術師、ハーフェズは武装神官……

 ”ラズワルド公は賢いのにどうしてこれ・・だけは分かって下さらないのだろう”と思っていたバルディアーは、目の前で繰り広げられた主従のやり取りを見て、なんとなく分かった。

「お待たせいたしました、ラズワルド公」
「いいや。そこにいるのが、主計か」

 シャープールよりも更に下がった所、出入り口のすぐ近くで平伏している黒髪の男。絨毯と額の間に手を添えて、御所を汚さぬようにしている主計。

「質問をしたいから、顔を上げろ。その代わり、名前は聞かないでおいてやる」

 大体顔と名前は一致しているが、もちろん自己紹介などされたことはない ―― 主計は少しだけ顔を上げた。

「主計はいつも兵士のざる勘定に困らされると聞いている。だからな、主計メルカルトの僕ハミルカルよ、金を使いすぎているなど、困ったことがあったら言え」

―― そう言えば、メフラーブさま、そんなこと言ってた

 主計というのは加法足し算減法引き算はもちろん、乗法かけ算除法割り算などの計算ができなくてはならず、それらは優れた教育を施された者しか操ることができず、その数は極めて少ない。
 学術院に居たメフラーブは、国軍の主計としての仕事を与えられ ―― 将の計画性のない金使い進軍に、何度も「このままでは駄目だ」「行きで金を使い過ぎている」「酒を買いすぎだ」と進言した聞き入れられず、腹を立てて紛争地に向かう前に「やってられるか!」と、主計の任を放り投げた。
 将はメフラーブに、そんなことをしたら、罰を受けることになるぞと脅したが ―― 将は主計メフラーブの言い分は聞かずとも、主計の仕事の重要さは理解していた。なにせ戦いで使った費用の精算には書類の提出が必要。この書類を提出できなれば、戦いが終わったことにはならないのだ。適当な数字を書いて提出したところで、主計局を誤魔化すなど不可能。なにせそこ主計局には数字の専門家が集まっており、加減たしひきが出来る程度の将が、彼らの目を誤魔化す書類を作るなど無理。
 最初は脅した将だが、メフラーブの意思が変わらぬとみると、今度は泣き落としとなったが、そんなものが通じる相手ではない。
 隊からさっさと離れ、王都へと戻ったメフラーブは、軍の途中までの浪費に関する書類を提出しそのまま学術院を退学した。
 この時代、軍隊の物資補給に掛かる費用などの計算ができる人間は、学術院で学んだ生徒しかおらず、主計局で人が足りなくなると、学術院のほうに人を出してくれと依頼し ―― 結果、変わり者だがそれなりに優秀な院生を一人失った。

 ”なんでメフラーブは学術院辞めたんだ”と尋ねた幼かったラズワルドに、メフラーブは経緯を告げた。
 これで主観が混じっていれば、まだ将側の言い分も……となった所だが、数字を交えた説明にラズワルドは、自分が悪さをしたわけでもないのだが「ぐうの音も出なかった」としか言えなかった ―― 当時五歳である。
 一緒に聞いていたハーフェズは、「メフラーブさまは、計算できない人が嫌いなんだな」くらいしか分からなかった。
 余談だがこの話を聞いたファルジャードが、わざわざ軍の方にメフラーブが残した書類が残っていないかどうか調べに行き、語った数字が端数まで正しかったことを確認している。

「困ったことなど御座いませぬ」
「なにもないのか」

 ラズワルドは意外だといった風に声を上げる。

「もちろんに御座いまする」

 そこでラズワルドは、かつてメフラーブから聞いたことを話す。

「……と聞いたから、主計には優しくする? とは違うが、困ったことがあったら言って欲しいと思ってな。主計が居ないと困るからなあ。そうそう、わたしは簿記会計は出来るから、話を振られても意味が分からないということはない」

 そう言ったラズワルドだが、主計から困りごとを持ち込まれることはなかった ―― 実際、ラズワルドの部隊は困ることはなかったので、当然なのだが、

「わたしの簿記会計の腕を見せる機会だと思ったのに」

 ラズワルドとしては些か不満であった。