裏切り者の帰還[18]
《シュスタークのお気に入りの奴隷、皇后になったが、あいつは可愛かったぜ。可愛い以上に……月並みだが芯が確りしていて、危険な状態になってもパニックに陥ることもなく。なにより優しかったな》
「いいロガの使徒っぷりだな、ラードルストルバイア」
 お二方が元は一人であったが、死後の生きたことにより別人格となった方と話を……お二方に騙されているのだとしても、これはこれで楽しい。
「では、この事は口外してはならないのですね」
 過去の話を、それも俺に直接関係のないことを、いつまでもしているわけにはいかないので、切りの良いところで話を切り上げる。
「俺はいいんだが、ハンヴェルが恥ずかしがり屋でな」
「黙らぬか……ここまで話したのじゃから、教えておこう。帝王の人格を持つ者も存在しておる。その帝王はクレスターク同様、三十七代皇帝の御代を生きた人物の中で”生きた”存在じゃった」
<喋れなかったのに、喋れるようになっちまったんだぜ。天才ってすげえなあ>
《ばーか。天才じゃねえよ、大天才だったんだぜ。三十近くまで童貞だったけどよ》
 童貞なのはいいの……いや、良くないか。
 話を聞いたところによると血筋が原因。当時は三十二番目の始まりから数えてすぐ。ということは、血筋は王族のみに集結しているのだから。王族……それも”童貞”言われるくらいだから王子が、三十歳近くまで童貞なのは。
「ロヴィニアの王子のことだ。お前も良く知っている、セゼナード公爵エーダリロク。王国一の妃であり、帝国においても皇后候補にまで自力で辿り着いた程の良い女から逃げまくった過去を持つ。最終的に子供三人も産ませてるわけだがな」
 セゼナード公爵は四十歳前に亡くなられたのだから、三十歳近くまで童貞で、子供三人儲けたってことは……ロヴィニアはロヴィニアってことだな。

 多産系の子沢山王家、ロヴィニア。童貞もなにか理由があったんだろう。

 少し遅めの昼食を、お二方と俺と一緒に取っていると、
「お話があるのですが」
 リディッシュ先輩がロヒエ大公と共にやって来た。ヒュリアネデキュア公爵のことを苦手としているのにも関わらず、この場にやってきたということは、公爵にも用があるのだろうなあ。
「俺、席外しましょうか?」
「いいや。ゾローデには関係はないが、できれば臨席してくれ」
「では、このままで」
 リディッシュ先輩が語り出したのは ―― とても良い案だと俺も思った。
「いいな」
「大事なことじゃろう」
 提案を聞いたお二方も乗り気で、すぐに関係者を集めて話をまとめることに。俺はあまり関係ないような立場だが、来てくれと言われたのでついて行くことに。

「余計なお節介だとは思ったのだが、話を聞いているシアの目の輝きを見ると無視できなくて」
 リディッシュ先輩は頭を掻きながら照れ笑いを。その隣にいるロヒエ大公は左頬のあたりを、人差し指で小さく掻きながら、やはり照れているような表情だ。
 ロヒエ大公は見た目は怜悧な容姿、一般に”氷の美貌”と呼ばれるタイプだそうだが、性格は優しいのだそうだ。ちなみに”氷の美貌”の元になった人は、帝国史でただ一人、男性皇帝の正配偶者となった《男性》ことゼルデガラテア大公エバカイン殿下のこと。
 俺が知る分には、ゼルデガラテア大公は三十七代皇帝の皇后ロガと瓜二つで、非常に優しげで ―― 新緑の柔らかな陽射しを思わせる ―― ロガ皇后の容姿については、直接見たラードルストルバイア・ゼークゼイオン・トールドヴァティオがその様に言っていたのだが……氷と新緑の陽射しは、どう考えても違うよなあ?
「私も常々考えていたのだが、中々言い出せなくて。シアはエヴァイルシェストのNo.2。抜けると戦力低下は免れない。クレスタークは補ってくれるだろうが……まあ、何と言うか。勇気がないのだろうなあ」
「前線基地にいるのですから、当然のことです。ある意味俺は無責任なんですよ」
「いや、君は無責任なんかじゃない」

 リディッシュ先輩はヨルハ公爵の気持ちに気付いたのもそうだが、それよりも先にロヒエ大公の気持ちに気付いたのではないだろうか? だから最初に話を通さなくてもいいロヒエ大公に話しを持ちかけたのでは。……俺の個人的な意見だが。

 全員を呼び出した場所は、またもや総司令室であった。直接話合いをしなくてはならないことなので、長距離通信が可能で、かつ速度が速い機器がある場所となると、ここしかないのだが。
「ウエルダ」
「ゾローデ」
 ジベルボート伯爵に腕を組まれてつれて来られたウエルダの所に近寄り、
「顔、大分良くなったぞ」
「ジベルボート伯爵がマッサージしてくれた」
「そりゃ良かったなあ」
 二人で壁に背を預け、立って聞かせてもらうことにした。
 全員が揃うと、クレスターク卿が、含みもなにもない笑顔 ―― 俺に見せていたものと同じだが ―― でヨルハ公爵を呼んだ。
「シア」
「なに、クレスターク」
「シア、上級士官学校に通ってみないか?」
「…………!」
 ヨルハ公爵は血色の悪い口を窄め、左目を大きく見開く。黒目がやや小さいので、見事な三白眼に。
「リディッシュとカインが、お前が学校に行きたそうだって。正直に答えるんだぜ、シア。行きたいか?」
 窄めていた口を大きく三日月のように開き、隈が目立つ左目を口とは逆の三日月型にして、
「行きたい!」
 艶なくぼさぼさしているように見える黒髪を振り回すように首を動かされた。
「そうか、そうか。じゃあこれから勉強するな」
「うん!」
「きゃああ! シア!」
 ジベルボート伯爵が駆け寄って首に抱きつき、ヨルハ公爵はそのまま振り回し続ける……首痛くはないのだろうか?
「くけけけけけ、キャス!」
 笑い声が若干怖く、笑顔も同じく……だが、
「うふふふふ、シア!」
「くけけけけけ! キャス!」
 本当に嬉しそうに、ぐるぐると二人回っている。ジベルボート伯爵は振り回されているだけだが。
 大喜びしている二人を、ロヒエ大公が柔らかな表情で見つめられていた。
 ヨルハ公爵のことを気にかけていらっしゃるのだろうなあ。
「さてと、それじゃあ手続きするか。フェリストフィーア」
 エヴァイルシェストのNo.2であるヨルハ公爵が抜けると、その穴を補うのは当然上に位置するクレスターク卿とオーランドリス伯爵。負担を背負うことになる両者だが、まったく気にしていないようだ。
「なあに?」
「シア、上級士官学校目指すから、しばらく前線から抜ける。いいな」
 全帝国騎士を統括しているのは帝国最強騎士だが、エヴァイルシェストの直属上司はシセレード公爵。
 ”シセレード公爵”がその任を引き受ける。シセレード公爵が帝国騎士であろうがなかろうが、個人の資質や能力は関係しない。このような立場に置かれるので、エヴァイルシェストには属さないのだ。
 番号が下のシセレード公爵に従わない上位者がいると困るので、順位を付けることなく、あくまでも上司なので、能力の如何に関わらず従うようにと ――
 下手な順位付けは統括に支障がでる……らしい。まあ皆さん、能力一本で勝ち上がってきた人たちだから、そうもなるのだろう。
「いーよー。シア抜けると、その分、我がいっぱい壊せる」
 チュロスを食べながら、のんびりと笑っておられるシセレード公爵。……クレスターク卿が言われた通り、戦っている最中は俺やウエルダが想像するエヴェドリットそのものだった。
 操縦している表情を直接みたわけではないが、偶に聞こえてくる笑い声と、その戦いぶりが凄かった。
「そうだな、いっぱい壊していいぜ。サロゼリス、シセレード公爵の許可証の代書、頼むぞ」
「了解したが、本当に大丈夫なのか? シアが抜けると負担が大きくなるぞ」
「そこはな。俺とカーサーとフェリストフィーアが居りゃあなんとかなる。話持ってきたカインも頑張るから、そこは大丈夫だ」
 ネストロア子爵はロヒエ大公を見てから、
「そうか……カーサーは学校に行きたくはないのか?」
 まだ入学可能な年齢であるオーランドリス伯爵に声をかけたが、完全に拒否された。
「行きたくない。我は前線。戦争が好き」
 本当に好きなのだろうか? ……俺などはそう思ってしまうのだが。
「カーサーが前線離れたら、俺が過労死しちまうなあ。それはさすがに諦めてくれ、サロゼリス」


「死んでしまえ」


 地を這うような侯爵の言葉に、誰もなにも言わなかった。俺とウエルダは聞かなかったことにしてやり過ごす。
「(ゾローデ、俺、言われた通りにしたぜ)」
 腰の辺りでウエルダが親指を控え目に立てて、合図を送ってくる。
「(そうだ。それでいい、ウエルダ)」
 ウエルダが学生だったころに、俺が教えた”上級貴族のやり過ごし方”を見事にマスターし、実践して見せてくれた。
「よぉし。これで前線を離れる許可書は出来た。ゾローデ、これ皇帝に届けてくれ」
「は、はい」
 ウエルダとアイコンタクトを取り合っていたら、突如呼ばれ、驚きを隠せない声を上げながらクレスターク卿とネストロア子爵の元へと近付く。
「戦勝報告と一緒に届けとけ。なぁに、書類が届く前に全部決まってる。ただの慣習だから、重く考えるな」
 帝国騎士の移動に関して”貴族的な”煩雑さがあるようだ。軍人としてだけなら、俺でも分かるのだが、貴族や王族が絡むと分からないことだらけだ。
「慣習は重要じゃがな」
 ヒュリアネデキュア公爵は先程からお一人で、操作卓を触られていた、
「そうだね、ハンヴェル。うん、うん、大事だよね。だからゾローデに慣習という名の煩わしい、でも帝国としては大切な仕事を引き受けてもらうんだ」
「黙れ、クレスターク。連絡を入れてやったぞ。リスカートーフォンとバーローズを呼び出してやったぞ」
 二つの画面に映し出されたのは、一つは赤と白で描かれたエヴェドリット王家の紋。もう一つは赤と灰色で描かれたバーローズ公爵家の紋。
「ありがとさん。さてと、王と親父を説得するとするか」
 優雅にちょっとだらしなく腰をかけていたクレスターク卿が立ち上がり、モニター前に移動した。
『何用だ、クレスターク』
 画面に現れたのは、俺も遠くから何度も見かけたことがあるバーローズ公爵閣下。ケシュマリスタによく似た大きく緩やかな波うつタイプの髪。真ん中よりもやや左よりにした分け目で、顔は凛々しい。男らしいというのが正しいのかも知れない。
 クレスターク卿とは親子だと一目で分かるが、侯爵は……もしかして、母親似なのだろうかと”思って”しまう。侯爵が母親はクレスターク卿みたいなお姿ですよね。
「よう、親父。王とも通信繋げたか?」
『もちろんだ』
 バーローズ公爵閣下は肩幅もそうだが首も太く、殴り合いなどをしたら勝ち目はまずないだろう……どころか、遭遇しないよう気をつけて、息を殺して生きていかねばと思わせる方だ。
『どうした? クレスターク』
「お久しぶりです、王」
『そうだな。それで我を呼び出した理由は』
「二人を呼び出したのは、シアのことで話があるからです。シアを帝国上級士官学校に入学させることにしました」
『決定か』
 エヴェドリット王は特に表情を変えない。
 だが思えば、王の頭上を越えて勝手に決めてるんだから、不興を買ったりするのでは……あ、クレスターク卿は強いからそんなことはないのか。
「シアの実力次第ですが」
『何故入れようと?』
「シアが通いたそうだったからです」
『それだけの理由か』
「それが理由です。それ以外の理由は必要ないでしょう」
『たしかに。だがお前には、我を納得させる必要がある。利点を説明しろ』
「かしこまりました。王、シアはグレスのお気に入りです。本気で”可愛い”と思っております。なあ? カーサー」
「グレス、シア好き。可愛い。我も可愛い思う」
『それだけか?』
「これ以上、必要ですか? 来年帝国上級士官学校に入学できそうな”王国出身者”を見ましたが、シア以外は気に入られそうなのはいませんでしたね」
『それはあるな』
「王、久しぶりにどうです? ドロテオも一緒に戦いたいと言ってますし。家臣を育てるために、空いた穴を埋めるために出撃する、そんな理由でドロテオに同伴できますよ」
『我は許可する。バーローズはお前が説得せよ。バーローズ、説明を聞いてやれ。納得できねば許可せずとも良いが』

 元帥殿下の名前が出たら、速答だった。上手いところつくなあ、クレスターク卿。そしてゲルディバーダ公爵殿下に好かれる人を送り込むのも必要……必要だよな。次のケシュマリスタ王になる御方だものなあ。

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