「あんた達ってがめついから、んなことしたら処刑確実じゃねえの？」
「普通ならね。でもあそこまで頭いいと、どうしても”もったいない”って考えちゃうのよ」
「そんなもんか」
　かつては有無を言わせず殺されていた僭主の末裔ジアノール。
「それにさ、あの子を超える破壊行為を働いた王子が過去にいて、その人も殺されてないのよ」
「誰だよ。聞いてもわかんねえだろうけど」
　彼は奴隷として普通に暮らしていた。
　自分の運動能力が他の奴隷たちよりも優れていることには気付いていたが、それだけであった。
　十年に一度やってくる『身体測定』
　当時十歳であったジアノールは、測定を受け、そのままこの前線基地へと連れて来られて　――　十二年が経過した。
　自分がいた惑星で帝国騎士だったのは自分一人。家族はいないが血の繋がった一族は存在した。
　連れて来られてすぐに”どうなったのか？”を尋ねたら”幸せに暮らしている”と聞かされた。
　二年目に”どうなったのか？”を尋ねたら”三人死んだよ”と返ってきた。
　三年目に”どうしている？”と尋ねたら”六人死んだ”と返された。
　四年目に”なぜ殺す？”と尋ねたら”帝国騎士を作れなかったからだ”　――　そしてジアノールは自分たちが僭主の末裔であること、帝国騎士になるには人造人間の成分が必要であることを知る。
　”お前が働いている時に、楽をさせるつもりはない。お前には何度もチャンスが与えられるが、あれは帝国騎士を産むための家畜だ”
　奴隷は家畜の一種と教えられていたので、ジアノールに反発はなかった。
　良い生活が出来ると勘違いして帝国監視下に置かれた、血の繋がっていた彼らは、帝国騎士を産めなければ殺されることを知り、帝国騎士が作れなければ殺されることを知る。
　結局誰も帝国騎士を作製することはできず、彼らの一族は消された。
　死んだ者のリストを見たとき、ジアノールは苦笑いしかできなかった。ジアノールの血縁ではない者も多数含まれていたのだ。
　いい暮らしができると考えて、遠縁だと言い労働から離れた。その結末は病死。詳しい死因など書かれていない。彼らは奴隷だ、奴隷を事細かに調べるのは一度きり。帝国騎士であるか？　ないか。それだけ。

　ジアノールはわりと良い生活をしている。

「あなたも良く知ってる人よ。ロヴィニア王子で帝国騎士が良く知ってるっていったら、あの人だけよね」
「セゼナード公爵？」
　ジアノールは十歳で前線基地へとやってきた。以来、帝国騎士として、オーランドリス伯爵の側近として生きてきた。　
「その通り。あの人はウチの大天才馬鹿と違って、しっかりと実績残してるから、馬鹿行為が隠されてるけど、かなりのものよ」
　生きるのには真面目だが、貴族間の事柄に関しては詳しくはない。
　僭主の末裔であることを知り、その頃については詳しく調べて学んでいるが、現在の貴族関係には触れない。
　僭主の末裔ということもあるが、彼の性質があまりそれらを知ることを好まない。
「そうなのか？」
「あの人子供の頃、巨大鉄球作って転がして、大宮殿破壊した上に内海津波巻き起こしたり、地下迷宮を難しくするためにやたらと難しいクイズパネル作って、王すら脱出できない仕様になって一度破壊して作り直しするハメになったとか」
「功績知ってるから言い辛いが、本当に天才で馬鹿なんだな」
「ええ」
　彼は今の生活に満足している。

　ポルペーゼ公爵との話を終え、オーランドリス伯爵の武器の確認を行う。
　ジアノールはオーランドリス伯爵が出撃、帰還する際の露払いをするのが仕事である。ゾローデが帰還する場所をジベルボート伯爵が守ったのと同じように、だがそれ以上の規模と難しさで。
　オーランドリス伯爵が出撃すると敵は集中砲火を加える。その撃墜数からすると当然のこと。敵は人以上の知能を所持しているので、どこが弱いかも探り出した――それが出撃直後、また帰還寸前。
　それらを防ぐために、機動装甲が控える。
　攻撃に特化した武器であり、敵の巨大空母を墜とすのが任務の機動装甲。普通の射出・帰還口は艦隊が守るのだが、帝国最強騎士が帰還する場所は集中砲火にさらされ、艦隊では防ぎきれない。その為、機動装甲が一機、常時待機することとなった。
　その任を預けられたのがジアノール。
　ジアノールは現時点ではエヴァイルシェストではないものの、上位に戦死者が出て繰り上がることによりエヴァイルシェストになる可能性の高い男。その彼を配置しなくてはならないほどに帝国最強騎士は狙われる。

――　よくぞあれを回避して反撃、一撃で沈めるものだ

　帰還した帝国最強騎士オーランドリス伯爵が、新たなブランベルジェンカオリジンに乗り換えて出撃するまでの時間を彼は耐える。
　出撃・帰還口は一つではなく、二十を超えている。それらを全ての機体や武器などを確認するのもジアノールの仕事であった。
　仕事を終えたジアノールが部屋へと戻ると、珍しくオーランドリス伯爵からの呼び出しがきていた。
「なんだ？」
　脱ぎかけていた上着に袖を通し直し、部屋を出る。
　いかにも基地らしい飾り気のない通路をやや大股で歩き、この基地の中心にほど近い場所にあるオーランドリス伯爵の部屋へ直通のエレベーターで向かう。
　軍事基地ということもあり、各階層にある私室を貫くようにエレベーターが設置されており、部屋の主以外はパスワードを入力してドアを開き出入りする。
　パスワードを知らないものはどうするのか？
　外側に螺旋階段が回されているので、そちら側を使用するようになっている。
　ただ大貴族の部屋は一般階層の遙か上。一般建築様式に換算して百階以上を登ることになる螺旋階段を登りきって、外側のドアをノックするのは至難の業。それを易々とこなせる人物はほとんどパスワードを知っているので　――　この階段が使用されるのは戦闘時。
　前線基地は時に全ての動力を攻撃や防御に使用することがある。その際には階段で移動することとなる。

　あまり使う人はいないが。

　ジアノールがパスワードボタンに触れると、全身スキャンされパスワードが承認されてドアが開く。
　その扉の向こう側は贅をこらした部屋。
　大宮殿と同じ毛足の長い絨毯。室内を埋め尽くすのは、機能性を優先したシンプルなものとは真逆の豪華で手が込んだものばかり。タンスを例に取ると、取手一つ一つに職人の彫刻が施され宝石が埋め込まれ、内側にはびっしりと刺繍が施された布が張られ、天板部分にはステンドグラスでオーランドリス伯爵の紋である黄金の水仙が描かれている。当然タンスの一段目は洋服などをしまう場所ではなく、明かりが設置されて天井へとその紋を映し出す。
　もともとこの部屋にある家具は機能などは全く考慮されていない。貴族の部屋らしい調度類を揃えることを目的とされたもの。
　なにより貴族は自分の書斎や寝室に服などおかない。それ専用の部屋が用意されているのだから。
「お呼びと」
　豪華な部屋の真ん中に、いつも通りドレスを着用したオーランドリス伯爵が座り、ジアノールの問いに頷き返事をする。
「うん」
「準備について、なにか不足ありましたでしょうか？」
「ない。これ、かわいい？」
　オーランドリス伯爵は足元にある箱から、街で売っているリスをディフォルメした、抱きしめられるくらいの大きさの人形を取り出した。
「はい？」
　茶色いそれを前にジアノールは、なにを聞かれているのか分からず、だが答えねばと必死に頭を回転させる。
「キャスが来るの」
「……美少女へプレゼントしようとお考えなのですね？」
　オーランドリス伯爵は考え方や行動は、仲の良い相手に限り”普通”なのだが、言葉はやはり少ない。
「うん。キャス、よろこんでくれるかな」
「それが可愛いかどうかは、同性の同年代同士でなくては。シアの意見を聞くのが最適かと」
「分かった」
「俺が言えるのは、贈り物は包んだほうがいいと思いますよ」
「つつむ」
「これもシアに頼むといいんじゃないでしょうかね？　シアは器用ですから」
「シアに頼む」
　連絡を受けたヨルハ公爵は”すぐに行く！　我も用意したの確認して！”と言い、部屋を飛び出した。
　シセレード公爵の娘とバーローズ公爵の娘。不仲で有名な公爵家の二人だが、ジアノールが見ている分には微笑ましいくらいに仲が良かった。
　この二人の兄に該当するネストロア子爵とクレスタークに関しては”仲良さそうに見せかけて仲悪そう……と思わせて、気持ち悪い感じに仲がいい”なる認識を持っている。……要するにジアノールには二人の公子、特にクレスタークがどんな人物なのか分からないので判断がつかないとも言える。
　ならばネストロア子爵は分かり易いのか？　聞かれると、彼は首を振るしかない。
　付き合いは十年を超えたが、分かり辛い者たちであった。
「カーサー！　これ！　見て！」
　エレベーターではなく螺旋階段に飛び移りやってきたヨルハ公爵がドアを開き、
「ノート、かわいい」
「キャス喜ぶかな？　カーサー買ったのこれ？　可愛い。キャス来るの楽しみ」
　怒涛の勢いで話しかける。ちなみに彼女がプレゼントしようとしたのはノート。紙は王侯貴族が使用するものなので、プレゼントにするには妥当な品ともいえる。
　ジアノールは二人から少し離れて茶を淹れようと茶缶を手に取ったのだが、
「あ、ない」
　茶葉が切れていた。通常であれば侍女などが切らさぬように補給するのだが、この部屋には侍女はいない。最強騎士は格納倉庫や武器作製工場に足を運んでいることが多く、また兄が週に三、四回は一緒に過ごそうと声をかけているので、ほとんど部屋にいない。
　そのため、部屋付きの侍女など無駄だろうとロヴィニアの王族兄妹が言い、元は奴隷であったジアノールで充分だろうと。
「茶葉補充に行ってきます。食べたいものとかありますか？」
「甘いの」
「ドーナツとミルクレープ！」
「分かりました」
　エレベーターに乗り込み、貴族の食料が保存されている区画で降り、
「ジアノール閣下」
「元気にしてるか？」
「はい」
　顔見知りの兵士たちの敬礼に軽く挨拶を返して、ゲートを抜ける。
　ゲートを抜けた先はオーランドリス伯爵の部屋とは正反対の、シンプルな空間が広がっている。
　受け付けに行き、
「御大の茶葉。御大とヨルハ公爵好みのドーナツとミルクレープ。大至急」
　口頭で告げ、受け付けに缶を渡してから、ロビーのソファーに腰を下ろして胸元から万年筆を取り出す。
「閣下。申請書類の記入、お願いいたします」
　受け付けの奥の部屋から出てきた食料管理室の室長が、うやうやしく申請書類をジアノールの前に置き、別の職員が少し離れた場所に”ジアノールが好きな銘柄の”アイスコーヒーを置いて立ち去る。
　室長はジアノールの書類を受け取るまで、脇で直立不動のまま待つ。
「…………これでいいか？」
　書類を突き出すと、室長は何時もの事だが頭を下げて受け取り、そして、
「はい。もう少々お待ちください」
　書類を持って来た時と同じように恭しく掲げて、室長室へと消えてゆく。
――　室長暇だから良いとは言うが
　ここは前線基地のため、食料も「配布」という形式を取っている。
　大まかな流れは侍女などが「茶葉が足りない」と申請し、それを受けた食品係が食品管理区へとやってきて、門番に身分証を提示し、持ち物検査を受けたあとゲートを通り、受け付け脇にある個別端末ブースから欲しい物を記入して送信して帰る。
　申請を受けた受け付けが書類を作成して室長決裁を貰い、申請があった食品を用意して係を呼ぶという仕組みだ。
　食料品一つ手に入れるのに、酷い手間がかかっているように見えるし、事実そうだが、それが貴族らしさというもの。
　これらは軍属が行うので、同じく軍属の受け付けで対応するのだが、オーランドリス伯爵に限っては帝国軍大将閣下が直接訪れるので、責任者である室長が対応する。
　”室長職は通常職よりも好待遇で仕事も少ないし、気もゆるみがち。抜き打ちで大将閣下が顔出すとなりゃ、引き締まるだろうよ”とはクレスターク談。
　実際元々は”そう”で、今はやはり”そう”なっている。
　ちなみに抜き打ちでやって来るのは、事前に連絡を貰っても変わらないためだ。ジアノールには側近がいないので、ジアノール自ら「今から行くぞ」と連絡することになるのだが、その連絡を受け取るのはやはり室長なのだ。

　貴族ならば欲しい物はすぐに手に入るのが普通では？

　実際、欲しいものはすぐに手にはいる。その貴族が個人で用意させているのなら　――　オーランドリス伯爵はあの通り無頓着で、幼い時から前線基地にいるため、貴族の仕組みには疎く、軍隊の仕組みになれているため、個人で用意させておくという認識がない。
　その為、頼んですぐに出てこなくても全く気にならない。
「ジアノール」
「レドルリアカイン」
　背もたれに体を預けてアイスコーヒーを啜っているジアノールの前に”皇帝の血を引いている御方”と一目で分かる、ロヒエ大公が現れた。
「いいかな？」
　ロヒエ大公はジアノールの向かい側の椅子を指さす。
「はい。どうしました？」
「いや、君を見かけたから」
「……はあ」

　ロヒエ大公レドルリアカイン。ジアノールは世話になっているが、クレスタークとはまた違った意味で”今ひとつ掴めない人だな……”と、いつも感じている。