偽りの花の名[26]
「グレスさま、気に入ったみたいだね、ラスカティアの同級生」
 正式な書状はまだ届いていないが、先に通信で自らがオーランドリス伯爵の婿候補の一人になったデオシターフェィン伯爵と、
「そのようじゃなあ」
 入学試験の勉強を始めたイルトリヒーティー大公が、最終確認のために、
「癖ないからな」
 トシュディアヲーシュ侯爵の元にやってきた。
 侯爵はケシュマリスタ王国軍を率いて前線に赴くことが、一年前から決まっている。侯爵は王国軍の代理総指揮で、戦争は途切れることなく続いており、王国では持ち回りで軍を出すことが義務づけられているので、予定はかなり前から決まっている。
 侯爵はゾローデを前線に連れて行くのは当たり前だと思っているので、敢えて確認はしておらず、これから帝星まで一緒に向かうのだが、その際も一切話題にしなかった。
「たしかにね。ところで、これ、なんだと思う」
 事前調整やら仕事の割り振りなど、イルトリヒーティー大公が試験勉強に打ち込むことになったので若干の変更はあるものの、彼らは部下も大勢持っているので、大きな問題はなかった。
「オーランドリス伯爵の婿候補リストじゃろう」
「そう言う意味じゃなくてさ、ベルトリトメゾーレ」
「どのような答えが欲しいのじゃ?」
「どうして軍人じゃないのばかり……一名軍人が混ざってるけど、それは政治的な意図というか、別問題だから除外して。なぜか全員軍人以外なんだよね。あの優秀な血を確実に継がせるには、やはり優秀な軍人を選ぶべきだと思うのだよ」
 彼らは上手く組み合わせれば、かなりの確率で意図した通りの個体を生み出すことが可能。オーランドリス伯爵は最高値で新たに計算せねばその先は作ることはできないが、既存の計算式から能力の低下を最小限に抑えることが可能な相手は分かっている。
「うちの兄貴が拒否したからだろうな」
 その一人が侯爵の兄クレスターク。
「お主の兄は本当に勝手な男じゃが、それを押し通す力があるからのう。ケシュマリスタ王にエヴェドリット王、儂等の王に大皇陛下まで気に入っておるからのう」
「厄介な人だよね。……この際、大皇陛下でもいいような気がするんだが」
 もう一人はオーランドリス伯爵の大伯父にあたる軍帝ナイトヒュスカ。
「それやると、皇位継承権が面倒なことになるからなあ」
 だが稀に”失敗”することがある。
 機動装甲に搭乗することができない個体が退位した皇帝との間に産まれたら、それは皇帝の血を引く内紛を起こすだけの厄介な個体でしかない。
「……まあのう。じゃが強い個体を作るのも重要じゃし」
「そりゃな。でもシセレード側で軍人を嫌ってるんだからしょうがない。サロゼリス、経理に飽きてきたんだろうよ」
 帝国最前線の予算は膨大だが、戦う者たちが被害を考えずに戦うので当初予算で足りた試しがない。だが【戦わせなくてはならない】ので、戦費を求める。その「追加」を各部署が拒む。
 それらを黙らせるのがサロゼリス。
 通常の文官のように根回しもなにもなく、暴力と恫喝と死を持って予算をもぎ取る男。
「普通に文官をしている私が言うのもなんだが、あれはあれで効率が良さそうだから、ネストロア子爵がそのまま任につくのが最良だと」
 サロゼリスという男は、初めて追加予算要求をしに来たとき、簡単にあしらわれた。
 だがその程度で怯む男ではなく、その場で帝国の銀行を襲撃。金庫を一人でこじ開けて予算に相当する稀少金属を奪っていった。予算に該当するものを取られた上に金庫の補修費が嵩み、高官何人かの首が切られたのは当然のことと言えよう。
「戦時の予算獲得屋じゃよなあ」
 サロゼリスは帝国上級士官学校を優秀な成績で卒業しているので、正式な予算要求方法を知っているのだが、知っているのと実行するのは違う。学生の頃は成績に影響するが、戦争に出たらそんなことは関係ない。
「文官相手に戦うのがストレスになってるんだと思うぜ。自分よりも格段に弱いの殺すの飽きてきたんだろう」
「あーなるほど。そう言われたら、私たちには返す言葉がない」
「ほんにお主等は、どうしようもないのう」
「帝国宰相に殴りかかる前にどうにかしないとな。あの人は強いから、何とでもなるだろうが」
 現帝国宰相ゼルケネス親王大公は文官の中で最も強く、帝国騎士の能力まで有している。帝国最強騎士、所謂オーランドリス伯爵というのは「皇帝の騎士」と呼ばれ、皇帝を護る存在であった。かつては皇帝と共に前線に赴き、共に帝星に帰還し、皇帝が帝星にいる際は帝星に滞在して皇帝を護る。
 だが現在は戦争の激化によりその形を取ることができなくなっているが、それでも皇帝の騎士として皇帝に仕える――
「カーサーは皇帝のことをどう思っているのかな?」
 婿候補のリストに載ってしまったデオシターフェィン伯爵は、万が一のことを考えて、いままで深く知ろうとはしなかった帝国守護の要であるカーサーについて深く尋ねる。
「なんとも思ってないだろう。カーサーは前にも言ったとおり、戦争とごく少数の人以外には興味はない。そのごく少数に残念ながら皇帝は含まれていない」
 オーランドリス伯爵は感情の起伏が乏しい少女で、戦争においては完璧だが、それ以外は無頓着。搭乗用スーツを脱いで裸になり、そのまま要塞内をうろつくほど。
 帝星の文官相手には問答無用のサロゼリスだが、この腹違いの妹には優しい。
 早くに親を亡くしたことに心を痛め、親を失ったことに対してなにも感じないことに、同じ一族ゆえに分かっているがそれにすら寂寥感を覚え ―― サロゼリス本人も母親は十代になる前に亡くして、死を悼んだことなどないどころか、死んだことをまったく気にしていない ―― なにかにつけて、普通の少女のようにしてやりたいと動いていた。
「お主等に忠誠心を求めるのは無駄じゃと分かっているが、そこまではっきりと言うか」
 格好に無頓着な妹のために帝星にドレスを大量発注し、毎日着せている。
 オーランドリス伯爵は前述の通り無頓着なので、言われた通りの格好をし……見た目が美しいケシュマリスタなので、それは美しい姫君ができあがる。

 エヴェドリットの旧白兵戦用武器、デスサイズさえ持って歩かなければ。

「カーサーのあの態度じゃあ、誤魔化しようないだろう。ごく少数にファティオラ様が含まれてるけどな」
 オーランドリス伯爵には裏表がない。
 感情の起伏がないだけで、好きなことは好きで、興味のないものはない。嫌いになるほど物事に執着することもないので、おおよそ嫌いなことはない。
「ファティオラ様が”皇位が欲しい”と言ったら終わりか」
 その対とも言えるゲルディバーダ公爵は、底が浅そうに見せかけていることまでは分かるのだが、その底の下になにが潜んでいるのか?
「そうなるな……ジャセルセルセ、お前ならファティオラ様の本心、察しがつくんじゃないのか?」
 侯爵は窺えないでいた。
 駆け引きが好きな性格で、見せかけの底であることをさらけ出してくるゲルディバーダ公爵。だがその奧にある感情が激しいことは分かるが、それがどのような類のものか、感じることができない。
「あの方が私ごときに本心を悟らせると思うか?」
 ”皇帝の風貌”に”皇后の妬心”をまとい、無邪気を演じる存在。
「人の考えの裏を読むのが得意なお主でも無理か」
「二人とも私のことを何だと思っているのやら。悪いが私はグレスさまの本心を探ろうと思ったことはない。例えロターヌ=エターナ(触れることで相手の考えが読める)の力を持っていたとしても探らないだろう」
「どうして?」
 デオシターフェィン伯爵は頬杖をついて口元を”面白くなさそう”に突き出し、それが自分の限界だと語る。
「言い方は悪いが、得体が知れないからだ。グレスさまと比べたらエリザベーデルニ王女のほうがよほど分かり易い」
 彼は相当に有能で帝国宰相に目をかけられてすらいる。その彼が四十年以上帝国宰相を務めている男を側で見たときに感じた恐怖に似たものを、十代のゲルディバーダ公爵に見た。
「……同感」
 ごく限られた世界においてだが、ゲルディバーダ公爵とエウディギディアン公爵エリザベーデルニ、この二人を比較した場合テルロバールノル王女の方が複雑で難解だと言われているが、近くで見ている者たちの判断は異なる。
「儂も同感じゃな」
「あのゾローデはあまり感じていないようだが」
 テルロバールノル王が手塩に掛けて育てた妹王女は――分かり易い。それは曲がったことを拒み、人々の幸せを願い、願うのみではなくそれを念頭に置き行動するためだ。処断は苛烈で甘えがないので厳しいとされ、実際に厳しいものの、それは難解さとは違う。
 人々が彼女から感じる難解さは、自分には成すことができない行動を取れる力に恐れを覚えた結果にしか過ぎない。
「侯ヴィオーヴは、のんびり屋というか、おっとりしておるというか」
 イルトリヒーティー大公は口元に手を当てて意識して”侯ヴィオーヴ”と、昔風の呼び方でゾローデのことを呼ぶ。
 彼はこともあろうに先日やって来たテルロバールノル王の前で「ヴィオーヴ侯爵」と言ってしまい、短いながらも重い叱責「イルトリヒーティー! 貴様、テルロバールノル王族縁の者であろうが!」を受けたためだ。
「天然、でいいだろ。あいつ、学校でも俺たちのこと、ほとんど疑わないで過ごしたようなヤツだぜ」
「そうだろうな。ラスカティア、連絡が届いてるようだが」
 三人が囲んでいるテーブルは通信機器そのもので、次々と情報が入り、私信も届く。彼らは権力の中枢にいるため、私信の数は多い。
「私信なんぞ……オランベルセか。急用のようだが」
 気が向かない限り私信を開かない侯爵は、初めて届いたイズカニディ伯爵からの私信に興味を持った。
「婿リストから外すようにして欲しいとかじゃないか?」
 二年先輩で同族、地味に滲んでくる「人殺し、あんまり好きじゃないんだよねえ。人食もさあ」という雰囲気。そのくせ口がやたらと大きく、顎の力も並外れている、かなり芸術家気質の変わり者。
 役職を欲しがるような男ではない。どうしたのかと私信を開くと、
「どれ…………ゾローデの側近の側近になったそうだ」
 ”これからよろしくお願いします”との挨拶。
「彼、側近とか断ってたよね」
 ”知的な人殺し”であるイズカニディ伯爵、本人は”滑稽過ぎるだろ”と半眼になって苦笑する呼ばれだが、そんな彼を側近に望む者は多かった。
「迷路大好きじゃなかったのかえ」
 出世欲がないのではなく、迷宮大好きである彼にとって側近の仕事は魅力的ではなかったのだが、
「こともあろうに、あのキャス、平民の側近になったんだと」
 側近に希望されるほどの男。責任感も強かった。エヴェドリットにしては珍しいほど。
「男の平民の側近に?」
「ああ。これは危険だと、オランベルセが立候補したそうだ」
「可哀想にのう、その平民。嫁もらえぬじゃろうて」
 イルトリヒーティー大公個人はジベルボート伯爵のことを嫌ってはいないが、彼女の特性が”そう”であることは重々承知している。
「既婚者?」
「安心しろ、独身で……彼女も、いまはいないそうだ」
「良いのか悪いのか、儂にはさっぱり分からぬわい。ただトシュディアヲーシュの言うとおり、安心はできるな。攻撃を受ける女がいないということだけは」

 以前イズカニディ伯爵を側近にしたいと考えていた人々に ―― 側近にする方法はジベルボート伯爵キャステルオルトエーゼなどのケシュマリスタ女性に無理矢理側近になってもらうことです ―― って、教えたら簡単に諦めただろうなあ。最後のロヴィニア王子以外は
 デオシターフェィン伯爵は彼を側近に欲しがっていた自国の王子のことを思い出し、これから厄介なことにウエルダ・マローネクス少尉は巻き込まれるだろうと……未来を観ることなど出来ぬ彼だが、経験と知識でそれらを導き出した。
「まあ、あいつが同行するなら、楽でいいな。オランベルセはそつなくこなす男だからなあ」
「楽ができてよかったのう、ラスカティア」
「そうだなあ。ところでお前のところの女傑さま、オランベルセと皇太子妃についてはどういうお考えなんだ? 今までは関係なかったから無視してきたが、カーサーの婿リストに名前載せてくるようじゃ放置もしておけないだろう」
 在学中、二年年上の「皇太子」の元に「皇太子妃」として訪問を繰り返していたエゼンジェリスタ。皇太子の側にいるイズカニディ伯爵のことなど ―― 気にしておらぬのじゃあ ―― 言いながら大きな瞳で追いかける姿を侯爵は何度も見かけた。
 皇太子にむける妃としての意識した笑顔と、イズカニディ伯爵に向ける無意識の笑顔。前者はまさに大貴族の姫君で、後者は……やはり大貴族の姫君なのだが、言葉にできぬ、間近で見たものしか分からぬ違いがあった。
「そうじゃな。儂に王のお心は分からぬが、儂等の王は家臣を不幸を望むような御方ではない」
 自国の貴族たちに貴族であることを徹底させる王は、王として貴族たちを守りその責任を果たすテルロバールノル王。
「そりゃ同意する」
「じゃから、皇太子殿下とは離婚させるのであろう」
「ヴァレドシーアさまが退位して、王妃とは名ばかりであったエリザベーデルニ王女が皇太子に嫁ぐということか」
 無難だなとデオシターフェィン伯爵が肩をすくめて、小さく首を振る。
「それが最良じゃろう……どうした、ラスカティア」
 エゼンジェリスタは皇太子妃になってから、一年の半分近くを大宮殿のテルロバールノル区画で過ごしていた。階級に関しては厳しいテルロバールノル、そのローグ公爵家の姫に声をかけられる身分の者はそれほど多くはなかった。
 その数少ない一人がイルトリヒーティー大公。だから彼は幼馴染みであるエゼンジェリスタには幸せになってもらいたい。
 伯爵と大公、二人とも無用に優しいわけではないが、人の幸せを壊すような趣味もない。素直に、だが隠れて笑う皇太子妃が幸せになれば良いと――
「お前等になら知られても構わんだろうから……兄貴から聞いたんだが、エリザベーデルニ王女は子供が出来ない体質なんだとよ。これでやっと納得いっただろう?」
 侯爵も特に恨みはないが、彼は王族にもっとも近い位置に居るせいで、面倒な事柄を聞かされることが多い。
「それは」
「そうなると……」
「エゼンジェリスタは子供作れるんだよなあ。女傑さまにはまだ王子しかいないし、悪いことにエゼンジェリスタの母親はケシュマリスタ王家の血も引いている」
 エゼンジェリスタは絶対的な部分で自国の王女に勝利し、嫁げる王女がいない国の命運を背負える立場にあった ――

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