偽りの花の名[17]
半年後 ――

「グレスさまの婿、決まったんですか?」
 ジベルボート伯爵キャステルオルトエーゼはカロラティアン伯爵から「ファティオラ様の婿が決まったが、お伝えしてはならないぞ」と教えられる。
 大きな瞳をより一層見開き「どうしてですか?」疑問を隠さず表情に出し、ジベルボート伯爵の我が儘を大体聞いてくれるカロラティアン伯爵に説明を求めた。
「ヴァレドシーア様のご命令だからだ」
「分かりました。グレスさま以外の人になら話してもいいんですね!」
「ファティオラ様に伝わらないようにするのならば」
「そこは任せてください!」

 カロラティアン伯爵はこの悪戯大好きな部下には教えるつもりはなかったのだが、テルロバールノル王が注意事項を添えて教えてやるようにと命じたので、従わざるを得なかった。

「ゾローデ・ビフォルト・ベロニア……」
 ジベルボート伯爵は貰った資料を開き、可憐な唇で名を呟いてみる。
―― どこかで聞いた名前だなあ
 資料の顔写真や全体写真を見てから経歴に目を通し、
「もしかしてバルデンズの?」
 年も活動領域も離れているが、長年友好関係を保っている皇王族伯爵の学生時代の同室の名であったことに思い当たり、他に該当者はいないかを調べて、
「バルデンズゥ! ケシュマリスタ美少女が耳寄りな情報をお届けするよ!」
 コレは知らせねば! と早急に連絡を取り合った。
『ゾローデが……そりゃまた』
 職場で連絡を受け取ったクレンベルセルス伯爵は、そのまま急いで早退して会話を続けた。
「ゾローデさんってどんな人ですか?」
『まとまりがある男だよ』
「まとまり?」
『容姿もそうだが成績も。総じて弱点がないタイプだ』
「成績優秀ではなさそうですが」
『まあね。でも悪い所もないだろう? 性格も同じで悪いところがない』
「貴族には見られない傾向ですね!」
 帝国の貴族や王族は突出した部分と欠落している部分の差が激しいのが特徴とも言える。その中において、特に欠けるものがないというのは目を惹く部分であった。
『そうだよ。そっか、ゾローデがなあ。どれ、ここは一つ同室だった俺が共に苦労を背負おうではないか』
 クレンベルセルス伯爵は帝国上級士官学校卒業後、重要ではあるがさほど出世などしない帝国史編纂室に務めていることからも分かるように、あまり苦労を買って出るような性格ではない。普段は後方援護を好む、喧しいながらも裏方専門であった。
「それがいいですよ! バルデンズ」
 将来の王の夫の側近になろうという性格ではないが、学生時代苦労を共にした仲間となれば別。
『どれどれ、それでは……おや、もう二人決まっているようだ』
「誰と誰ですか?」
『一人はグレイナドア殿下』
「まさかのグレイナドア殿下! 意外と言えば意外! でも……なんとなく嫌な気配が」
『そうだな。もう一人はウエルダ・マローネクスという人物だ』
「そっちは良い人そうですね!」
『グレイナドア殿下に比べたら、大体は良い人だろうな』
「ですよねー。やっぱり性格良い人とお仕事したいですよねー。グレイナドア殿下は嫌ですよねー」

 ジベルボート伯爵はクレンベルセルス伯爵の部下ではなく、ウエルダ・マローネクスの部下となることに決めた。

**********


「はい。私たちのケスヴァーンターン公爵殿下と、もう一方。リスカートーフォン公爵殿下が」

 カロラティアン伯爵の案内で二大公爵との昼食に向かったゾローデを見送った面々。
「大丈夫。きっと大丈夫」
「心配する必要はないよ、ウエルダ。ゾローデならやってくれる」
「あ、はい」
 取り残されたウエルダとゾローデの部下五名は、まとう空気が違う二人に気圧され、逃走したくて仕方なかった。
 もちろん考えるだけで実行する者はいない。
 ジベルボート伯爵がウエルダの側近となる手続きを終えても、まだゾローデが戻ってこなかったので、
「ウエルダさんってどんな人なんですか! 教えてください」
 ジベルボート伯爵は首に抱きつき、顔を近づけて”教えて、教えてくれないとヤダ”甘えた声で自己紹介を強請る。
「こらこら、キャス。あまり顔を近づけてはいけないよ」
「ええー。僕みたいな美少女の顔が近くにあるって嬉しいはずだよ、バルデンズ」
 誰も美少女であることに異論を唱えたりはしないが、どうして良いのかも解らなくなる。なにせ相手は上級貴族の当主。おいそれと触るわけにはいかない。
「光栄ですが、説明するのには少々」
「ほらほら、離れて、キャス」
 クレンベルセルス伯爵が大きな手のひらでジベルボート伯爵の頭を掴み、かなり乱暴に引き剥がす。繊細に見える首がのけぞり、ウエルダは驚いたものの、
「顔や体に誤魔化されがちだが、この位は平気で耐えられるからご安心を。ほら、キャス、離れて」
 首を折られるかのようにして引き剥がされたジベルボート伯爵は、首から腕を解いて、
「繊細な僕になんてことを」
「良いじゃないか。ウエルダの自己紹介は俺も聞きたいんだ。さあ静聴しようではないか!」
 上級貴族と皇王族に見つめられ気後れしたものの、
「閣下がた。本官はウエルダ・マローネクスと申します。身分は平民、階級は少尉。帝国標準年齢で二十三歳」
 無難な軍人らしい自己紹介をした。
 だがジベルボート伯爵が知りたいのはそこではない。
「違います、そんなことじゃなくて、好きな色とか食べ物とか。大好きなドラマとか、好みの女性とか、僕のこと可愛いと思っているかどうか? とか。そういうことです」
「……少々お待ちください。聞かれたことがないので。もちろん閣下はお美しいと思います」
 ウエルダは強運の持ち主である。
 帝国の死因第一位は戦死が座して長く、いまだ退く気配もない。そんな時代にありながらウエルダは親兄弟が生存している。平和な時代ならば驚くことはないが、王族ですら兄弟の一人は戦死しているこの時代に、平民の一家が息災というのは、まさに稀。
 周囲の人々は身内の誰かしらを戦争で失っているので、自分からは話題にすることはない思慮深い男でもあった。
「深く考えなくていいんですよ。どんなスイーツ好きですか? 一緒に食べにいきましょうよ!」
「かしこまりました、閣下」
「閣下なんて呼んじゃやだ。ウエルダさんは僕の上司ですよ。キャスでいいんです、キャスで」
「……」
 困り果てて言葉を失いかけたところに、疲れ切った表情の救世主”ゾローデ”が戻って来た。カロラティアン伯爵は自分の子飼い部下が迷惑をかけているであろうと、なにも聞かずに耳朶を掴んで引っぱり連れ去る。

「なんか、あったのか? ウエルダ」
「まあ……ゾローデほどじゃないだろうが……うん」

 翌日ゾローデはケシュマリスタ王に連れられて、ジベルボート伯爵とともにケシュマリスタ主星ソイシカへと旅立った。それを見送りゾローデの官舎を引き払い、荷物を邸に運び込んだあと、そのゾローデが責任者を務めていた宇宙港にクレンベルセルス伯爵と共に行くと、二日前と同じような衝撃がそこに存在していた――
「エイディクレアス公爵殿下」
 現帝国軍の実質的な総指揮官、エヴェドリット王子である、エイディクレアス公爵元帥が部下を連れて待っていた。
「遅いぞ、クレンベルセルス伯爵」
 帝国において最も頼りなさげな雰囲気を持つ第二代皇帝デセネアと瓜二つの姿を持つ元帥は、黙っていても憂いを含んでしまう眼差しにやや影を落として、か細い悲鳴を上げることしか出来なさそうな唇から、似つかわしくない確りとした声で話しかけてくる。
「呼び出しておきながら遅れてしまい、申し訳ございません」
 准将が元帥を寂れた宇宙港に呼び出した。周囲で聞いていたゾローデ側の部下たちとウエルダは、その赤が鮮やかな長いマントがたなびく様を見て、
―― 殺されるのかな……
 素直に気負いもなく思い、逃げる気にもならなかった。
「俺を呼び出す程だ。余程のことだろう」
「はい。エイディクレアス公爵殿下でなくては出来ないことです」
「なんだ? 俺はおだてられると、簡単に乗せられるぞ」
「おだてはしませんが、本当にエイディクレアス公爵殿下にしかできないことです。地下迷宮にいるイズカニディ伯爵をとらえて来て欲しいのです」
 ”イズカニディ伯爵”その名を聞き、ウエルダや宇宙港の部下たちは心あたりはなく、互いに目配せをして小さく首を振る。だがエイディクレアス公爵の部下たちはにわかにざわめきだした。
「彼を捕らえろというのか?」
 容姿のせいで弱く見られがちだが、実際はかなりの強さを誇るエイディクレアス公爵が、あからさまに怯み「無理だろう」という表情が無意識に現れる。
「はい。イズカニディ伯爵にこの宇宙港の責任者代理を務めて貰おうと。彼以上の適任はいない筈です」
「…………分かった、ちょっと待ってろ。お兄さま……ではなくて、兄上から近衛兵借りて捕まえてくる」

 そのように言い残し、赤いマントを広げて風野如く走り去った。

「済みません、あの、よろしいでしょうか?」
「なんだい? ウエルダ」
「イズカニディ伯爵とは誰ですか?」
「イズカニディ伯爵とはデルヴィアルス公爵家の第三子で、私たちよりも二歳年上、学年も二年上のエヴェドリット上級貴族だよ」
 エヴェドリット上級貴族が責任者代理と聞き、部下たちは親が死んだ時よりも沈痛な面持ちとなる。
 そんな彼らに、クレンベルセルス伯爵は気付いているのか、いないのか? 甚だ不明だが、彼はそのまま語り続けた。

 デルヴィアルス公爵家は人間狩りを得意とし、迷宮作製などに無類の能力を発揮する一族である。帝星の半分以上を覆う大宮殿、その地下には大宮殿以上の広さを誇る大迷宮が作られている。大迷宮は大宮殿と同じく、各王家と皇族用に区分けされており、各々が管理をしている。大迷宮は逃走経路なのだが、エヴェドリットだけは逃走経路ではなく人を誘い込み、殺す作りとなっている。
 人の手によって作られたものである以上、当然メンテナンスが必要。その役割を担っているのが、大迷宮の創始者一族であるデルヴィアルス公爵家なのだ。
「エイディクレアス公爵殿下を使うとか。バルキーニ、お前は本当に……」
 腰の辺りまである赤いマントを羽織った、顔は似ていないが賢帝の雰囲気を感じさせる男性貴族が宇宙港へとやって来たのは、エイディクレアス公爵が走り去ってから二時間半後のこと。
 落ち着き無害そうな雰囲気と相反する赤いマントを装着している姿に……やはり全員素直に黙っていた。

―― バルキーニって誰だ?
―― クレンベルセルス伯爵のことらしいが
―― バルキーニって名前じゃないよなあ

 疑問はあれど、彼らは沈黙するしかない。
「エイディクレアス公爵殿下を使わなくてはならないくらいに大変なことが起こったんだよ。リディッシュは三日前から大迷宮に篭もっているから知らないだろうが……殿下から事情は聞いた?」
「いや、なにも。それで、この三日間の間に何が起こったんだ? 帝国軍が異星人相手に完全勝利でも収めたか?」
「収めていないよ。ゲルディバーダ公爵殿下の婿が決まったんだ」
「それは喜ばしいことだな。だがそれが俺になにか関係あるのか?」
「婿が私と同室だった、ゾローデ・ビフォルト・ベロニア。覚えているだろう?」
「覚えているが……周囲の反応を見ると、嘘をつかれているわけではないようだな。へえ、ゾローデがねえ」
 癖がまったくない、柔らかい金色の髪を黒い手袋で隠れている右人差し指で玩びながら、出来事を噛みしめるかのようにイズカニディ伯爵は頷く。
「それで君は知らないだろうけれども、ここはゾローデが責任者を務めている宇宙港なんだ。でもゾローデはこれから忙しいのでここには足を運ぶことはできない。だからイズカニディ伯爵がここの管理者になってくれ」
「それは構わんが、なんでお前が……まさか、ゾローデの側近になったのか?」
「ああ」
「そうか……どれ、詳しく教えてくれ。それにしてもまさか、ゾローデがねえ」
 イズカニディ伯爵は腰を下ろしてざっくりとした説明を聞く。彼は何ごとがあっても動じないタイプの男だが、
「で、ゾローデの側近は私とこのウエルダ・マローネクスとグレイナドア殿下」
 最後の側近の名を聞いてイズカニディ伯爵は前傾姿勢になりつつ、椅子から腰を浮かせた。
「フィラメンティアングス公爵殿下だと」
 フィラメンティアングス公爵グレイナドア。現ロヴィニア王の末子で、兄サキュラキュロプスほどではないが、性格に難あり、その難に目を瞑らせることができる才能を持つ十八歳の文官王子。
「うん。でもそんなことで驚いていちゃ駄目だ。なにせウエルダの側近はキャスだ」
 その時、ウエルダは死を覚悟した ―― 覚悟する必要などなかったのだが、自分にむけられたイズカニディ伯爵の表情があまりにも半眼で、口が半分開き牙にしか見えない犬歯が降り注ぐ陽射しの元で輝いていたので。
「おま、ばか……うわ、あいつのことだから、無理矢理……ま、うあ?」
 イズカニディ伯爵の反応を前にして、ロヴィニアの末王子よりも先日ここではしゃいでいた美少女のほうが、あらゆる意味で危険なのだろうと……誰でもそう考える。
「済まん。その……卿は彼女はいるか? 結婚しているか? それとも同性愛者か?」
 ウエルダの肩に手を置き半眼のまま尋ねる。
「あ、いえ。どちらもおりませんし、同性愛者ではありません、閣下」
「そりゃあ僥倖……いや、余計にまずいな。なんで止めなかった、バルキーニ! キャスが側近に収まったら、結婚している男なら離婚させられるし、恋人いたら確実に破局させられるし、彼女募集中なら全部阻害されるだろうが。罪のない平民の私生活破壊してどうする!」
 ジベルボート伯爵キャステルオルトエーゼ、それは紛れもなくケシュマリスタ女である。
「あ、ごめん。そこまで考えてなかった…………ちょっと御免! まずい、まずい! 考えてなかった!」
 クレンベルセルス伯爵は頭を抱えて、声を張り上げる。二人は交流があるので、ジベルボート伯爵の底力の怖ろしさを存分に知っていた。
「馬鹿……お前ってヤツは」
 もう片方の手もウエルダの肩に乗せて、体をやや屈めて視線を合わせて、
「本当に済まん。……そうだ、できる限りキャスの無自覚破壊行為を防ぐために、俺が卿の側近になろう。まだ空いているな?」
 迷宮造り大好きで、あまり人殺しは好きではないというエヴェドリットの変わり者上級貴族、二十七歳独身のイズカニディ伯爵オランベルセがウエルダのもう一人の側近となった。

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