ラズワルド、魔王の欠片を鎧袖一触する

 王都の王宮近くに後宮ハレム神殿と呼ばれている、外界から隔離された建物がある。正式な名は違うが、王族の後宮ハレムに収める女奴隷たちを半年ほど隔離する施設ゆえ、その名で呼ばれていた。
 女奴隷たちは半年の間、王族のためにそこで踊りや歌や性技を教え込まれる。
 そのような場所がなぜ神殿と呼ばれるのか? それは女奴隷の出身地によっては、異教徒の場合もあるので、改宗が必要であり、それを執り行うのは神官の仕事ゆえ、出入りが多いので、いつしかそう呼ばれるようになった。
 どの国出身でも後宮ハレムの女奴隷になれるが、異教徒は後宮ハレムの女奴隷にはなれない。
 これはペルセア王国だけではなく、近隣諸国どこでも同じことである。そして正妃も後宮ハレム神殿にて、しっかりと教育が施される。

「アルデシールが? ……ああ、妃を迎えにきたのですか」

 後宮ハレム神殿で半年過ごした女奴隷たちは、通常宦官ハーディムによって王宮の後宮ハレムにまとめて連れて行かれるのだが、正妃だけは夫となる王族が宦官ハーディムを伴い迎えに来る。 
 アルデシールが十九になったこと、正妃を迎え同衾を済ませたら、立太子されることをメフルザードからファリドは聞かされた。

「ラズワルドが戴冠式のときに困らぬよう、教えてあげられるように、一度くらい顔を見ておきましょうか」

 十歳で神殿入りしてから十六年になるファリドだが、アルデシールの顔を見たことはなかった。彼もラズワルドと同じで、王子というものにとくに興味を持たず、アルダヴァーンの影響が強いため王宮に足を運ぶこともないので、アルデシールの容姿を知らなかった。

「アルデシールも喜ぶであろう」
「そうですかね」

 フラーテスに育てられ王宮よりのメフルザードにそう言われ、アルデシールを呼びつけたファリドは ―― 当たり障りのない言葉をかけて下がらせた。

「ジャバード。彼がアルデシール王子なのですか?」
「はい……いかがなさいました」

 アルデシールが去ったあと、側にいたジャバードに「あれがアルデシールなのか」と重ねて尋ねた。

「魔王の拍動らしきものを感じます……」
「それは!」
「ゴシュターブスが即位してから、一年経っていますね。もう間に合わないかもしれませんが、なにもしないわけにはかないでしょう」

 ファリドは数名の神の子と、ヤーシャールの側近カイヴァーンを集め、大将軍マーザンダーラーンを呼び出した頃には、すでに夜も更けたころであった。
 青の大理石で囲まれた部屋に足を踏み入れた大将軍は、剛胆な彼らしからぬほどに緊張していた。
 高い位置にいる神の子の前で平伏し、言葉がかかるのを待つ。

「マーザンダーラーン。王弟エスファンデルが屠った贄の娘と、アルデシールは似ていますか?」

 唐突に呼び出され、思いもよらぬことを尋ねられた大将軍は、平伏の姿勢のまま暫し硬直し、

「似ております」

 一年ほど前、贄となった王の娘・・・の姿を思い出し答えた。

「アルデシールを見ましたが、女性らしさはありませんね。あなたは何処を見て似ていると感じたのですか?」
「それは……顔だちは似てはおりませぬが、アルデシール王子同様、容姿が整っていることと、黒髪で橄欖オリーブ色をした瞳から、似ていると思いました」
「そうですか……カイヴァーン、一年ほど前に屍食鬼の巣を征伐しましたね。その際の出来事を、ハーフェズが見つけたところから、大将軍に教えてあげなさい」
「御意」

 カイヴァーンはファルナケス二世を祖廟に葬るための移動の際、ラズワルドとハーフェズが屍食鬼の巣を見つけたこと。その巣にいた牝の屍食鬼は全て元は人間で、黒髪に橄欖オリーブ色の瞳を持った美しい、二十前後の女であったこと、そして一人が何かの身代わりとして、どこかに連れて行かれたことを告げた。

「マーザンダーラーン。封印の贄は、確かにゴシュターブスの娘だったのですか?」
「それは……別人と言われれば別人だったような気もいたします。わたくしめが王の娘に会ったのは、十三年前と一年前の二度のみ。十二年も経てば女子おなごの容姿は相当変わりますし、連れて来る際に狂乱し……」

 ファリドに語っているうちに、大将軍はおかしなことに気付く。兵士たちが連れてきた王女は、猿ぐつわをされていたが、兵士たちは「女が暴れたので猿ぐつわを噛ませた」と言っていた。また邸を出るときから興奮状態であったとも。

「王の娘は生け贄にするためだけに育てておりました。余計な知識を一切つけぬよう、読み書きを教えず、周囲に協力者が出来ぬよう、一年で使用人を総入れ替えもしておりました……あの王の娘が、なぜ連れ出される時に、それほど暴れたのか。警戒心のない娘に育っていると報告があったのに……」

 二十二年間なにも教えられずに生きてきた王の娘が、あの場面でなぜそこまで必死に抵抗したのか。

「その時御主は”異変を感じたのだろう”とでも考えたのかな?」

 アルダヴァーンが大将軍に声を掛ける。

「仰る通りに御座います」

 大将軍は本能的に異変を感じ、必死に抵抗したのではないかと解釈した。

「人間として育てなかった人間が、人間の反応を示したのを見過ごしたということですな」

 警戒心を育てないということは、騙されやすいということでもある ――

「……」
「まだ、決まったわけではありませんが、屍食鬼が作られた時期、場所、選ばれた女たちの容姿と、あまり良い状況ではありませんな」

 アルダヴァーンがため息を吐き出すと、ファリドがそれどこではないと続ける。

「最悪の状況ですよ、アルダヴァーン。先ほどアルデシールを見たところ、微かではありますが魔王の拍動が感じられました。急ぎアルデシールを封印の贄にしなければ、魔王の封印が解け……遅かったようですね。いや、早かったというべきでしょうか」

 夜の闇に包まれていた王都が一瞬にして赤く禍々しい、炎のような物に取り囲まれた。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 ファリドたちがラズワルドの知らない「封印の贄」だの「魔王の拍動」などの話をし始めた頃、ラズワルドは城壁外で熟睡していた。
 この日ラズワルドは、草原生活が長かったため、いまだに王都の神殿生活に馴染めないでいるシャーローンを連れて、王都周辺を散策していた。
 この散策は何度もしており、いつもは一緒に神殿に入ったイェガーネフもいるのだが、彼女は任務で祖廟に趣いているため、残念ながらいなかった。
 そしてこれもいつも通りでシャーローンの希望を聞き、城壁の外で野営をすることになっていた。「あまり遠くに行ってはいけませんよ」とファリドから注意されていたので、ラズワルドの実家から最も近い北の城門の近くで休むことに。

「料理上手くなったな」
「そのために買われたんだから、当然のことだ、ラズワルド公」
「ラヒム、耳が真っ赤ですよ」
「言うなよ! ハーフェズ」

 ラズワルドはこの三日後、アッバースに行くことになっているので、ラヒムが道中、野営の場でも料理が作れるかどうかの確認もしていた。
 ラヒムは文句を言いながら、習った通りに煉瓦を積んで竈を作り、きゃべつと卵のスープ、泊夫藍飯サフランチェロに、新鮮な仔牛の薄いヒレ肉を一枚ずつ串に刺し、両面に溶かした牛酪バターを塗り焼いたものなどを、手際よくそして大量に作った。
 料理はシャーローンやその部下たちにも振る舞われ、非常に好評であった。

「当たり前だろう。公柱の料理の残りなんだからな」
「ラヒム、褒められて嬉しいって言ってますー」
「変に訳すな! ハーフェズ」

 ラヒムは明日の朝食を作るために、ラズワルドたちと共に城壁外に留まった。

「明日は家に帰って、マリートのご飯を食べて、メフラーブに用意してもらった薬草学の本を持って帰って、あとは奴隷を買いに行かなきゃな」

 ラズワルドのアッバース滞在は期間などは決まっていないが、最低でも一年は滞在することになる。「準備は完璧!」と思っていたラズワルドなのだが、ここに来る前に実家に顔を出した時、マリートがますます老けたことに気付いた。
 現在マリートはラズワルドが買い取り、下宿にしていた家に住まわせている。もちろん老けても元気なのだが、マリートに長生きして欲しいと常々思っているラズワルドは、メフラーブに「長生きさせるには、どうしたらいい?」と尋ねたところ「無理させないほうが良いだろうな。ラヒムが居なくなると、力の要る作業が大変かも知れんな。マリートの補助をする奴隷を通わせるか」 ―― それを聞いたラズワルドが、旅立つ前に自分の目で新たな奴隷を選び購入することを決めた。

「ラズワルドは、どんな奴隷買うつもりなの?」
「そうだなあ。今回は仕事の補佐だから、そんなに厳しい条件はないけど、力仕事をさせると考えると男のほうがいいかな」
「女でも力が強い人はいるけどね、ばあちゃんみたいに」
「シャーローン、またトミュの話を聞かせろ」
「いいよ。ばあちゃんの話、まだまだたくさんあるから」

 マッサゲタイの女王トミュや、シャーローンの側近であるサッタールの故郷ハザール海のほとりラシュトの名産であるキャビアについて聞き、満月が照らす夜空のもと、二柱は野営用の夜具に包まり眠りについた ―― サッタールとその部隊は、不寝番として周囲に注意を払っている。
 バルディアーとハーフェズも不寝番をしているが、居眠りしてしまい体が左右によく揺れている。
 ラヒムは少しばかり習った剣を抱いて、竈に背を預けて眠っていた。城門が見える場所での野営は、何ともなく終わる筈であった。
 夜も随分と更け、城壁外で寝泊まりをしている者たちの声も、聞こえなくなってきた頃、

「……!」

 口を半分開き荷物にもたれ掛かっていたハーフェズが、突如目を開くと弾かれたように立ち上がり、辺りを見回す。

「もう少し静かにせぬと、神の子の眠りを妨げてしまう」

 サッタールにそう声を掛けられたハーフェズだが、彼の言葉を無視してラズワルドを揺すり起こす。

「ラズワルドさま、起きてください! ラズワルドさま!」

 揺すられたラズワルドは「お? あ?」と ―― まだほとんど眠っているめ、何が起こったのか分からないとおかしな声を上げる。

「おい、ハーフェズ」

 神の子をそんなに粗雑に扱うなと、サッタールが止めようとするのだが、

「ラズワルドさま! ラズワルドさま! 助けてください!」

 ハーフェズの声は大きくなる一方で、ラズワルドを揺する手にも力が更に籠もる。その声に、バルディアーやラヒムも目を覚まし、

「はーふぇじゅ、どした」

 熟睡していたラズワルドも、目を擦りながら頑張って起き上がった。
 隣で眠っていたシャーローンも、さすがに目を覚まし、ラズワルドと同じように目を擦りながら上体を起こす。

「ラズワルドさま、変なんです! 王都から嫌な気配がするんです!」
「? …………わたしには分からんが、ハーフェズが言うんだから、なにかあるんだろう。それで、なにが変なんだ?」

 シャーローンに分かるか? と、金が散りばめられている群青の瞳を向けるも、彼も分からないと首を振る。

「すごく嫌な気配なんです」
「わたしたちが感じられないほど小さいが、もの凄く嫌な気配なんだな?」

 ハーフェズは魔物を屠る力を持ってはいないが、異変を察知する力が極めて高いことは、他の武装神官たちも知っているので、サッタール隊に緊張が走る。

「はい」
「それが、どうして変なんだ?」
「いきなり現れたんです! いや、まだ現れていないんですけど、現れるのが分かる……」

 ラズワルドは長い深藍の髪を手でかき上げる。暗闇を物ともせぬ瞳でぐるりと地平線を眺め、そして月が照らす夜空を見上げ、辺りの気配を窺う。

「魔物が飛んでくるとかじゃないんだな? ハーフェズ」

 飛行する魔物は魔王の直属である可能性が極めて高いため、ハーフェズが遠くのそれを感知したとしたら、ラズワルドを慌てて起こしたのも納得できるのだが、

「違います」

 ハーフェズはすでに王都に居ると言い張る。
 サッタールとその隊員たちも王都の気配を探るが、おかしなものを感じることはできなかった。

「なにが起こるか分からんが、何が起こっても大丈夫なようにしておくから、安心しろハーフェズ」

 ハーフェズの頭を撫でながら、心配するなよと ―― そう、ラズワルドが言った時であった。王都の城壁が一瞬にして、炎のようなものに包まれる。
 城壁に背を預けて眠っていた者たちは、なにが起こったのかも分からず蒸発し、夜通し焚かれている焚き火が大きな炎となり、人々に襲い掛かり、あちらこちらから悲鳴が上がる。

「ラズワルドさま!」
「ハーフェズ、お前が感じていたのはこれ・・か?」

 その炎は拍動しているとしか言いようのない動きをしており、その様が不気味さをより際立たせていた。

「はい」
「そりゃ、恐かっただろう。王都を取り囲んだこいつは魔王だ」

 ラズワルドの言葉に武装神官たちとラヒムが、一斉に呆けたような表情になり、そして戦慄する。

「ハーフェズ! あれ!」

 ”魔王”と聞いたバルディアーは、魔王が封印されているという魔の山へと視線を向けた。闇夜ゆえ魔の山の場所など分からない筈なのだが、目の前の蠢く禍々しい赤い炎と同じものが、くっきりと浮かび上がっていた。

「えっと、あのラズワルドさま。魔王、復活しちゃったんですか」
「復活はしてないと思う。でも復活しかかってるんじゃないかな。ちょっと待ってろハーフェズ」

 ラズワルドは城壁に両手の平を向け、メルカルト神を讃える一節を歌う。すると王都を囲んだ魔王赤い炎が、青い光に変わった。
 それからしばらくラズワルドはそのままの姿勢で神を讃え、青い光の壁にラズワルドたちの額にある神の文様が浮かび上がった。
 王都の周囲は青く照らされ、人々は現れた文様に祈りを捧げる。

「下準備は終わった。あとは内側から連絡があるまで待つぞ。シャーローンは、飛んでくる敵みたいなのが居たら撃ち落としてくれ」

 すでに荷物から弓と矢筒を取り出し、装備したシャーローンが笑顔で頷く。彼は長年弓矢を使ってきたため、弓と矢がなくては神の力を上手く操れない。

「任せておいて。でもさ、ラズワルド。なんでさっきの魔王赤い炎壊さなかったの? 簡単でしょ」

 ただ力そのものは弱いわけではない。先ほどの武装神官たちも動けなくなるような、拍動する炎程度ならば、上手く力を操らなくても壊すことはできる。

「壊すだけなら簡単だが、これ単純に壊すとあちらこちらに被害が及ぶんだ。昔、精霊界で暴虐の限りを尽くしていた魔王を、いまの精霊王が討ったんだが、この精霊王、まあ面倒が嫌いな奴でな。最初は周りの奴らがどんなに困っていても、手を貸さなかったんだ。なにより精霊王と魔王は種族が違うから、同族の奴らで処分しろってな。そこで魔王の兄が倒そうとしたんだが、力が拮抗しているせいで、ぶつかると周囲に被害が及んで困り果てたらしい。実際人間の世界にも被害が及んだんだってさ。コフェルス衝突よりも酷かったらしい。それで、倒したら被害が甚大になるというとで、精霊王に被害が及ばぬよう倒して欲しいと懇願して、魔王の力を五つの石に閉じ込めて……というわけで、魔王って備えなしに殴るとこっちに跳ね返ってくるんだ。いや、わたしとかシャーローンは問題はないがな」
「そっか。じゃあどうするの?」
「もうすぐ、王都内で準備が整う筈だから。そうしたら、壊すさ。そうだ、野営を撤収してくれ」

 ラズワルドはそう言いつけると、城門へと近づき、大きな声で顔なじみの宿直門兵に声を掛けた。

「いいか、この赤いのは触るんじゃないぞ。すぐにわたしたち、神の子が退けるから、それまで我慢しろ」

 ラズワルドが大声で叫ぶと、分厚い門の内側から歓声のような声が聞こえた ―― 分厚い城門を通しても聞こえるように、腹から声を出して彼らを鼓舞し、

「大丈夫そうだな」

 ハーフェズから受け取った水筒で喉を潤す。

「えっと……向こう側から声聞こえてきたんですか?」
「みんなの声、聞こえただろ?」
「聞こえませんでしたよ。ラズワルドさまが一人でお話しているような状態でした」
「……」
「……」
「聞こえていないと」
「はい、全然聞こえませんでした」

 ラズワルドは腕を組み、自分が作った青い光の壁を見上げる。

「今も内側から無数の声、聞こえてくるんだけどな」
「静かなもんですよ。俺の声もきっと聞こえてませんよ」
「……そうなんだろうな」

 野営の撤収も終わり、全員がいつでも動ける体勢になり ――

「ラズワルド」

 人間にはなにも聞こえなかった城門内側から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「ヤーシャール。来たか! 事情を聞きたいが、まずは王都を囲んでいる魔王の一部を吹っ飛ばすんだろ! こっちの準備は出来てるよ」

「全員無事か」
「もちろんだ」
「大丈夫だよ、ヤーシャール」
「ラズワルドとシャーローンがそこに居て良かった。ハーフェズ、側にいるか?」
「はい居ます」

 ハーフェズの返事は、城門内側にいる人間には聞こえていない。

「こちらが合図を出したら、三十数えてくれ。ラズワルド、ハーフェズが三十を数え終わったら、最大限に手加減をして、王都を囲んでいる魔王を弾き飛ばしてくれ。シャーローン、万が一に備えて周囲に注意を払ってくれ」
「分かった」
「分かりました、ヤーシャール公」
「任せて、ヤーシャール」
「では数えてくれ」

 ハーフェズが数えると同時に、ヤーシャールは目を閉じ手の平を天に向け神経を集中させる。すると先ほどラズワルドが城壁外でしたのと同じように、辺りが青い光で包まれる。
 異様な気配に目を覚まし、騒いでいた者たちは青い光に歓声を上げる。

「十五、十六」

 ハーフェズが十五を数える頃には、あたりは完全に青い光で包まれ、そして三十を数えたところで、天空が割れたのではないかという轟音が響き渡り ―― 青い光は消え、そして魔王の炎も消え去った。
 だが王都の空は赤く照らされている。

「王宮が燃えてる!」

 誰かがそう叫んだ。だがヤーシャールたちはそれを一切気にすることなく、青い聖火を明かりに門を開けさせ、

「どうだった? ヤーシャール」

 ラズワルドたちと再会を果たした。

「魔王の力はどうということはないが、お前の力が凄くて困ったよ、ラズワルド。西にはアルダヴァーン、南にはシアーマク、東にはファリドが居て、全員俺と同じように力を込めてやっとだったぞ」
「随分力を小さくしたつもりだったんだけどなあ」

 ラズワルドは腕を組み、心外だとばかりに体を揺らす。

「ところで、どこか行くのか? ヤーシャール」

 ヤーシャールと、彼が率いてきたであろう部隊全員が武装しており、軍馬を連れてきていた。

「死者が蘇ったらしい」
「うえ……あ、でもそうか。死者を鎮めに行くのか」
「ああ。まずは王都近くの安全を確保するため、俺は貴族の墓地に、シャーローンは奴隷墓地に、ラズワルドは自由民の墓地に行くことになった」
「これから?」
「そうだ。幸い、城壁外で遊んで野営の準備をしてきているから、行けるだろ」

 ヤーシャールの視線を受けたシャーローンは元気に頷き、方角を聞くと、

「行くぞ!」

 号令をかけるや否や、馬の腹を蹴り、風のように駆け出した ――

「シャーローン公! お待ちを! つ、続け!」

 その後、護衛でもあるサッタール隊が追いかけるが、

「あれ、追いつけそうにないよな」
「無理でしょうね。サッタールさん、俺よりずっと乗馬お上手なんですが、馬上生活が長かったシャーローン公はさすがとしか」

 暗がりをものともせぬラズワルドの目を持ってしても、シャーローンの姿はもはや捉えることができなかった。