帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[167]
 今度はベーコンたくさん作るから! と、みんなに約束しているグラディウスに、
「我が豚を調達してこようではないか。宇宙の豚の全てを屠ってやろう」
 デルシは笑顔で材料提供を申し出た。
「ほ……ほふ? ほふ?」
「お肉たくさん持って来るぞ」
「ありがと! でかいおきちゃきちゃま!」

 ”食べられるために存在することは解っているが、思わずにはいられない。逃げてくれ! 宇宙全ての豚たち! 全滅するまえ逃げろー!”

 キーレンクレイカイムがそう思ってしまったのは、ある種「仕方ないこと」であった。

※ ※ ※ ※ ※


 壁一面に隙間無く本が詰められた本棚が置かれ、低めの天井からシャンデリアが吊るされている。入り口の向かい側に細長いアーチ窓が一つ。
 その部屋の中心に鉄細工の椅子があり、その上に投げ捨てられたマルティルディの手袋がある。
 サウダライトはその手袋に謝罪をしていた。
 入り口を開き膝をついてそのままの椅子へと擦り寄り、頭を床に擦りつけ謝罪の定型文を五回述べて、そのままの体勢で部屋を退出して廊下へと出る。
 これを五百回行うことを命令されていた。
「無事に終わったか」
「はい」
 サウダライトは”念のため”に回数を数えさせていたが、自分でも数えていた。指示された回数を間違うことは許されないこともあるが、誰よりもサウダライトが間違いたくはないのだ。
 謝罪しろと命じられたことを完遂する、それがサウダライトにとって何よりも大事なこと。
 突然マルティルディに”死ぬまで謝罪していろ”と言われたらサウダライトはし続ける。
 怒りもなければ疑問もない。
 なぜそこまで従うのか? そんな問いがあったらサウダライトは肩肘張らずに答えるだろう。

―― マルティルディ様が命じたことだから

 サウダライトは自らをマルティルディに委ねている。そう決めた時から彼は命令を完遂することを目的として生きる。命令に”叛かない”ではなく”完遂する”。サウダライトにとってマルティルディはそう位置付けられる主だが、ザイオンレヴィにとっては違う。

 ザイオンレヴィにとっては”叛かないようにする”主なのだ。

 父と息子は良く似ているが、根本的な部分で決して交わらない部分があった。

 謝罪を終えたサウダライトはマルティルディに使者を立てて”謝罪が終わったこと”を伝え体力回復用のポットに入り、その後体を洗い軽い食事をした。
「急を要する仕事は?」
「採決印が必要なものが二つほど」
「そうかい。では印を押したら今日は終わらせてもらうよ」
「はい」
 仕事を終えたサウダライトは、今度は正妃たちの所に昨晩の出来事を詫びに向かおうとしたのだが、
「そうかい」
 ルグリラドは体調不良で「その意志は受け取ってやる」と返され、他の二人はグラディウスと遊んでいると教えられたので、
「では遊び終わるまではここで黙っているとしよう。お邪魔してはいけないからな」
 時間が来たら呼びに来るであろうと、散歩をして待つことにした。
 貴族らしく優雅に庭の風情を楽しむサウダライト。視界には映らないが、周囲には近衛兵たちが付き従っている。
 小径を飾るタイルなどにも目をやりながら歩いていると、
「ダグリオライゼ」
 聞き覚えのある声に呼び止められ振り返る。
「ん? なんだね、ライアスミーセ」
 ケシュマリスタ属特有の金髪で、顔は娘のアランとまったく同じ作りのライアスミーセ公爵。
 昨晩のアランが発端となった騒動で、急いで帝星までやって来た彼女は、同じ貴族であった顔見知りの《皇帝》に取りなしてもらおうと考えて、サウダライトを追ってやって来た。
「昨晩のアランのことだが」
「あーはいはい。君もねえ、もう少しアランを賢く育ててくれたら良かったのに。礼儀作法が良くても、学問ができても、ちょっとねえ」
 先代皇帝とは違い、サウダライトができる取りなしは「マルティルディに上手く説明すること」の一点。
「だがな、平民も同じように罰を受けないのは納得がいかない」
―― おっさん! おっさん!
「同じように罰って?」
―― あてしおっさんのこと大好き!
「事の発端が娘であることは認めるが、騒ぎを大きくしたのはその平民であろう」
―― おっさんも、あてしのこと好き? 大好き! やったー!
「そうだね。で?」
―― リニア小母さんのこと好きだよ、ジュラスも大好き
「で……平民を罰しろと言っているのだ」
―― 白鳥さん好き! おじ様も好き。ルサお兄さんも好き!
「え、ヤダ」

―― ほぇほぇでぃ様も大好き

「おまえ……大体、その平民は本当に馬鹿だと聞いたぞ!」
―― あんな綺麗で優しい人がいるなんて。そしてあてしと仲良くしてくれるなんて。あてしは幸せだ
「たしかに馬鹿な子だねえ。いままで見たことないくらいに、おそらくこの先も現れないくらいに馬鹿な子だよ」
―― ほぇほぇでぃ様は優しいよ
「アランはイレスルキュラン殿下のことを言ったのではなく、その平民を馬鹿だといっただけだ。馬鹿の口からねじ曲がって伝わっただけだ」

―― え? ずっとほぇほぇでぃ様のこと好きでいて? うん! ずっとずっと大好きだよ、あてしがほぇほぇでぃ様のこと嫌いになるなんてないよ! どうしたのおっさん、そんなに笑って。ありがとう? なんで? ……あてし馬鹿だから良く分かんないよ、おっさん。あてしがほぇほぇでぃ様のこと好きだと、おっさんまで嬉しくなる? そうか! あてしも嬉しいよ!

「煩いなあ、クロネスカータ」
「ダグリオライゼ」

―― おきちゃきちゃまも大好き! みんな優しい。あてしが馬鹿でも優しくしてくれる。馬鹿じゃない? なんで…………おっさん、あてしはやっぱり馬鹿だと思うよ。だっておっさんの言ってること解らな……おっさんが馬鹿だからあてしに伝えられない? そんなこと無いよ! おっさん

「黙れクロネスカータ。僕は皇帝だよ、サウダライト陛下と呼べよ。そして貴族ごときが煩いんだよ、黙れ、黙れ、黙れというのだ」
 サウダライトにとってグラディウスがどんな存在であったのか?
 人々は最後まで真実には辿り着かなかった。可愛がっていたことも、気に入っていたことも解るが、彼が最も気に入っていた部分は何処であったのか?
「……ダ……サウダライト陛下」
 誰も気付くことができなかったので、グラディウスよりも気に入られる娘を用意することができなかった。
「あの子は僕の愛妾であり寵妃なんだよ。それを馬鹿、ばか、バカと良くもまあ言ってくれたね。君の娘はただの貴族の娘で人数遭わせでここに送られただけの塵だ。あんな肉と血と骨でできただけの屑、置いてやっただけでもありがたいと、地べたに這いつくばって感謝するべきなのに、それすらしない屑が」
 サウダライトがグラディウスをこよなく気に入った理由。それは「マルティルディが大好き」その一点であった。
 サウダライトは家臣であり彼女に対して、グラディウスが持ったような他の人と同じ「大好き」などという感情を持つことは決してない。マルティルディはそのような感情を持たれる存在ではないと、意図せずとも思い続けてきたサウダライトにとって、グラディウスの意見は衝撃であった。衝撃であると同時に、マルティルディがそれを望んでいることを感じ取った。
 マルティルディ本人もグラディウスが現れるまで、己にそのような欲求があるなど知らなかった。

”あの子はなにも恐れずに躊躇わず、誰であろうとも好きになることができる”

 だからサウダライトにとってグラディウスは”お馬鹿で替えのきかないお気に入り子”となったのだ。
「サ……」
「黙れと言ってるんだよ。煩いんだよ、煩い。君が永遠に喋らずとも僕は困らない。君が宇宙になくても、誰も困りはしない。ああ腹立たしい。はん、決めた。たとえマルティルディ様がアランを生かしてやると言っても、僕が殺せと命じるよ。僕は皇帝だからね」
「おま……」
 マルティルディに対してまで反抗的な態度を取った……そう思える発言に、気圧されていたライアスミーセ公爵がやや勢いついてサウダライトの胸元を掴んで問い質そうと腕を伸ばしたが、
「下がりなさい、ライアスミーセ」
 その腕は音もなく現れたガルベージュスによって掴まれ、目的を果たすことはできなかった。
「ガルベージュス」
 ガルベージュスが突然現れたことに驚く貴族はいない。彼が自分たちよりも遥かに優れていることは理解しているためだ。そして彼が、 
「ガルベージュス。クロネスカータの腕を完全破壊せよ」
 特殊な力を持っていることも。
「ダグリオライゼ!」
「御意、陛下。不敬ですよ、ライアスミーセ」
 ガルベージュスは命じられた通り、ライアスミーセ公爵の腕を掴んでいる指に力を込める。
「やめ……」
 ガルベージュスは人造人間の機能を停止させる能力を所持している。
 《無効》という超能力とは違う位置に存在するもので、人造人間相手ならば触れた箇所から信号を送り、破壊まですることができる。
 切れた箇所に腕を繋いでも腕が再生しないように、本体にある情報を書き換えることまで可能。ガルベージュスに腕を掴まれているライアスミーセ公爵の腕は変色、普通の腐敗とは違う腐敗が進行してゆき、赤黒くなった腕の肉が着衣を破る程に膨らむ。破壊命令が体内に浸透するとその肉が一気に崩れ落ちるようになっている。
 ライアスミーセ公爵の腕も同じように崩れ落ちた。腐敗臭も肉の匂いも血の匂いもない。あるのはただの塊で、かつて腕であった名残などどこにも残してはいない。
 ライアスミーセ公爵は手を永遠に失い、剥き出しになった肩口を触れずに手で覆い、バランスを必死に取りながら逃げ出した。
「君の力は相変わらず凄いね、ガルベージュス」
 サウダライトは塊を無視して歩き出し、ガルベージュスもそれに従う。
「お褒めに預かり光栄にございます」
 ガルベージュスのこの力だけが、完成された生体兵器、完全なる太陽の破壊者マルティルディを寿命前に《自殺》させることができる唯一の存在。
「ねえ、ガルベージュス」
「はい」
「君に頼み……ではないな、命令だな」
「なんでしょう?」
「僕とラチェレンバルとの間にできた子を”五人”に変更できるかね」
「五人目は誰ですか?」
「イデールサウセラ。両性具有の存在を残す方法はこれしかないだろう」

―― 僕を殺してよ。この両性具有と一緒に殺してよ! 君しか……君だけにしか!

「陛下のお望みとして? それともわたくしの提案として伝えましょうか」
 マルティルディとガルベージュスの対立と不仲の原因はとして上げられる”皇帝の地位”だが、それは些細なものであった。
「君の提案にしてくれ。その方が受けて下さる確率が高くなるだろうから」
「畏まりました。陛下のご希望に添うこと、このガルベージュス、確約いたします」
「君、いつもそうやって、爵位だけを言ってれば暑苦しくなくていいのに」
「陛下にそのように言われようとも、わたくしは全てを名乗ることをやめません!」
「いいけどね……なんだい? イルトリヒーティー」
 大将の軍服を着用した伝令役のイルトリヒーティー大公が、小径の先で膝を折り待機していた。
「陛下、総司令長官閣下。ケシュマリスタ王太子殿下が《おいで》とのことです」
「クロネスカータだろうね」
「ライアスミーセめ。陛下からいただいた折角の機会、無駄にしましたな」
「そういう性格だと知っていて、言ったんだけどね」

 二人は伝令に案内させて、マルティルディの待つ部屋へと向かった。


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