裏切り者の帰還[01]
 帝星に直行するものだとばかり思っていたのだが……この星の位置からして、イヴルドーレンシュ星に向かっているような。
 第三十八宇宙港の管理責任者になった時に、星図と航路は全部頭に叩き込んだから間違いはないだろう。
 存在を忘れられたような第三十八宇宙港だが、大宮殿に存在する宇宙港なので、直接宇宙船を乗り付けられる人が使用する航路は配布されており、万が一尋ねられたら即答する必要があるので覚えてはいた。
 でもイヴルドーレンシュ星かあ……いつかは直接会う必要はあるとは分かっていたが、覚悟が決まらないというか……
「ゾローデ」
「はい、トシュ……アーシュ」
「ヴァレドシーア様がお呼びだ」
 なんでケシュマリスタ王国軍の遠征部隊の総指揮官が直接俺を呼びに? 王の命令とはいえ、侯爵に下されるような類のものではないかと。
 なにより侯爵とジベルボート伯爵、仲悪いし。
 できれば近付いて欲しくないんだよなあ……侯爵。侯爵のことは嫌いじゃないが、戦争前だからやや興奮状態が続いているから恐くて。
 それとジベルボート伯爵が”近寄るな、ホモ!”などと叫んで俺から遠ざけようと……ホモはないんじゃないかなあと。
「わざわざありがとうございます。あの、ゲルディバーダ公爵殿下についてでしょうか?」
 ソイシカ星を出てから俺は一度もゲルディバーダ公爵と会話をしていない。乗り込む前には連絡してくれるよう命じられていたのだが……。連絡を取ろうとしたら、ケシュマリスタ王に止められた。王のことかだから冗談かなあ……思ったが、侯爵も深刻な面持ちで首を振ったので、どうやら本当のことらしい。
 ソイシカ星を出てから四日経ったのだが、事情はまだ説明してもらえない。
 ジベルボート伯爵に聞いても”美少女の笑顔に免じて、ね!”言われ、侯爵に聞くと”あー具体策を今考えているところだ。気にするな……ところでお前の側近のウエルダのことだが”聞いて欲しくないとあからさまに態度に表れていたので、黙っておくことにした。
 幾ら俺の側近になったとはいえ、侯爵がウエルダのことを聞く必要はないだろう。提出されている履歴書だけで充分だ。だから、どう考えても話題逸らしだ。
 側近といえばウエルダの側近にリディッシュ先輩が付いて下さったとのこと。ウエルダはびくびくしているかもしれないが、リディッシュ先輩なら大丈夫だと直接言って安心させてやろう。リディッシュ先輩は本当に穏やかで落ち着いている知的な方だ。

 オムライス大祭の最終兵器であったこと以外は。

「そうだな。解決策が決まった。お前のことだから気付いているだろうが、イヴルドーレンシュに寄る」
「いつかはお会いするのだと、思ってましたが」
 いつかは、いつかは……お会いしなくてはならない御方だが。
 侯爵に連れられて王がいらっしゃる部屋へ。戦艦だが王の居室の扉は手動で、大佐たち脇に控えて押し開く形となっている。
 気圧される白地の扉。外枠のようにケシュマリスタ国花である朝顔の蔓が緑一色で描かれ、王の居室に相応しい扉となっていた。
「ヴァレドシーア様、ゾローデ連れてきました」
「ありがと、ラスカティア」
「いいえ。それでは失礼いたします」
「君も残って、ラスカティア。君も連れて行くんだから」
「……分かりました」
 金持ちが座るに相応しいソファー。枠が金であちらこちらにカーブがあって、張られている布が柄から色から……王が座っていると、高級なのは分かるが色褪せてしまうのが可哀想な気もする。枠につかわれているであろう純金も、王の黄金髪の前には輝きを失うんだから、凄いよなあ。美のケシュマリスタとは言ったものだ。
「ゾローデ。ラスカティアから聞いただろうけど、イヴルドーレンシュに立ち寄るよ」
「はい」
「ナイトヒュスカったら”孫娘の夫を直接見せろ”だって。目見えないのに、渾身にして滑るギャグだよね」
 笑えないと言うべきか、笑ってはいけないと言うべきか。
 どっちにしても、俺は笑う気になれなかった。イヴルドーレンシュ星に一人で住まわれる退位した皇帝ナイトヒュスカ。ゲルディバーダ公爵の数少ない身内。ご本人がそのようにおっしゃられた。血が繋がっている人は大勢いるが、身内はほとんど居ないのだと。少し寂しそうに ―― ゾローデは僕の初めての家族だ ――
「ヴァレドシーア様、嘘言わないでください。ゾローデは真面目で貴方慣れしていないから、信用してしまいます」
 ギャグは言ってなかったんですね、侯爵。
「ゾローデ。大皇は”誠心誠意土下座するから、是非とも連れてきてくれ”って言っただけだ」
 そっちの方が……断然いやですよ、侯爵。
「まあねえ、ゾローデはナイトヒュスカのこと知らないだろうけど、軽いところがなくて、重苦しくて、根暗で最悪のことばかり考える悲観主義者。僕やラスカティアとよく似た性格だよ」
 ……返事、し辛いなあ。
「否定はしませんがね、ヴァレドシーア様」
 大皇陛下に謝罪される覚えはないのだが、ゲルディバーダ公爵関係でなにか……。
「ラスカティア。ナイトヒュスカと勝負して、負けたら犯されてよ」
 理由を聞きたかったのだが、聞けそうにない状況に。
「はあ?」
 侯爵の機嫌が一気に下降。白目の色がおかしくなってきた! 止めてください、王! 王だって知っているんでしょう!
「ほら、ナイトヒュスカも禁欲生活長いから。戦ったあとに、そのまま。いい案だと思うんだ」
「強い女を放り込めばいいでしょうが」
「ナイトヒュスカ、目が見えないから、挿入するところ間違っちゃうかもしれないだろう。その点、ラスカティアは男で穴一つしかないし」
 王よ。ナイトヒュスカ陛下、童貞でもあるまいし、目が不自由でも間違うことはないかと。目が見えている時に皇后エレノシーアとの間にハヴァレターシャ様を儲けていますから。
「そういう理由でしたら」
 なに納得したような顔をするのですか、侯爵。そこは突っ込んでくださいよ、侯爵。
「君が勝ったら、君がナイトヒュスカ抱いてもいいよ。まず勝てないだろうけど。勝てる可能性がるのは、クレスタークくらいだから」
 どうしてクレスターク卿の名を……。仲悪いの知っておいででしょうに……。
「ああ? 兄は関係ねえだろ」

 俺は理由など一切知らされることなく、大皇ナイトヒュスカ陛下と対面することになるようだ。……帝国上級士官学校生活で学んだじゃないか、ゾローデ。習うより慣れろ、考えるより慣れろ。とにかく慣れろ、慣れるために慣れろ ―― と。

**********


 退位なされたナイトヒュスカ陛下は皇后を伴い、当初はケシュマリスタ王国に住まわれていた。ナイトヒュスカ陛下の弟君ジュレイデス親王大公がケシュマリスタ王(ゲルディバーダ公爵の祖母)の婿で仲が良かったのだそうだ。
 弟君が亡くなり、それから二年後ケシュマリスタ王が亡くなってからは王国を出て、皇后と共にイヴルドーレンシュ星に移ったそうだ。
「今は大皇以外誰も住んで居ない星だが、皇后が居たころはそれなりの人員は配置されていた」
 皇后の死後、人々を遠ざけ、ナイトヒュスカ陛下は一人で生活をするようになった。
「ナイトヒュスカは本当に少数の人しか信じない人だったからね。僕の父上もその一人らしいけど、僕は知らないけどね。だって僕、父上見たことないもの」
 王のお父上は四十八代オーランドリス伯爵だから……王の生年月日からすると、お父上が戦死してから産まれたんだ。

 年に四度、補給物資が投下され、許可された僅かな人のみが訪れることができる惑星イヴルドーレンシュ。

「どこに着陸しても構わないよ」
 俺と王と侯爵のみが乗った戦艦。操縦しているのは俺。どこに着陸しても良いと言われたが、廃墟になっていたとしてもやっぱり宇宙港に……計器類が一斉に任務放棄した。これは、高エネルギーが近付いている証拠! この惑星で高エネルギー体と言えば……。
「ナイトヒュスカのお出迎えだ」
 気がついたら目の前に居た。
 計器の異常から目の前に現れるまで、本当に一秒あるかないか。
 漆黒の機動装甲。最強兵器――
 計器類がおかしくなった戦艦の先端を掴み、ナイトヒュスカ陛下は飛んだ。内部にいる俺たちのことなど気にせず。
 後で知ったのだがナイトヒュスカ陛下は”そのくらいは普通”だと、まったく気になさなかったご様子……身体能力が優れている陛下、ご自身基準で考えられたそうで。
 俺は座っていた椅子の背もたれにしがみつき、なんとか転がるのを免れた。操縦中に操縦席から離れるのは減点対象、要するに戦争中では決してしていけないこと。
 戦争しているわけではないが、任務くらいは最後まで遂行せねば。
 草原に降ろされた戦艦の艦内状況を調べて、昇降口を開ける。
「ケシュマリスタ王、扉開きました」
「うん。よくやったよ、ゾローデ」
 俺が必死に背もたれにしがみついていた時、王は笑いながら転がっていた。
「行くか、ゾローデ」
 侯爵は事も無げに立っていた。さすがエヴェドリットの身体能力。
 開いた昇降口に吹き込んでくる風が運ぶ緑の香り。空は薄紫色で、二つの月が重なり浮かんでいた。
 戦艦の側には黒い機動装甲。その腹部が開き……三十四年前、三十三歳で退位したときと変わらないお姿のナイトヒュスカ陛下が両手を広げ、身を投げるかのように三百メートル強の高さから飛び降りた。
 地面近くでくるりと空中で前転し、足から着地する。
「ヴァレドシーア、それがグレスの婿か」
 腰の辺りまである真っ直ぐな黒髪。手と足が長くがっしりとした体格。エヴェドリットと皇族の良い部分が組み合わさったお姿。
 顔はこれもエヴェドリット王族を表す全体に鋭く、恐怖を沸き上がらせる顔。
 視力を失われた瞳が眼窩に収まっている。見えてはいないのだろうが、輝きは失われていない。
「そう、ゾローデ。ヴィオーヴ侯爵だよ」
「足りぬだろう、爵位」
 おお! 過去の映像のままのお声だ! ナイトヒュスカ帝だ!
「追々追加するよ。そんな事よりもナイトヒュスカ、言いたいことあるんでしょ?」
「そうだったな。ゾローデ、余はかつて、お前が生まれるよりも昔に皇帝であったナイトヒュスカと言う男だ」
「存じております」
 軍人ではなくとも平民であろうとも陛下のお名前は……皆が知っているとは帝后グラディウスの前例があるので言い切れませんが、これでも軍人なので、お名前もお顔も、在位年数も戦争功績も存じ上げております。
「そうか……それで……グレスはお前がソイシカを発つ際に”ゾローデ。浮気したら、そいつがいる星系ごと消しちゃうからね!”と言ったそうだな」
「あ、はい」
「済まぬ」
 俺や侯爵よりも高い位置にある頭が、俺の胸の位置まで下げられて、艶やかな黒髪に覆われている頭頂部が目の前に。
 これは深く頭を下げているってことだろう。
「……っ! 頭を上げてください、大皇陛下」
 事情が分かっても頭を下げられるのは御免だというのに、理由も分からないままこれは困る! 本当に困る。
「先ずは許してくれぬか」
「何をですか?」
 それが分からないのですよ、ナイトヒュスカ陛下。
「事情を説明してからもう一度頭下げなよ、ナイトヒュスカ」
「ヴァレドシーア、ここに到着するまでの間に、事情を説明してくれなかったのか?」
 俺に向かって頭を下げたまま、話をするの止めていただきたい。
「うん。悪いのはナイトヒュスカ一人でいいでしょ。下手にフォローして僕、グレスに嫌われたくないし」
「そうか。では……実は”浮気したら、そいつがいる星系ごと消しちゃうからね!”は余がグレスに言えと教えた言葉なのだ。グレスの婿てっきり浮気絶倫王家の王子だとばかり思っていたので、結婚したら牽制代わりに夫に言えと教えたのだが。グレスはあの通りなので、相手が誰でもいいと思っていたらしく、お前にも言ってしまったということだ」
 面を上げてくださったナイトヒュスカ陛下の話。
「は、はあ」
「お前が出立した後、残った側近やネロなどに”あれはちょっと”と注意されてな。本人は可愛いつもりで言ったのだが”普通の人間が言われたら露骨にロターヌで、男は引く”と、ディスカデアーシーですら干上がるくらいに引くと言われて ―― だがグレス本人が訂正する勇気はなかったらしく、教えた余にしっかりと訂正するようにと怒りの通信が入った」
「……」
 ソイシカ星のほとんどはディスカデアーシーですから、干上がるとマズイ……いや、確かに俺もロターヌらしい嫉妬にちょっとびっくりしましたが、そこまで深刻に捕らえていなかった。浮気するつもりなんてないから、軽く流したんだけど。
 俺からの連絡を絶っていたのは、それが理由だったんだ……。
「許して貰わないと、二度と会ってやらないとグレスに言われたので、許してもらえんか?」
 ナイトヒュスカ陛下を巻き込むより、俺に直接連絡欲しかった。
 これで侯爵率いる王国軍の到着が遅れるので、出立が三日遅れるらしい。俺のことは放置して直接帝星を目指してくれても……。と考えたのだが、王を放置しては行けないか。
「もちろん!」
「ゾローデ、お前が心の広い男で良かった」

 ナイトヒュスカ陛下、心が広いというよりは、器が小さいさく、もう容量オーバーになってるだけです。だからお願いです、土下座は止めてくださいナイトヒュスカ陛下。

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