ハーフェズと主、秘密の証

 敵情視察を行うための精霊使いハーキム ―― 前線に行くのだから精霊使いの才能の他に、丈夫なほうが良いと体格の優れた十三歳の元自由民奴隷をラズワルドは購入した。
 八歳まで自由民で、以降奴隷として日々を過ごしてきたハーキム。

「いやー。俺なんかより、余程立派な武人になりますよ。まあ、俺は武装神官ですが」

 とは、ハーキムに馬術……ではなく駱駝術を教えているメティ。
 自分も乗馬の練習を始めたラズワルドが、休憩時間に教えているメティにハーキムはどうかと聞くと ―― 一応最高の褒め言葉が返ってきた。
 ハーキムが駱駝に乗っているのは、馬より駱駝のほうが合っているから。
 馬はもちろん乗れたほうが良いが、ペルセア王国やその近隣諸国は高温で砂漠地帯も多いので、一ヶ月近く水を飲まなくとも生きていられる駱駝で移動する機会も多いので、駱駝に乗る訓練も行っていた。
 馬よりも遙かに大きく、体高が2mもある駱駝。それに乗っている、成人と間違われる体格の少年 ―― どう考えても目立つ。
 騎兵旗でも持たせたら、一万の兵士全てが見ることができるのではないかと思うくらいに、駱駝上のハーキムは目立っている。
 更にハーキムは立派な体躯とそれに見合った膂力、寡黙で物怖じしない性格と、武人になっても充分やっていけると誰もが認め、ラズワルドもそんな気がしてきたのだが、彼が秘めている精霊使いの能力を形にしてから、どちらかを選ばせてもいいのではないかとも考えていた。

「駱駝って気性が荒いって聞いたが、ハーキムは上手く扱えているようだな」
「はい」
「それにしても、お前が駱駝を扱えるとは知らなかったぞ、メティ」
「うちは小さい店をやってましたんで、ちょっと遠くに品を取りに行く際は駱駝使っておりました」

 駱駝は馬どころか驢馬よりも余程力があり、砂漠をものともしないので、荷物を運ぶ仕事をする者たちにはよく使われる。ペルセア王国に繁栄をもたらす、大陸行路を行き来する隊商の中核も駱駝である。

「なるほどなあ……だが目立つ」

 駱駝に跨がり遊牧民の風格をたたえながら、訓練場で一際目立っているハーキム ―― 彼にさせようとしている仕事は、くどいようだが精霊を使った偵察である。

「ハーキムを情報収集用の精霊使いにしたい、ということですね」

 ラズワルドから話を聞かされたファルジャードが、ハーキムに向ける視線は『これ、本当に精霊使いにするんですか』 ―― 向けられているハーキム自身、自分は精霊使いより兵士のほうが向いているような気がするのだが、ラズワルドが精霊使いにするのだと言っている以上、精霊使いになるしかない。

「そうだ。自分で精霊と契約しないと上手く使えない。そして人間は、多くて五つくらいしか精霊と契約を結べないとのこと。ハーキムが何個契約を結べるようになるかは知らないが、最初の一個は情報収集に役立つ精霊がいいと思ってな」

 ラズワルドも人任せにしていた訳ではなく、人間と精霊の契約について精霊使いに尋ねていた。

「……俺は精霊使いについては詳しくないので、これから少し調べて参りますので、お時間を下さい」
「お前の”お時間”って一週間くらいだろ? ファルジャード」
「まあそうです。ハーキム、一週間の間は今まで通り過ごしてくれ。文字も乗馬も武術も大事だ」
「分かった」

―― 馬じゃなくて駱駝なんだけどな……

 そう思ったハーキムだが、無駄愚痴は叩かなかった。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 一週間後にラズワルドの邸へセリームをを連れてやってきたファルジャードは、邸の者全員を集め、彼らの前で話し始めた。

「まずはラズワルド公。精霊王に聞いていただけましたか?」
「聞いたぞ、ファルジャード。精霊王が言うには、人間は視界の共有を行うことは不可能だそうだ」

 最初にファルジャードは、ラズワルドが自分にも見せてくれた俯瞰が、人間に出来ることなのかどうか? その確認をしてもらったところ、神の子でなくては出来ないことだということが明らかになった。

「お手数をおかけいたしました」
「いいや。あと序でに聞いたら、ハーキムは五つの精霊と契約できるそうだ」

 契約と使えるのはまた別物となるが、

「人間としては最大ですな」

 ラズワルドが見込んだ通り、ハーキムは人間が契約できる精霊の限界まで契約することは可能だった。

「契約できる精霊の系統は温和、これがもっとも相性がいいらしい。逆に粗暴とは相性が悪いどころか、契約は不可能だろうとも言っていた。頑張れば契約できるらしいが、契約数は減り、扱えるかどうかも定かではないと」

 精霊とは様々な種類がある。例えば一口に水の精霊といっても「穏やかなるリャーリャ」や「静寂のバフータ」そして「大厄災にして大凶禍のラーミン」など ―― どれも水の精霊だが、その精霊の性格が名前の前につき、特性を表している。

「そんな気はしていましたよ、ラズワルド公。このハーキムという男、俺と違って性根が曲がっていませんから」
「ファルジャードの性根は曲がってはいないが、精霊王が言うには”契約できるかどうかは別だが、ファルジャードならば大厄災ラーミンと契約しても上手く扱えるだろう”とは言っていた」
「それはそれは。俺に精霊使いの才がなくて、良かった」
「かもな」
「それでラズワルド公。まずは精霊を使って情報を得る……ということを忘れましょう」
「?」

 ここまで来て、ファルジャードはいきなり全てを否定した。

「俯瞰した世界を共有する。これができない以上は、精霊を使った情報収拾に拘る必要はありません。ハーキムは一流の偵察斥候隊長になれば良いのです」
「……極論そうだろうが、ハーキム目立たないか?」

 あまり軍事に詳しくないラズワルドでも、偵察というのは目立たず、相手に気取られずするものであることくらいは知っている。
 そういう視点で見ると、まだまだ成長期で、今以上に成長すること間違いなしの少年には向いていないのではないだろうか? としか思えなかった。

「そこです」
「そこ?」
「ハーキムは姿をくらませたり、敵の目を欺ける精霊と契約すれば良いのです」
「あーなるほどなあ。それなら少しは危険から遠ざかることはできるか」
「はい。これで攻撃的な精霊としか契約できないのでしたら問題ですが、幸い温和な精霊と相性がいい。となれば、使い手を守ってくれることでしょう」

 温和な精霊が守ってくれるのか? 思われがちだが、温和だから弱いわけではなく、粗暴だから強いわけでもない。力があり温和な精霊は数多く存在していた。

「コーコスみたいなのが良いわけだ」
「ラズワルドさま。コーコスってどんな精霊ですか」

 ラズワルドが突然口にした「コーコス」
 その場にいる者たちは、精霊に関して詳しくはないので、どのような精霊かは全く分からなかったが ――

「水の精霊での中で二番目くらいに力がある、ラーミンの親族……まあ弟みたいなものらしいけど。嗜虐性とか残虐性はラーミンに比べると微々たるもので、大人しいそうだ」

 大厄災と呼ばれるラーミンに比較したら、多少の厄災くらいは可愛いものかも知れないが、それが人間にとって些細なことかとなると、話は違ってくる。

「ラーミンに比べてという所で、なんかこう……駄目ですよ」

 神の子の意見に唯一、異議のようなものを唱えられるハーフェズが、それは止めましょうと。また人間に名を知られていない精霊ということは、誰も契約したことがないという証。

―― 俺には無理だと思いますが

 特定の師を持たぬハーキムが契約を結ぶのは、どう考えても不可能であった。

「じゃあイブリースはどうだ?」
「ラズワルドさまが言うイブリースって、魔王の兄ですよね? それとも俺たちが知らない別のイブリースがいるんですか?」

 イブリース ―― 魔王の兄として知られる火の精霊。こちらは名は知られているものの、やはり契約を結んだ人間はいない。

「そうだ、魔王の兄イブリースだ。元精霊王たる弟に比べると、大人しいって精霊王が言ってた。力も到底弟魔王には及ばないらしいが」

 暴虐を続ける弟を諫めようとしたイブリースだが、力が及ばず止めることができず、最終手段として現精霊王に頼んだというのは、わりと知られた伝承である。

「基準が駄目です、ラズワルドさま。魔王とか精霊界でも、もてあまされた屑じゃないですか! そんな屑を基準にしたら、大体大人しいです!」

 ペルセア王国でもっとも恐怖される魔王を屑と言い捨てる、それがハーフェズという美少年。

「そうか。じゃあ……」
「ラズワルドさまが思う精霊はきっと駄目です。神々に近すぎて駄目です。もっと人間に近い精霊じゃないと」
「ふむ……」

 神の子の中でも飛び抜けて神に近いラズワルドが思い浮かべる精霊は、さすがに人の身で操るのは無謀。

「契約する精霊の種類に関しては、ハーキムと追々話し合います」
「そこは人間同士で話し合ったほうが良いようだな」

―― ラズワルド公柱……その男と俺は、まったく違います

 無言で聞いているハーキムの内心は「そいつと自分は違います」であった。なにせ精霊王をして「ラーミンをも使えるだろう」と言われたファルジャード。そんな奴と自分を同じに括るのは……そうは思ったが、話して良いと命じられていないので沈黙を貫く。

「はい。それとラズワルド公に事前に説明しておきますが、契約は同種の精霊と行います」
「同種の精霊? どういうことだ、ファルジャード」
「ラズワルド公もご存じでしょうが、精霊使いは精霊を使う際、証に触れる必要があります。そのため触れやすい顔や腕などに証が刻まれます」
「そうだな」
「ほぼ同じことができる精霊二種と契約を結び、片方は顔の目立つところ、もう片方は見えぬ箇所に証を刻むことで、ハーキムが術を使っていないように見せるのです」
「…………ああ、そうか。ハーキムではない誰かが、いるように思わせるのか」
「はい。実際はハーキムが術を使っているのですが、見える刻印に触れていなければ、他者には分かりません」
「へえ……でも、刻印に触れなきゃ駄目なんだろう?」
「はい。ですが手で触れなくてはならないという決まりはありません。手の甲に証を持つ精霊使いが、自らの腹に触れて術を行使したという記述も残っております。証に術者の体の一部が触れればそれで術は行使することができるのです。もちろん、ラズワルド公は別です。あくまでも人間が精霊を使う場合の話です」
「ふーん」
「そこでラズワルド公にどうしてもお力を貸していただきたい」
「なんだ?」
「精霊との契約の証についてです」

 精霊と契約を結ぶと、体のどこかに契約の証たる模様が浮かぶ。この証は、人間側からは指定できず、精霊が好きな箇所に刻むのだが、二つのうちの一つは人目に付かない箇所に刻み、敵を欺きたいというもの。

「片方は顔か手の甲あたりで、もう片方は見えない場所にしたいから、指定した場所に証を刻んで欲しい。ということだな」
「はい」
「分かった。精霊王に頼んでみよう。ところで、見えない箇所とはどこだ?」
「それをこれから、捜しますので ――」

 ファルジャードはハーキムの体を調べるので、少し時間を下さいと言い、ラズワルドとハーフェズ以外の者たちと共に部屋を出た。

「ハーキムとファルジャードは分かるんだが、バルディアーとかセリームとかラヒムとかワーディはなんの為に連れて行ったんだ」
「なんの為に連れて行ったって言うより、俺だけ置いて行かれたことのほうが問題のような」
「それは、わたしが暇しないようにだろう。ハーフェズ、笛を吹け」
「分かりました、ラズワルドさま!」

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

「男性器に証を刻もうと思っている」

 一柱と一人を残して部屋を移動し ―― 知者が開口一番に放った台詞が上記である。
 聞いた彼らは困惑の表情を浮かべるも、言った側はしごく真面目であった。長めの榛色の髪を手で梳き、

「男性器に刻めば、簡単には見つからん」
 
 同じことを繰り返す。

「ファルジャード、いきなりなにを言ってるんだ!」

 いきなりの発言にセリームが叫ぶが、

「本気だ。というわけで、ハーキム服を脱いでくれ」

 ファルジャードの表情は真面目そのものであった。彼は不貞不貞しく不遜な男ではあるが、神の子に対しては忠実で、ラズワルドに対しては特に真摯であった。
 茶化しているのではないことは明らかなので、ハーキムは服を脱ぎ全裸になる。
 
「……立派だな」
「どうも、ファルジャード卿」

 初めてハーキムの男性器を見たファルジャードは、これに関しては己の完全敗北を、素直に受け入れた。そのくらい立派であった。
 一緒に風呂に入って見慣れているワーディやバルディアーは「最初見た時は、俺たちもそうなった」と、ファルジャード同様視線が釘付けになっているセリームやラヒムを見つめる。

「触るがいいか?」
「ど、どうぞ」

 ファルジャードは陰茎を持ち上げて、陰嚢と触れる付け根部分を人差し指で押す。

「ここなら、余程のことがないかぎり、証と触れたままだろう」

 陰嚢を押されたハーキムは、困惑しながら答える。

「俺の側からは見えませんが、言いたいことは分かります」

 ファルジャードは陰茎から手を離し、陰嚢と触れる陰茎に証を刻んで良いかと問われ、ハーキムは異存はないと返した。

「それでな、ハーキム。できればここに証があることは、知られないようにして欲しい」
「誰も、ここは見ないかと」

 肉体経験のないハーキムには、ファルジャードの言わんとすることが、よく分からなかった ―― 要は口淫を避けろということなのだが、経験したことのない少年には分からない。
 そこでファルジャードは、経験者であるバルディアーに依頼する。

「バルディアー卿。教えてやってくれないか?」
「それは構いませんが、本人を相手にしても、どのような状況かは分からないと思うので……えっと、セリームさん体を貸してくださいませんか?」

 バルディアーは金さえもらえれば、人前で性行為をすることも可能である ―― 相手がカスラーの場合はどうかは分からないが、元男娼は基本的に性行為に羞恥はない。まして今は証が見つからないようにするためには、どのような体勢で行為をすべきかという、真剣な状況なので、バルディアーに躊躇いなどは一切なかった。

「え……あ、うん。待って」

 ただ対する、いきなり体を貸して欲しいと言われたセリームは「こういう運びになるなら、前もって教えてくれよファルジャード」と言いながらも服を脱ぎ、もっとも大事な箇所を手で隠す。

「セリーム、そこを隠されたら意味がない」
「恥ずかしいんだよ! ファルジャード」

 口淫をする側のバルディアーは服を着たまま。

「男同士だろ」
「男同士だから恥ずかしいんだよ!」

 セリームは小さいわけではないのだが、ハーキムに比べると随分と慎ましやかな自分の男性器が恥ずかしくて仕方なかった。

「ちょっとお借りするだけですので」

 バルディアーはそう言うと立っているハーキムの前に膝をつき、陰茎を手にとり口の側まで持ってくる ――

「陰茎を口に加えてしごくのが口淫という。ここに証を刻むのなら、口淫はこの体勢で行うように……と、ファルジャード卿は言いたかったんだと思う」
「お、おお……そ、そういうこと、したりするのか」

 未経験者のハーキムには、なかなか刺激が強い状況。

「別にしなくてもいいんだけど、買った相手によっては、してくる相手もいるから」
「それは男でも女でも?」
「どっちでもするよ。まあ男のほうが多いかなあ」
「そ、そうか」

 自分と二つほどしか違わないバルディアーの淡々とした説明に、ハーキムは大きな体を思わずくねらせる。

「それで……セリームさん、仰向けに寝てもらえます」

 恥ずかしさで顔を手で隠しながらセリームは仰向けになり、バルディアーがその上に乗る。勿論頭部は男性器側で、それを優しく掴み上げる。

「この体勢での口淫は避けたほうが良いと思うよ。これだと、ほら、さっきファルジャード卿が触れていた箇所が丸見えになるから」
「あー。そういう体勢にもなるのか?」
「口淫をされながら、している相手にするのが好きという人もいるから。ハーキムが主導権を握っている場合は、この体勢は避けたほうがいいよ」

 さくさくと説明をしたバルディアーは、恥ずかしさで立ち上がれないセリームの肩にそっと服を掛けてやる。

「というわけで、そこに証を刻む。注意すべきことも分かったな、ハーキム」
「ああ……」

 ハーキムたちは服を着直し、葦笛の音が聞こえるラズワルドが居る部屋へと戻った。そして ――

「聞いても今ひとつ分からん。場所を見せてくれ」

 陰茎も陰嚢も分かるラズワルドだが、説明を聞いても、はっきりと分からないので、見せろと言い出した。
 男だけなら裸になるのも、口淫の真似事をするのも出来るが、神の娘の前で全裸になって陰茎を持ち上げ「この部分」というのは、不敬極まりないことなので ――

「仕方ありませんね!」

 ただ一人、ラズワルドに全てを見せることに抵抗のない乳兄弟ハーフェズが、赤いサッシュベルトを外し下半身を露わにする。

「指さしていいですよ、ファルジャード」
「感謝する」

 ハーフェズにより、ラズワルドは一番重要な精霊との契約の証を刻む場所をはっきりと認識し ―― 後日精霊王は、ラズワルドにその箇所を指示されたのだが、雑な娘は「雑」な上に「娘」なので、男性器の扱いについて全く知らず、それは乱暴に、そして粗雑に扱った。

 それから一ヶ月もしないうちに、ヤーシャールから手紙が届き、

「ラズワルドさま、どうしたんですか?」
「精霊王に優しくしなくてもいいが、精霊王の男性器はもう少し優しくしてやってくれと書かれている」

 その乱暴さを、やんわりと咎められた。

「ラズワルドさま、どんな扱いしたんですか?」
「前の物を力の限り引っ張って、後ろの丸みを帯びているのを力の限り引っ張って……」
「それは酷いです! ラズワルドさまらしいですけれど、酷すぎます!」

 ハーフェズが股間を押さえた上に泣きそうになっていた ―― だがハーフェズは、泣き虫。よく泣きそうになるので、ラズワルドは特に深刻に捉えなかった。なにより相手は魔王より遙かに強い精霊王なので。