帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[192]
 リュバリエリュシュスは苦しさを隠して、
「横になってくるから」
 グラディウスの前から一時姿を消し、
「おっさんも、お仕事に戻るね」
 サウダライトも巴旦杏の塔前を後にする。
「おっさん、来てくれてありがとう! お仕事頑張って!」
 グラディウスの声援を背に、名残惜しさを表すために、三度ほど足をとめて振り返り手を振り、ゆっくりとその場を離れた。
「お待ちしておりました」
 グラディウスから見えなくなった頃、さきほど”小脇に抱えて落下”してくれたガルベージュス公爵が同じ場所で帰還に備えていた。
「お願いするよ」
「御意!」
 ガルベージュス公爵はサウダライトを同じように小脇に抱え垂直に飛び上がった。サウダライトの目の前にあった地面が、まさに”ぐんぐん”と遠ざかる。
「君の垂直跳び、凄いね」
「お褒めにあずかり光栄にございます!」
 宇宙から急降下してくる軍用機に飛び付き、
「陛下。このまま最速で向かいます」
 内部へと入れてもらえず、野ざらしのままマルティルディが待つ部屋近くへと向かう。
「……(風が強すぎて声が)」
「このガルベージュス公爵《エリア》が必ずや!」

 今回は最後まで名前を言いきることができた――それ、即ち、移動距離が長かったということ。

 強風が成すまま、ガルベージュス公爵に成されるまま、サウダライトは目的地に着陸し、控えていた近衛兵たちが膝を折り、手を身の前側に両手を斜めに掲げ、手のひらを”ひらひら”させ、皇帝の到着をもり立てる。
「あ、ありがとね」
 生身で高速移動したことのないサウダライトは、良い具合によれよれになりながら、連れてきてくれたガルベージュス公爵と、
「わぁー」
 到着したときからずっと歓声を上げ続けてくれている近衛兵たちに声をかけて、着衣の乱れもそのままに、マルティルディが待つ部屋へと向かった。

※ ※ ※ ※ ※


「驢馬、行ってくるから!」
 その頃グラディウスはルグリラドに連れられて、巴旦杏の塔から少し離れた場所へ徒歩で向かっていた。
 目的は「移動遊園地」
 ルグリラドの側近であり従姉妹でもあるメディオンが「外でどのように遊んだら良いじゃろうかのう」という問いに、学生時代の楽しかった想い出を生かして作りあげた物である。
 遊園地へ連れて行くのは簡単だが、敢えてそうはしなかった。人が居ないところで、メディオンにもあまり見せたがらない「王女ではない表情」を作れるようにと――
 メディオンはケーリッヒリラ子爵に相談し、シンプルな遊園地を作りあげた。豪華さなどは感じさせず、むしろ痛みがあるように見せかける。
 メリーゴーランドと観覧車、コーヒーカップにミニジェットコースター。そして園内をぐるりと線路で取り囲み、お遊びようの機関車を走らせることができるようにした。
 アトラクションはこれだけである。
 本当に小さなもので、変わった動きをするようなことはなく、乗りたい物に乗り、自分でスイッチを押すだけ。
 規模の大きな物でも楽しいだろうが、見える範囲に全てあり、迷子になる心配もないのも重要だろうと。

 ちなみにアトラクション、お化け屋敷も候補にあったのだが、メディオンもルグリラドも苦手。グラディウスも苦手だろうということで却下された。
 頼れる相手、メディオンならケーリッヒリラ子爵、ルグリラドならガルベージュス公爵、グラディウスならサウダライト……がいるのなら、作っても良かっただろうが、ルグリラドとグラディウス二人では、怖くて進めなくなって泣き出すか、動けなくなったルグリラドを庇い、泣きながらグラディウスが機械で作られたオバケに「おきちゃきちゃまを、恐がらせるやつは嫌いだ!」殴りかかりかねないので。

「おきちゃきちゃま、あれは?!」
 楽しげな音楽が聞こえ、使用感のあるアトラクションが見えてくる。
「移動遊園地じゃよ」
「?」
「遊園地という、乗り物に乗って遊ぶところじゃ。普通は移動せぬのじゃが、これは移動するのじゃ」
「いどう?」
「場所が変わるということじゃ。見つけたら誰でも遊んでもいいのじゃ。一緒に遊んでくれるかえ? グレス」
 風船で飾られたアイスクリーム売り場と、安っぽい囲いに包まれた小さな場所。
「……あてし、よくわかんないけど」
 全てを見渡せる小さな遊園地を前に、グラディウスはルグリラドの手を強く握り返す。
「儂が教えてやるわい。さ、来るがよいグレス」
 曲に合わせたつもりで、全然あっていないスキップをしながら、まずはメリーゴーランドに。
「どの馬に乗りたいのじゃ?」
「えっとね……白いのがいい。おっさんと一緒に乗るメルヘさんみたいな馬」
 普通の遊園地には白い馬は存在しないが”一番ルリエ・オベラに馴染みがあるだろう”と、サウダライトから許可を得て白い馬の乗り物を用意した。
「メルヒェンかえ」
 近くに用意されていた台を白馬の近くに置き、
「乗れるか?」
「乗れるよ、おきちゃきちゃま。見てて」
 非常に危なっかしく、ルグリラドが手を出したく”ふるふる”させるような乗り方ではあったが、グラディウスは一人で無事に乗った。
 それも前後ろ逆になることもなく。
「驢馬で練習して間違わなくなったんだ」
「そうか。儂はお主の隣の馬に乗ってやるわい。近いほうが安心じゃろう?」
 白馬の隣は当然テルロバールノル王家の月毛色の馬である。ルグリラドが跨り、スイッチを押す。”がこん”音と衝撃とともに、六角形の屋根のメリーゴーランド、馬が上下しながら回る。
 ただそれだけなのだが、
「…………おきちゃきちゃま!」
 グラディウスは笑顔になり、喜びが溢れ出す。
「楽しいかえ、グレスや」
「はい」
 曲に合わせてすこし塗りを”剥がした”金色の屋根の下、笑い声がこだました。

 他のアトラクションもグラディウスを楽しませた。

 観覧車はカプセル状の物ではなく、背もたれのあるベンチに安全バーが降りてくる形のもので、高さも大したことはない。
「高い! 高い!」
「そうじゃのう。怖かったら儂につかまっても良いぞ」
 コーヒーカップはグラディウスが具合悪くならないように設定されているので、
「これをまわすんだね!」
「そうじゃ」
 中央のターンテーブルを、グラディウスがどれ程まわしても、目が回るようなことはない。
「次は赤いカップに乗りたいな」
「そうじゃのう。それに乗るか」
 ミニジェットコースターは相当怖かったらしく、
「…………」
 硬直した顔でもう一度乗るとは言わなかった。
 機関車は気に入り、
「次はキリン駅です」
 一周する間に用意された駅の名前を読み、停止させて、
「運転よかったぞえ」
 ルグリラドはそう言い下車し、進行方向の駅を目指して走り、
「次はろば駅です」
「乗らせてもらうぞ」
「どうぞ」
 繰り返して遊び続けた。
「車掌よ、次はなに駅じゃ?」
「えーとね。次はことり駅です」

 小さな遊園地にはずっと楽しげな声が響いていた。

「グレスや。喉渇いたじゃろう」
 ミニジェットコースター以外は何度も乗り、足がふらつくほど遊んだグラディウスを連れ、無人のアイス販売所へとやってきた。
「あ、これ!」
 用意されているアイスは、グラディウスが初めて食べた会社の物。それをケースに入れ、自由に盛れるようにしていた。
「どれを食べる」
「勝手に食べていいの?」
「もちろんじゃ。このアイスは、この移動遊園地で遊んだ人に食べてもらうために用意されたものじゃからな。ほれ、グレス。なにを食べる? 全種類食べるかえ?」
 これも基本的な八種類だけを厳選し、誰かが食べたあとだと分かるように、新品ではなく全て誰かが食べた後のように見せかけている。
「一個でいい。このピンクのにする」
「苺かえ。グレスや、自分で盛るか? 儂が盛ってやってもいいんだぞ」
 ”盛りたい”と言えないところが、ルグリラドであり、グラディウスにはその機微は通じないので、
「自分のことは自分でするよ!」
 このような結果になってしまったが、それはそれで、
「グレスは偉いのう」
「そ、そう?」
 楽しかったようである。
 ルグリラドはオレンジシャーベットを口に運ぶ。
「おきちゃきちゃま、一口どうですか?」
 潔癖症のルグリラド……だが、
「もらう」
 グラディウスが差し出したアイスを断ることはない。そして、
「ほうれ、お返しじゃ」
 自分のスプーンで一口を返してやった。
「ありがとう、おきちゃきちゃま!」
「こちらこそ」
 アイスを食べ、再びアトラクションを楽しんでいると、楽しげであった音楽が止まり、もの悲しい曲が流れ出した。
「あれ……」
「終わりの時間じゃ」
「あ……」
 終了の知らせに寂しげに天を仰いだグラディウスだが、
「そうだね。もう暗くなってきたもんね」
 納得し、最後に観覧車に乗って、
「グレス。一個貰ってかえろうではないか」
「いいの?」
「もちろんじゃよ」
 アイスクリーム販売所を飾っていた風船を一つ貰い、やや暗めの明かりがぼんやりと照らし出す移動遊園地を後にした。
「ばいばい!」
 誰もいないそれに手を振り、風船を手にルグリラドと共に家へと引き返す。
 途中、アイスクリームを初めて食べた時のことや、
「ピラお兄さんやさしかった」
 ここの仕事を用意してくれた、ピラデレイスのことを語りながら。

 巴旦杏の塔前の家に到着すると、やや顔色は悪いもののリュバリエリュシュスが窓際で待っていた。
「おかえりなさい、グレス。そしてルグリラドさま……」
「ただいま! エリュシ様」
「帰ったぞ、リュバリエリュシュスや」
 ”今だけじゃぞ”とルグリラドはその憂いた目元で語りながら返事をする。
「エリュシ様、見て見て! 風船なの」
「風船……昔、我……」
 グラディウスの風船を見て、リュバリエリュシュスはかつて星が落ちて木に絡まったと勘違いしたこと、その風船はいつの間にかなくなったことを手短にだが語った。

―― 風船がここに迷いこむことはないじゃろうから……デルシか

「おきちゃきちゃま」
 デルシがどうしてそんな事をしたのか? と、何考えていたルグリラドだったが、
「どうした? グレス」
 グラディウスに声をかけられて、気持ちを切り替えた。
「この風船、空に飛ばしてもいいですか?」
「構わんぞ」
 グラディウスが、
「お星様になあれ!」
 と言って飛ばした風船は、藍が濃くなりだした黄昏の空へと消え、そして空に一番星が現れる。
「お星様になった!」


我が明けの明星よ 我が宵の明星よ 

               我はその星に祈り

                     我はその星となりて堕る


 塔の中の両性具有と、大宮殿の王女は、その星を見つめ、
「そうじゃな」
 王女は頭を撫で、両性具有は、
「ありがとう、グレス」
 感謝をした。


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