裏切り者の帰還[45]
―― 放送部も由緒正しいんですよ

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 無事に会戦を終えて大将となったゾローデと共に帝星へと向かっている面々の一人、ヒュリアネデキュア公爵。
 ゾローデが疲労で意識を失った原因ではないかとされている、礼儀作法を教えていた彼だが、
「儂が本気で教えたら、初日で意識失っておるわ」
「言い返せないのが悔しいな、おい」
 あまりにも見事で納得できる返答の前に、ラスカティア以下全員が沈黙することとなった。

 ゾローデに礼儀作法を教えるはずの時間が空いた公爵は、一人部屋で読書を楽しんでいた。表情は難しく、読んでいる本も難しいが、公爵は楽しんでいた。
「……通信じゃと」
 公爵は右手に持っていた本から顔を上げる。部屋に設置されているモニターが突如起動したのだ。
 公爵は純然たる貴族であり、礼儀作法を遵守させる。
 連絡などを受け取る際は侍従が連絡を受けて公爵に直接知らせ、許可が出てから繋ぐようになっている。
 礼儀作法に厳しい国ゆえに、公爵の上に立つテルロバールノル王であってもしっかりと手順を踏み、連絡をしてくる。
 守らないのは、いまは遠く離れているクレスタークくらいのもの。
「なんのつもりじゃ」
 本に栞を挟みテーブルに置いて、前髪をかき上げながら画面に視線を移す。
「クレス……侯ヴィオーヴ?」
 柔らかそうな雰囲気がある黒髪の顔見知りではなく、
『初めまして』
 灰色の髪で左右の目の色もほぼ同じの【僭主の末裔】が現れた。
「貴様、なにものじゃ?」
<俺と同じ……はいはい、黙ってますよ、貴族王様>
 それがゾローデではないことに、公爵はすぐに気付いた。見た目は同じだが、全てが違う ―― 彼がクレスタークで知った、自分自身にも起こる《変異》に良く似ていたためだ。
『ザロナティオンさんって人、連れてきてくれませんか?』
 何故か上半身が裸で ―― 下半身は映し出されていないので不明 ―― 体になにか塗ったわけでもないのに煌めいて、
「帝王を連れてこいじゃと?」
 画面越しの空気も輝いているよう、公爵には見えた
―― 映像機器の不調か?
『あのオーランドリス伯爵さんのところに居るのでしょう? 連れてきてください。貴方もご一緒にどうぞ?』
「貴様……何者かは知らぬが」
『大昔のガニュメデイーロでーす!』
 合いの手を挟む絶妙のタイミング。まさに皇王族のそれであった。
「そうか……大人しくてして待っておれ。いいか儂と帝王が行くまで喋るでないぞ! あと、服を着るのじゃ! 上下とも着るのじゃ!」
『分かりました。お待ちしていますよ』
 通信が切れ、公爵の部屋は静けさが戻る。
「……」
 公爵は侍従を呼び、オーランドリス伯爵に訪問するので、大至急時間を作るように伝えるよう指示を出してから着換えを始めた。
<あれなんだ。おい、答えろ貴族王>
「煩い」
<お前、本当に貴族王さまだなあ>
「儂のことを貴族王というのは止めよと言った筈じゃが」
<俺が、命令聞くような男かよ>
「儂の周囲に居る者どもときたら」
 皇帝に謁見する際に着用する衣装に着替え、部屋を出る際に、
「通信機の調子が悪い。確認しておくように」
「かしこまりました」
 そのように言いオーランドリス伯爵の元へと急ぐ。
「なに? ハンヴェル」
 オーランドリス伯爵は格好だけは兄たちの努力と趣味により、公爵に叱責されない洋服をいつも着用している。
「大至急、侯ヴィオーヴのところへ行く。あの男ではない誰かが帝王を連れてこいとな」
「分かった。じゃあね――――ほう? 私をか」
「はい」
 現れた帝王に頭を下げ《彼》と共にゾローデの部屋へと急ぐ。
 途中、オーランドリス伯爵から言いつかった仕事を終えたジアノールが遭遇するも、公爵と共に歩いているのでジアノールは何も言わずに頭を下げて見送るだけ。

―― 何処へ、なにを? 聞きたかねえけど、聞いておいたほうが無難かなあ

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「お待ちしておりました!」
 ゾローデの寝室へと踏み込むと、過労により倒れ療養を命じられている男とは思えないほど、艶やかで煌めいて輝いている《誰か》が二人を出迎えた。
「帝王。これは侯ヴィオーヴではありません」
 顔が整っているゾローデだが、笑顔の華やかさがまるで違う。溢れ出してくる気品に公爵も少々驚いた。
「そのようだな。私を呼んだのはお前か?」
「はい。私です」
 公爵の指示通り服を着た、笑顔華やか、体の動きは完璧にガニュメデイーロのゾローデが、悪びれると言う言葉を知らぬのであろう――思わせる態度ではっきりとした返事をする。
 ちなみにガニュメデイーロの動きというのは一言で表すなら”滑らか”
 それもただ”滑らか”なのではなく、礼儀作法を完璧に習得した上での滑らかさ。正式な格好が腰布一枚のみ。あとは体の動きで完全さを見せなくてはならない、色々な意味で高度な職業。
「私がザロナティオンだ」
「初めまして。私はゾフィアーネ大公だった男です。ララシュアラファークフの祖父に該当する皇王族と言えば分かっていただけるでしょうか? あ、どうぞ腰をかけてください。まあまあ、気にせずに。はいはい! 私のものじゃありませんけど、ゾローデ君は気にするような細かい男じゃありません。はいはい! 座って、座って!」
―― 完全に皇王族じゃ……儂が最高に苦手なタイプじゃ
 公爵は自分の内側に僅かながら存在するゾフィアーネ大公だった男を目の当たりにして、自分は薄れた記憶だけを所持していて良かったと、そして……
<なに情けないこと言ってるんだよ。俺のほうがマシってなんだよ、おい>
―― 鬼畜はいいのじゃ、鬼畜はのう
「ああ。それで私になんの用だ?」
 公爵と帝王の兄であった二人の会話を他所に、帝王は話しかける。
「ザロナティオンさんって、ロターヌ=エターナですよね?」
 ロターヌ=エターナは他人に触れると考えを読める能力のことをさす。
「そうだ。それを何処で知った?」
 隠していることではないが、世間に公表されていることでもない。ゾローデの出自では知らないのが普通。
「帝星メインコンピューターで」
「お前、ライフラ・プラトか」
 ライフラ・プラトは触れるだけでどのような機械の制御回路にも侵入可能な能力。
「はい。ゾローデ君が皇族爵位というものを授かったお陰で、旗艦と帝星のメインコンピューターの距離が近く、常時開きっぱなしなので易々と侵入させてもらいました」
「それで……」
「久しぶりのお喋りに付き合ってくださいよ。話を聞くと、あなたは以前にも死後会話を楽しんでいたようですが、私は本当に久しぶりなのですよ。約千五百年ぶりくらいになりますか」
「元々饒舌であった男には辛い歳月だな」
「いえいえ。私は寡黙な男ですよ。饒舌なのはあなたでしょう? ロヴィニアなのだから」
「残念ながら。私は喋ることができなかった」
 帝王ザロナティオンは生きていた頃は言葉で意志の疎通を図ることはできなかった。
「そうでしたか。そこまでは調べませんでした」
「今帝国で生きて居るものならば、誰もが知っている」
「なる程。私は貴方よりも古い時代の者です」
「分かる……お前、改竄していたな」
 公爵は気付かなかったが、帝王はあることに気付いた。
「さすが。帝国を再統一した帝王。あるいは銀狂陛下ですか」
「貴様、早う話を進めぬか」
「ローグ公爵一門は相変わらずで嬉しいですねえ」
「喜べ、昔ゾフィアーネ大公だった男。こいつらは、暗黒時代もこのままだった」
「暗黒時代……三十一番目の終わりから次の始まりまで……そして今もですね」
「そうだ」
「嬉しいですね。さてローグ公爵一門に叱られそうなので、私の話を聞いていただきましょうか」
「先程からずっと聞いているが」
「そうでしたね。貴方の能力を見込んで、私ではなくゾローデ君の記憶を見ていただけませんか?」
「どうしてだ?」
「実はゾローデ君、幼少期に殺人現場を目撃したことがあるのです」
「それで?」
「殺人犯はゾローデ君の記憶を弄るのですが、その結果、私は覚醒しました」
「なるほど」
「記憶は結局弄られたのですが、彼らは消去したと思っていますが、消えてはおりません。彼らから身を守るために、私が記憶を封印したのです」
「身近居る者が犯人か」
「はい。ところでライフラ・プラトの弱点をご存じでしょうか?」
「弱点? ライフラ・オプテとセットでなければ能力を使えないということか?」
「はい、正解です! さて私はゾローデ君の記憶を封印したわけですが、そもそも私は人の記憶に触った経験がありません。生前もっとシクに聞いていたら良かったのですが……シクとはケーリッヒリラ子爵 エディルキュレセ=エディルレゼ・シクシゼム・ヴァートスドヤードのことです。ご存じですか? ローグ公子殿」
「メディオン・ドートレルフィユ・エディルラージュの再婚相手だな。初婚は主の実兄」
「はいそうですとも。では話を戻して、早い話が門外漢が才能と美貌だけで無理矢理包み込んだ結果、開封できなくなりました!」
「……そうか。だがララシュアラファークフの末裔が思い出さずとも、お前は犯人を記憶しているのであろう? ならばお前の記憶で逮捕をするがよい。大貴族だ、その程度の融通は容易い」
「そうですねー。ですが、ゾローデ君が自ら捕まえることで記憶を取り戻すことができそうなのです」
「記憶を取り戻したい理由は?」
「一緒に私の記憶も封印してしまったのですよ」
「大切なことか?」
「はい。ペロシュレティンカンターラ・ヌビアという人物をご存じでしょうか?」
「知っている」
「稀代の宝飾品創造主じゃだろう」
 ペロシュレティンカンターラ・ヌビアは品物が残っているので信じられているが、それらが失われていたら確実に”実在したのか怪しい人”と言われるレベルの逸話を持つ人物。
「はい。私は帝国のメインコンピューターにアクセスした際に、彼の作品の一部が失われていることを知りました。死の知恵の輪が全て失われていると」
「ああ、エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエルが図面を見て、レプリカを作る機械を作ることを諦めた”あれ”か」
 異星人が驚くほど機動装甲を進化させた、現在でも基本パーツは彼が発明したものが使用されている程の天才は自分の能力では無理だと皇帝(三十七代)に告げた。
「ああ。グレイナドアが御前で図面を見て”ぶおあああ”と叫んで倒れて、一週間知恵熱を出した”あれ”か」
 ペロシュレティンカンターラ・ヌビアの作品は複製不可能。
 法律で禁じられているのではなく、単純に誰も作る事ができないのだ。複製品を作るのはある種皇帝の悲願。
 故に時の皇帝は、当代随一の頭脳の持ち主、或いは指先が器用な者にその図面を見せて、作製可能かどうかを尋ねる。
「はい。あれは失われたのではなく、保管場所にあるはずです」
 皇族が所有するペロシュレティンカンターラ・ヌビアの作品はそれほど多くはない。十六代皇帝に五つ(後に一つずつ王家に分配)十七代皇帝に一つ。当時のガニュメデイーロに七つ。この七つが死の知恵の輪である。そしてペロシュレティンカンターラ・ヌビアが敬愛していた軍妃ジオに十八。
 帝国全土にはかつて五千を超える作品があったが、内乱などで失われ、現在確認されているのは三千ほど。
「保管場所?」
 帝王は帝国が崩壊している時の皇帝のため、それらに関して詳しい知識はない。
「そういえば、死の知恵の輪と、皇帝の作製キットはガニュメデイーロが受け継ぐことになっていたな」
 対する公爵は「あの時代でもそのままだった」と《その時を知る帝王》に言われる程であり、家も途切れず続いていたので、ゾローデの内側に棲むかつてのガニュメデイーロが言わんとしていることに見当がついた。
「そうなんです。その場所に確実に隠されているはずなのです! が、ゾローデ君の記憶を守る際に、不慣れで一緒に記憶を混ぜ込んで封印させてしまって」
「お主がお主の記憶にアクセスすることはできぬのか?」
「出来ませんでした。私の記憶が混ざり込んだことで、ゾローデ君本人が犯人に辿り着けたら記憶が戻ることまでは分かりました。原理は分かりませんが!」
「なるほど」
「でもまあ、一応見ることが出来る人が居るのなら、見てもらおうかなと思いまして」
 ゾローデの左側頭部を右人差し指で突きながら、帝王に頭を近付けてくる。
「……」
 ”ぽしっ”とゾローデの頭を掴み、帝王な記憶を探ったが、
「どうですか? ザロナティオンさん」
「かつてゾフィアーネ大公だったお前が言う通り無理だな。ララシュアラファークフの末の精神すら見えん。お前の存在感が大きすぎる」
 自己主張の激しすぎる公式露出任務持ちの前に、性格凡人のゾローデの存在などかき消されてしまっていた。
<げひゃひゃひゃ! 本人が見えなくなってるとか! シャロセルテかよ!>
―― 黙れ。鬼畜皇兄

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