裏切り者の帰還[42]
【エヴァイルシェスト】
No.01 ロフイライシ公爵クレスターク=ハイラム(エヴェドリット貴族)
No.02 ヨルハ公爵 シア=シフ(エヴェドリット貴族)
→(シセレード公爵 フェリストフィーア=フィーア エヴェドリット貴族)
No.03 エイディクレアス公爵 ロヌスレドロファ=オルドロルファ(エヴェドリット王族)
No.04 ヒュリアネデキュア公爵ハンサンヴェルヴィオ(テルロバールノル貴族)
No.05 ポルペーゼ公爵 イーファンラドケイ(ロヴィニア王族)
→ (エヴェドリット王)
No.06 ベリフオン公爵(皇王族)
→ (ケシュマリスタ王)
No.07 ロヒエ大公レドルリアカイン(皇王族)
No.08 ヒュレノール(奴隷)
No.09 イルギ公爵ノルドディアク(エヴェドリット貴族)
No.10 イルクオーゼス(平民)
No.11 ティティアス(奴隷/家奴)
No.12 ヒーシイ公爵 アシュトベルレイ(ロヴィニア王族)
→ (ゲルディバーダ公爵)
No.13 ライキーツス子爵(帝国貴族)
No.14 ソフィアディン(奴隷/娼婦)
No.15 シャルドバイロシー伯爵(帝国貴族)


「上手く逃げたわね。あなたのそういう所、好きだわ。ジアノール」
「ありがとう。でも残念ながら俺の好みじゃないんだな」
「あたしだって好みじゃないわ。ってか、あたし女が好きだし」
「……うん、分かってるって」
 イーファンラドケイは化粧の他に女装を楽しむ。着衣で男女を表すことはほとんどないのだが、唯一の例外がドレス。これは女性だけが着用する……とは決まっていないのだが、慣習的に女性だけが着用することになっている。
 だがイーファンラドケイはこの前線基地で化粧をし、オーランドリス伯爵に勝るとも劣らないドレスを仕立て、いつでも着飾っていた。
 ただこんな格好をしている王子だが、性的には女性を好む。変わったプレイを望むこともなく、服を脱ぐととても男らしいと評判だ。
 だれがその評判を管理して流しているのかは不明だが。
「そうそう、そんな事のために呼び出したんじゃないのよ。あなた、そのグレスちゃんの旦那さんと一緒に帝星に行かなくちゃならないのよ」
「なんで?」
「カーサーのことだから、絶対言ってないと思ってたわ。カーサー、結婚式典に参加するついでに、自分の結婚相手を見に行くのよ」
「御大ご自身の結婚相手?」
 御大とはオーランドリス伯爵のこと。彼女をこのように呼ぶのはジアノールだけではない。近くの惑星の住民や下級兵士たちは敬愛を込めて呼ぶ。
 彼女はこの前線にいる者にとり、王や皇帝を凌ぐ尊敬を一身に集めるほどに出撃していた。
「そうよ」
「クレスタークじゃないのか」
 貴族の婚姻など多くの平民には関係のないことだが、この一帯を支配するシセレード公爵家のそれは別。とくに尊敬されているオーランドリス伯爵の婚姻は、彼らにとっても関心が高い。彼らの想像は貴族らしく、また強さを尊ぶ気質から従兄のクレスタークではないかという噂が多かった。
「あの人は駄目よ」
 ジアノールは自分が僭主の末裔であると知らされなくてもだが、極力それら貴族世界には首を突っ込まないようにしていた。
 幸い直接の主、オーランドリス伯爵が戦争以外はほとんど興味を持たないので、そのまま生きてくることができたが、今度はそうもいかない。
「どこがどう、駄目なんだ?」
「言い表せないわね。だいたい、クレスタークの性格そのものが分からないし」
「そりゃそうだが。ってことは、俺は御大の側近として帝星入りするのか?」
「そうよ。サロゼリスは戦後処理で残らなくちゃならないから。あなた一人で世話してね。まあ無理でしょうけど」
「おいおい」
「グレスちゃん、カーサーを連れ回して、大宮殿探索するでしょうしねえ」
「逃げられないように警備強化は?」
「どうやって? イルギ公爵も当てにならないし、副長官のドロテオちゃんも言いなりよ。王なんて言うに及ばず。女傑王さまに依頼したら上手く纏まるかもしれないけど、女傑王さまとお話するとなると、ハンヴェル通さなきゃならないわよ」
 ジアノールはオーランドリス伯爵の側近の一人として、前線に赴いた王を間近で見たことはあるが話をしたことはない。
「……どうすりゃいいんだよ? アルカルターヴァ公爵に話すのはなしで」
 女傑王ことアルカルターヴァ公爵に頼めば、さすがのオーランドリス伯爵でも”黙る”ことは知っているが、彼だって女傑王さまに話すのはいやである。頭を下げることくらいは簡単だが、頭を下げた程度で言う事をきいてもらえるような人ではないことを ―― ヒュリアネデキュア公爵でよく知っている。
「対処方法知りたいの? このあたしから、ただで情報引き出すつもりなの? ジアノール」
―― 王子殿下が知らないかどうかは分からないが……
「ヒュレノールに気つけろ」
 エヴァイルシェストNo.08。僭主の末裔としては現時点で最高の能力を有する”僭主の末裔”の気質を受け継いでる男。
「ヒュレノール? 来た当初から気つけてるけど」
「明確な嫉妬対象が現れたことで、集団が纏まりつつある」
「ヴィオーヴ侯爵のことかしら?」
「グレスちゃんの旦那様ってのがヴィオーヴ侯爵ってなら、その通りだ」
「敗北者の残滓のくせして、鬱陶しい男だな」
 いつもの口調ではなく、本来のポルペーゼ公爵の口調。声は低くなるだけではなく、隠そうともしない憎悪が溢れ、ジアノールの鼓膜を引っ掻く。
「本当にな。あいつと俺の祖先が同じだなんて反吐が出る」
 ジアノールとヒュレノールは祖先は同じだが、百年以上昔に袂を分かち違う惑星で生きてきた者達の子孫である。
「そんなこと言わないの、コスティヴァンノール親王大公の末裔さん。まさか子孫全員にノール付けるとはおもわなかったわ」
 面を見るのも嫌で惑星五つ分という奴隷にしては考えられないほど離れた惑星に住居を構えたというのに、ここで再会。
「言うなよ。で、対処方法は」
 ジアノールは事情を聞く前から、ヒュレノールが苦手でしかたなかった。それはヒュレノール側も同じであるが。過去の確執の理由は残されてはいないが現在まで受け継がれるなにかがあったのだろう。
「グレスちゃんの旦那さんと仲良しになると良いわよ。彼は当然自分が末裔だってこと教えられるし、帝国騎士が末裔であることも教えられるわ。同じ境遇の知り合いができたら心強いでしょうからね」
「だからよ、俺にとってはグレスちゃんの旦那様に会うまでが、大変なわけでな。王族ならさくっと会えるだろうが、俺は立場上は奴隷だぜ。ソフィアディンなら別だがよ。それと御大はそんな手はず整えてくれねえだろうし、ネストロア様は戦争にかかりっきりだろうし」
「美少女キャスちゃんに頼みなさい」
 ポルペーゼ公爵の、誰がどうみても人が悪い ―― 化粧をしても隠しきれないものが溢れ出すその笑みを前に、ジアノールが肩をすくめる。
「……来るのか?」
 オーランドリス伯爵の元にやってくる、自分で言うだけあってまさに美少女。その性格は非常に扱い辛い……それがジアノールのジベルボート伯爵に対する認識。
「ええ。あの子、グレスちゃんの旦那さまの親友であり側近である、平民少尉の側近に収まったわ。その上、自分と親交があり旦那さまと同級生だった皇王族に即座に連絡つけて、皇王族を旦那さまの側近にしちゃったわ」
「やるとは聞いてたが……あれ? 平民少尉は男だよな」
「もちろんでしょ。ケシュマリスタ女のグレスちゃんが、旦那さんに女性側近なんて許すはずないじゃない」
「平民少尉、終わったな」
「ウエルダ君、終わってないわよ。来るのはウエルダ・マローネクス少尉。二十三才。手出しちゃだめよ」
「出さない、出さない。でも終わってないって?」
「美少女キャスを押さえるために、皇太子妃の間男未満も少尉の側近になったのよ」
 皇太子妃の間男未満とは言わずと知れたイズカニディ伯爵。
「間男未満って……あー、ソーホス侯爵の弟?」
 エヴェドリットの名門で、伯爵以外は人殺しや破壊行為が大好きな家柄。軍務も趣味と実益を兼ねて真面目に果たしているので、前線にもよくやってくる。当然大貴族ゆえに、シセレード公爵たちに直接会いに来るので、その関係でジアノールは彼らのことを知っている。
「ええ。ソーホスの弟、イズカニディ。またの名を”りでぃっちゅ”」
「りでぃっちゅって……その、りでぃっちゅ公子は全く権欲ないって聞いたが」
 側近の側近という立場だが、イズカニディ伯爵ほどの生まれであれば、家督を狙えるほどの地位。
「それはないでしょう。ただひたすらキャスがウエルダ君に、ご迷惑をおかけしないようにって」
「苦労性だな」
「そうよ。あたしと同じくらい」
「あんたと同じってことは、図太いんだな。それもそうか、公式皇太子妃の間男未満だし」
「ひどい言い草ねえ。まあいいわ。そうそう、せっかくだから結婚式典見てきなさいよ。僭主の末裔でもっとも出世した男を祝ってきなさいって」
「全く系統が違うだろ」
「大きな括りでよ。結婚式典に参加できるように手はず整えておくから」
「いや、要らねえってか」
「いいから行ってきなさいって。詳細はアシュトベルレイがまとめて送信しておいたから、端末確認しておいてね」
「金は払わないぞ」
 ロヴィニアの強突張り兄妹にそんなことをさせるような資産など、帝国騎士がいくら高給取りであっても不可能。
「要らないわよ。サロゼリスから貰ってるから」
「なんでまた」
「あなたの帝星デビュー? みたいな」
「デビューって……あんた」
「サロゼリスはカーサーにもっと違う世界を見せてあげたいわけよ。本人は特に必要とはしてないけどね」
「御大はな。それで?」
「だから夫候補をほぼ文官、一人だけ武官が混ざったけど、文官を選んでもらったわけよ」
「話を折るが、一人だけ混ざった武官は誰だ?」
「イズカニディ伯爵りでぃっちゅ。ローグ公爵の力が働いたみたいね」
「孫の間男未満を排除する目的か」
「でしょうね。それで話を続けるけれど、カーサーと文官の夫の間を取り持つ役割を、あなたに担って欲しいってこと」
 オーランドリス伯爵は戦いと僅かな人にしか興味を持たない。
 長年彼女の側にいて育てていた兄のネストロア子爵は、彼女が夫に興味を持つなどという楽観的な考えは持っていない。そもそもオーランドリス伯爵は、慣れた相手でもないかぎり、会話が成立しない無口。
 「なにか喋って」と言われたら「なにか喋って」と鸚鵡返しをするような人物。
 そんな彼女と、彼女に免疫のない夫の間を取り持つ人物が必要となる。それには人当たりのよいオーランドリス伯爵の側近ジアノールが最適であった。
 あとは彼を育てるだけ――
「無茶言うな。カーサーの夫候補って言ったら、間違いなく上位階級だろが」
「そうね。リスト見たけど、デルヴィアルス公爵子息イズカニディ伯爵にメーバリベユ侯爵家のデオシターフェイン伯爵。ゾフィアーネ大公フィランディルバイエットに」
「ストップ! 俺がどうにかできる相手じゃねえだろ」
 主同様、貴族にはあまり詳しくないジアノールでも、その名や実家、彼らの経歴の概略を知っているほどの貴公子揃い。
「最初から出来ないって言っちゃ駄目よ。努力よ、努力」
「……あのな。努力でどうにかなるなら、俺は今頃皇帝だ。敗北者の血筋、舐めるなよ」
「期待してるのよ。結構みんな、あなたの事、気に入ってるんだから。男の趣味はいまいちだけど」
「最後関係ねえだろ」
「まあね…………なに? その表情。聞きたいことがあるなら聞きなさいよ」
 ”自分でも知っているほどの貴公子文官”そして目の前にいるのは武官よりも文官を多く輩出する王家の王子。
 オーランドリス伯爵はその功績が莫大で、ついには王族にまで叙され、末端ながらも皇位継承権所持者。
「御大の結婚相手のリストって、全員、高位文官だよな」
 ”王子”が婚約者候補に載っていてもおかしくはない。そう考えた時、ジアノールはある人物が浮かび上がった。
 直接会ったことはないのだが、噂だけはよく耳にする”頭脳だけならセゼナード公爵以来の大天才。ただし頭脳だけ”
「そうよ…………ウチの超天才馬鹿は入ってません。ウチの超天才馬鹿をリストに載せたら、サロゼリスがロヴィニア王家に宣戦布告するじゃないのよ!」
 超天才馬鹿ことグレイナドア王子。頭が良すぎるせいで、あほで馬鹿だが殺すに殺せない、ロヴィニアの諸刃の剣、あるいは誤爆の大天才、もしくは国家を決して裏切らないけれども全人類の常識を全て裏切る男と呼ばれる、まさに最終兵器的な馬鹿。
「シセレード公爵だから、喜びでも宣戦布告とかすんじゃねーの」
「あいつらはたしかにそうだけど、これは違うわよ。サロゼリス当人に聞いてみなさいよ!」」
「そうか。でも本当に、あんたが言うほど凄いのか? その弟君」
「あたしとアシュトベルレイのこと疑ってるっていうの?」
「話聞いてる分には、盛ってるだろとしか」
 ロヴィニアの王星にあるバベル王城を半壊させた経緯を聞かされたジアノールは、どうしても信じられなかった。
「いいわよ。あなた直接その目で見てきなさいよ。ウチの超天才馬鹿、グレスちゃんの旦那さんの側近になったから」
「いいのか? それこそケシュマリスタ王家に宣戦布告じゃねえのか?」
「そこら辺は最後から二番目のロヴィニアが絡んでるから平気みたい」
「色々あるんだな」
「ええ。あ、そうだ。あなた、ウチの超天才馬鹿、好みじゃない?」
「はい?」
「あの子、両刀使いなの」
「なんで俺に勧める?」
「あの子、イズカニディ伯爵に言い寄って大変なのよ」
「あのな……」
「なに? ジアノール」
「あんた達の語る超天才馬鹿の逸話、盛ってないのだとしたら、俺の手に負えるようなレベルじゃねえよ」

 彼、グレイナドアがバベル城を壊した経緯は簡単。建築物には脆いところがある、その最も脆いところを破壊したら壊れる! と、液体窒素で凍らせたバナナで叩きつけるという実演したところ、本当に破壊されたのだ。高さ5800m幅12000mの偉容を誇った王城が。

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