裏切り者の帰還[02]
 無事土下座を収めてくださったナイトヒュスカ陛下と、
「勝負して勝ったら犯して」
 どうしても侯爵を……冗談だと思いたい。
「ハイラムの弟と勝負をするのは構わぬが」
 大皇陛下、侯爵をその呼び方するのは! よりによってハイラムの弟とか……怒りを煽って勝負するつもりですか?
「……」
 侯爵の人相が悪くなった! 侯爵は人相は良い方ではないが……美形だが恐い部類で、人好きする顔ではない。貴族階級ではもしかしたら好まれる顔かもしれないが、俺たち一般階級からすると恐い顔。できたら一生間近では見たくはない顔、第一位に君臨する、掛け値無しで恐いお顔。帝国の子供が最も恐怖する姿アシュ=アリラシュ。侯爵は似てるからなあ。
「ナイトヒュスカ、負けたらラスカティアに犯されて」
「それも構わぬが、それは余にハイラムの弟に負けてやれと言っているのか?」
 侯爵、バーローズ公爵家の子息らしく、とても強いのですが。さすがは軍帝、余裕ですね。
「犯されたいならね」
「犯される趣味はないが、犯すのもな。余にも好みというものがある。ハイラムの弟はアシュ=アリラシュ顔なのだろう? 自分に似ているのを犯す……」
 侯爵が突如殴りかかった……らしい。気付いたら侯爵と大皇陛下のお姿がなかった。”ハイラムの弟”と言われて精神的に逝ってしまわれたそうだ。
「狙ってだろうけど」
 湖の光を背にしている王が悪びれずに。
「トシュディアヲーシュ侯爵とロフイライシ公爵の不仲は大皇陛下のお耳にも?」
「まあね。ナイトヒュスカはまた前線に戻るつもりだから、機動装甲騎士開発の責任者でもあるクレスタークとは、連絡を取り合ってるよ。見えなくなったナイトヒュスカが以前と同じように戦える機体、もうじき完成だって。見学する?」
「見てもよろしいのですか?」
「隠していることじゃないからね。行こう」
 友人に手を差し出すように、王が俺に右手を差し出した。テルロバールノル王やエヴェドリット王の話を聞く前なら悩むことなく恐れたが……ほんの僅か悩み俺は手を乗せた。
 王は俺の手を握り、歩き出す。衣擦れの音と草が風に揺れこすれる音を聞きながら、彫刻さながらの建物へ。
 着陸する前に地表を確認した際、上から見た長方形の建物。
 床と天井を大きな無数の柱で支えている。天井は角度の大きな三角屋根で、柱に接する面と屋根との間にある三角の部分はステンドグラスで飾られている。
 柱だけで壁はないのかと思ったが、柱の内側に壁はあった。外からは見えない偏光型の壁。
 室内はものが極端に少ない。天井部分には彫刻があるものの、室内は本当になにもない。目が見えないから極力物を減らしている ―― それとは違う感じがする。
「こっちだよ、ゾローデ」
 俺はまだ王と手を繋いでいる。
 この建物は王の美しさに合っていた。似合っているというのか……手を引かれる度に俺は王の手を握りかえす。
 ここで手を離したら”するり”と逃げて行って、二度と会えないように錯覚するほどに。
「ここだよ」
 この建物とは相反するような装置がそこには置かれていた。
 空母に備え付けられている機動装甲格納庫。それがそのままここにあった。高価な天然石で作られた建物の中に、それらよりも高価な兵器。
「もうちょっとで完成だよ」
「……」
 近寄りすぎて全体像は見えなかったので、少し……いや、かなり離れた。この機動装甲、全長が500m以上ある。操縦者の体格によって機体のサイズは異なるらしく、操縦者可能な者、帝国騎士の中でも特に大きいナイトヒュスカ陛下の機体ともなると、この位の大きさが必要になるのだろう。
 ……詳しいことは知らないが。機動装甲は難しくて。
 帝国上級士官学校は軍事について全て習うが、機動装甲の仕組みだけは、昔の”触り”程度しか教えてくれなかった。最強兵器ゆえに、色々とあるらしい。
 俺は昔の”触り”だけで充分だった。だって難しい。誰だよ、機動装甲作ったやつ! ……セゼナード公爵エーダリロク殿下なんだけどな。この殿下の書いた設計図、見事なものらしいのだが、天才過ぎて解明できない箇所が幾つかあるとかなんだとか。
 そう言えば殿下は、ワープ装置の事故についても予見していたな。
 未来で必ず”避けようのない”事故が起こると。それに関する対応策なども考えていらしゃったようだが、残念ながら完成する前にお亡くなりになられた。
 予見は見事に的中し、ゲルディバーダ公爵殿下のご両親と、率いていた王国軍が喪失することに。

 俺と王は離れたところで、
「ここに座りなよ。僕、こっちに座るから」
 座って下さいといわんばかりの石、何故かちょうど良く二つあるそれに各自腰を下ろし、
「見事な機体ですね」
 漆黒の機体を眺める。これがまたナイトヒュスカ陛下と共に戦場を駆け抜けるのかと思うと……俺が生まれた頃には既に退位なされ、戦場からも離れていたので映像しか観たことないが、それでも感動するだろうなあ。

 犯す、犯されるはともかくとして ――

「ねえ、ゾローデ……」
「はい」
「僕……いや、普通に喋るね。ゾローデ、クロチルレイデ王から私のこと聞いた?」
「あ、はい。エヴェドリット王からも」
「クロチルレイデが何を言ったのかは分からないけれども、それは全て真実だ。彼女から見た真実というだけではなく、それは帝国の真実。彼女は現実を歪めるようなことはしないから。エレスヴィーダは若干怪しいがね……私のこと、憐れだと思うか?」
「……」
「答えられないだろうな。返事は要らない。私はずっと憐れな子供なのだ……皆、よくしてくれる。支えてもくれる。でもなにか足りない。原因が自分の中にあることは知っているけれども……ラスカティアが負けたみたいだから、回収してくるよ。ゾローデはここでナイトヒュスカを待ってね」
 王は立ち上がり、何ごともなかったかのように俺に背を向けて外へと行かれた。
 軍靴とは違うサンダルの柔らかい底が石を蹴る音が遠ざかるのを聞き、俺は先程の問いになんと答えたら良かったのか? 自らに問い質したが、答えは出てこなかった。
 帝国の臣民なのだから王の御心に副う答えを返すのが正しいはずだ。自らの身を守るためにも。美しい最善の一般論を語るほど、俺は王に近くはない。
 王の歓心を買う答えも、御心に副った答えも分からなく、かといって俺個人の考えも……ない。二年後に退位するのだから、いろいろと聞かなくてはならないとは思うが……俺は王のことを憐れな子供だと思っているのだろう。だから触れるのを躊躇うのだ。
「ゾローデ」
「大皇陛下」
 ナイトヒュスカ陛下のズボンの右側、膝下からズタズタ。両袖もぼろぼろ。手袋は血染め……侯爵強いなあ、恐らく負けたのだろうが。
「トシュディアヲーシュには勝ったが、なにもしておらぬ。安心しろ」
「あ、はい」
「ところでお前、それに座っていたのか?」
 目が見えないのに、よくお分かりだなあ。空気の動きを読んだ……のかな?
「はい……」
 もしかして、ここ座っちゃいけないところだった?
「ヴァレドシーアが座れと言ったのか?」
「あ、はい。こっちに俺で、そっちに王が」
 ナイトヒュスカ陛下は髪を額から後ろへ右手でかき上げて、
「それは墓だ」
 淡々と……墓?
「知らぬとはいえ、申し訳ございません!」
 誰の墓から知らないが、なんの墓であろうとも座っては……王! いや、もしかして知らなかったのかも……
「ヴァレドシーアが座っていいと言ったのだろう。気にするな……そうだ、ヴァレドシーアはその石が墓であることを知っている」
 俺の心の内を見透かしてナイトヒュスカ陛下は答えてくださった。益々、自分の行為に……。
「本当に、本当に申し訳ございません」
「気にするなと言っても気になるだろうから、その墓の詳細を教えてやろう。機動装甲格納庫から椅子と、水が入っているボトルを二つずつ持ってこい」
「畏まりました」
 片手に椅子二つと、もう片手にボトルを持ち引き返す。本当は立ったまま話を聞きたかったのだが、ナイトヒュスカ陛下に座るよう言われたので。ナイトヒュスカ陛下はボトルの水を半分ほど一気に飲み足を組む。
「墓とは言ったが、その石の下にあるのは僅かな遺髪だ。特殊加工もせずに埋めたから、もう土に還っているであろう。だからそれほど気にするな……お前が座った石は余の最初の妻、皇太子妃サリサレトの墓だ」
 ナイトヒュスカ陛下、皇后エレノシーア陛下以外にお妃がいたのか?
「驚いているようだな。サリサレトは余の従妹にあたる六歳年下の王女であった……この説明では分からぬか。サリサレトの母は余の母の妹リスカートーフォン公爵マルティアーヌ。この女、ロヴィニア王弟ファルガスタル妃となった」
「あ、はい」
 王と配偶者は覚えているが、王弟妃になると……とくにロヴィニアは兄弟姉妹が多くて、覚えきれない。
「余は八歳のとき、二歳のサリサレトと結婚した。立太子されるときに結婚するのは、慣わしの一つでな。余は当時180cmを越え、体重も90kg近かったのだが、二歳のサリサレトは”こんな”ものでな」
 ナイトヒュスカ陛下はボトルを床に置き、手のひらを体の前で合わせ、そしてゆっくりと離す。手と手の間に出来た空間は60cmくらい。
「成長できぬ……マルティアーヌの言葉で表せば、出来損ないであった。艶のない褐色の肌で、あちらこちらがひび割れており、自発呼吸もままらなず、生命維持装置と繋がっていなければ生きられない。それがサリサレトであった」
 ナイトヒュスカ陛下の手のひらが作る空間を見ていると苦しい。
「体質故にどうしてやることもできず。成長できぬとは言われたが、少しは大きくなった。殺された時はこの位はあったな」
 手のひらが僅かに動いた……。ほんの僅かだが、その成長をナイトヒュスカ陛下は手のひらで覚えいる。
「殺されたのですか?」
 侯爵に引っぱられて伸びた襟元と小さな空間。
「そうだ」
「誰に……と聞いても?」
「現ロヴィニア王妃ジュジア。余の父を別にする妹である、現帝国宰相ゼルケネスの実の妹だ……聞きたいことは分かる。当時の余にはジュジアを罰する力がなかった。当時の余は皇帝ではなく皇太子。サリサレトはこの通り。殺されたのは十一歳、余が十七歳で、十八が見えてきたころ。母が退位し余が皇帝となる。だからもう体がひび割れ、空気が漏れるような憐れな声しか出せぬ娘は必要ないと、サリサレトを産んだ女がジュジアを煽った。ロヴィニア王妃の座と交換に。マルティアーヌはサリサレトの次に産んだ健康な娘を余の妃にするつもりでな。戦争から帰ったら小さな棺に収められていた。首の骨が折れていた。指先すらろくに動かせぬのに事故として処理されていた。サリサレトの首は当時七歳であったジュジアでも簡単に折れたであろうよ。脆く歩くこともできなかった骨だ」
「本当に申しわけありません」
「気にするな。サリサレトは怒りはしない。その石を撫でてやれば喜ぶであろう」
 ナイトヒュスカ陛下は手を伸ばして、サリサレト殿下の墓石を撫でられた
「余は新型機動装甲開発のために、ほとんどの時間を格納庫で過ごしている。かつては大宮殿に置き去りして戦争へと行き、滅多に姿を見せてやることもできなかったから……見てくれているかどうかは解らんし、もう愛想を尽かしてどこかへ行ってしまったかもしれないが。不実な夫であった」
 石を撫でていたナイトヒュスカ陛下は、床にボトルを手に持ち飲み干してから
「そしてもう一つの墓は皇后の物だ。余は二十三歳の時に皇后だけを迎えた。マルティアーヌの思った通りにさせてやるものかと、当時の余は若かった。そんな気持ちだけで迎えたのがリスカートーフォン王女エレノシーア。余はサリサレトもエレノシーアも愛してはいなかった。大切……であったかどうかも怪しいが。余が皇帝の資格を失った時、皇后には離婚を勧めた。まだ若く、健康であったからな。ハヴァレターシャから皇太子位を奪い、余と婚姻を続けても皇帝の生母にはなれぬぞと……余はエレノシーアは皇后の地位に惹かれてやってきたと思っていたので、これで別れるだろうと。だがエレノシーアは退位した余についてきた。喋ることができなかったサリサレトとは違い、エレノシーアははっきりと余に言った”我を愛していなくとも、愛している”と。二人の遺体は帝星の霊廟にあるが、ここに遺髪を収めた墓を作っても誰も困らなかろう」
 一気に語られた。
「あの……」
「余は余を愛してくれた者たちを、幸せにしてやることはできなかった。いいや、幸せにしたのかもしれないが、余に実感はない。ゾローデ、グレスを頼む…………目を閉じてくれぬか。顔を触りその姿を知りたい」
「はい」
 頭から顔にかけて、ナイトヒュスカ陛下は丹念に触る。
「整った顔だな。見られぬのが残念だ。見てみたかった……ところでゾローデ、お前はトシュディアヲーシュを抱く気はあるか?」
「ありません」
 どうしてそこに繋がるのですか?
「そうか……もしかしたら、ヴァレドシーアに襲われているかも知れぬから、助けに行ってやれ」
 俺では王には勝てませんし、侯爵のほうが強そうですが。ナイトヒュスカ陛下と一戦交えて疲れているから抵抗できないのかな。
「分かりました。それでは失礼させていただきますが……本当に申し訳ございませんでした」
 侯爵を助けて、非礼の詫び方を聞こう。
 学校で色々と習ったが、皇族の墓石に腰かけた際の謝罪方法はなかったから。普通は腰掛けたりしないから、習わないんだろうが。

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「お前から見て、どんな感じの男だ? ヴェーベリエス」
―― 私に顔の判断はつかないよ。いくら貴方に接していても貴方たちの美しさは分からない。だが異種の王よ、貴方の仲間であることは確かだ ――

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