裏切り者の帰還[17]
 全てを直接聞ける機会がありながら、これ以上聞けない。もどかしいけれども、王族として経験を積み、クレスターク卿のことをも知り、そして ―― クレスターク卿以外にも説明してくれる人を得て、他方面から情報を聞き集め、その上でまた話をしよう。
「ま、戦争とセックス中以外なら何時でも答えてやるから、気にせず連絡入れろ」
 既に連絡入れづらいです。

「儂に何用じゃ」
 わざわざ呼び出しに応じて格納庫までやって来てくださったヒュリアネデキュア公爵が、軽快な音を立てて跳躍を三度繰り返して、俺たちがいる場所へ。
「やっと来たかハンヴェル」
「何用じゃ、クレスターク」
「ゾローデが、俺たち四人のことを知りたいって」
 前置きやら余計なことを挟まない人なのだろう。それが意図的なものかどうかは、付き合いが浅いので分からない……と言いたいところだが、多分意図的だ。これに関しては自信がある。
 ”俺たち四人”と聞いた直後、ヒュリアネデキュア公爵は右眉の端を釣り上げて、
「クレスターク! 貴様、何故それに触れたのじゃ! それは帝国や侯ヴィオーヴには何ら関係のないことじゃろうが!」
 クレスターク卿の襟首を掴み上げる。
「でも気付かれちまったんだもん。答えてやらないわけにはいかないだろう」
「貴様が気付かれるよう仕組んだのであろう? 違うのか?」
「ご名答。さすがハンヴェル。俺のことをよく分かっていらっしゃる」
「きさ……」
「さっさと説明終えて、旅行準備手伝いして来いよ。あいつら、絶対に変な物を積んでいくぜ」
「貴様が監督しろ。大体ヨルハもエキリュコルメイも貴様の親族じゃろうが」
 エキリュコルメイ? 来る途中に見かけたが、軽く流してしまった爵位だったような。重要人物の爵位以外は目を通していないはずなのだが、だがどうして流した?
「ぶはっはは! ハンヴェル、エキリュコルメイでゾローデが呆けた顔してるぞ。お前くらいだろう、エキリュコルメイ言うの」
「ならばガーナイムと言ってやろうではないか」
 ガーナイムはエヴェドリット王族の爵位だが……いまはオーランドリス伯爵が賜っていたな。ということはエキリュコルメイというのは、オーランドリス伯爵のことか。

 オーランドリス伯爵の戦争功績が超越し過ぎて、ついには帝国で与える勲章がなくなり、王家から”王族”の称号を贈られることになった ―― そうだ。
 七歳で帝国軍元帥に任じられた程の御方だ、そうもなるだろう。

「エキリュコルメイはカーサーのシセレード公女としての爵位じゃ」
「……!」
 人の名を省略することや、あだ名で呼ぶことを嫌うのがテルロバールノル貴族……でもオーランドリス伯爵のことはカーサーと呼ばれるんだ! 衝撃だ。自分が人間じゃないと聞かされた時と同様くらいの驚きが。
「ゾローデ、帰ってこい」
「なんの真似じゃ?」
「俺は精神に呼びかけてるんだよ。戻ってこないと、説明ができないぜ」
 それは困る。呆けている場合じゃないな。
 襟を直して意識をしっかりと持ち、自分で尋ねたことは最後まで聞かなくては。

 そして俺とお二方は場所を移すことになった。”俺たち三人”なんて言えるわけないし、思いもしない。正直な気持ちが”俺とお二方”
 わざわざご足労いただいたヒュリアネデキュア公爵が、立ったまま話をするつもりはないとのことで。俺としてもローグ公子を立たせて話をするのは避けたかったのでありがたい。
 クレスターク卿はいいのか? と言われそうだが、バーローズ公子は、侯爵が「俺の家はそんな貴族らしい家じゃねえよ」と学生時代に言っていたし……ローグ公爵家を別格扱いするのは普通だろう。
 それで、格納庫内の調整室へと移動した。
「実戦に投入しないと分からない不具合もあるからな。それらを調整するために話合う場所だ」
 格納庫の一角にある設備だとわかるシンプルさ。
 内装は殺風景な格納庫素材と同じ。とは言っても、ハドゥラス加工されたラニアミア鋼で覆われているのだから、金額でいえば下手な装飾品を置くよりもずっと高額だが。
 ゆで卵の殻の上部、五分の一ほど削り取ったような形をしている椅子。下部に半重力装置がついており、座った人物の膝下の長さを感知して、高さを自動調整してくれるという高性能で、残酷な代物である。
 一目で胴体が長いとか、膝下が短いとかばれるんだよ、これ。
 赤とピンク色の間、薔薇色と表現するのがもっとも適切と思われる赤系のクッションが座る部分に敷き詰められている。
 それに腰を下ろし……お二方、俺よりも身長が高いので、当然卵型椅子は高い位置に。よかった、よかった。お二方には俺よりも高い位置から見下ろして話しをして欲しいので。同じ目線で話をするのは極力避けたい。
「それじゃあ話そう。かの有名な三十二番目の始まり、帝王ザロナティオンには育ての親という名の鬼畜な兄がいた」
「その男、名をラードルストルバイア・ゼークゼイオン・トールドヴァティオ」
 ヒドリク朝の始まりの家系図なので、その名はしっかりと覚えている。ただ、クレスターク卿が言われた通り、非常に鬼畜で危険な御方で、一時期は”ゼークゼイオン=不和の象徴”とされていたが、現在は違う意味になっている。
「あの調和の象徴……」

 俺が知らない部分で、帝国の和平に大きく貢献したのだろう……

「げひゃひゃひゃ!」
 クレスターク卿が足を踏みならして、大声で笑い出した。笑った理由は ―― 調和の象徴 ―― 俺の言葉なのは間違いないな。
 笑い顔もそうだが、笑い声が鋭い。”丸い”ところなんて一切無い御方なのだろう。
「下品な笑いを収めい! クレスターク」
 ヒュリアネデキュア公爵が身をやや前のめりにして注意するが、
「俺が笑ってるんじゃねえよ」
 クレスターク卿が聞くはずもない。
「いいや、貴様じゃ。そうじゃろう? いいのか? 貴様のせいにされて!」
 なにをおっしゃっているのか、俺にはさっぱり分からない。貴様で貴様とは一体?
 俺には分からない会話、そして笑い声が止まる。ヒュリアネデキュア公爵に言われたから止まったという感じではなく、
《いいわけ、ネエだろうが。よう坊主》
 黒い手袋をはめた手で黒髪を額のあたりからかきあげたクレスターク卿。声は同じだが喋り方の抑揚が別人だ。
「え、あ……」
 目つきは鋭く、口の端が上がり笑っているが威嚇しているような……言葉にすると今まで目の前にいたクレスターク卿と変わらず、実際にクレスターク卿なのだがまるっきり違う。
 二重人格の人……というわけでもない。あれともまた別物だ。
《ラードルストルバイア・ゼークゼイオン・トールドヴァティオだ》
「はい?」

 俺はこの時ばかりは、からかわれているのではないかと……ヒュリアネデキュア公爵が臨席してくださっていなければ、さすがに信用しなかった。

 俺の中ではクレスターク卿とヒュリアネデキュア公爵の信頼度は、失礼ながら後者のほうが高い。俺の面倒を見てくださり、聞いたことにはこうして全部答えてくれるのだが……なんだろうな? 勝手な言い分で思い込みかもしれないが、クレスターク卿ご自身が自分のことを信用しないように仕向けているような。
 対するヒュリアネデキュア公爵は初対面で、生涯消えないであろう苦手意識を持ったものの、ローグ公爵家に対する信頼がある。
 いや、個人的には全然知らないのだが、その……。できたら遠くで、だが重要な時は意見を求めたくなる相手。そんな感じ。

「信じられぬじゃろうが、いま喋っておるのはラードルストルバイア・ゼークゼイオン・トールドヴァティオじゃ」
「え……はい」
 真顔で冗談言うような御方じゃない。その位砕けた人なら、リディッシュ先輩は苦手としない。何時でも真面目、どこにあっても真面目。俺の護衛をしてくれたときも、冗談一つ通じず、似合わない……じゃなくて、いや、似合わない以外言葉が浮かばないが、ともかく帝国語を喋ってくれたし、ジベルボート伯爵に殴られるし。―― 普通なら笑うところなのだが、ヒュリアネデキュア公爵にそんな隙はない。
「ただし、侯ヴィオーヴが知っておるラードルストルバイア・ゼークゼイオン・トールドヴァティオではない。それは”ここ”におる」
 言いながらヒュリアネデキュア公爵はご自身の心臓のあたりを右人差し指で叩かれた。
<よう、坊主。俺に会った気分はどうだ?>
 ローグ公子の雰囲気が消え去り、クレスターク卿の内側から現れた「ラードルストルバイア・ゼークゼイオン・トールドヴァティオ」と似たような空気をまとったのだが……これは、なんだ?
 俺の驚いた顔がよほど面白いのか「ラードルストルバイア・ゼークゼイオン・トールドヴァティオ」は腹を抱えて笑い出した。両者とも同じように、声は違えど音程はまるで変わらず。
 足をばたつかせ笑うヒュリアネデキュア公爵のお姿とか、見られるもんじゃないし、できたら見たくないものである。
 ただ呆けていても話は進まない。
「ということは、この場には俺を含めて三人いますが、実際は五人の人格が存在する。ただしそのうち二つは元々は同じであったが、理由があり違う……という認識でよろしいのでしょうか?」
 余計なことを考えないと「こういう事」だよな。
 両者共笑いを収め、手を叩かれた。
「大正解。さすがに聡いな」
「クレスターク卿ですか?」
「おう。気づいてくれて嬉しいねえ。アーシュだったら、体乗っ取られてろって言うのは確実。寂しいなあ」
 全然寂しそうじゃないのですが。
「侯爵もご存じなのですね」
「知らない。俺の中にラードルストルバイア・ゼークゼイオン・トールドヴァティオがいる事を知っているのは、俺の精神を見ることができるヴァレドシーアと、同じく宿して生まれてきたハンヴェルだけ」
 ヒュリアネデキュア公爵が目を閉じて、渋い表情をつくられる。こちらのゼークゼイオンも消えたようだ。
「言ったであろう、これは帝国には関係しない……とも言わぬが、触れずとも構わぬことじゃと。帝王の人格継承は過去にも幾つか事例があったのじゃ」
「帝王、ですか?」
 帝国で帝王と賞される皇帝はただ一人ザロナティオン帝で、ゼークゼイオンは皇兄に該当するが、帝王が暗黒時代を収めた頃には既に死亡している。
「ゾローデはラードルストルバイアの死因を知っているか?」
「戦死としか知りません。具体的なことはなにも」
「一般的に公表できぬ理由ゆえに、そのようになっておる。ラードルストルバイア・ゼークゼイオン・トールドヴァティオは帝王との戦い敗れ、食われて死におった」
 そろそろ昼食時が近く、空っぽになりつつあった胃から、嫌な味がこみ上げてくる。
「同族食いは俺たちエヴェドリットが得意とするもんでな、ロヴィニアの帝王は無理して食った。その結果、食った人格に精神を乗っ取られかけ、そして崩壊していった。帝王の死因は食ったは良いが、人格が残ってしまったラードルストルバイアだ。互いが互いを食い殺した」
 予想もしていなかった帝王の崩御理由。
 帝王が死去する際には、絶叫が三日続き、生物が死滅したとされている。それは比喩かと思ったのだが、もしかしたら比喩ではないのか?
「俺たちは昔から食って能力を継承することはあった」
「じゃが、記憶まで継承されたのは初めてじゃった。理由は様々あるが、説明するのは骨が折れる。知りたくば、あとでクレスタークに聞くがよい」
「ヒュリアネデキュア公爵!」
 公爵は立場上、俺に嘘をつくこともあるだろう。言えないことは言えないことして触れず、濁すこともあるはずだ。
「なんじゃ?」
「ヒュリアネデキュア公爵も理由はご存じなのですか?」
「知ってはおるが」
「滞在中に少しお話をしたいのですが。お時間いただけるでしょうか!」
 そのような方とお話をする必要もある。クレスターク卿が軽快に、本当のことでありながら、意図してはぐらかしていることがあるかないかを探るために。
 クレスターク卿は性格からして、恐らく本当のことを言っているが、他人が間違って受け取るように喋っている可能性がある。
 別に珍しいわけじゃなくて、そういう人多いんだ、上級士官学校生には。
「構わぬが、なにを聞きたいのじゃ?」
「それはお会いしていただける時までに、まとめておきます!」
 一番聞きたいのはクレスターク卿の性格と、卿と王の関係。
 学生時代からの知り合いであるヒュリアネデキュア公爵ならば「俺に卿を一個人として教えてくれる」はず。
「了承した」
「なんの話するんだろうな。すげえ、気になる。ここで話したらどうだ?」
 全然気にしていない素振りのクレスターク卿。俺も聞かれたことは筒抜けになるだろうと考えてはいる。筒抜けになっても困りはしないし、失礼のない質問をするつもりだ。
 俺が知りたいのは人となりだが、不躾であまり踏み込んだ質問は……しないわけには行かないような気もするが、そこら辺は臨機応変、早い話が行き当たりばったりで。
「あとでヒュリアネデキュア公爵に聞いてください。それと話の腰を折って申し訳ありません。ラードルストルバイア・ゼークゼイオン・トールドヴァティオについての続きをお教えください」
 お二方は互いにわかり合ったような目配せをされて……仲良いんだろうなあ。でも仲良いって言っちゃ駄目な気がする。
 よく解らないのだがテルロバールノル貴族は”儂は貴様のためにやったのではないのじゃからな!”言い捨てて、手伝ってくれる御方が多い。全般的に素直になれないというか。
 皇太子妃殿下は”ばいばい、りでぃっちゅ、またらいしゅう”くらいしか覚えていないのだが、前線に来るまでの間、ジベルボート伯爵から話を聞くと、やはりテルロバールノル貴族特有の受け答えをなされるようだ。

 まあ……目の前のヒュリアネデキュア公爵に”儂は貴様のことなぞ心配しておらぬ。ただ立ち寄っただけじゃあ!”とかされたら、ちょっとその怖い。貴族は総じて怖く、純粋な恐怖ならクレスターク卿のほうが勝るだろうが、なんだろうな? すごく怖い。

「おかしな顔をしておるが、大丈夫か? 侯ヴィオーヴよ。そうか、では話を続けよう。儂の中におるラードルストルバイア・ゼークゼイオン・トールドヴァティオは三十一番目の終わりに死んだ男で、世間一般で言われている方じゃ。問題はクレスタークの中にいる方。それは三十七代皇帝シュスタークの中におった”死後の過去”を持つラードルストルバイア・ゼークゼイオン・トールドヴァティオなのじゃ」

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