帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[165]
 小倅ことザイオンレヴィとナザールことケーリッヒリラ子爵が打ち拉がれていようとも、グラディウスを楽しませる時間は続く。
「次は障害物競走だ」
「しょうがいぶちきょうちょう?」
「そうそう、障害物競走だ。さてこっちの方に用意が……お、整ってるな。さすが帝国軍」
 広大な演習場に仕切りを立て見えないようにして用意されていたのが、
「まずは一番が網くぐり、二番目は平均台の上を歩く。三番目はキャタピラになって進んで、四番目は吊されているパンを手を使わずに食べてゴールする。口で説明しただけじゃ解らないだろうから、ザイオンレヴィ、エディルキュレセ。あっちのお前達用に特設した障害コースで実演してくれ」
 二人はキーレンクレイカイムが指をさしている方を見た。そこにはグラディウスが遊ぶものと”見た目だけは”同じコースがあるのだが……
「あのコース、普通のコースだと思うか? エディルキュレセ」
「思えるわけないだろ、ザイオンレヴィ」
 見た目からは解らないようにされているが、隠しきれない危険さに、頼むからグラディウスが遊ぶコースで実演させてくれと頼もうとした……のだが、その程度のことはキーレンクレイカイムは予測している。
「まずはコースの説明だ」
 グラディウスとイレスルキュラン、デルシがコース近くへと行き、触って確認をしている。
「一番の網は小さい棘が無数にある、殺傷能力もある網だ。上手に逃げる方法習っただろう? 切って逃げることも、穴を掘って逃げることも禁止だ。二番目の平均台はウォータータイプだ。足元が覚束ないが落ちるなよ。落ちたら電流がお前たちを迎え撃つ。三番目のキャタピラになって進むものだが、グラディウスたちは紙で作った物だがお前たちのものは重く、電流が流れやすくなっている。適当な所を踏むと電気が流れる仕組みになっている。結構な電流だ。そして最後になるパン食いだが、あたりは二つだけ。残りの198個はこの世の物とは思えない不味さだ。お前たちも学生時代に食べただろう? 食糧不足に陥った際に作られるパンだ」
 殊更楽しそうに説明するキーレンクレイカイムと、上級士官学校時代を思い出し鬱屈としてくる二人。
 上級士官学校はかなり厳しい。
 入学試験の体力テストに42.195qを、匍匐前進で十時間以内に走破するという項目がある。これに合格しなければ入学することはできないし、入学したとしても体力が続かなくて死亡するという学校だ。
 ちなみにザイオンレヴィのタイムは八時間三十五分四十秒。ケーリッヒリラ子爵は身体能力は優れているので四時間五十二分十三秒。
 彼らの時代の首席ことガルベージュスは一時間四十五分一秒である。
 話が逸れたが、今回の障害物走はほぼ上級士官学校時代の授業。
 殺傷力のある投網から逃げる方法や、ぶよぶよしている所(要するに時間が経過した死体)を素早く進む方法。
 金属の板を溶接して(溶接も自分で)円形をつくり、中に入り地雷原を抜けたり、与えられた条件での計画立案後、補給線が途絶えてしまった場合の指揮官の責任として想像できないほどまずい食事を完食する……など。
 学生時代に比べれば確かに楽なのだが、学生時代があまりにも酷すぎるので比べようもないとも言える。
「ちなみに今日のパンは気合いはいってまずいぞ。こんなまずいパン食べたのは初めてだ。食糧の補給は大事だなと気付かせてくれるどころか、こんなまずい物食うくらいなら略奪するぞ! と決意してしまうくらいにまずい」
 恥ずべき行為「略奪」と厳しく教えられ、ロヴィニア王国軍の全員に略奪してはいけないと命じる立場の男ですら「略奪しちゃお」と思わせる程の不味さ。
「あの……」
「許されるならザウデード侯爵のルートで」
「そう言うと思った。まあ、あっちで実演してもいいが、こっちで実演したら、ザイオンレヴィ。お前が勝ったら先程の塹壕掘りで負けて受けるだろう罰を、私がマルティルディに交渉して”なし”にしてやる。そしてケーリッヒリラ、お前が勝ったらペロシュレティンカンターラ・ヌビアが軍妃に作ったネックレスを見せてやる。どうだ?」

 ロヴィニア王子キーレンクレイカイム。準備は何時だって万端であり、誰が何で動くのかを良く研究している男である。

 そして二人の競争だが、結局は同着で終わった。
「グレス。見て解ったか?」
「うん、解ったよ! あてし頑張る……乳男様!」
「なんだ?」
「あのパンの中身はなに? でかいお乳のおきしゃきしゃまが、中身があるはずだよって」
「あのパンの中身か。えーとな、苺ジャムとチョコレート、杏子ジャムにメイプルシロップ、ピーナッツバターにアーモンドクリームに塩キャラメル、チーズとウィンナー入りにピロシキの具材が入ったものもある。どれも美味しいぞ」
「……」
「競争では一箇だけだが、終わったらあれを外してみんなで食べよう。グレスが作ってくれた料理と一緒にな」
「うん!」
 イレスルキュラン用に吊されたパンと、グラディウス用に吊されたパン。二種類の高さの違うパンが藤棚のような棚から鈴なりに吊されている。そこはグラディウスにとっては、夢のような空間だった。
「ではデルシと私はゴールテープを持って待つとするか」
 二人で幅広に《こっちにくるんだよ、グラディウス》と書かれたテープを持ち、
「ではゴールからスタートを知らせるとするか」
 開始を知らせるピストルをキーレンクレイカイムが撃つ。
 イレスルキュランはそれほど運動神経が優れているわけでもなければ、足が速いわけでもないが身が軽いので駆けている姿は美しい。
 対するグラディウスはゴール地点にまで、
「”どすどす”という音が聞こえてきそうだな、デルシ」
 足音が聞こえて来そうな足取り。
「確かに。それにしても良い笑顔だ」
 一番目の網抜けに手間取るグラディウスをイレスルキュランは助けて、
「さあ、行くぞ。グレス」
「ありがと、でかいお乳のおきしゃきしゃま」
 二番の平均台をイレスルキュランが渡りきったあと、補助してやり渡しきり、
「次はキャタピラだぞ、グレス」
「はい、でかいお乳のおきしゃきしゃま」
 何故か後ろ向きにハイハイするするグラディウスのキャタピラに乱入し、二人で渡りきりパン食いまで到達。
 鈴なりのパンが風に揺れて、
「パンが生る木みてぇだ」
 光景にうっとりしているグラディウスの横で、噛みつき引きちぎり口に押し込んで、若干喉が詰まって、近くにいる補助員に水を求めて飲み下すイレスルキュラン。
 ”パンを食べなきゃならないんだった!”と思いだしたグラディウスは、ぱくりと噛みついた。ちなみに吊されている高さはグラディウスの口あたりで、とても食べやすい仕様になっている。
 グラディウスが噛みついたパンの中身は塩キャラメル。噛みついた瞬間から口内に広がるパンと塩キャラメルの風味、そして味に棒立ちになる。
「グレス、牛乳だ」
 喉を詰まらせることを考慮して牛乳を持って立っているイレスルキュランに、あの大きな瞳がほどんど無くなる程に幸せそうに目を細め、グラディウスの代名詞となりつつある「もぎもぎ」を開始。牛乳を持っているイレスルキュランの手が震えているのは、ゴールにいる兄にもデルシにも解った。
 食べ終えて震えている牛乳を受け取り飲んで、コップを持ったまま、
「でかいお乳のおきしゃきしゃま! あそこだよ! あそこに」
「そうか、でかしたぞ! グレス。では行こう!」
 《こっちにくるんだよ、グラディウス》を無事に読み理解して、イレスルキュランと手を繋ぎゴールに向かって突進してきた。
「はい、ゴール! 美味しかったか? 楽しかったか?」
 キーレンクレイカイムの言葉に何度も頷くグラディウスと、
「……お主は聞く必要もなさそうだな、イレスルキュラン」
「……ぶっ」
 ”もぎもぎ”を前に我慢に我慢を重ねたイレスルキュランは地に伏して肩を震わせていた。

 障害物競走というよりは、グレスと一緒に障害物状態だったが、一緒に走ったイレスルキュランも、ゴールでずっと見つめていたデルシもキーレンクレイカイムも非常に満足していた。

 その後、篭を持って全員でパン狩りをして、
「後で食べようね」
 障害物を片付ける。

「では最終種目! 帝国上級士官学校体育祭伝統種目、騎馬戦! ……とは言っても騎馬なんか作るほど人がいないから、肩車ではちまき取りだ。おい、そこ。胸を撫で下ろすな」
 胸を撫で下ろしているのは、もちろん伝統種目を体験してきたザイオンレヴィとケーリッヒリラ子爵の二人。

 上級士官学校の体育祭で行われる騎馬戦は、下の騎馬が三名で上の一名。普通の騎馬なのだが、取る物は《首》である。剣を構えて首を切り落とすのだ。上に乗っている所謂《大将》だけではなく騎馬たちの首を落とすことも可とされている。騎馬たちの首は落とされても終わりにはならない。あくまでも大将の首を落とすのが目的。
 おまけにこれは騎馬一つで一勢力と数えられ、最後まで残ったものが勝利者となり、残った四人は体育の成績に加算がある。チームでの加算はない。
 ちなみに騎馬であれば首が落ちていても、加算される。
 帝国上級士官学校は大貴族の子弟で構成されているので、首を落とされたくらいでは大事にならないためにこのような騎馬戦になってしまった。
 ちなみに「人間」である軍妃こと皇妃ジオは棄権しても良かったのだが、

―― 首を落とされねば良いだけのことです ――

 と言い放ち、騎馬の大将として優勝を飾った。彼女の騎馬の一人になった親王大公は「彼女は本当に首が落ちたら死ぬのかなあ……」と漏らしたとも伝えられている。

「あてしと、おおきいおきちゃきちゃまのチーム!」
 伝説の騎馬戦はともかくとして、ここでのチーム分けは、グラディウスとデルシで、デルシが騎馬に。
「私とケーリッヒ! 頑張れよ」
「はい」
 まさか后殿下を担ぐことになるとは……と、意識を確りと閉じて出来る限り考えを読まないように努力するケーリッヒリラ子爵が騎馬で、イレスルキュランが大将。
「グレスを担いでも、妹を担いでも色々問題になるだろうからな」
「お心遣いありがとうございます」
 そして騎馬にザイオンレヴィ、大将にキーレンクレイカイム。
 空色のはちまきを締めて、キーレンクレイカイムの合図と共に三人は手を伸ばした。
 リーチからするとグラディウスに勝ち目はないのだが、騎馬の性能が他の二人よりも勝っている。
 デルシのハイキックがケーリッヒリラ子爵のテンプルを捕らえ、ザイオンレヴィの鳩尾に膝を入れる。
 デルシとしてはあくまでも遊びで、ほどんど力など入れていないのだが、
「……」
「しっかりと立て! ケーリッヒ」
「……も、もうしわ……」
 駒のように揺れながら膝をつかないように努力するケーリッヒリラ子爵や、
「お前の顔に傷つけると問題になるからなあ」
「……」
 むしろ頭殴られた方が楽だと歯を食いしばるザイオンレヴィ。

「グレス、いまだ! 手を伸ばして取れ!」
「はい!」

 優勝者はもちろんグラディウスとデルシ=デベルシュの組。騎馬の性能が違い過ぎた。


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