帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[204]
 グラディウスが言いたいのは「グェリンドン」
 国の武器には型がある。
 ケーリッヒリラ子爵はグラディウスと草刈りをしているときに、様々なデスサイズの型を披露した。それをグラディウスと共に見ていたサウダライトが、
「デルシ様のグェリンドンは迫力あるよ」
「……」
「一度見せてもらうと良いよ」
「おおきなおきちゃきちゃまに、見せて! って言ったら見せてもらえるの? おっさん」
「ああ」
 そのように提案したのだ。
 「グェリンドン」はエヴェドリットのデスサイズの型のなかで、最も力を要する型で……早い話が力で叩き潰す豪快な技を指す。

「ぐえとはなんだ? グレス」
 デルシは笑いながらグラディウスが言えるのを待つ。
「あのね……おじ様の草刈り鎌でね、おっさんがね、おおきいおきちゃきちゃま、凄いって。それがぐえって」
 ケーリッヒリラ子爵は半眼で持参したデスサイズを指さしデルシに伝える。
「グェリンドンと言いたいのか?」
「そう! それ。おっさんが見せてくれるよって! おっさん、凄いって言ってた。おじ様上手だけど、おおきいおきちゃきちゃまはもっと凄いって!」
「そうか。では場所を移動しようではないか。いいな、四人」

 挨拶は済ませていた三人と、護衛のケーリッヒリラ子爵はもちろんと頷く。

 そのまま無骨さ極まりないデルシの宮の庭という名の演習場へと出て、
「グェリンドンとは力技だ」
 デルシの実演が始まった。
 ケーリッヒリラ子爵のデスサイズよりも大きく、遥かに重いデスサイズを右腕だけで持ち、高らかに掲げる。陽射しを反射するその刃を、目にも止まらぬ速さで大地に叩き付ける。見える範囲の大地と宮を揺るがす震動、そして轟音と土煙。それらが収まった時、大地にはクレーターにも見える穴が広がっていた。
「……」
「どうだ?」
「こ、これが迫力!」
 グラディウスはデスサイズが動いてどうやって迫力というものになるのか? 話を聞いている時点では、さっぱり分からなかったのだが、今こうして目の前で見たことではっきりと理解できた。
【迫力とかいうレベルではないだろう】
【さすがデルシさま】
 一応デスサイズを持って控えている四人は、五十を超えてなおエヴェドリット王女であり続けるデルシに尊敬を捧げる。
 デスサイズを担ぎ上げ戻って来たデルシに、グラディウスが駆け寄り、
「ありがとうございました! 見せてくれて」
 体を九十度以上に折り曲げてお礼をする。
「そんなに礼を言ってもらえるとはな。見せてよかったわ。折角だ、この四人にも見せてもらおうではないか」
 デルシはグラディウスを抱き上げて自らの肩に座らせる。
 四人は”それでは”とデルシから少し離れて、デスサイズを構え、各々得意とする型を披露してみせた。

「すごいねー」

 小柄なオランジェレタは柄は刃に近い位置を持ち、刃を上に向けて下から切り上げる形を得意とする。子供の体格で、踊るように跳ね回る。ツインテールが元気に揺れて、とても楽しげに見える。
 背が高い完全な男性である弟ノースラダスタは、デスサイズを水平に構えて大きな間合いでゆったりと動く。
 ケーリッヒリラ子爵と兄のオルタフォルゼは二人で同じ型を、寸分違わずに合わせて見せた。
 デルシが手を叩き、グラディウスも手を叩き――あまりに必死に拍手をしたので、デルシの肩から落ちかけたが直ぐに支えられて事なきを得た。
「どれも完璧だ。特にケーリッヒリラ、さすが全ての型を完璧に覚えているだけのことはある」
 ケーリッヒリラ子爵は戦うのは面倒というか嫌いなので、親に文句を言われないよう必死に型を全てマスターしたという経緯がある。
 そんなエヴェドリットとして情けない話、当然身内以外は知らない。……のだが、同じく全ての型をマスターしているヨルハ公爵と学生時代に会話していた際に”ぽろり”と零し、彼がそれをデルシに伝えたのだ。
 もちろん『親に文句を言われないようにするために』という動機は省いている。
「ありがとうございます」

 真実を知っている兄と親戚は無表情のまま沈黙を保った。

 三人はケーリッヒリラ子爵があまり人殺しを好まないことは知っている。彼らにしてみると非常に変わった性質だが、嫌いが講じて、
「グレス、ケーリッヒリラは凄いぞ。我でも全ての型は覚えておらん。全てを覚え、動くことが出来るのはエヴェドリット貴族でも二十人いるかどうかだ」
 面倒極まりない型を苦労して全て完全に覚えきったのだから、殺意が枯れていることを認めはしないが努力を受け入れた。

 ちなみにヨルハ公爵は天才ゆえに簡単に、そして殺すために全ての動きをマスターした、正しきエヴェドリット的動機の持ち主だ。

「おじ様、すごいー」
「なにせこいつは、シュレディンガーが得意とかいう変わり者ですからね」
 オルタフォルゼが笑いながら言う。
 シュレディンガーとは ―― 我等は人を殺せればいいんだよ! ―― そんなエヴェドリットたちには不評な、殺すというより治療しづらい場所を傷つけ、時限爆弾的に殺す技が集まった複雑な型の名である。
「変わってるの? オルゼお兄さん」
「まあ、変わっている」
「でも凄い?」
「凄いですな」
 大好きなおじ様が褒められて上機嫌になったグラディウスを見て、オランジェレタは下から突き刺すように、ノースラダスタは水平に脇腹に肘を入れる。
「おい、気に入られてんな、エディルキュレセ」
「エディルキュレセおじ様」
 「人間なら死んでる」突っ込みを両側から受けて、それらを抑えながら子爵は、
「早く準備するぞ」
 プレゼントの準備に取りかかった。

※ ※ ※ ※ ※


 宇宙の全てを持っているといっても過言ではないマルティルディへの贈り物 ―― どれほど頑張っても驚かせるような物を用意する事は不可能。
 なので、楽しませることにした。

「このガラスみたいな石を?」
「そう。この機械で、好きな形を選んで入れると……ほら、完成!」
 ダイヤモンドを様々な形にカッティングして、綺麗な容れ物に入れ、グラディウスに届けてもらうことになった。
「ほああ」
 ダイヤモンドをセットし、図柄をオランジェレタと一緒に選ぶ。
 一瞬で削り上げられたそれらを取り出して、光にかざして”きらきら”を楽しんだあと、子爵が作ってきたガラスの箱に詰め込む。
 あまり大きなダイヤモンドではなく、小さめ……とは言っても直径3cmほどの大きさの物をリボンや星形、ハート型などにカットする。
 次はどれにしよう! と、すっかりと打ち解けた小柄なオランジェレタと会話を弾ませるグラディウス。それを見守るデルシ、そして撮影しているオルタフォルゼ。

 マルティルディの性格からすると、ただ持って行ったところで捨てられるのがオチ。もちろん捨てられたところで文句はないが、少なくともザイオンレヴィに続く第二の玩具ことグラディウスが、
「ほぇほぇでぃ様、喜んでくれるかなあ」
「……(ほぇほぇでぃって)」
 笑顔で作っていた映像を届ければ満足するだろうと。
「ほぇほぇでぃって、マルティルディ様のこと?」
 ”実はグラディウスより年上なの。大きくなれない病気で”と自己紹介をしたオランジェレタ。
「そうだよ……あてし、ほぇほぇでぃ様って言ってるつもりなんだけど」
 グラディウスは驚いたが、すぐに仲良くなった。
「そのうち発音できるようになるよん」

―― 二十過ぎた人妻で子持ちが「なるよん」はないだろ

 男三人が子供ぶりながらグラディウスと会話しているオランジェレタにそんな眼差しをぶつけると、口元を歪めた彼女が ―― うるせえ。女はいつになっても女の子 ―― とばかりに睨み返した。
 睨み返しっぷりが既に「女の子」ではなく「デルヴィアルス公爵家跡取り」だが、男達がそれ以上触れることはない。
 こうして何個か作っていると、
「色が付いた石は使わないの?」
 グラディウスが不思議そうに尋ねた。
「色つきは……」
「じゃじゃーん!」
 お前も二十過ぎて”じゃじゃーん”はないだろうと思いながら、フレディル侯爵家の二人は手に乗っているものを見た。
「綺麗だ!」
 ピンクがかったオレンジ色。あるいはオレンジがかったピンク色。
「パパラチアサファイアだよ」
「ぱ、ぱぱ? らっとあさふぁ?」
「綺麗な石で充分だ。さ、これを姉さんと一緒に図柄を選んで削って!」
 自宅から勝手に持ち出してきたデルヴィアルス公爵家の石を渡す。貴族を全面に出してはマルティルディが嫌がるのでは……と公爵家、侯爵家に関係なく、それでいてマルティルディのお気に入りの石を選んだのだが、
「ありがと、ノーさん」
「……どれにしようか?」
 取り敢えずカットして贈ってみようと、オランジェレタはまたグラディウスと一緒に図柄を選び始める。
 デルヴィアルス公爵家はパパラチアサファイアで、フレディル侯爵家はパライバ・トルマリン。王家の石以外は被ることも多く、上記の二つの石を使う家は多い。
 そしてマルティルディのお気に入りの石ダイヤモンド。
 ダイヤモンドその物を気に入っているのではなく、ザイオンレヴィに使うように命じた宝石が無色のダイヤモンドなのだ。
「驢馬はないの?」
 動物の図柄もあると言われて色々と見たグラディウスが、残念そうに尋ねる。兎や猫、犬やパンダのような動物は図柄として登録されているが、驢馬はなかったのだ。
「図柄に驢馬はないなあ……エディルキュレセ」
 呼ばれた子爵は腰にぶら下げてきた宝石をカットする為のナイフを取り出して、
「グレス。どの石を驢馬にすればいいんだ?」
 石を選んでくれと手を差し出した。
 グラディウスは手近にあったダイヤモンドを掴み、
「あてしがほぇほぇでぃ様から貰った驢馬を!」
「分かった。少し時間がかかるから、他の石をカットしているといい」
 子爵は石を受け取り、氷を削るかのようにダイヤモンドを削り出す。だが子爵が削り始めて直ぐに、容れ物が一杯になっていまい、あとは子爵の驢馬を待つだけになってしまった。
「グレス」
「はい! おおきいおきちゃきちゃま!」
「この石を一つ削ってくれぬか?」
 デルシは大きなルビー、彼女の手から余る程の大きさのルビーをグラディウスに見せる。
「おおきいおきちゃきちゃまの髪の毛みたいだ」
 グラディウスは両手で受け取ったが、あまりの重さに落としそうになる。それをカメラを構えていたオルタフォルゼが手を伸ばして支えてやった。
「ありがとう! オルゼお兄さん!」
「気にするな。その石を落とすと……傷が付くと困るからな」
 丁寧にルビーをセットし、三人でどの形にするのかを選ぶ。子爵はその頃、驢馬の最後の仕上げに入っていた。
「グレスはどれがいい?」
 オランジェレタに聞かれたグラディウスは、
「うーん……ハート型かな」
 深い理由はないのだが、なんとなくグラディウスはそれが一番良いような気がした。
「実は我も同じ意見だ」
「ノーさんも!」
「我もだ」
「オルゼお兄さんも!」
「じゃあ決定だな」
「おじ様もそれで良いと思う?」
「もちろん。ほら、出来たぞグレス」
「わああ、驢馬だ! 驢馬だ! おじ様すごい!」

【相変わらず器用だなあ】
【その技をどうして人殺しに使わない】
【なんでもかんでも人殺しに繋げるな】

 子爵の意見は一般的だが、子爵が住む世界においては少数意見である。
 それはともかく、
「おおきいおきちゃきちゃま! はい、出来たよ」
 無事にルビーはハート型にカットされた。
「おお。良いな。それでグレス、残念なのだが我等はこれから用事がある。その用意した贈り物を、ケーリッヒリラと共にマルティルディに届けて来てくれ」
「はい!」

 グラディウスは三人と別れを惜しみ、
「また会ってくれる? グレス」
「うん! あてしも会いたいよ、オラタちゃん!」
「嬉しい!」
 抱き合い、子爵は兄から映像を受け取り別れた。
「またな、エディルキュレセ」
「ああ」
「我の結婚式には参列しろよ」
「気が向いたらな」

 オルタフォルゼもザイオンレヴィ同様、皇帝の死去に伴い結婚が先送りになった一人である。


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