帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[193]
 ”ルリエ・オベラはハンバーグが好き”と聞いたので、練習をし、下ごしらえをしてやってきた。焼き目をつけてオーブンへ。
 ハンバーグに火を通している間に、温野菜を温めなおし、
「グレス。これをハンバーグの皿に飾るのじゃ」
「はい! あの、運ばれて来るお料理みたいに?」
「そうじゃ」
 グラディウスに依頼した。
 生野菜が苦手なグラディウスの為に用意した温野菜のサラダ。蕪に人参、ブロッコリーにさやいんげん。
 それらを特製のスープで味付けし、水気を切って、ドレッシングをかけてあえる。
「このお皿! あてしの名前が」
 皿も特別に作らせたもので、白地にグラディウスの瞳の色に似た藍色と金で縁取りし、小さな魚や貝殻が無数に描かれている。
 そして中心に大きく名前。
「スプーンのもフォークにも名前が入っておるぞ」
 王族の必需品、銀のフォークにナイフにスプーンも、もちろん名前入り。それも控え目に入れるのではなく、一目で解るように。
「うわああ」
「それ、持ち帰っていいぞ」
「?」
「プレゼントしようと思い……まあ、受け取るのじゃ」
 箱に入れてラッピングし、料理が始まる前に開けさせようかとも思ったルグリラドだが……色々と照れて結果、剥き出しで持参し、さりげなく渡すことになった。
 ルグリラド、かなり照れ屋である。
「ありがとうございます!」
 お揃いでルグリラドという名を入れた食器も用意し、ルグリラドの皿にはグラディウスが盛りつけ、グラディウスの皿はルグリラドが盛りつけた。
「おきちゃきちゃま、きれい」
 グラディウスの前に出されたのは、普段食べている料理となんら変わらない繊細な盛りつけ。
 対してルグリラドの前に出されたのは……わざわざ書く必要もない状態。そしてこれもまた書く必要はないが、
「お主が一生懸命盛りつけたこと、儂は知っておる。充分じゃよ。最初から上手くできる者はおらんからな」
 なんとも”精一杯盛ったよ!”感の漂う皿を前に、ルグリラドは満足した。

 二人で仲良く夕食を取りながら――

「この野菜、おきちゃきちゃまが作ったの!」
「そうじゃよ」
「あ、あの、あてしも、野菜作る! ここで作るんだ!」
「そうなのかえ」
「驢馬と一緒に作るんです! 実がなったら、食べて欲しいです!」
 ルグリラドが作る野菜は、当然清潔な空間で作られる。虫などは一切いない、清浄な空気の元、動物など使わず。
 グラディウスは塔と家の間に、驢馬を使って畑を耕し、そこに苗を植えて、風雨に晒され成長し、たまに驢馬が舐めたり噛んだりするかもしれない――ルグリラドがもっとも苦手な類の野菜だが、
「楽しみに待っておるぞ」
 太陽を背に、驢馬と共に土を耕し、小川から水をすくい如雨露に注ぎ、それを持ち畑に水を撒く姿がグラディウスには似合っている。
「はい! あてし、調べて作る!」
 そうして作られた野菜は美味しいのだろうなと――

 夕食の後片付けを終え、ルグリラドは次の遊び道具を取り出す。
「グレスや、化粧してみぬか?」
 下地にファンデーション、アイシャドウなど。あまり種類を多くすると、グラディウスが困るだろうということで、最低限のものだけを作らせた。
「化粧……あてしが?」
「おう」
「どうやるか、分からない」
「儂が教えてやるわい」
 ルグリラドは正妃として人前に出ることが多いので、自分に似合うメイクを探すことは重要。だが普段は専門の者にさせるだけで、自ら化粧を施すこととはない。
 ルグリラドが自ら化粧するのは、メディオンと二人きりの時。その時は他者の視線や、使える色など考えず、とにかく楽しむ。
 メディオンは在学中クラブ活動でメイクの腕を磨こうとは思わなかったが、気付いたら磨かれており、かなりの腕前。そのメディオンに教えてもらいながら化粧をするルグリラドは、自分ばかりではなく、他者に化粧をするのも得意であった。
「ヘアバンドで前髪をあげい」
「”あげい”ってなんですか?」
「こうするのじゃ」
 ルグリラド自身、ヘアバンドで眉毛に被る長さで切りそろえられた黒髪を、それこそ容赦なく”あげる”
 その仕草を真似て、グラディウスも色は白いが厚くて重たそうな前髪をあげる。
 真珠に似た白い肌のルグリラドは使うことはない、褐色のファンデーションを持ちグラディウスの顔に塗り……

 グラディウスは強敵であった。

「おけしょう!」
「……」
 ルグリラドはガルベージュス公爵ではないので、強敵と書いて「とも」と呼ぶようなことはしないし、これはそのような類の強敵ではない。
 話がそれたが、ルグリラドが施した化粧は「成功しなかった」
「おきちゃきちゃま! ありがとう!」
 グラディウスが喜んでいるので成功といえば成功なのだが「化粧」ではない状態になっている。
―― 化粧を施したのに、化粧になっていないとはどういうことだ?
 褐色のファンデーションを薄く塗り、象牙色のアイシャドウを軽く乗せ、薄いピンク色の口紅を引いた……ところ、グラディウスは不可思議な顔になってしまった。
 もはやルグリラドの化粧の腕前がどうだとか、化粧品がどうだとかいう問題ではなく、グラディウスの顔が化粧を受け付けないというか、無理矢理表現すると「化粧すると不細工に磨きがかかる」作りであった。
 だが、
「リニア小母さんもね、化粧すんだ!」
 短い期間であったが愛妾であった頃、部屋でリニアと二人きりの時間が長かった。その際に化粧をするリニアを脇で見ながら、自分自身はっきりと分からなかったが、化粧に少しばかり憧れていた。
「これはくれてやる。持ち帰ってその小間使いと一緒に化粧するがいい」
「もらって、いいの?」
「儂には使えん。ほれ」
 ルグリラドは手の甲にグラディウス用のファンデーションを塗ってみせる。
「メイクはなあ、肌色に合ったものでなくては使えぬのじゃよ」
「ありがとうございます、おきちゃきちゃま!」
 その後、ルグリラドの指示の元、
「そうじゃ。儂の顔のこの部分に、それを塗るのじゃよ」
「はい……あれ?」
 ルグリラドの顔にグラディウスが必死にメイクをし、
「あてし、へたくそ……きれいなおきちゃきちゃまが……」
 グラディウスが少しどころではなくショックを受けてしまった。
「ま、まあ。これはこれで、構わんがのう」
 自分が不細工になったことはさておき、

―― グラディウスがマルティルディにメイクを施したら、あの美が崩れる……のじゃろうか?

 そればかりが気になった。

※ ※ ※ ※ ※


 二人は風呂に入り化粧を落とすことに。グラディウスはいつものように自分の体を洗い、胸に泡をつけてルグリラドの背中に飛びついたところで ―― おっぱい洗いはおっさんだけって約束してね。あとこれは内緒だよ ―― と言われたことを思い出した。
「どうしたのじゃ、グレス」
 背中に抱きつかれたルグリラドは、グラディウスが”そんなこと”をしようとしていたとは、考えもしない。
「あの、あの……へへへ」
 内緒と言われたことを思いだし、グラディウスは”どうしよう”と、照れながら笑う。
「楽しいかえ?」
「はい!」
「まあよい。まず化粧を落とすぞ」
 ルグリラドは胸で背中を洗う――などという行為は知らないので、追求などはしなかった。


 その頃、驢馬小屋の驢馬は、もう一度、あの怪しげなアイテムを引きずりだし、ルグリラドに教えようと努力したのだが、残念ながら驢馬は人造人間であった頃のように夜目は利かず、驢馬小屋に明かりはなく――やはり彼は諦めた。


 風呂から上がり、ルグリラドとお揃いのパジャマを着たグラディウスは、彼女と同じようにベッドに腰をかけて、首を斜め前に傾げるようにし髪を梳く。
「ふふふ……」
「どうしたのじゃ。グレスや」
「明日もおきちゃきちゃまに遊んでもらえると思ったら、嬉しくて」
「そうか。儂も嬉しいわい」
 ルグリラドはグラディウスの髪を結おうと手を伸ばし――あの”異形”マルティルディですら手こずった髪に必死に立ち向かう羽目になった。
 剛毛の中の剛毛。”こし”もありすぎると困りもの。”もあっ”とまとまっているのに、まとまりの悪い髪。
 整えられた爪を持つ、美しい王女の手は、生まれて初めての重労働を終え、
「おきちゃきちゃま、ありがとう」
 労るように手を繋がれ、そのままグラディウスは眠りに落ちていった。


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