偽りの花の名[04]
 全員で「なんだ、なんだ」とマントについて意見を交わしていると、
「ヴィオーヴ侯爵殿下、お迎えに……キャステルオルトエーゼ、なにをしているのだ?」
 白銀の真っ直ぐな髪を貴族には珍しく短く切り揃え、帽子を被っているカロラティアン伯爵がやってきた。
「伯爵さま! 僕、ウエルダさんの側近になるべく頑張ってたんです」
 言いながらカロラティアン伯爵の元へと駆け寄り、
「お前な……」
 腕にぶら下がるようにして甘えている。付き合いが僅かなので判断できないが、彼女は本当に甘えるのが上手いのだろう。
「ヴィオーヴ侯爵殿下も良いって言ってくれましたよ。ねっ!」
「あ、ああ……勝手なことをしてしまいましたか?」
 彼女の直属とも言える人がこう渋い顔をしているところを見ると……
「殿下に謝罪されると困ります。ですが本当にこれで良いのですか? ケシュマリスタ女は総じて性格が最悪ですぞ」
 綺麗な顔立ちなのだが、笑った瞬間のカロラティアン伯爵の顔は、非常に凄みがある。
「ひどい! 伯爵さま!」
「本当のことだろうが」

 あー次のケシュマリスタ王になられるお方、俺の奥様らしいゲルディバーダ公爵殿下は……

 カロラティアン伯爵の腕を更に抱き締めるようにして顔を近づけて、怒る姿はやはりとても可愛らしい。これで性格が悪くても、男は許せるだろう。同性はどうかは分からないが、仕草が完璧だ。これを無意識ではなくやっているのだとしたら凄いものだ。無意識でも凄いが。なんというか、意識してやっている方が凄いような気がする。
「伯爵、キャステルオルトエーゼはケシュマリスタ女の中では、ゲルディバーダ公爵殿下の次に性格は善いですよ」
 俺の気持ちが通じたのか、クレンベルセルス伯爵が上手くまとめてくれた。
「ああ、そう言えば……ははは、私としたことが。危うくヴァレドシーアさまに殺される所だったよ。ヴィオーヴ侯爵殿下、ケシュマリスタ女はごく稀に性格がとても優しい女がおります。そうだな、キャステルオルトエーゼ」
「そうです。僕もその珍しい一人なの」
「ふん。好きにするがいい……用件が遅れましたが、ヴィオーヴ侯爵殿下、公爵殿下が昼食をご一緒したいとのことです」
「公爵殿下とお食事ですか?」
 死ぬ程避けたい。昨日王族になったばかりのまさに”にわか王族”が、真の王族と昼食を取るとか ―― マナー学校で習ったから失礼にあたることはないだろうけれども。
「はい。私たちのケスヴァーンターン公爵殿下と、もう一方。リスカートーフォン公爵殿下が」

 ケスヴァーンターン公爵殿下は比喩的な意味合いで「食われる」だが、リスカートーフォン公爵殿下は本当に「食われる」可能性があるお方だからなあ。

「お嫌なのは分かりますが……正直言いまして、我等ケシュマリスタは他人が嫌がることをするのが大好きな、性格に難のある者ばかりでしてな。ヴァレドシーア様も御多分に漏れず。分かってやっているので諦めてください」
 ケシュマリスタが”そうだ”とは聞いたことあるが、家臣がそこまではっきりと言ってしまっていいのか?
「ゾローデ。仕事のことを心配しているのだろう。安心しろ、ここは私に任せろ! なあに帝国上級学校で共に学んだ私だ。ゾローデほどではないにしろ、この宇宙港をしっかりと管理してみせる!」
 それはクレンベルセルス伯爵はここに残るということだな? 俺一人で二大公爵と会うということだな? 軽快に危険を回避したな! 俺がクレンベルセルス伯爵の立場だったら、間違いなく同じ行動を取るだろう。
 仕方ない……ではなくて、栄誉に預かる……まあいい、部下たちにクレンベルセルス伯爵に代理を任せると告げ、
「じゃあ僕、ウエルダさんの部下になる手続きします」
 ジベルボート伯爵はウエルダを連れて旗艦へと。
「では参りましょう」
「はい」
 俺は呼びに来たカロラティアン伯爵と共に、宇宙の支配者である二人が待つ部屋へと案内された。
 通路を進むと四頭仕立ての黒塗りの馬車が待機していた。馬は二頭が栗毛でもう二頭が黒毛。俺がこれから会食させていただくお相手のお二人が使う馬の毛色だ。
「馬車に乗っていただきます」
「はい」
 御者が入り口扉を開くと、室内は金と銀と紫と白で飾り立てられているのが目に飛び込んできた。乗り込み座席に腰を下ろす――マントに座るのはまだどうしても我慢できないので、不格好なほどマントを前身に持って来て乗せるようにして座る――と、すぐに馬車が走りだした。
「派手だとお思いでしょう」
 向かい側に座ったカロラティアン伯爵が、金の窓枠を指でなぞりながら話しかけてくる。
「正直なところ。慣れていない、とも言いますが」
「そうでしょうな。到着するまでまだまだ時間がかかります。なにかご質問などありましたら、答えられる範囲でお答えしましょう。もっとも私はとても性格の悪い男ですが」
 ”話しかけるな”ってことかな? それは。
 だがなにも聞かないのも失礼だろうから、彼女のことを聞いてみることにした。
「ジベルボート伯爵キャステルオルトエーゼについてお聞きしたいのですが」
 直属の部下だから――
「曲者ですよ」
「曲者……ですか?」
 上司が、それも二十歳ちかく歳が離れている相手が曲者と評するほどの貴族。そうは見えなかったけれども。ああ、でも俺もその曲者の術中に落ちたのか? ……それならそれで、良いと思ってしまえるのは、ジベルボート伯爵の技か。
「あの家は容姿と態度、動きが可愛いことで生き延びた家です」
 ケシュマリスタは容姿さえ優れていたらなんとかなる一族だと聞いたが、その中でそこまで言われるとなると、相当なモノだよな。
「それ以外の才能はないと?」
「いいえ、あれで結構才能があります。だから曲者なのですよ。私は事情がありキャステルオルトエーゼには強く出られませんでな」
「事情がおありなのですか」
「その事情は答えられないのです」
「そうですか」
「答えられる方は教えられます。エウディギディアン公爵エリザベーデルニ。ヴァレドシーア様のお妃になられる王女殿下です」
 その方のお名前は聞いたことがあるし、本人を遠くからだが拝見したことがある。
「ハープの名手でいらっしゃるお方ですよね」
 それと王女殿下の母君が軍人としては有名――第四十九代オーランドリス伯爵――だったことも少しは関係している。戦死しなかった”数少ない”帝国最強騎士の忘れ形見。
「ご存じでしたか」
「大宮殿での演奏会の際、警備についたことがありました」
 王女殿下の母君が戦死しなかったのは、現在の第五十代オーランドリス伯爵が群を抜いて優秀だったため、戦死する前にその地位を譲ることになったのが理由と言われているが、本当のところはどうなんだろうな?
「あの妥協のない旋律をお聴きになったらお分かりでしょうが、性格もあの通りです。見事ですが常人には近づけない」
「残念ながら音を聞くことはできませんでした。外の警備だったので」

 王女殿下の母君は当然王妃で、両親が親王大公。帝国最強騎士としての武勲も見事だが ―― ひっそりと亡くなられた。葬儀も内密に執り行われたと。帝国の守護の要で評されても良い人物なのに、ほとんど何も残っていない。

「そうですか。これからは拝聴する機会も頻繁にあるでしょう」
「それは楽しみです」
「あの方に会って、そう言えるかどうか」
「……と言われますと?」
「テルロバールノルの礼儀作法の厳しさは並大抵ではありません。とくにエリザベーデルニ殿下は現テルロバールノル王が、国を挙げて特に厳しく躾けました。国家戦略の一つとしてプロジェクトを組んだほどで、殿下はそれをすべてものにしたお方。立派なお方ですので、他人に優しく自分に厳しいのですが、ご自身に対する厳しさが桁外れなので、他人に優しく接してもまったく優しくないのです」
 国家戦略の一つとか、想像つかないな。

 俺が覚えているエウディギディアン公爵エリザベーデルニ殿下は、美しい黒髪が踝のあたりまであることと、白皙の肌ってことだけだ。王女殿下の母君とは正反対の色彩なのが印象的だった。

 なにか考えているような気持ちになりながら、とくに何も考えずに――到着してしまった。
「ヴァレドシーア様。ヴィオーヴ侯爵をお連れしました」
 カロラティアン伯爵に促され、室内に入り……彼はさっさと退出していった。
 一人取り残された俺は、学生時代に学んだ通りに礼をする。
「来たか、ゾローデ」
「ケスヴァーンターン公爵殿下」
 室内には二人。
 ケスヴァーンターン公爵殿下ともう一人。できることなら一生お近づきになりたくないお方……次の王であるゲルディバーダ公爵殿下の婿になる時点で、そんなの思うだけ無意味なんだが。
「エレス、彼がゾローデだよ」
 麗しき黄金髪の公爵殿下が俺のことを、その方に紹介する。
「ヴィオーヴ侯爵ゾローデか」
 椅子に座っていた黒髪を持つ鋭い目つきの……お顔は存じておりますとも。そしてその赤が鮮やかな着衣も。
「はい。リスカートーフォン公爵殿下」
 リスカートーフォン公爵エレスヴィーダ=ヴィード殿下。
 両公爵とも怖ろしいには怖ろしいのだけれども、その恐怖がまったく違う。怖さってこんなにもバリエーションがあるなんて知らなかった。
 できることなら知りたくはない――それが正直な気持ちだが。
 リスカートーフォン公爵殿下は俺を上から下まで見て……背の高いお方だ。2m越えてる俺が大きいなと感じるんだから。相当だよな。
「…………まあ選ばれた経緯は聞いている、妥当な判断であろう」
 それだけ言って椅子に腰を降ろした。妥当? 俺が選ばれたことが妥当?
 詳しく聞きたいという気持ちは微塵もないので、促されるままに椅子に腰をかけ……丸テーブルで両公爵の間に座らされた。
 食事の味が分からないのは当然だが、空気が重いこと、重いこと。
 会話が一切ない。俺が話しかけるなんて身分から言っても無理なので――無言のまま食事は終わり。
 最後に出てきたコーヒーを飲んでいるところで、
「エレスが気に入ってくれてよかった」
 ケスヴァーンターン公爵殿下がそのように。どこをどのように見たら気に入ったと……もしかして、気に入らなかったら俺のこと殺した? 殺されなかったから、俺気に入られたってことになった? そう考えるのが普通だよな。なにせリスカートーフォン公爵殿下だ。
「僕、用事あるから先に帰るね」

 置き去りにされました。

 いや……まあ……ケスヴァーンターン公爵殿下が居たとしても、この空気は変わらないのですが、それにしてもですね……俺にどうしろと?
 白磁のコーヒーカップをソーサーに乗せ、顎のあたりに手を置いてリスカートーフォン公爵殿下が俺を殺すような眼差し……いや、多分殺すような眼差しじゃなくて、普通の眼差し。たぶん普通。殺そうとしていないと思う、そう思いたい。
「お前の言動からするに、なぜ自分が夫に選ばれたか知らぬようだが。本当に知らないのか?」
 そんなにも俺、挙動不審でしたか。
「なにも聞いておりません」
「ヴァレドシーアから何一つ聞いていないと?」
「はい」
「ヴァレドシーアがケスヴァーンターンであることは知っているのか?」
「カロラティアン伯爵から教えて……もらいました」
「…………」
 無言になられてしまった。もしかして今の返答まずかった?
 カロラティアン伯爵、殺される? それはないよな。ケシュマリスタの名門だ、上手く回避して下さるはずだ! 下手に他家の名前なんて出すもんじゃないな。一瞬にして胃が痛む。
「……」
「ゾローデ」
「はい。リスカートーフォン公爵殿下」
「ヴァレドシーアはあの性格だから、簡単には教えてくれないだろう。そして我はお前に説明するのは面倒だから拒否する」
「……」
「リスカートーフォンというのは、戦闘以外は興味のない種族でな。正直我は公爵の仕事などしたくはない。殺し合いさえしていられたら、それでいい」
「あ、はい」
「お前が選ばれた経緯だがヴァレドシーアから我が聞くのは簡単だった。我々は元々知っていることが多いから。だが、お前に説明するとなると千五百年近い歴史の裏を説明する必要がある。選ばれた経緯は千五百年程度だが、その向こう側に潜む真実となると、二千年を優に超える歴史に触れなくてはならない。だから面倒で仕方がない。だが知らないのもまあ……そうだな、一人全てを語ってくれそうなのを教えてやろう」
 千五百年?
 どこかで聞いた年数だな……クレンベルセルス伯爵とジベルボート伯爵があつい友情で結ばれたと言っていた時期か。千五百年前か……え? 俺が婿に決められた理由が千五百年前にあると? それはどういう意味だ? 大貴族ならまだしも、下級貴族の下の下くらいに位置する血筋の俺になんの関係が?
「ありがとうございます」
「感謝など要らぬ。……ヴァレドシーアの意図も含めて完全に理解しており、何でも答えてくれるとなるとクレスターク=ハイラムという男以外ない」
「クレスターク=ハイラム閣下ですか?」
 「=」つきでその名前の人物が多数いるとは思えないから、俺が想像するお方だろう。
「それについては、お前の側近なり何なりに聞くがいい」
「はい」
 リスカートーフォン公爵殿下はそのように言われて席を立たれた。
 俺は一人残されて……カロラティアン伯爵にまた連れられ、勤務場所へと引き返す。その最中、
「明日ですか?」
「はい。計画通りなのですが」
「そうですね」
 明日ケスヴァーンターン公爵殿下はケシュマリスタ主星に戻られる。たしかに最初に受け取った書類にはそのように書かれていた。
 それに俺も随行するのだそうだ。
「身一つでいらっしゃってください」
「分かりました」
 主星に俺を伴って帰るということは、ゲルディバーダ公爵殿下と対面することになるのか。
 宇宙港でカロラティアン伯爵と別れて、
「無事帰還!」
「おめでとうございます!」
 クレンベルセルス伯爵とジベルボート伯爵が拍手で出迎えてくれた。
「来なさい、キャステルオルトエーゼ」
 大騒ぎしているジベルボート伯爵の耳朶をカロラティアン伯爵がつまみ連れてゆく。
「それでは、またー。伯爵さまあ」
「いいから付いてきなさい」
 どのように声をかけていいのか分からないので、黙って見送ることしかできなかった。

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