帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[182]
互いに照れての夕食が終わり、自動操縦の反重力ソーサーに二人で乗って水族館へ。
「大きい魚がいるんだよ」
マルティルディはこの日のために、巨大な魚などを取り寄せた……のだが、全長三百メートルの鯨をグラディウスに見せたとして理解できるかどうか? と、これもまたサウダライトから提案があり、結局人間が理解し易い大きさ、大体三十メートル前後の魚と、彩り鮮やかな物や尾びれや背びれが目立つ物を用意した。
「おっきい! このくらい?」
”大きい”と言われたグラディウスは両手を広げて目を輝かせる。
―― やっぱりそのくらいか
「それは見てのお楽しみだよ」
水族館は移動性のバリアに包まれて水中を進むものではなく、古くからある水槽の間を歩いて見学するタイプ。最初から海水の中を移動させるのは、驚き過ぎるだろうと。
「ほ、ほぇ……」
十メートル程の鮫に驚きマルティルディのマントの裾を握り絞め、三十メートルあるエイの影に圧倒され、口を開いたまま。
巨大な魚たちに驚かされ、見た事もない鮮やかな色の魚たちに驚き、
「触れ合っていいよ」
グラディウスの膝までの水槽に何種類もの目を惹く小魚や地上にはない色合いの貝を離して、戯れられるようにした……のだが、グラディウスは水槽に足を入れて立ち尽くすだけ。
顔は楽しそうなのだが、前屈する程度で手を入れることも、そこから動こうともしない。
「どうしたんだい?」
移動用ソーサーで寝そべりながら、マルティルディが声をかけると、
「小魚踏んだら可哀相だから」
そんな答えが返ってきた。
「そうかい。君が楽しいならいいけど」
「楽しいよ、ほぇほぇでぃ様」
―― 君に踏まれるような動きの鈍い魚なんていないと思うけど……優しいね
そうは思えど、口に出したりはしなかった。
水槽に突っ立って、笑顔で魚を見ているグラディウスを見ているだけで、マルティルディは満足できた。
水族館での散歩を終えて入浴のために浴室へと向かった。。
全裸になったグラディウスとマルティルディ。
「グレス、君は本当に……」
がっしりとした骨格に肉が付いて、くびれがなく、だらしないわけではないが「もったり」と言う表現がこれ程似合う体格はないだろうと思わせる体付きのグラディウス。
「ほぇほぇでぃ様、胸が膨らんでない!」
「まあね。僕たちケシュマリスタは胸がないんだよ」
「へえ」
マルティルディの体はと言うと、かつて夫イデールマイスラが初めて見た時に「前も後ろも同じ」と零した十二歳の頃と変わらずの”つるぺた”ぶり。
柔らかい黄金髪と白く透き通る肌そして真っ平らな美女と、ごわごわ白髪で褐色の肌に鋭さの欠片もない”ぼあん”とした乳房を持った不細工な少女。
大自然の中にある、湯温も湯量も低めに設定されている浴槽。マルティルディは浴槽で体をまた横にして縁に両腕を組んだようにしておいて、体を洗っているグラディウスを見る。
「ほぇほぇでぃ様、待っててね」
「なにがだい?」
「あてし体洗ったら、ほぇほぇでぃ様の体洗うから。あてし得意なんだ!」
「そうかい。君は本当に僕を楽しませてくれるね、グレス」
丹念に体を洗っているグラディウスを見ながら、マルティルディは良い気分であった。
そう、良い気分で”あった”
洗う準備ができたと言われ、マルティルディは湯から上がり、グラディウスが指し示す背もたれのない浴室椅子に腰を下ろす。
「ほぇほぇでぃ様、背中洗うから髪の毛を……」
「待ちな」
豊かな黄金髪を掴み前身に垂らす。グラディウスの手で塗られる泡だてられた石鹸。そして体に押しつけられる体。
「……」
自分の体には存在していない物の感触。
「ほぇほぇでぃ様、どうですか?」
「うーん。君は今、なにをしているのかな?」
マルティルディは「されたことはない」が、その明晰な頭脳で自分の背後でなにが起こっているのか? 気付いた。
「ほぇほぇでぃ様の背中を洗ってます」
悪いことをしていると思っていないグラディウスは、より一層乳房を押しつけて洗う。
「なんで洗ってるのかな? タオル? スポンジ? それとも手かな?」
「おっぱい! あてし、おっぱい洗い得意なの!」
自信を持って泡を足しながら胸を擦りつけてくるグラディウス。
「そうなんだ。誰が得意だって褒めたんだい?」
「おっさん!」
※ ※ ※ ※ ※
「舌が! 舌が!」
システムに侵入しマルティルディとグラディウスの楽しい時間を見張りと言い、見物していたゾフィアーネ大公が口を押さえて騒ぎ出す。
「どうしたんですか? ゾフィアーネ大公」
「ガルベージュス公爵閣下、舌が! 舌が!」
言いながらゾフィアーネ大公は先程の会話を聞かせる。
『そうなんだ。誰が得意だって褒めたんだい?』
『おっさん!』
『そうなんだ。それで君、この洗い方、僕とダグリオライゼ以外にの誰かにしてあげた?』
『……うんとね! 乳男様!』
ガルベージュス公爵は夜空の如き燦めく黒髪を右手でかき上げて、
「監視を続けなさい」
事態について触れるような真似はしなかった。
「なにもしなくていいのですか? ガルベージュス公爵閣下」
「問題ありあません。陛下は宇宙、宇宙は死なない。滅びるのみ」
※ ※ ※ ※ ※
銀河帝国が滅びかけていると同時に、
「そうなんだ。それで君、この洗い方、僕とダグリオライゼ以外にの誰かにしてあげた?」
「……うんとね! 乳男様!」
ロヴィニアが誇る「ロヴィニア男」の人生も、同じく空前の灯火となった。
「へえーあいつかあ」
マルティルディの脳内でキーレンクレイカイム抹殺のシナリオが書かれ始め……たのだが、
「でもね、乳男様は”駄目だよ”って」
「なにが?」
「偉い人にだけしなさいって! だからあてし、おっさんに!」
「乳男のヤツは、直ぐに止めるようグレスに言ったのかい?」
「うん!」
女で身を滅ぼさない女好き――自らそのように公言しているだけのことはあり、このときも上手く危険を回避した。
「そっか。それで、このおっぱい洗いは誰が教えたんだい?」
キーレンクレイカイム抹殺計画は撤回され、
「おっさんだよ! ほぇほぇでぃ様、気持ちいい?」
「うん。とっても気持ちいいよ、ああ、とっても」
殺しはしないがサウダライトに対し、数々の暴行を加えることに決めた。
「良かった!」
※ ※ ※ ※ ※
システム侵入の達人に舌を噛ませる程の強烈な入浴も終わり、
「ふわふわ」
グラディウスは幸せに浸っていた。
それは柔らかく白くふわふわで、きらきらと輝き、フリルがたくさん付いている――
「僕のパンツに頬ずりして楽しいかい? グレス」
マルティルディの下着であった。
「はい! ほぇほぇでぃ様のパンツ、ほわほわ」
「さて、僕に履かせな」
「はい!」
グラディウスはパンツの両脇を持ち、マルティルディが足を通したパンツを上げてゆく。
「パンツ似合う」
「まあね。君は……」
実はグラディウスも同じデザインの物を着用しているのだが、非常に似合わない。
パンツだけではなく、真っ平らなマルティルディには必要のない胸を覆うカップ付きのキャミソールも着用している。こちらもふわふわパンツと同じデザインで、七重ものフリルが重ねられている。
「?」
マルティルディ寄りのデザインのため、グラディウスには似合わない。
だが本人はふわふわでマルティルディとお揃いの下着に喜び、そんな事は気にしていない。
マルティルディは他の召使いにいつも通り絹のニーソックスを自分に履かせ、髪を乾かすために専用の長椅子に仰向けになる。
その姿はまさに一枚の絵画であり、グラディウスをうっとりとさせるのには充分であった。
「グレス」
「はい、ほぇほぇでぃ様」
「パンツにもっと頬ずりしたいんじゃないかい? 頬ずりしてもいいよ」
マルティルディは冗談半分と「この子は本気にするよね」なる気持ち半分でグラディウスをからかった。
その結果、
「ほぇほぇでぃ様のパンツ」
やはり本気にしたグラディウスが、マルティルディの総レースのパンツに顔を埋めた。
―― 馬鹿だなあ、本当に馬鹿だなあ
思いながらマルティルディはグラディウスの頭を撫でてやる。
「躊躇いなく来たね。もしかして、ダグリオライゼにもしてるの?」
「してるよ。おっさんのパンツにぐりぐりって」
「……教えたのはダグリオライゼかい?」
「うん!」
サウダライトがグラディウスと性交渉しているのは知っているマルティルディだが、この時殺意が芽生える……どころか、空を貫く程に一気に成長した。
「そうかい。……じゃあ今度、ダグリオライゼに僕のパンツに顔を埋めることを許してやろう。そして撫でてやるよ」
「おっさん喜ぶよ」
「そうだろうねえ。この僕がべっきょべっきょの、ごっきょごっきょに殴……撫でてやるよ」
―― 良かったね、おっさん。ほぇほぇでぃ様が撫でてくれるって。べきょべきょで、ごきょごきょだって! たくさん撫でてもらえるよ
マルティルディの美しい下着に顔を埋められたら幸せに違いないと、グラディウスは思いながら、
「……寝ちゃうし」
遊び疲れマルティルディのほわほわパンツの上で眠りに落ちた。それはもう、幸せに満ちた不細工な寝顔で。
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