裏切り者の帰還[24]
「なるほど。些細な事件、ただの人殺しだ……ああ、そう言ってはいけないのだな。私は人を殺しすぎたせいで、それらに関して鈍いのだ。気分を悪くしたのであれば謝っておこう」
 目の前の現実に引き戻された。
「いいえ」
 額から手が離れ手袋を”俺が想像するような”仕草ではめる。
 帝王は皇帝になられたが、生まれた時から即位するまで戦い続けてきた人なので、優雅さというものはない。だが粗雑であったり下品であったりもしない。まさに男らしい……あ、帝王また脚を開いて。
 丈が短いのでスカート部分の裾がまくられていないが……。
「お前がすべきことは、故郷へと戻り、お前が記憶している湖畔のキャンプ場での水死体について詳しく調べることだ」
 帝王は立ち上がり肩にかけられていた白いマントを払い除ける。
「ですが記憶は消えているのですから」
「消えてはいない。マルファーアリネスバルレーク・ヒオ・ラゼンクラバッセロが所持している。ただ出せないだけだ。お前が引きずりだせ」
「しなくてはいけませんか?」
「必要だ」
「急ぎでしょうか?」
「それほど急ぐ必要はない。あとはローグに任せる」
 まだヒュリアネデキュア公爵は頭を下げたままだ。用が済むとすぐに消えようとする帝王に、
「あの!」
「なんだ?」
「帝王は生まれたばかりのカーサーを守りましたか?」
 映像で観たことについて尋ねる。
「私の愛しい子孫たちだ。全力で守り抜く」
「ありがとうございます」
 痴がましい言い方だが、良い表情だった。最強騎士のものではない――
「……話、終わった?」
 戻って来た最強騎士。
「あ、はい」
 彼女は自分が守られたことを知っているのだろうか? とは思うが、知っていようとも知られなくともこの二人は気にしないのだろう。
「じゃあ」
 俺に背を向けて出入り口まで進み、扉に手をかけた最強騎士は止まり振り返った。

「帝王には感謝している。機会があったら伝えて」

「……」
 俺は言葉を失った。でも……なんとなく”最強騎士らしい”と感じた。
 最強騎士が出ていった後、ヒュリアネデキュア公爵が白いマントを拾い上げ丁寧に畳む。
「カーサーがあのように言うとはのう。気に入られたようじゃな、侯ヴィオーヴ」
「そ、そうですか」
 表情がなく声に抑揚もないので判断できないのだが、付き合いの長いヒュリアネデキュア公爵がそのように言ってくださるのだから、少し自信を持とう。
 マントを片付けたヒュリアネデキュア公爵は、
「面倒じゃろうが着換えろ。儂は寝間着を着た者と話すのは嫌じゃ」
「少々お待ちください」
 ローグ公子だった。そうですよね、テルロバールノル貴族でいらっしゃいますものね。俺としても、着換えろといってもらえて嬉しいです。気さくに、気楽に話たいとは思いませんので。急いで軍服に着替えることに。ヒュリアネデキュア公爵には隣の談話室で待ってもらうことに。
 着換えて部屋の扉を開けると、そこには教本よりも教本らしい座り方をなさっている公爵が。……俺、この方の向かい側に座って話さなくてはならないのか。
「お待たせいたしました」
 跪かせてくださいと言いたかったが、そこは必死に我慢した。
「座るがよい」
「はい」
 この堅苦しい貴族の雰囲気、苦手で落ち着かないけれども気が休まる。言葉にすると矛盾しているが、この気持ち、ウエルダなら分かってくれるはず。
 貴族さまは貴族さまであって欲しいというのが、正直な気持ち。
 古めかしい振り子時計が動く音を聞きながら、しばしの沈黙の後に公爵がやや視線を落とし、
「個人的に聞きたいことがあるのじゃ」
 少々顔を横に向けられた。
「俺に……ですか?」
 王族としての心構えとかそういうのだろうか? いつかは聞かせていただかなくてはならないとは思っておりますが。
「お主、記憶の中でシャルトビエルフト公爵メディオン・ドートレルフィユ・エディルラージュを観たことがあるか?」
「え? ……あ、あります。あのガウ=ライによく似た、ジーディヴィフォ大公と結婚なさった方ですね」
「お主の記憶を支配するゾフィアーネ大公は、シャルトビエルフトに対してどう思っておる?」
「それは……」
「どんな些細なことでもよいのじゃ」
 自分の兄と結婚するべきではなかった ―― と思っているようだ、とは言い辛い。他には……ケーリッヒリラ子爵と一緒だった方が幸せだったろう……言えない、言えない。ケーリッヒリラ子爵はエヴェドリット貴族だ。今でこそ他属と婚姻を結ぶようになった上級貴族、とは言ってもやはり同属同士が主流。かつて、それこそ三十一番目の終わり以前は、王族以外は他国の貴族と婚姻を結ぶことは無いに等しい。
 他国の血を入れる場合、皇帝の血を引いた者を迎えるという不文律があった時代。
「……」
「言えぬようじゃな」
「あの、自信がなく」
「構わぬ。儂は確証を得たからよい」
 ヒュリアネデキュア公爵が口の端を緩め、頭を振られた。無言のままでよかったのなら、それで良いのだが。
「……言わねば分からぬか。儂はクレスタークほど口は上手く動かぬし、面白く語れはせぬが聞け」
 支配者って感じがいいなあ。テルロバールノル王とはまた違う、この……なんだろ。これが血筋というものなのだろう。俺には流れていない血が――
「お主と儂が同じ血を引いているのは分かっておろうが」
「え゛ぇ゛……も、申し訳ございませ……」
 俺と公爵が同じ血? そりゃあ遡れば……三十一番目の終わり以前は王家同士は婚姻を結んでいて、ローグ公爵家は主家のテルロバールノル王家から王子や王女を配偶者に迎えていたから……。

 などと考えていたら違った。しっかりとゾフィアーネ大公で血が繋がっていたよ。

 ゾフィアーネ大公とエシュゼオーン大公の息子フルティネストールコルアがケシュマリスタ王アデードの夫となった。
 ケシュマリスタ王夫妻の間には三人の子が生まれ、一人が王太子に、一人が俺の祖先ララシュアラファークフの母に、そして最後の一人がローグ公爵と結婚した。
「ローグ公爵家が初めて他国から迎えた配偶者じゃ」
「はー」
 王女を最初に迎えるとは素直にすごいなあ……そう思う反面、違和感がある。
 なぜテルロバールノル王家に嫁がなかったのか? 王家同士で婚姻を結ぶのが妥当だと。
「アデードの前の王、マルティルディが許さなかった。マルティルディはテルロバールノル王子イデールマイスラ殿下と結婚しておったが二人の仲はこじれ、ラスタエフルメイが死亡した後、関係は完全に破綻した。アデードの婿にフルティネストールコルアが選ばれたのは、血筋がラスタエフルメイと似ておるからじゃ」
「エシュゼオーン大公はテルロバールノル王弟を父に持っていらっしゃった……のでしたね」
「そうじゃ。じゃがエシュゼオーン大公はテルロバールノル王族というよりも、皇王族よりでな。ケシュマリスタと儂等の王家との関係は冷え切ったまま。それを打破しようと、ジーディヴィフォ大公と結婚したローグ公女シャルトビエルフトが、関係回復の第一歩としてケシュマリスタ王女をローグ公爵の妃に迎えるよう働きかけた。王家同士の意地の張り合いが元ゆえに、段階を踏んでゆく案はよく、なんとか関係回復の糸口が見つかった。糸口だけで終わってしまったがのう。そうじゃ、内乱じゃよ。フルティネストールコルアとアデードの間に産まれた三人。王太子は子を成さぬまま死亡し、儂とお主はこうして血を受け継いだ。故に儂にはお主を苦しませておるゾフィアーネ大公の記憶がある」
「……!」
「同じ記憶を所持しておるのは、お主と儂だけであろう。ただし儂はお主とは違い、帝国にあり続けた。その結果、他の記憶や記憶消去に遭遇し、お主ほど完全ではない。じゃから聞きたいのじゃ……シャルトビエルフトとケーリッヒリラは誰かに似ておらぬか?」
 具体的な名が上がってきた。その二人は、思うところはありますが、正直に言っていいのか? ……正直に言っても誰も分からないか。
「ケーリッヒリラ子爵はオランベルセ閣下に、シャルトビエルフト公爵は公爵のご息女、皇太子妃殿下に似ていると感じました」
「やはりそうか」
 公爵は溜息を吐きながら、俺だけではなくご自身にもむけたような同意を漏らす。
 その後は「語ることが出来る状態となったら教えてやる。それまでしばし待て」命じられたので、黙っておくことにした。
 この「似ている」が何に繋がるのか? 俺には見当もつかないが。

「ライフラ・プラトとロターヌ=エターナ?」

 リディッシュ先輩とよく似たケーリッヒリラ子爵についての話は終わらせ、俺の意識がない時、帝王とゾフィアーネ大公という人物が、なにを話していたのかを公爵が教えてくれた。
 俺が意識を失ってから ―― 中々戻ってこない俺のことを心配して、ウエルダが捜しに来てくれた。最初ウエルダは眠っているだけだと思い、起きるように声をかけた。だが反応が一切ないので医務室へ連絡をいれて医師を呼び出し診察してもらった。移動させても大丈夫と診断された俺は医務室へと移される。
 医師の診察中、オーランドリス伯爵と公爵が医務室を訪れた。
「突如カーサーが儂を呼びに来たのじゃ。お主が呼んでおる――とな」
「俺には記憶はありませんが」
「ないじゃろうよ。呼び出したのはゾフィアーネ大公じゃ。あの男はライフラ・プラトという能力を持っておる」
 ライフラ・プラトは帝国のシステムに侵入できる能力なのだそうだ。起動しているシステムに触れるだけで、内部情報を読み取れる能力……そうは言われても、簡単には信用できないよな。
 だが嘘をついたり担いだりするような御方じゃないから……自分を誤魔化すことになるが、信じることにしよう。
 ゾフィアーネ大公はその能力を使い、最強騎士の部屋へと連絡を入れた。―― 帝王を連れてきてくれませんか? ―― とても柔らかい、俺とはまったく違う優雅な物腰で。《帝王》は考え、皇兄を持つ公爵を伴い俺の所へとやってきた。
 もう一人の帝王は皇兄ゼークゼイオン。
「帝王の人格が内部に宿ること、ごく少数の者は知っておるが、帝王に種類があることを知っている者は、宿った過去がある者を宿したものしか知らぬ。儂の中に潜むラードルストルバイア・ゼークゼイオン・トールドヴァティオは知らぬ。じゃが、かつて宿ったことのあるカーサーの帝王と、クレスタークのゼークゼイオンは知っておる。カーサーは一般的に帝王とされる自分と儂と共に行こうと。医師を遠ざけてカーサーから帝王が現れて声をかけたところ、お主がゾフィアーネ大公となり起き上がった……どうした?」
「ゾフィアーネ大公となって起き上がったというのは、腰布一枚になったとか?」
 俺の体、貧相ではないが、腰布一枚になって最強騎士やローグ公子にご披露するような体ではない。
「安心せい。そのような格好にはなっておらぬ。ここには腰布はないしのう。お主が恐怖するのも無理はないが」
 ああーよかった。これで安心して続きを聞ける。
「ラードルストルバイア・ゼークゼイオン・トールドヴァティオには無い能力じゃが、帝王は触れた相手の思考や過去を視ることが可能な能力”ロターヌ=エターナ”を所持しておる。この能力は宿主とも言えるカーサーは使えず、人格が帝王となった時のみ能力を使用することができるそうじゃ。儂やこのラードルストルバイア・ゼークゼイオン・トールドヴァティオは知らぬが、クレスタークのゼークゼイオンはその様を”死後”に視たそうじゃよ」
 俺も最強騎士と帝王の図式と同じで、俺ではライフラ・プラトという能力を使用することはできないが、彼と人格が交代すると帝国のシステムに自在にアクセスすることが可能だそうで。
 あまりにも突拍子もない話で……公爵が語ってくれたのでなければ、絶対に信じなかっただろう。いや帝王は確かに存在しているし、かつての皇兄も存在していることは感じ取れるのだが……。

 俺が意識を失っていた時の帝王とゾフィアーネ大公のやり取りを教えてもらい ――

 帝星に到着した。旗艦が軍港に降りる。
 ゲルディバーダ公爵殿下との結婚に驚き悩んでいたことすら些細なことに感じられる……実際は些細ではないのだが、次々と現れる難題に直面して麻痺した精神には、ちょっと嫉妬深く、少しばかり我が儘だが、俺にとっては許容範囲内の可愛らしい王女殿下だ。その方との結婚は……うん。
 俺の祖先が僭主で、僭主の祖父がガニュメデイーロでライフラ・プラトで帝王に「彼(俺のこと)は記憶を弄られている」と告げ、最強騎士の中にいらっしゃる帝王が「そうだな。事件解決してこい」と命じて。
 全てを教えてくれると言ったクレスターク卿は、本当に包み隠さず全部を教えてくださり、自分が人間ではないことまでいとも容易く教えてくださった。翼を見せてくれるという実演付き。クレスターク卿の中に在る皇兄とヒュリアネデキュア公爵の中にある皇兄が、同一人物ながら別人格。
 思わせぶりなヒュリアネデキュア公爵の「リディッシュ先輩とケーリッヒリラ子爵」発言。
 クレンベルセルス伯爵が存在しなかったという事実。これはヒュリアネデキュア公爵に聞いてみようかと考えたのだが止めた。
 クレスターク卿は内側にいることを知っている人物にテルロバールノル王の名は挙げなかったが、知っていると思う。あの公爵がテルロバールノル王に隠し事をするとは到底思えないし、ごく限られた階級の人々は帝王たちを持ったまま生まれてくることを知っているとも言っていた。だから報告しているだろう。となれば、クレンベルセルス伯爵が存在しない記憶が公爵の脳裏に現れたら、真っ先に王に進言するだろう。そしてテルロバールノル王は動くはずだ。正統王家の正統王とその家臣である貴族王が動かないはずがない。

 だからコレを知っているのは俺とリディッシュ先輩だけ……子供に遺伝するのかなあ。出来ることなら……ゾフィアーネ大公はどうしよう。

「ゾローデ、行こうぜ」
「ああ」 
 ウエルダに声をかけられて昇降口へと向かうと、他の皆様方に”主役が一番に降りないと!”促され背を押されて、元帥殿下よりも先にタラップを降りることに。
 この旗艦を降りたら待ったなしだ。
 覚悟を決めて全てと向き合うために、逃げることなく ――

「オランベルセェェェェ! 待っていたぞ! おかえりぃぃぃ! 愛してる!」
 リディッシュ先輩が熱烈な歓迎を受けた。動揺しながらも自分ではないことを喜んでいる俺。
「何をしておるのじゃ! ロヴィニアの! お主のあるじ、侯ヴィオーヴに挨拶せぬか! 痴れ者が」
 同じくリディッシュ先輩の出迎えに訪れていた皇太子妃殿下が、行きと同じように叱責される。
「おかえり、ゾローデ卿。仕事は全て終わっている。オランベルセーー! 勝負しろ、ウエルダ・マローネクス!」

 ウエルダに可愛い彼女が出来るように協力するとか、リディッシュ先輩の恋の行方がどうだとか。
 フィラメンティアングス公爵殿下は俺の側近だから、俺が責任を持ってこの方を制御しなくてはならないようだが……なんで俺、クレスターク卿にフィラメンティアングス公爵殿下の対処法聞いてこなかったんだよ。今から連絡いれようかなあ。
「うるせええぇぇ! 黙れ、グレイナドア!」
 俺や元帥殿下をかき分けて侯爵が飛び降りて怒鳴りつける。
「邪魔をするな! トシュディアヲーシュ!」
 俺の後ろの後ろの後ろにいらっしゃるヒュリアネデキュア公爵のお怒りが伝わってくる。痛い程に。
「貴様等、下がれ! 邪魔じゃああ!」
 俺はタラップ脇に押しやられたが、まったく気になどならない。降りていったヒュリアネデキュア公爵のお姿を見てフィラメンティアングス公爵殿下が逃げようとするが”その程度か! グレイナドア”侯爵の挑発に乗って……止めましょう、侯爵。フィラメンティアングス公爵殿下と喧嘩するくらいなら、俺と戦ったほうが少しですが楽しめますよ。一応俺、殿下より強いので。
「ホモとバイの戦い! なんて不毛なんでしょうぅ。美しくないし」
 ジベルボート伯爵が楽しげに。
「帝国らしいといえば帝国らしいよ、キャス」
 矢車菊の香を纏ったヨルハ公爵も楽しげに。
「ラスカティア、ホモ?」
 そして最強騎士の一言。

 ……ゲルディバーダ公爵殿下にお会いしたいなあ。今夜、是非ともご一緒させてください。かぼちゃパンツだって、かぼちゃナイトキャップだって気にしませんとも。

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