偽りの花の名[16]
 第五十代オーランドリス伯爵イザベローネスタ
 最強騎士の中の最強騎士、歴史上彼女を超える帝国騎士は存在しない ――

 唯一無二の存在であるが故に混同されてしまうのが、彼女自身の存在理由。
 帝国領はある時期に急激に拡大した。その時期とは軍帝と呼ばれた第五十七代皇帝ナイトヒュスカが戦っていた時期である。
 ナイトヒュスカが皇帝の座についたのは十八歳。彼はそれよりも十年早く、八歳の頃から戦陣に立っていた。
 病により退位したのは三十三歳。その二十五年の戦いの中で得た領域は元々帝国であった領域とほぼ同じ。
 だがこの急激に広がった領域の扱いが問題となった。
 帝国は五十四の星系で成り立っているが、皇帝領と王国領が存在しており、皇帝領六、王国領四とされている。だが新たに不確定ながらも領域が広がる。このナイトヒュスカが得たその領域をどのように分配するのか? 問題となったのだ。
 様々な議論の結果、異星人を殲滅するまで代理管理人を置くことで四王は同意した。その代理管理人は皇妹ウェルニシカ。ナイトヒュスカ帝のただ一人の妹。

 妹である彼女が偉大なる兄が広げた領域を代理統治する ――

 この皇妹ウェルニシカはナイトヒュスカ帝が信頼するに値する知性を持ち合わせていたが、強さはなかった。皇帝として最強、帝国歴史上最強と謳われるナイトヒュスカ帝と身体能力ではまったくの他人に等しかった。
 また彼女は帝国前線を維持するのに必要不可欠な機動装甲にも搭乗することができなかった。そのため、実質管理する能力があるものを配置することが求められる。いまだ領域不確かな前線に配置され戦い続けることが出来る者。

 シセレード公爵とバーローズ公爵の名が上がった。

 誰もがこの双璧公爵家のどちらかを配置することで同意し”ナイトヒュスカ帝自ら”シセレード公爵を選んだ。
 シセレード公爵家が選ばれた理由は、ナイトヒュスカ帝の近親ではなかったこと。当時のバーローズ公爵とナイトヒュスカ帝との関係は複雑で近く遠いものであった。
 バーローズ公爵の元夫はナイトヒュスカ帝の母皇帝の帝婿にあたり、帝婿は元々リスカートーフォン公爵家の第一子であったが、リスカートーフォン公爵が五十五代皇帝の皇妹を後妻として迎え入れた際に実家を追い出されバーローズ公爵の婿になった経緯がある。その後、妻とリスカートーフォン公爵との間に産まれた第二子が五十六代皇帝。ナイトヒュスカ帝の母皇帝にあたる。
 当時のナイトヒュスカ帝は外戚を完全排除できるほどの権力は持たなかったが、この複雑なバーローズ公爵家を少々遠ざけたく、自分と複雑な関係ではないシセレード公爵家のほうを選んだ。
 選ばれたシセレード公爵家の当時はロスタリオールという男で、年の頃も皇妹ウェルニシカと釣り合いが取れていたのだが、ウェルニシカは他の男に恋をしナイトヒュスカはその結婚を許した。
 ウェルニシカと恋仲になった相手はウェディスカといい、ケシュマリスタ系皇王族の一派に属していた。ナイトヒュスカ帝は皇位を巡り、ケシュマリスタ系皇王族を父に持つ妹たちと骨肉の争いをしていたこともあり、
「妾はそのような任を帯びているとは知りませんでした」
 兄を尊敬していた皇妹ウェルニシカは武力ではなく知力で兄の知性を助けるべく敵を減らすために両家の橋渡しに心を砕いた。彼女の考えに賛同したのがウェディスカで、行動を共にしているうちに二人は恋仲になった。
「説明しなかった余の責任だ」
 ナイトヒュスカ帝は根回しなどはせず、局面で初めて口を開き、皇帝の絶対権力を行使して従わせる方式を取っていた。妹弟たちの婚姻に関してはほぼ独断で、誰も知らないまま当日に結婚しろと命じる状態であった。ナイトヒュスカ帝が統治していた頃は敵対勢力も多く、この独断専行が最良であったことは説明する必要もないことであろう。
 ウェルニシカもナイトヒュスカ帝がそのように婚姻を決めていることは知っていたが、役立つ相手であれば婚姻を許可してもらえるであろうと考えて、自らが結婚できる年齢 ―― 十三歳 ―― となる前日に打ち明けた。
 七歳年上であったナイトヒュスカ帝は妹の話を聞き、そして「子供はシセレード公爵と結婚させること」を条件として結婚を許した。

 ウェディスカはトゥーヴェ帝の夫の一人で皇帝になる筈であったケルフィスタ大公帝君の弟の子でもあったので、簡単に排除することはできなかった。

 結婚を許されると同時に自らの使命を理解したウェルニシカは一人娘に心血を注ぎ育て上げ、娘は大宮殿一の姫君と賞された。その娘、名をミロレヴァロッツアと言い、もう一人のミロレヴァロッツアと区別されるために黒髪のミロレヴァロッツアと呼ばれる。
 黒髪のミロレヴァロッツアは、もう一つの帝国領を収めるために十五歳で嫁いだ。彼女は十四歳で結婚することは出来たのだが、母であるウェルニシカが生きている間は”母が管理代理人”であることを理解し己の立場を弁えていたのででしゃばることはしなかった。
 そして母が死去すると同時に喪に服することもなく、葬儀にも並ばず、

「二度と帝星に帰ってくることはありません」

 そのように言い残し帝星を後にした。
 ウェルニシカと結婚できなかったシセレード公爵はバーローズ公女を娶り二人の息子を儲けていた。
 長男がフェリストフィーア、次男がサロゼリス。
 この頃長男は十三歳で独身。黒髪のミロレヴァロッツアの年齢から考えて、息子のほうが似合いだとされたのだが、ロスタリオールは美しき黒髪のミロレヴァロッツアを一目見て後妻に迎えた。
 先妻は四年ほど前に戦死している。
 こうして増えたり減ったりを繰り返す未確定帝国領の代理管理人がその前線に腰を据え、彼らとともに帝国を守ってゆく。
 シセレード公爵妃となって五年後、次の管理人であるイザベローネスタを身籠もり、そして戦死する。死亡年齢二十歳だが公式記録では二十二歳 ――

 産まれたばかりの娘イザベローネスタを大宮殿に逃がすために、彼女は死後二年間、象徴として死ぬことを許されなかった。

 その彼女の娘であるイザベローネスタは、異星人が絶滅するまでその血を伝えなくてはならない役割を背負っている。
 だからこそ彼女の婚姻は帝国主導で行われる必要があった。

**********


「婿選びは、グレスの結婚が公になってからではないとできないな」
 ヒュリアネデキュア公爵から帝国宰相に連絡が届き、捜すよう命じられたギディスタイルプフ公爵は、希望と帝国の状況をすりあわせて数十名のリストを作成した。
「殿下」
「なんだ?」
「帝国宰相殿下がお出でに」
「通せ」
 ギディスタイルプフ公爵の伯父でもある帝国の実質支配者は、出迎えた公爵の口の端を上げた嘲りにしか見えない笑みを受けて同じように返す。
 血の近い彼らは見た目がとても似ている。元々王族や皇族は血が近いので似る傾向が強いが、その中でも群を抜いて似通っていた。
 容姿だけではなく性質その物も同じなので、受ける雰囲気も重なる。
 唯一違うことは帝国宰相ゼルケネス親王大公のほうが大柄ということ。
「グレスの婿のことだが、お前はそれでいいのか?」
 体格がよくとも身体能力があまり優れていない者もいるが、ゼルケネス親王大公はその体格に見合った強さを持っており、それは性格の悪い喧嘩ばかりする皇子として知られていた。
 五十を超えたいまはそんなことはない……というわけでもなく。ロヴィニアらしい漁色家ぶりと、喧嘩っ早い皇子の性質は消えることはなかった。

「グレスと結婚するのはいいが、最初の夫は嫉妬で殺されかねない」

 ケシュマリスタ王が選んだ後ろ盾を持たない男ゾローデ。今まで王族は誰も知らなかった男とゲルディバーダ公爵の結婚をまっさきに同意したのはこのギディスタイルプフ公爵。彼は他人の好意がどの程度の量、誰に向いているのかを見極める能力が高い。
 またその好意がどのような種類のものであるのかも見切る。
「やり合う度胸はないのかな、サクラ」
「無駄な労力を使うつもりはない、ゼルケネス」
 ケシュマリスタ王は姪であるゲルディバーダ公爵に執着している。世間で言われているネディルドバードルグ子爵以上に、出来ることならば一生手の内に留めて眺めていたいと願う程にケシュマリスタ王はゲルディバーダ公爵を愛していた。
 同時にその愛は愛以上の妬心を募らせる。その嫉妬とまともにやり合うつもりはなく、回避するために先ずは最初に殺されても害のない男を立てることにした。
「ヴァレドシーアの愛は異常だが……まあ言っても無駄だな」
「なにが?」
「俺の失敗話を聞きたいか?」
 かつてゼルケネス親王大公も好意を持った相手に同じような行動を取り、恋に破れたことがあった。彼の初恋は三歳年上の姉ウェルニシカ。姉弟としては終生仲はよかったものの、父を別にする弟の恋心に気付くことはなかった。
 無論ゼルケネス親王大公が聡く鋭い彼女に気付かせぬよう振る舞った結果なのだが、そのせいで誰一人気付かぬまま ――
「人生成功しか収めていなさそうなゼルケネス、あんたの失敗話? 作り話じゃなくてか」
「同じ失敗をして悔しがるお前を見るのも一興だ」
「性格悪い男だな。お前の半分しか生きていない可愛い甥に助言してやろうと考えないのか?」
「はあ? 可愛い? 誰のことだ」
 向かい合って見て聞いたものにしか分からない腹立たしさを沸き上がらせる口調に態度。
「腹立たしい老人だな」
 鋭い目尻に似合わぬ笑みを浮かべ、唇の薄い口を開き舌を出す。
「小生意気なガキらしい言いぶりだ」
「……そりゃそうと、あんたが俺に寄越した仕事、片付けたぞ」
「カーサーの結婚相手選んだか……ま、無難だな」
 カーサーことイザベローネスタは帝国宰相であるゼルケネス親王大公が愛したウェルニシカの孫なのだが、彼は帝国騎士として重くは見ていたが個人としては然程興味をもっていなかった。

 イザベローネスタ十五歳、ゼルケネス親王大公五十六歳の頃は。

「それにしてもクレスタークのヤツ、なんでそんなにカーサーと結婚したがらないのか。ラスカティアに比べたら、見た目はいいのに。中身は大差ないけどよ」
 イザベローネスタはケシュマリスタ容姿で、緩やかに波うつ黄金色の髪に透き通るような白皙の肌、和らげな柳眉に高く形のよく、それでいて存在を強調しない鼻に小さくて色はないが艶はある唇の持ち主。全体の雰囲気はロターヌというよりはエターナに似ている。
「見た目で判断しているようではないが、ならば何処かと聞かれると、俺でも分からんな」
「へー帝国宰相様でも分からないんだ」
「ああ。あの男は分からない部分が多い」
「分からない部分?」
「あの男は恐らく”誰か”を所持している。その”誰か”が巧妙に姿を隠しているので分からん」

**********


 ヴァレドシーアは僕のことが好き ――
 本当に僕のことが好きなのか、兄の娘だから好きなのか? ヴァレドシーア自身分かっていない。
 僕は追求はしないよ、どっちでも良いことだから。
「ヴァレドシーア。疲れているみたいだね。僕と一緒にお昼寝しようよ」
「グレスと一緒に?」
「うん。嫌とは言わないよね」
 僕、ヴァレドシーアのこと好きだよ。でも僕の好きはどこまで行っても肉親に対する愛情なんだよね。ヴァレドシーアが僕にむける愛情とは違うし、そんな愛情は持てない。
「もちろん」
「疲れているヴァレドシーアの為にお歌歌ってあげるよ。なにがいい?」
 君は何に嫉妬しているのかな? 僕を取り巻くなにに嫉妬しているんだい?
「そうだね。藍凪の少女がいいなあ、グレス」
「藍凪の少女かい? いいよ」
 僕は嫉妬されても困らないんだけどね。僕は嫉妬されるの好きだからさ。
 君は僕の婿を殺してしまいそうだよね。でもね、ヴァレドシーア、安心して。僕が全力で君の嫉妬から夫を守るから。
 君はますます嫉妬するかもしれないけれども、僕は守るんだよ ――
 サキュラキュロプスじゃないことは分かってる、だって狡いから。サキュラキュロプスは絶対にスケープゴートを仕立ててくる。
 君のそういう所、嫌いじゃないよサキュラキュロプス。でも僕は君を守らないよ、サキュラキュロプス。僕はさあ……でも利害を先に考える君は嫌いじゃないよ。僕にとってのヴァレドシーアと同じでさ。

「あなたは帰る その場所へ あなたに帰る場所があることが 私にとっては幸せなの」

 ヴァレドシーアを置き去りにしてしまうのは仕方ないけれど、仕方ないよね。僕がヴァレドシーアよりも早くに死んじゃうのはどうする事もできないからさ。帝国は僕の其の永久の君が守ってくれるんだろう。僕がいまだ見たことのない前線と戦争を見せてくれたカーサー、君がね。君は僕から何を見たのかなあ?

|| BACK || NEXT || INDEX ||
Copyright © Iori Rikudou All rights reserved.