裏切り者の帰還[19]
 エヴェドリット王は許可したが、バーローズ公爵閣下は反対している。
 王の意見に従うのが貴族……だとばかり思っていた俺は、反対意見を通そうとする姿に、驚くしかできなかった。
 普通は従うだろう? そういうものだと教えられてきたんだから。
 バーローズ公爵閣下が反対するのは、戦争功績が減ること。前線に来る前、侯爵が教えてくれた貴族間の戦争功績による勢力の絡み云々。
 前線基地を管理しているのも、帝国最強騎士もバーローズ公爵家の最大のライバル、シセレード公爵家。この二家で内乱起こしたことも度々ある家同士。
 仲は悪いがかなり濃い血縁関係を結んでいる。
 だがそれは互いに強くなるためであり、相手の能力を奪いとるため。
「シアがいないと、戦争功績に関しては確かに落ちるな。だが、ケシュマリスタの次期王と仲良くなっておいた方がいい。俺がヴァレドシーアとアレだから上手くいってるんだ。次の王に直接影響力となると、新しいほうが良いに決まってるだろう」

「グレスと確実に仲良くなれるのかって? それは大丈夫だ。カーサーも気に入ってるし、キャス、ジベルボートだよ、ジベルボート。そう、あのカロラティアンを悩ませてる美少女。シアはそいつと仲良いんだよ。キャスはグレスのお気に入りだぜ。なにせ滅茶苦茶性格悪いからな。親父だって知ってるだろうが、ベスケニエラステスを陥れた美少女のこと」

 ベスケニエラステス……故人となられたテルロバールノル王女だったような。同名の違う御方? ジベルボート伯爵をうかがうと、可愛らしい笑顔で小さく手を振ってきた。これは……現テルロバールノル王の妹王女で間違いないな。
 以前カロラティアン伯爵が言えないといったのは、このことなのだろうか?

「一応俺はバーローズ公爵家のことだけじゃなくて、前線維持についても考えなくてはならないからな。俺に万が一のことがあったら、シセレードに完全に太刀打ちできなくなる。ちなみに、シセレードの息子二人は上級士官学校目指している」

 前線維持に関しても心を砕かれているようだ。責任感は強い御方だと思う。
「そうなの? サロゼリス」
 チュロスを両手で握り、食べていたシセレード公爵が”がくん!”と止まり、
「そうだよ、兄さん。俺が教えているよ」
 尋ねていらっしゃったのだが、聞かなかったことにしておこう。貴族社会は色々とあるので……ご子息のお父上がご存じない状態というのも珍しいことではない。
 前線基地の意向で話が進んでいるのだろうな。

「バーローズが前線で統括任務に就こうと思ったら、最低でも上級を出ていないと話にならない。シアは幸い頭も良い。身体能力は……まあラスカティアよりは劣るが、入学希望者リストを見る分には一位を取れる可能性が高い。いきなり軍妃ジオみたいなのが来たら、さすがに無理だが。学業は皇王族に劣る可能性は高いが、総合で一桁代は取れそうだ」

 凄いよなー。入学できるかどうかじゃなくて、卒業時の成績の話だもんな。それも一桁代での卒業。……当然っちゃあ、当然か。
「首席はなあ。皇王族がなにぶつけてくるか分からないからな」
 バーローズ公爵閣下のご子息二人は上級士官学校を首席で卒業されているのだから、ヨルハ公爵にも当然首席卒業を要求してくるようだ。
 ヨルハ公爵は特殊な家柄で、直属主家であるバーローズ公爵家以外から配偶者を取ることはない。取らないというよりは、与えられる……と言ったほうが正しいのか? 現在のヨルハ公爵の父親は、いま画面に映し出されているバーローズ公爵閣下。侯爵やクレスターク卿とは異母兄妹となる。俺たちの認識では ―― 上級階級になると片親が違うのはほとんど他人。普通に結婚もできる。皇族などは配偶者違いの兄弟とよく結婚している。
 ……分かっていても、なんとなく……考えてしまうのは、俺の感性が平民寄りな証だ。
「皇王族もそうだが、女傑様はベルトリトメゾーレをぶつけてくるそうだ。あれは劣化したカルニスタミアみたいなものだ」
 劣化したカルニスタミア王というのは……褒め言葉なのだろうか? ヒュリアネデキュア公爵のお顔を見れば真意が解るような気もするのだが、負の方向の真意だった場合は御表情が……考えるだけでも怖ろしいのでやめておこう。
「本物のカルニスタミアなら、俺だって負けますなあ。それにシアもそろそろお年頃。仕事にかまけて、たまにしか前線に来ない夫を待つよりは、帝星滞在して呼び出したほうがいいだろう」

『次のヨルハ公爵の父親はお前がなれ、クレスターク。ラスカティアが父親の場合、帝国騎士ではないのが生まれる確率が6.3%にもなる。ラスカティアは王太子にくれてやれ』

 ”王太子にくれてやれ”
 現帝国で女性の王太子はゲルディバーダ公爵殿下のみ。
 来る途中、侯爵から聞いた「もしもファティオラ様が皇帝に即位した場合の、リスカートーフォンが出す夫が俺」であると。様々な要因があって選ばれたと言っていたのだが、他王家の能力潰しまで考えてのことだとは。 
「書類上の夫の座も剥奪してくれると嬉しいのですがね」
 画面前に移動して、落ち着いた口調で返した。怒り狂うかと思ったが、侯爵はそんな素振りは一切見せず大人の対応だった。侯爵が感情任せになるのは、クレスターク卿絡みの時だけというのは本当なんだ。
『黙ってヨルハの夫の座についていろ』
「畏まりました」
 クレスターク卿は右側に立った侯爵の”右肩”に手を置き……肩を組むような、いや、肩を抱き締めるように手を置いた。
 侯爵の怒りゲージが上がってるのが、背後から見ていても解る。
「親父も意志がそう固まっていたのなら、早くに教えて欲しいものですね。俺とラスカティアが珍しく直接会っているのですから。さすがにヨルハ公爵の父になるという話じゃ通信だけでは無理ですね。直接会って、話すべきことでしょう。ただ俺にもシアを抱く条件というものがあります」
 侯爵が必死に右肩に置かれているクレスターク卿の手を引き剥がそうと、毟ろうとしているのだが……服が裂けただけでクレスターク卿の手はそのままだ。
『言え』
「聞かれなくても言いますよ。上級士官学校卒業が最低条件ですね」
『他の条件は?』
「いまは出しませんよ。後から小出しに」
『分かった。許可を……』
「その前に、金くれますか?」
『なんの金だ?』
「ロヴィニア達に支払う金。シアが抜けた穴を俺だけで補うつもりはないのでNo.05とNo.12にもフル稼働してもらおうかと。もちろん、二人が上げた功績はバーローズ公爵家に、金は二人に」
 エヴァイルシェストNo.05はポルペーゼ公爵殿下でNo.12はヒーシイ公爵殿下。フィラメンティアングス公爵殿下の兄姉でもある。
 金ですべてを解決する王家ロヴィニアと言われているが、前線においても筋を通しているというか、王家の家訓に副って生きていらっしゃるようだ。
『話はついているのか?』
「これからですが、二人が断ると思いますか?」
『そうだな。分かった出そう。ただ、買いたたかれるなよ』
「もちろん。まあ、金は要らない可能性もありますがね。俺が本気出して戦ったら、必要ないかもしれません」
 俺は後ろ姿しか見えないが、表情はさぞや不敵で自信に満ちたものなのだろう。肩に置かれた手を剥がそうとしていた侯爵が、横顔を見てその手を止めるほどだ。
『本気を出して戦おうとも功績は買う』
「然様で。では詳細については後日。あなたが本当に権欲が強くて良かった。王よりもずっと話しやすい」

 侯爵の肩から手を離し、胸の前にその手を持ってゆき礼をされた。

 通信画面が消えて、
「よーし、シア。あとはお前が頑張って入学するだけだ」
 向き直ったクレスターク卿が両手を前に出す。
「ありがとう、クレスターク」
 ヨルハ公爵は飛び上がり、その両手にハイタッチをして喜びを露わにする。
「ハンヴェルの所のセイニーと仲良くな」
「うん!」
「クレスターク、大好きですよぅ。ご褒美に美少女のキスですよ」
 ジベルボート伯爵がクレスターク卿に抱きついて、右頬に何度も軽いキスをする。卿はヨルハ公爵を左腕で抱き上げ、伯爵を右手に座らせて、
「もっとキスしていいぞ」
 二人からご褒美のキスを貰っていた。
 娘に”パパ大好き”されているようなに見え、とても微笑ましい。卿は独身だし、普通にしていると父親の雰囲気など皆無だが。
「カーサーも来るか」
「うん。背中」
 卿の背後に飛びついたオーランドリス伯爵が、こめかみから額の辺りにご褒美のキスを。
「クレスターク、楽しそうだから俺もいい」
 元帥殿下が指を組み”お願い”モードで尋ねる。
「いいぞ」
 前から飛び付いて頭を押しつけていらっしゃる。

 もてもてだー、クレスターク卿。

 そこでやめて下さればいいのですが……四人を降ろしてから、
「さあ、待たせたなラスカティア。殺したくて仕方ない大好きなお兄さまの胸に飛び込んでこい」
 どうして言っちゃうのかなあ、それを。
「そうさせてもらおうか!」
 右肩近辺が露わになっている侯爵が、全身でパンチを打ち込み……こうなるのを期待しているのですよね。
「止めぬか、馬鹿ものども! ここは総司令室じゃ! 貴様等の遊び場ではない! 騒ぐのならば場所を変えろ」
 普通なら騒ぎが大きくなってからの叱責でしょうが、慣れているのか慣れざるを得なかったのか、それともテルロバールノル貴族だからでしょうか? ヒュリアネデキュア公爵が即座に注意をして下さり、周囲に被害が及ぶことはなかった。
「ラスカティア、シアを入学させろよ」
「言われなくても。シア、身体能力は問題ないだろうから、学科試験を重点的に教えてやる」
 侯爵は勉強を教えるのがお上手だ。
 俺もお世話になったものだ。他の学校とは違い、上級士官学校の首席というのは、誰一人留年させることなく卒業させてこそ真の首席。
「シア、可哀想! こんなホモに勉強を手取り足取り教えられるとか! くっ!」
 そろそろ聞いてみようかなあ。
「どうしてジベルボート伯爵は、侯爵のことを同性愛者と?」
 ずっと気になっていたのだが、聞けずにここまで来てしまった。いや出来たら聞きたくはないが、流すのもそろそろ……。
「だってトシュディアヲーシュ侯爵って、こーんな綺麗な僕に興味示さないんですよ。僕だけじゃなくて、綺麗なケシュマリスタの貴族女性に全然! だからもう、これはホモだなって。ケシュマリスタの女性貴族はみんなトシュディアヲーシュ侯爵のこと”ホモ”って言ってるよ。それとゾローデ卿、僕のことはキャスでいいです。グレスさまからも許可もらいましたから」
「そ、そう。じゃあキャスと呼ばせてもらうね」
 ケシュマリスタ貴族の女性は総じて……
「お前らの魅力がわからない故にホモ言われるなら本望だ。一生ホモで通すわ。二度と近寄るな」
 侯爵! なんか色々と問題がありますよ、それ!
「同性愛者になるってなら、それはそれで構わんが」
 楽しそうにクレスターク卿が……先程まで着用していたマントと上着を脱ぎ捨てていらっしゃる。貴族はシャツとズボンだけなどという軽装ではいけないはずですが。
「お前に関係ないだろう」
「関係あるだろ。シアの子供の父親どうする」
「知るか! お前でいいだろ!」
「お前が同性愛者になるとして、どんな男が好みなんだ」
 クレスターク卿の追撃が怖い。リディッシュ先輩なんて、もう耐えられずに俯いてしまっている。俺もそろそろ俯いてもいいかな。
「少なくとも、お前じゃないことは確かだ! クレスターク」
「それを聞いて安心したよ」
「ふざけるな! この室内にいるヤツで選ぶとしたら……こいつだ!」
 ウエルダが掴まれて引っ張り出されてしまった。とめようとした俺の手は掠ることもなく。そして、
「ウエルダ、しっかりしろ!」
 恐怖のあまりウエルダは目を開けたまま失神した。
 侯爵には悪いが、気持ちは分かる。そして侯爵に悪気がないのも分かる。
 俺はウエルダを肩に担ぎ、
「済みません、侯爵。ウエルダには、ちょっと衝撃が大きすぎました」
 部屋を後にすることに。
「待て、ゾローデ」
「なんでしょう?」
「あの……驚かせて悪かったが、悪気もなにもないし、本気じゃないというか、売り言葉に買い言葉のようなものだと」
「はい」
 分かってますって。侯爵はクレスターク卿が絡むと、冷静な判断ができなくなるって。ウエルダにも説明しておきますから。

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