偽りの花の名[15]
 エヴェドリット王国で王家に勝るとも劣らない狂気の双璧、バーローズ公爵家とシセレード公爵家。
 前者バーローズ公爵家は戦争狂人と呼ばれ、後者シセレード公爵家は殺戮人と言われる。
 ゲルディバーダ公爵と話をしているラスカティアと彼の兄クレスタークはバーローズ公爵家。通称カーサーと呼ばれる帝国最強騎士オーランドリス伯爵イザベローネスタはシセレード公爵家に属する。

 双璧公爵家は隙あらば互いを滅ぼそうとする ――

 近年は戦争の激化により争う機会は激減したが、建国より続く敵対心は消えていない。
「有耶無耶のままだそうです。でも流れるでしょう」
 だが婚姻は重ねて結んでいる。
 彼らは強さを重視するため、強い相手を求める。
「そうなの? 似合いだと思うけど」
「似合いといいますか、妥当な線ではありますが、サロゼリスは賛成していないので」

 シセレード公爵には生母を同じにする弟ネストロア子爵サロゼリスと、後妻が産んだ妹オーランドリス伯爵がいる。
 オーランドリス伯爵の生母は皇王族で、二人の生母はトシュディアヲーシュ侯爵の叔母、現バーローズ公爵の妹であった。

「サロゼリス、クレスタークのこと嫌いなの? 好き嫌いとか無さそうだけど」
「嫌いというか……俺と同じでしょうね。兄貴はエヴェドリットの、特に双璧公爵家の劣等感を刺激する男ですので」
 血が近く兄弟のような関係は、肉親特有の劣等感をも連れてくる。
「ふーん。見た目は仲悪くなさそうなのに」
「悪くありません。ですが、兄貴がサロゼリスの義理の弟になった瞬間、関係は崩れるでしょう。だから結婚しないほうがいいでしょう。現在の状況が前線にとって最良なのですから」
 サロゼリスと近い立場にあるトシュディアヲーシュ侯爵はそのことを強く感じていた。
「そっか。ラスカティア、いまでもクレスタークのこと嫌い?」
 トシュディアヲーシュ侯爵がケシュマリスタ王国に来た時、ゲルディバーダ公爵は二人が不仲であることを知らなかったこともあり、頻繁に前線にいるクレスタークのことを尋ねた。むろん感情は隠して、無難に接していたが、諸事情によりばれてしまう。それ以来……普通であれば避けるであろうが、ゲルディバーダ公爵はそのようなことは気にせず、変わらず話題にする。
「嫌いということは……もう俺もいい歳ですからね。折り合いはついてます」
 この御方らしい――トシュディアヲーシュ侯爵はゲルディバーダ公爵のことを苦手とすることはなかった。
「折り合いって?」
「俺は兄貴を敵視するほどの才能はない。それを理解したということです。なんで腹を立てていたのかも分かっていました。兄貴が相手にしなかったから。取るに足らない相手が喚き散らしたところで、歯牙にもかけません。子供の頃はそれに腹を立てていた」
「そっか。僕は兄弟がいないから、どんな兄弟でも羨ましく見えてしまうから何も言えないけれども……クレスタークは確かに天才だよね」

―― その背に手が届きそうで届かないんだよね。普通の人はそんなに近寄れないから、腹立たしくなることもないけれどさ。

 ゲルディバーダ公爵にも覚えはある。
 帝国騎士の才能を有する彼女だが、その才能では決してオーランドリス伯爵に勝てない。だが背が見えるのだ。諦めるためには目を閉じて見ないようにするしかない。  でも側にいるのでその吐息が聞こえてしまい諦めきれない。
「俺も思います」
「丸くなってどうするんだよ、ラスカティア。君はもっと刺々しくないと駄目じゃないか」
「俺は元々角のない男ですよ」
「えー! うそー!」
「だから帝国上級士官学校に入学できたんですよ。エヴェドリットそのものじゃあ、入学できませんって」
「そんなものなの?」
「はい」
「なんか嘘っぽい」
 和やかに話をしていると、駆けてくる足音が近付き、そしてゲルディバーダ公爵が食事をしている席に、近付くことを許されている少女が現れた。
「グレスさまの食事を奪う不届き者め!」
 裾が”くるん”とカールしている長い金髪を乱しながら、ジベルボート伯爵がトシュディアヲーシュ侯爵に蹴りかかる。
「……」
 弾き飛ばすのは簡単だが、下手に弾き飛ばして、ジベルボート伯爵がわざと料理が置かれている場所に飛んでいったりでもしたら厄介なので、右足首を掴みテーブルにぶつからないようにもう片方の手で抱きすくめる。
「きゃーおかされるー助けて、グレスさま」
「犯さないよね、ラスカティア」
「はい。これを犯すのはファティオラ様のご命令でも嫌です」
「グレスさまはそんなご命令出さないー」
「僕はそんな命令ださないよ。それで、どうしたの? キャス」
 食事の席に近付くことは許されているジベルボート伯爵だが、重要なことがないかぎり近付いたりはしない。
「ヴァレドシーア様から外出許可取れました。僕とヴァレドシーア様がお供しますので」
「嬉しい! ありがとね、キャス」
「いえいえ! あなたの美少女はあなたの為でしたら、こんな危険な男にでも蹴りかかりますよ!」
「うるせえな。じゃ、俺たちは帰りますので。それでは」
「うん」
 喚くジベルボート伯爵の足首を掴んだまま、トシュディアヲーシュ侯爵は食堂から遠ざかった。
「助けて、ここに人殺しがいますー。美少女が殺されてしまいそうです!」
「……」
―― 全部真実なのが余計に憎たらしい
 トシュディアヲーシュ侯爵は煩いなとばかりに足首を持ち上げて逆さづりにして手を離す。頭から割れた床に叩き付けられたジベルボート伯爵だが、
「美少女の顔に傷がついたらどうするんですか!」
 顔面から落ちたわりには元気であった。見た目の繊細さとは裏腹に結構強い。
 なにせケシュマリスタ王国では数少ない、建国以来から続く軍門。それなりに戦えるので当初から軍人の地位を与えられた伯爵家故に強さはある。
「知らん。明日外出すんのか」
「そうですよー。僕もお供するんですよー」
 立ち上がり足を肩幅に開き、腰に手をあてて胸を張る。
 トシュディアヲーシュ侯爵はその自慢気なジベルボート伯爵の頭を叩いてその場を去った。

 彼のクレスタークに対する劣等感の理由の一つは、機動装甲に搭乗できないこと。それ以外の能力は負けているが拮抗はしている。だが機動装甲だけは優劣の付けようもない。
 彼の妻であるヨルハ公爵も搭乗することができる。
「サロゼリスもな……」
 帝国最強騎士の下の兄サロゼリスはラスカティアと同じく搭乗することができない。この二人は立場がよく似ている。
 双璧公爵家の次男に産まれ、他の兄弟は帝国騎士の能力を有し、
「イルギも乗れるもんな」
 婿に行く先の直属配下当主は帝国騎士。だから――感情が理解できるのだ。二人とも私的な会話を交わしたことはないが、言わずとも心の内が分かった。
 解り過ぎるので会話することが怖ろしいと思えるほどに。

**********


 トシュディアヲーシュ侯爵と乱入したジベルボート伯爵を下げ食事を終えてから、
「ジャセルセルセとベルトリトメゾーレ呼んで」
 側近の二人を呼び寄せた。
 ゲルディバーダ公爵は側近を均等に扱うよう教育され、その重要性も理解している。理解していても実践するのはなかなかに難しいものだが、彼女は苦もなくそれをこなす。
「本当は一人ずつ呼び出したかったんだけど、二人同時に意見聞きたいからさ」
 デオシターフェィン伯爵とイルトリヒーティー大公は、命じられ食事が下げられたテーブルにつく。
「意見ですか? ファティオラ様」
「うん。あのね、カーサーの結婚相手は誰が良いと思う? クレスタークは駄目みたいだからさ」
―― あの御仁はのう……
―― 似合いには似合いですが……
 血筋から言っても才能から考えても、そして活動領域から見ても二人は最良の組み会わせだが、上手くいく気配がない。
 努力してどうにかなるようなものではなく、根本的になにかが駄目なのだ。
「クレスターク卿はカーサーを妹のようには扱いますが、異性としては見られないようですしね」
「でもさ、クレスタークってエヴェドリットでしょう? クレスタークより強い女性って機動装甲に乗ったカーサーしかいないじゃない? なにが駄目なのかなあ」
 前線その物といわれるオーランドリス伯爵と、次期国王であるゲルディバーダ公爵。まったく違う立場に見える二人だが、実は非常に関係が深い。
 オーランドリス伯爵の祖母は軍帝のたった一人の実妹。
 ゲルディバーダ公爵のように婿の候補が多数いて十五歳まで婚約者が決まらないのとは違い、オーランドリス伯爵は”あて”がないまま十五歳になってしまった。
 又従姉妹で帝国守護の要の婚姻を気にかけるのは、次の王としては当然のこと。
 クレスタークが候補に挙がったと聞いたとき、ゲルディバーダ公爵は”これで決まればいいのに!”と本心より願った。
「たしかにそうですが。儂が聞いたところによりますと、ヒュリアネデキュア公爵も、あまり推しておりませんでしたのじゃ」
「ええー。なんでー」
 ヒュリアネデキュア公爵とはエヴァイルシェストNo.4。テルロバールノル大貴族、ローグ公爵家の跡取りで、本人は否定するがクレスタークの友人でもある。放埒な前線基地において、貴族たちが最低限貴族らしさを保っているのは、彼の手腕と努力によるところが大きい。
「私がヒュリアネデキュア公爵にそれとなく聞いてみましたところ、シセレードの兄弟はカーサーには軍人以外の人と結婚して欲しいと願っているようです」
「え、なんで?」
「カーサーに戦争以外の世界があることを、忘れないようにさせるため……と言っていました。あの生活から遠ざけることは無理ですが、世界には戦争以外もあることを教えてくれる人が必要だと」
「エヴェドリットっぽくないね」
「そうですね。おそらくこれはネストロア子爵の意見でしょう。シセレード公爵はこういったことに関しては、漠然としか分からないでしょうから」
 シセレード公爵は自らの六歳の長男や四歳の次男よりも子供っぽい言動をする ―― 戦争している時以外は。
 戦争中の彼はグレスタークも近寄らない、まさにエヴェドリットの双璧公爵家の当主だが、戦っていない時の彼はそうなのだ。
 対する弟のネストロア子爵サロゼリスは機動装甲には搭乗できないものの、それ以外は兄に劣るところはない。
 白兵戦であればクレスタークと肩を並べるほどで、帝国上級士官学校卒。もっとも彼の同級生はクレスタークやヒュリアネデキュア公爵で、卒業時の成績は二十位。
 見事な成績ではあるが、首席がバーローズ家のクレスターク……ラスカティアはそのことも知っているので、苦手としているだろうと踏んでいる。
「じゃあ早く決めるといいのに」
「そうですね」 
「ハンサンヴェルヴィオだって、文句言うだけじゃなくて候補を捜したらいいのに! 僕が捜すように言う! 繋いで!」
 二人は顔を見合わせたものの、ゲルディバーダ公爵に逆らうわけにもいかず、
「ヒュリアネデキュア公爵閣下。儂でございます」
『どうした? イルトリヒーティー』
「女皇殿下からつなぐよう命じられましたので」
『……分かった』
 ヒュリアネデキュア公爵ハンサンヴェルヴィオ。礼儀作法厳しい帝国全ての貴族のなかで、最高の知名度を誇る名門中の名門の跡取り。
「ねえねえ、ハンサンヴェルヴィオ。カーサーのお婿さん、クレスターク駄目なんでしょ?」
 礼儀作法がなっていなければ他国の王であろうとも容赦はしない。
『はい』
 そんな彼だがゲルディバーダ公爵には低姿勢であった。
 様々な事情はあるのだが、もっとも大きな理由は”なんとなく”
 ローグ公爵家らしからぬ理由だが、この”なんとなく”を詳細に解明してしまうと危険なので、あくまでも”なんとなく”としていた。
「駄目だけじゃなくて、君も捜してよ。カーサーのお婿さん大切なんだから!」
 ”なんとなく”の正体は彼にとってゲルディバーダ公爵は皇帝に相応しいと思える ―― 口にはしないが皇帝の座に就くことを望んでおり、彼の内心では半ば皇帝扱いなので、ある程度のことは譲歩できてしまうのだ。
『存じております』 
「存じるじゃなくて。君はさ、どんな人がカーサーのお婿さんに相応しいと思うの?」
『儂とクレスターク以外の人でしたら』
「変なのー」
『はい。それにしても、ゲルディバーダ公爵殿下にまでご心配をおかけしてしまい申し訳ございませぬ。近いうちに大宮殿にて婿選びをさせるよう整えますので』
「本当?」
『はい。儂等の王と帝国宰相と話合い、候補を用意してカーサーに選ばせることにいたします』

 シセレード公爵家の意向でオーランドリス伯爵の婿候補は、強い文官が選ばれることとなる。。
 その中にはデオシターフェィン伯爵の名も入っていたものの、後日開催された婿選びの席で彼は選ばれることはなく、胸を撫で下ろした。

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