裏切り者の帰還[23]
夢を見ているのだと思いたかったのだが、夢ではなかった。
「……」
いつの間にか意識を失っていた……居眠りしただけなのだが、最近は知らぬ過去ばかり見ている夢の世界に落ちて、俺は映像処理されていないシーンを”みた”
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機動装甲の操縦席に逃げ込んだミロレヴァロッツァ様の苦痛に満ちた表情。膨れた腹部に短剣を突き立てた姿。
流れ出す血。外部モニターに映し出されるイフトベッケル。
ミロレヴァロッツァ様をここまで連れてきた護衛たちが次々に殺されてゆく。そして腹部から羊水を抜き、バラーザダル液を調合する。
逃げ込んだ機動装甲はミロレヴァロッツァ様の機体。
出産時に多少のことがあっても、バラーザダル液で治療できるからと、激戦地の出産場所に選ばれた。娘は操縦席の一つ外側に置くか、護衛の者たちに託すかして、産後の体調をバラーザダル液で回復させる予定であったが、イフトベッケルの数が想像を遥かに超えており――
母親と娘の体組織構成成分は似ている。
『私の機動装甲でよかった……』
ミロレヴァロッツァ様は定点カメラを正面から見据え、
『貴方は最前線。決して引いてはなりません。本当は教えることがたくさんあります。ですが私はそれができません。不甲斐ない私が最後にできることをします。それでは』
ミロレヴァロッツァ様には合致しないバラーザダル液が注入され、静かに息絶えた。苦しさも何もかも飲み込み。
そして最強騎士が現れた。生まれた……という感じではない。
侯爵が教えてくれたように、ミロレヴァロッツァ様は半分溶けたような状態で、現れたばかりの最強騎士と共に漂っている。
口元が産声を上げそうになるも、帝王の人格がそれを防いだ……俺にはそう感じられる。
―― そうですねえ
突然の声に俺は周囲を見回すが、当然誰も存在しない。
漂っていた最強騎士は”ありえない動き”をする。明確な意志を持ち手足をばたつかせ、レバー部分へとつき進み、臍の緒を引っかけて回り捩り切る。
そして再び意志を持ち漂い、半分溶けているミロレヴァロッツァ様へ近付き骨が見えている左手人差し指を握る。
画面を眺めつつ、溶けた母に寄り添う。
美しい赤ん坊と、生前は凛としていた美女。溶けていなければ、一目で親子だと分かる ――
イフトベッケルが近付いてくる。
最強騎士はカメラ側に臀部を向けたような状態なのだが、その背中から光が現れた。まるで……そう、天使の翼のようなものが。波うつ白銀のそれは操縦席を抜けて近付いてきていたイフトベッケルを十体吹き飛ばし、少し間をおいて機動装甲が倒れ込んできた。
最強騎士の生体機能値が下がる。モニターに映し出されている数値が、死亡間近まで。それでも瞳は開かれたまま。
『諦めろ、もう死んでる』
『煩い! クレスカ!』
『煩えのは手前だ、ザノン』
お二人がやって来た ―― ここに到着するまでに、お二人は必死に戦って。基地に弾薬はなかった。機動装甲の格納庫まで辿り着くのも困難。
お二人とも武器はすでになく、白兵戦用のプロテクターも無意味な状態にまで破損し、途中で脱ぎ捨てて、アンダーウエアのみの状態。
やっとの思いで辿り着き、イフトベッケルを破壊してから操縦席を開く。
視点が変わった。格納庫の上部にある監視カメラの映像だ。
落下したミロレヴァロッツァ様の遺体を見て泣き叫ぶネストロア子爵。抱きとめた最強騎士を見て表情を強ばらせたクレスターク卿。
産声を聞きながらクレスターク卿の口元が動く。
―― 久しぶりだな ――
「……ね、寝てたのか」
後頭部から首筋にかけて寒さを感じて”目を覚ました”
右腕を伸ばし頭を乗せていた状態。手のひらは何も映っていない画面に触れているのだが……自分の腕ながら奇妙だった。まるで手形を押すかのように、指を開き”意図的”に触れているような形。
「……」
ミロレヴァロッツァ様に対して失礼な夢を見た。そうだと信じたくて、結局映像処理をしていない元データ映像を観たのだが、眠っている時に観たものと同じだった。寸分違わず同じ、ではない。
俺が観た夢は”編集”されたもの……らしい。
全部存在している映像だが、俺が観たような流れではない。まったく違う場所で取られた映像で、視聴させることが目的ではないので当然なのだが……ではどうやって俺は頭の中でつないだ?
「それにしてもおかしい。お二人が来るまでの映像は、観ていない」
観ていなかった映像だが、確認すると既に記憶にある。
「なんなんだ、これ……」
違いを捜すため、食い入るようい画面を観ていたことは覚えているのだが、俺はそのまま意識を失った……らしい。
目覚めたとき、寝心地のよいベッドに仰向けになっていたのだが、そのことに気付くより先に声をかけられた。
「ゾローデ!」
枕元にいたウエルダとクレンベルセルス伯爵が俺を覗き込み、事情を説明してくれた。
「色々あったからな」
俺は精神的な疲労から意識を失ったとのこと。それほど疲れているとは自分では感じないのだが、そのような診断が下されたのだから黙って従う。
―― 帰還するまでベッドの上で過ごすように
元帥殿下に命じられたので、必要最低限のこと以外はベッドから降りず、過ごすことにした。
ウエルダが定時にやって来る以外は、本当に一人きりで。
一人でこうやって、時間を持て余しながら過ごしたのは、人生で初めてのような気がする。雑役用の奴隷として生まれ、小さい頃から働いて。父親が下級貴族だったこともあり、奴隷たちをとりまとめる奴隷になるために読み書きを覚えて、そこから勉強をして……仕事をしながらの勉強は大変だった。
やりたくてやったのだから、大変というのは少し違うのかもしれないが。
士官学校に入学後、上級士官学校に編入という形になり……卒業後は少し時間と財布に余裕ができて、余暇を楽しむことを覚えて遊ぶことが忙しかったような時期もある。
遊ぶのも落ち着き、バルネトラと結婚しようか考えてプロポーズしていい返事をもらえそうになった時、ルド公爵から縁談が持ち込まれ……この辺りは随分と昔のことのように思える。
代わりに ―― というのは些か奇妙だが、すっかりと遠くなっていた学生時代が身近に感じられるようになった。
一学年二百人、全六学年で常時千二百人が在学する上級士官学校。
その中で家名持ち貴族や皇王族以外で在籍していたのは俺だけ。千百九十九人は俺をのことを普通の「人間」だと認識して、気付かれないようにしていた ――
人間にはあまり特殊な力は見せないよう、子供のころから教育されているのだそうだ。
「……母さんやじいさん、ばあさんには言えないよな」
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寝心地がよいベッドに全身を預けたまま、眠るわけでもなく、起きているわけでもなく、堕落した体勢と意識で過ごしていると、
「ウエル……オーランドリス伯爵、ヒュリアネデキュア公爵!」
ウエルダだとばかり思い、寝たままの体勢で声をかけたら、まさかのお二人が。跳ね起きて上着に急いで腕を通す。
「このような格好で」
恐縮していると、ヒュリアネデキュア公爵が首を振り、
「使者を立て予定も聞かず、突然訪問した儂等が悪いのじゃ」
座るように両肩にてを乗せて、ベッドに押しつけてくる。ここは……否定する場面ではないだろう。従うようにベッドに腰を降ろして、
「時間は空いておりますので、気にしないでください」
「珍しいことにカーサーが話したいことがあるそうじゃ。エイディクレアスから会話の許可を取った故に命令違反ではない」
最強騎士の今日の格好はドレスではなく膝丈までの水色のワンピース。よく着用していらっしゃる襟元が逆三角形に大きく開いているものではなく、襟が二p程度立っているタイプのもの。襟から胸の上部まで白いレースに覆われており、裾も五pくらいの幅のレースで飾られている。
最強騎士は皇位継承権を持っている御方だから、白が許可されているわけだが……どうして水色? とてもよく似合っている。最強騎士は赤系統の色よりも、青系統の色のほうが似合うと思うが、水色はロヴィニア王家の色。
ロヴィニア王家……
「我ではない。帝王が話す…………ララシュアラファークフの末よ」
最強騎士と帝王の人格が入れ替わった。
「は、はい」
入れ替わると同時にヒュリアネデキュア公爵ご自身が持ち運んだ鞄を開き、白いマントを《帝王》の背に被せ、膝を折り頭を下げる。
自王家の王以外には膝を折らないといわれているローグ公爵家の方でも、帝王には膝をつく……俺座ったままだ! かつて帝国を再統一した御方なのだから、当然といえば……気付よ、俺!
「お前が意識を失っている間に、お前の中に存在する男と話しをした」
「え?」
耐えきれず空気椅子に腰掛けた状態にしている俺に、帝王が訳の解らない話を。
「ゾフィアーネ大公マルファーアリネスバルレーク・ヒオ・ラゼンクラバッセロとだ」
「は、はあ」
ララシュアラファークフの祖父で、俺に潜む記憶の大多数を占めている御方。
「その内容については、ローグから聞け」
「え、うあ」
最強騎士は話して下さらないでしょうし、他の方々は帝王が最強騎士の中に居ることは知らないから、必然的にヒュリアネデキュア公爵から聞くしなかないのですが。
頭を垂れているので御表情をうかがうことができないので……覚悟は決めますけど。
「ララシュアラファークフの末よ」
「あ、はい」
「お前は記憶を弄られている箇所があるそうだ」
「はい?」
非難がましく懐疑的な声を上げてしまった……。相手は帝王だというのに。
「記憶がなくて当然だ。記憶を失うようにされたのだからな」
「あの? どういうことでしょう」
帝王は七分丈の袖と、丈が短いシンプルな白い手袋を着用している手を俺の額に伸ばしてくる。
「事情はあとで説明する。お前の記憶を読ませろ」
俺は思わず身を引き尋ねた。
「あの……精神感応とかいうのですか?」
”ララシュアラファークフ”ではなく”俺”の記憶。それはあまり人に見せたくはない。
出来ることなら一生隠しておきたい。記憶というものが何を指すのか分からないが……悪いことはしていないし、世間で言う酷い目にも遭遇していないが、誇れるようなものでもない。
「それは相手が限定される。私は誰の記憶でも読める……まあ、貴様の内側にいる男は障壁を上手く作りあげ厄介だが」
「…………待って下さい、帝王」
「なんだ?」
「記憶が読めるということは受け入れます」
突拍子もないことだが、ここは受け入れよう。下手に”信じられない”と喚いて恥ずかしい記憶を暴露されたら嫌だ。それが記憶を観たものなのか? 綿密な調査により知ったことなのかは別として。
「そうか」
記憶を読めるとして、些か疑問がある。機動装甲に搭乗できるようにする際もだったのだが、俺の意識が必要らしいこと。
俺の記憶ではないのに、俺は覚えていないのに”俺”の意識が必要。
これはどういうことなのか?
「意識を失った状態では読むことができない、もしくは出来なかった……ということでよろしいのですね?」
「そうだ。お前に意識してもらう必要がある」
「分かりました。なにを意識すればよろしいのでしょうか?」
「水死体」
「……分かりました」
閉じた記憶に近づけ、ということか ―― 帝王は手袋を脱ぎ、形のよい爪で彩られているほっそりとした指を四本持ち上げるようにして、手の腹を俺の額に押しつけた。手のひらは心地良い程度に冷たかった。
俺が記憶の底に押し込んだ”水死体”
それに関して覚えていることは少ない。
水死体は顔見知りの平民で、事件は事故として処理された。
死んだ平民は善人ではなかった。よくいる、奴隷や自分よりも立場の弱い平民には高圧で、上には媚びへつらう。善人ではないが、悪人というわけでもない。生きてゆく為の処世術とも言える。
年齢は聞いたことはないが四十歳半ばくらい。顔や手はもっと老けてみえたが、彼の言動から推測すると、どれ程年を取っていても四十四歳以上ということはない。
艶のない古びた羊皮紙のような色合いの髪と、同じような色合いの張りがない肌。体格は細いわけではなく太くもなく。中肉中背とは少々違い、肉はついているが全体がやつれているような。
彼は……
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