裏切り者の帰還[44]
 先程茶葉を補給を待っていたジアノールに、ロヒエ大公が語り出した。
「先日帝星から良い茶葉を仕入れたんだ」
「へえ……先日ですか?」
「ああ。個人でね」
「それはまた」
 前線基地は領内で生活必需品を賄うことはできるが、高価なものなどは手に入らない。それらを手に入れるには、普通は前線へとやって来る帝国軍の兵士の個人販売を頼る。ロヒエ大公のような王侯は個人で運ばせる。
「今回はラスカティアが来るから、お茶に招待して気を落ち着かせてもらおうと」

 静かな受け付けだが、それがより一層静まり返る。

 侯爵が来ることは周知の事実。ケシュマリスタ王国軍の指揮官の名を知らないで過ごせるほど、前線基地勤務は甘くはない。それでも空気は凍り付くのだ。

「トシュディアヲーシュ侯爵閣下ですか……クレスタークは今から大はしゃぎでしょう」
「うん。さっきもハンヴェルが”黙らぬか貴様。黙ったら死ぬだと? 黙って死ぬのはロヴィニアだけじゃ”って目見開いて怒ってた」
 ロヒエ大公はもの真似が上手く、特に声色を変えて喋るのが大得意。特徴がない人の真似をしても似ているのに、特徴在りすぎるヒュリアネデキュア公爵のもの真似をするものだから、
「あー」
 受け付けの三名と、申請にきている係が俯いて肩を震わせ耐えていた。
「それに是非ともヴィオーヴ侯爵ともお茶をしたくて」
「グレスちゃんの旦那様ですね」
「そう。彼、ラスカティアと同期なんだよ。ラスカティアを通して誘ってもらおうと思って」
 侯爵は前線基地へとやって来ると、大体ロヒエ大公の家で過ごす。
 彼の住居スペースはあるのだが、個人スペースなど名ばかり。部屋に篭もっているとクレスタークが押し入り(扉壊れる)逃げるとネストロア子爵に捕まりかけ、振り切るとシセレード公爵にタックルされて食事に誘われる。通常敵対関係の公爵家の当主は、知能に問題はあるが人が良いので「悪いことをしていないときは、退くという認識がない」ために、侯爵が頷くまでまとわりつく。
 侯爵が多少殴ったところで(通常の貴族なら四散レベル)シセレード公爵が認識するはずもなく、仕方なしに食事の席に着くとヒュリアネデキュア公爵が向かい側に座っており、礼儀作法を細かく指摘される。
 面倒だと思い部屋へと戻ると、壊れていたのは扉だけだった筈なのに、何故か壁まで崩壊、床がぼこぼこ。「ラスカティア来た!」と飛びかかってくるヨルハ公爵とイルギ公爵。

 戦争前にこんなことを仕掛けてくるので、過去に何度か戦闘開始前にボコボコに殴り、数名を医務室送りにしたこともある。頭では会戦前に帝国騎士をボコボコにしてはいけないと思っていても、根は戦争狂人なので止まらなくなるのだ。
 殴られているほうも戦争狂人であったり殺戮人なので全く意に介することはない。

 困るのは他のまともな人 ―― あたしたち大変なのよ。お金もらえるから止めないけど。むしろもっとやれ! かしら ―― ……いるかどうかは不明だが、とにかく困る人がいるのだ。

 侯爵も王国軍を率いている手前、会戦前は自重したいので、彼らを笑顔でいなせる頼れる皇王族ロヒエ大公のところに身を寄せていた。
 ロヒエ大公は天然ながら空気は読めるので、侯爵に「クレスタークと仲良くしなくてはいけないよ」などと諭したりはしない。もちろんクレスタークに侯爵を弄るのを止めるようにも言わない。

「上級出なのは知っていましたが、トシュディアヲーシュ侯爵と同期ですか……それなら旦那様はトシュディアヲーシュ侯爵と仲良さそうですね」
「そうだね。ヴィオーヴ侯爵についてラスカティアから幾つか聞いたから……一緒にお茶と菓子を楽しみながら、二人も交えてどうだい?」
「そうですね」
 二人は食料品を受け取り、オーランドリス伯爵の部屋へと戻った。
「キャスへのプレゼント、ラッピングどう?」
 室内に飾りとして置かれている紙を使い、ヨルハ公爵が上手に縫いぐるみとノートを包みレースのリボンで結わえていた。
 リボンのほうはドレッサーの引き出しに入っている、やはり装飾としての逸品。
「あ、カイン」
「いいんじゃないかな? シア」
「お話しにきたんだけど、いいかな?」
「いいよ」
「うん」
 ロヒエ大公が茶を淹れて、ジアノールが菓子を取り分けて皿に乗せて配る。二人だけではなく、自分とロヒエ大公の分も当然用意する。
 ここで要らぬ家臣魂を発揮して”要りません”等と言うと、口に押し込まれるか、胃袋に直接突っ込まれるかの二択しかないので、ジアノールはそんなこと言ったりはしない。

 経験とは偉大である ―― 一回経験したら、矜持もへったくれもない ――

「ラスカティアの同級生……」
 一応夫である侯爵の同級生だと聞き、ヨルハ公爵は身を乗り出し、なぜか首を振り続ける。
「成績はふるわなかったそうだけれども、入学して落第もせず卒業したのだから充分優秀と言えるだろうね」
「そりゃそうです」
 首席卒業が大勢いるので麻痺しがちだが、入学できただけで脅威的な頭脳と身体能力を持ち合わせているといえる。
「ヴィオーヴ侯爵、どんな人?」
「……!」
 会ったことのない人物に興味を持ったことのないオーランドリス伯爵が、自ら尋ねたことに、
「気になるの? カーサー」
「うん。シアは?」
「もちろん気になるけど。カーサーも楽しみにしてたんだ」
「うん」

―― グレスちゃんの旦那様が凄いつーか、グレスちゃんことゼスアラータ親王大公殿下に対する御大の忠誠心、すげーな

 ヨルハ公爵もジアノールも驚いた。
「ヴィオーヴ侯爵の人となりは本人を見て判断するとして、ラスカティアから聞いた授業外の話しをするね」
「うん」
「帝国上級士官学校はクラブ活動も盛んで、ほとんどの生徒がクラブに入る。クラブは好き放題に作れるから、結構危険なものもある。ダイレクトの”生命の危機”を感じさせるものもあれば、賭けとか借金とかインサイダー取引などで、青田刈りに精を出すクラブもある」
「ロヴィニア系のクラブか」
「そう。掛部、銀行部、株部、競馬部、トトカルチョ部……たくさんあるそうだよ。特に血筋と関わりのない……当時はね。とにかく単独のヴィオーヴ侯爵はロヴィニア系クラブのカモにされかかったが、そこを救ったのがラスカティアだ」
 所持金や資産がなくとも、卒業後の人生を担保にいくらでも賭けることができる ―― 言葉巧みに騙されそうになっていたゾローデを拳で救ったのが侯爵。
「自分で救ったと言ったの? カイン」
「いや、言ってないよ。殴ったとは聞いた。それでラスカティアはあまりお金のないヴィオーヴ侯爵のことを考え、麦部に入るように勧め、ヴィオーヴ侯爵はそれに従った」
「むぎぶ?」
「むぎぶ?」
「むぎぶ?」

『むぎぶ?』
 ゾローデも初めて聞いた時、彼らと同じように聞き返すというよりは、何を言われているのかさっぱり解りません……状態で、機械的に繰り返してしまった。

「そうか、三人とも知らないのか。麦部は帝国上級士官学校において、開校以来続いている由緒あるクラブの一つなんだ」
 皇王族出身のロヒエ大公としては、驚きもなにもない、存在して当然の”麦部”
「むぎぶが?」
「むぎぶが?」
「むぎぶが?」

『むぎぶが?』
 侯爵からも同じように言われたゾローデは、やはり彼らと同じように疑問や不審ではなく、かといって伝統だからと簡単に受け入れることもできず、反芻することしかできなかった。

「そうだよ。他には美容部、卓球部、演劇部などがある」
「卓球部は知ってる。ラスカティアやロヌスレドロファ王子が居たって、クレスタークが言ってた」
 クレスタークからその話を聞かされたヨルハ公爵は、あまりにも楽しそうだったので、前線基地でもやってみよう! と、機材を揃えてもらい卓球を楽しんでいる。ただしあまりにも攻撃的なため、余程強い者でない限り見ることが叶わず、また、然程能力のない者が挑んでくると厄介なので秘密にしていた。
「ああ。ラスカティアは二年の頃から部長を務めて、在学中は無敗だったそうだ。私も一度手合わせしてもらったころがあるけれども、あの唸る【袖】の衝撃波を避けるのが精一杯で、ピンポン球を打ち返すことはできなかった」
―― 衝撃波はいいんだが”うなるそで”ってなんだ? ピンポン球って特殊弾の一種か? 聞いたことないな。白兵戦はあんま、得意じゃないからなあ
 ジアノールがそのように考えても無理がないのかもしれない。
「それで麦部というのは、麦を育てるクラブなんだ」
「むぎを」
「むぎを」
「むぎを」

『むぎを』
 麦部というくらいなのだから、麦を育てる以外ないのは当たり前だが、当時のゾローデには意味がわからなかった。ゾローデはクラブというものがどんなものか、一応は知っていた……が、彼のその当時生きていた世界に麦部はなかった。

「そう。全て手作業で行われる。鍬を持って畝のようなものを作って麦を蒔いて、芽が出たらみんなで踏んで……踏むと強く育つらしいよ。手で刈って乾かして落ち穂拾いに精を出して、水車を組み立てて石臼を作って挽いて販売するんだよ」
 ロヒエ大公は水車を組み立ててと言っているが、実際は自分たちで図面を引いて木を切り出して水路を工夫して……と、かなり水車作業工程は長い。もちろん石臼も手作り。
「小麦を作ってるんですか?」
 やっと脳内のなにか ―― 皇王族の天然に関する特別回路 ―― が繋がったジアノールが尋ねるとロヒエ大公は軽く首を振り、
「全ての麦を育てるんだよ。小麦に大麦、ライ麦にオーツ麦にはと麦。サンバーナ麦に古代麦、エルシュマント麦などなど。地上に存在する麦を全て育てるクラブだ」
 すごいことを言いだした。
「へえ……もしかして売り上げをヴィオーヴ侯爵に?」
「いいや、売り上げはクラブ費になるから渡すことはできない。その代わりというか、調理関係のクラブが買い取って調理した後、味見してくれと持ってくる。学校で夕食後の空腹を満たすには、実費で缶詰を買うしかない。ヴィオーヴ侯爵はあまり自由になるお金がなかったので買えないが、やっぱり夜勉強していると空腹になる。その時に調理部から届けられた料理を温めなおして食べていたそうだ」
「相変わらず、トシュディアヲーシュ侯爵は細部まで心遣いできますね」
「誰一人落第者を出さないように指揮を執っての、六年連続首席を取れる男は違うよ」
「ラスカティア、なら……お金ある」
 オーランドリス伯爵が言いたいことも分かる。奢ってやればいいだろう――と。実際侯爵は気前よく、オーランドリス伯爵などに奢る。
「もちろんラスカティアはヴィオーヴ侯爵に缶詰を奢ってたそうだよ。でも頻繁に奢ると恐縮されたり、恩に着られたりと困るから、毎日奢るわけにはいかないんだよカーサー。資産持ちの貴族同士が交流の一環として奢るのとは訳が違うんだよ」
「わかった。ラスカティア、賢い」
 オーランドリス伯爵は確りと頷き、そしてドーナツに噛みついた。
「アルバイトはできなかったんですか?」
「禁止はされていないけれども、帝星の民間企業は雇わないよ、ジアノール。在学中でも高級将校だもの」
「あ、そうですね」
「ラスカティアの傘下でアルバイトさせたら良かったのに。ヨルハ公爵邸の掃除とか」
 そのような状況ならヨルハ公爵邸を事前報告なしに使っても、ヨルハ公爵としては文句はないのだが……
「それをするとヴィオーヴ侯爵の将来を制限することになるからしなかったそうだ。そこまでしてしまうと、卒業後は完全にラスカティア本人の子飼いの部下扱いになっちゃうからね。部下にしたくなかったわけじゃないよ。でもラスカティアくらいの貴族になると、気遣う必要もあるんだよ」
「そうなんだ…………」
 お菓子を食べる手を止めて、ヨルハ公爵がロヒエ大公を隈だらけの落ち窪んだ瞳で見つめる。
「どうしたの? シア」
「ラスカティアを見直した」
「それは良かった」

 その後彼らは、上級士官学校にどのようなクラブがあるのかを調べて、驚き、ロヒエ大公に説明をしてもらい過ごした。

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