偽りの花の名[05]
 港内が静かになったところで、明日ケシュマリスタ主星に発つことを部下たちに告げると、何故かもう知っていた。
「キャステルオルトエーゼが説明してたからね」
 俺の予定、俺以外の人が決めてる状態だから、そうもなるな。
「その間の宇宙港のことは、この私バルデンズに任せてくれ! 宇宙港は守ってみせる!」
 力強いのだが、この港は守られるような危険な目に遭うことはないだろう。
 仕事があがるまで俺はクレンベルセルス伯爵たっての願いで、仕事の引き継ぎを行うことになった。珍しい仕事でもないので、引き継ぐようなことはないのだが、完璧を期すのが帝国軍人故に――
 すぐに引き継ぎが終わって、仕事が上がったらそのまま帝国歴史編纂室へと向かうことになっている。クレンベルセルス伯爵が「移動中に歴史書に目を通しておくといいよ」と。それらの歴史書を借り受けるために足を運ばなくてはならないのだ。
 怖ろしいことに帝国歴史編纂室にあるのは紙の本。
 かさばることこの上ないのだが、かつてデータだけにしていたら全て一斉に消されて以来、歴史書は絶対に紙でも作るように定められている。
 データで貸して欲しかったのだが、王族クラスになるとデータではなく紙の本で読まなくてはならないということで……。
 歴史その物は帝国上級士官学校に入学できたのだから、網羅はしている。在野の歴史好きな人たち以上の知識があると自負しているが、俺が知っている歴史は帝国史。すべて帝国側から見たものである。
 もちろん帝国は「帝国」が正義なのだから間違いはないのだが、王国が存在する以上、王国の正義も存在する。なので各国側からみた歴史と、帝国史との齟齬を考察し、王国独自の考えというものを学ばねばならない。

 簒奪の王家エヴェドリットだが、王国では簒奪成功で勝者扱いらしいからな。帝国ではもちろん簒奪者だが、簒奪を成功させているので大っぴらには攻撃できないでいるのが……複雑だ。

 帝国史編纂室へ行くまでに時間があったので、
「クレスターク=ハイラム閣下? 知ってるよ。ゾローデも聞いたことあるはずだ」
 クレンベルセルス伯爵にリスカートーフォン公爵から言われた言葉を伝えると、俺も知っている有名なクレスターク=ハイラムで間違いなと言われた。
「やっぱりそのクレスターク=ハイラム閣下か」
 クレスターク=ハイラム閣下の弟君は俺たちと同期で首席だったこともあり、とくに印象が深い。
「その名前は帝国で一つだけだ」
 そう言えば首席だったトシュディアヲーシュ侯爵、ケシュマリスタ王国に赴任してたな。久しぶりに再会することに……当然なるだろうな。
「そうだよな。クレスターク=ハイラムは独特だもんな」
 エヴェドリットは「=」で繋ぐ名をつけるが、その際に前後似たような名をつける。クレスターク=ハイラム閣下も元は「クレスターク=クレスカ」だったわけだが、戦死する人と名前を交換する慣わしがあって「ハイラ=ハイラム」というお方と交換した結果、クレスターク=ハイラムとなった……訳だから帝国で一つとなるだろうな。
 ハイラ=ハイラム閣下はハイラ=クレスカとなり戦死なさったのだが……このお二人、仲悪いはずじゃないか? クレスターク=ハイラム閣下はバーローズ公爵の公子で、ハイラ=クレスカ閣下は当時のイルギ公爵だろう。戦場ではそんなことは些細なことだったのだろうか?
「ゾローデは言いたいことは分かる。あの二人は仲良くなかったそうだよ。息はあっていたようだけれども」
 そうなのか。
 一体どんな経緯で、敵対している公爵家の子息と公爵家直属家臣当主同士が名前を交換したんだ?
「色々あったんだろうな」
「最悪な状況下の時だったから」
「最悪?」
「十五年前のオルドファダン大会戦の時に交換したそうだ。ゾローデの奥様ゲルディバーダ公爵殿下のご両親が亡くなられ援軍が絶望的になった時、イルギ公爵がクレスターク=ハイラム閣下を殴って出ていかれたそうだ」
 オルドファダン大会戦か。
 帝国史に残る負け戦だよな、あれ。誰が悪いわけでもなく時期の悪さと、異星人の新兵器と様々なことが重なって、引かせるのに丸々二年、建て直すのにそれから三年かかった、近年最大のもの。
 そう言われてみるとあの近辺で名前が変わったな。でもあの辺りは戦死者が多すぎて、主要面子ですら覚えられない有様になってるから……。
「なあ、バルデンズ」
「ゾローデ、言いたいことは分かっているよ。ゲルディバーダ公爵殿下にオルドファダン大会戦のことは禁句かどうか? だろ。答えは”分からない”だ。なにせゲルディバーダ公爵殿下に直接お会いしたことはないからな。殿下に会えるのはごく限られた王族と皇族のみだ。だが!」
 さすがクレンベルセルス伯爵、俺が聞きたいことは言わなくても分かってくれる。学生時代は言いたくないことや、言うつもりがないことも当てられたことあるけどな。
「なんだ?」
「ケスヴァーンターン公爵殿下が触れられることを嫌っている。ゲルディバーダ公爵殿下にとってはご両親、現ケスヴァーンターン公爵殿下にとってはただ一人の家族であった兄君を事故で失ったわけだからな」
「触れないほうが無難?」
「そうは思うが、おそらくケスヴァーンターン公爵殿下はわざと触れてくるだろう。あの方はそこら辺で人をいじくり回すの好きだから」
「俺、死んじゃうだろ」
 死ぬのが嫌か? と聞かれたら、これでも帝国軍人の端くれなので恐くはないが、戦死とこれは違うと思うんだ。
 王族の怒りに触れて死ぬの……帝国人らしい気もするが、できることなら回避したい。全力でできることはするべきだろう。
「そこはまあ。でもゾローデが選ばれた理由が理由だから、殺しはしないと思うよ」
「え? バルデンズ、俺が選ばれた理由知ってるのか?」
「……知らないの? ゾローデ。えっと、結婚するの君自身だよ」
 クレンベルセルス伯爵の言葉はもっともだ。その通りだ、クレンベルセルス伯爵。だが俺は知らないのだ。
「教えてもらえないでいるんだよ。先程の昼食ではリスカートーフォン公爵殿下が”面倒だから説明したくない”とのこと。説明してくれそうなのが、クレスターク=ハイラム閣下だと」
「あーでもそんなに面倒でもなさそうだが」
 ”でも公爵殿下らしいね”そう笑っていたのだが、
「おおよそ千五百年前に遡るって聞いたぞ」
 突然表情が変わった。
「……それは私も知らないな」
「どういうことだ」
「私が知っている理由はキャステルオルトエーゼから聞いたものだが、表層的なことなのだろう。千五百年前に遡るとなると……ちょっと私の口からは言えない。私が知っている理由だが、ゾローデとゲルディバーダ公爵殿下は遺伝子的に非常に相性がよく、子供が生まれやすいそうだ。帝国の主だった人を検査してやっとゾローデに辿り着いたのだから、殺されることはないだろう」
「遺伝子の問題?」
 それは性格とか見た目とか言われるより、ずっと納得できてしまう理由だな。
「ああ。ケシュマリスタとしては大問題だ。あそこは少子で先細りやすい血筋で、現在も王族はお二人……いや、ゾローデを入れて三人になったが、とにかく少ない」
「普通そうなると、多子多産で有名なロヴィニア王家の血を入れるのでは?」
 子供といったらロヴィニアだよな。
 現公爵も王妃との間に王子、王女合わせて十四人儲けて、多数の愛人との間に三桁か四桁か分からないくらい庶子がいると。
「ゾローデはロヴィニア王家に勝ったんだよ! あの愛人子沢山王家に」
 そこは喜ぶべきところなのか? 喜んでいいのか……な?
「そうなのか」
 そうだ、そうだ。過去を遡れば、奴隷皇后は七人、平民帝后は五人産んでたな。軍妃は他の妃との兼ね合いで一人しか産むことはできなかったが、そう考えると下っ端遺伝子子沢山も……って俺が失礼にも例に挙げたお三方はみな女性。俺は男性、あまり関係ないか。
「ロヴィニアの王子、ギディスタイルプフ公爵サキュラキュロプス殿下が最有力候補と目されていたが、ゾローデは勝ったんだよ! すごいよ、ゾローデ。ギディスタイルプフ公爵殿下ってゼルケネス親王大公の後継者として名高いんだよ」
 待て、クレンベルセルス伯爵。あの人凄い人じゃないか? たしか現在二十歳で、帝国副宰相とかやってる、化け物の一人だよな。
「その人は知ってる、あの見るからにロヴィニアな王子殿下」
 十四人兄弟中十三番目。「最後から二番目のロヴィニア」と呼ばれている――誰が付けたあだ名かは知らないが、何故か軍内ではそのように呼ばれている。
「多分嫌われるとおもうけど、頑張れ! ゾローデ」
「頑張るには頑張るが、無理なような」
「大丈夫だって。帝国宰相はゾローデの味方になってくれるさ」
 帝国宰相ってあれだろ、ゼルケネス親王大公殿下。帝国宰相歴が三十年越した、現帝と先代皇帝の御代で辣腕ふるって「即位していない皇帝」と名高いあの方だろ。敵なら瞬殺してもらえるが、味方となるとなんか恐い。
「なんでまた、帝国宰相殿下が俺の味方に」
「あの方、ナイトヒュスカ大皇陛下の信者だから。それにゲルディバーダ公爵殿下とケスヴァーンターン公爵殿下のお祖父さま、ジュレイデス親王大公殿下とも仲が良かったそうだ。逆に現ロヴィニア王の妃の母親に当たる実の妹ジュジア親王大公殿下とは仲が悪いからだ。ゼルケネス親王大公殿下は五十六代、五十七代のあたりの宮殿内の権力闘争に揉まれて生きた方だからなあ、私たちには分からないような諍いとか溝とか骨肉の争いとか、そう言ったものがあるようだ」

 あの辺りは詳しく知らない俺だが、できることならあまり聞きたくないような ―― だが避けては通れないらしい。クレンベルセルス伯爵がいい機会だとばかりに説明してくれた。

「ゾローデの結婚問題もそこが幾つか関係してくる。それというのも、縁起でもないしゾローデが婿にはいるから大丈夫だろうが、あのお二方のどちらもが跡取りを儲けずに亡くなられると、帝室からケシュマリスタ王家に最も近い血筋の皇族なり皇王族を王として送るのだが、その……ゾローデも聞いたことはあるだろうがナイトヒュスカ大皇陛下は、ケシュマリスタ勢と敵対していたお方。ジュレイデス親王大公殿下はケシュマリスタ皇王族の中心人物であったが、それを裏切って兄皇帝陛下に従ったので、現在大宮殿にいるケシュマリスタ皇王族としては面白くない。さらに現陛下の父君、先代陛下もナイトヒュスカ大皇陛下があってこそだったので、ケシュマリスタ王家が途絶えたら、これ幸いにと帝室をひっくり返しにかかるだろう。かの帝国宰相殿下はロヴィニア系の親王大公ゆえにケシュマリスタ系を抑えつけることはできても、ケシュマリスタ王をご自身が意図する人物にすることは、さすがにできない。なにせ帝国宰相殿下もケシュマリスタ皇王族には嫌われているからな。帝国は五十六代皇帝のあたりから、ナイトヒュスカ大皇陛下一派対ケシュマリスタ皇王族の図式がある」
 昨日王族になった時以上に、逃げ出したい気持が湧き出してきたぞ。
「責任重大過ぎるだろ……ところで今のバルデンズの説明を聞くと、ケシュマリスタ王族とケシュマリスタ皇王族はほぼ別物と考えるべきなのか?」
 同系統だからてっきり協力し合うものだとばかり思っていたが、クレンベルセルス伯爵の説明からすると協力どころか本気で殺し合い始めそうな勢いだ。
「別物と考えてくれて問題ない。だが! ゾローデ!」
 クレンベルセルス伯爵が、がっちりと両手で俺の手を握り絞め、まっすぐな左右が違う色合いの眼差しで宣言する。
「なんだ? バルデンズ」
「クレイゴルディフやセディキュアンヴェレイは、決してゾローデのことを嫌いにはならないぞ! いまでも仲間だ!」

 あー同級生のあの二人はケシュマリスタ系皇王族だったな。一緒にチームを組んで演習したり、警察に出向いたりした仲だったよ。あの二人俺が王族になったことで、立場上色々あるだろうに……

「俺から直接言うことはないけれど”バルデンズが”聞かれたら、そう答えてやってくれ」
 直接話すのは今は避けておこう。
 俺はともかくボールセルディク侯爵(クレイゴルディフ)やマディウィフ子爵(セディキュアンヴェレイ)が酷いことに巻き込まれたら困る。あの二人も簡単にはどうこうされるような感じではないが、それ以上の存在が根を張っている可能性があるしな。
「ありがとう、ゾローデ。私は王家に属さない皇王族だから楽なのだが……まあね」
「学生の頃かなり各王家の勢力分布を覚えたつもりだったが、こうやって聞くと俺の知識は全然だな」
「帝国上級士官学校では、それらの勢力分布は関係無しとされるからな。一歩外へ出ると、即座に各勢力に蹂躙されてしまうのだ」

 色々と厄介だな――


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