帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[163]
―― 死んだらどうなるの? ――

 その質問にキーレンクレイカイムは幾つもの答えを持っている。
 『死亡とはまず……』肉体の機能停止の説明から死を語り、肉体が朽ちるまでを説明する。
 『死ぬということは……』病死や寿命、あるいは殺害など、死に至るまでを語る。
 『死は無』といい、今を楽しむことを勧める。
 最も答えやすいのは『死亡後の財産。および死亡した際にかかる費用』財産分与などはキーレンクレイカイムの最も得意とするところで、聞いてくる相手もほとんど”これ”なのだが、グラディウスが求めている物はこれではない。
「死んだ……か。そうだなあ……」
 無形にして広大、真理と夢想の両面を持つ。答えるとしたら言葉濁すか煙に巻くか。

―― カムイ! ――

 だがグラディウスが「あてしに解るように」と言った言葉に応えるためにも、
「一つ約束してくれるのなら、私が知っていることを無料で教えてやろう」
 通常の自分では考えられないような回答を、一度は語りたかった答えを語る。
「約束ってなに? あてしに出来ること?」
「グレスしか出来ないことだ」
「あてしにしか出来ないこと……」
「私が言った話をリュバリエリュシュスに伝えてくれるのなら」
「エリュシ様に? うん! あてしがエリュシ様に言えばいいの?」
「そうだ」
「解った! 乳男様から聞いた話をあてしはエリュシ様に言うよ」
「そうか。じゃあ、私が聞いた話を教えてやろう。私たちは死んだら、また違う世界で仲良しになるんだ」
 帝国では死後はそうだと言われている。
 もちろん信用するもしないも自由だが、馬鹿にするは許されていない。それは死後、皇帝はもっとも愛した者と二人きりで過ごすと言われているためだ。
 四人の配偶者を持つことが義務づけられている皇帝にとって、それが希望だとして。
「?」
「死に別れた相手にまた会える」
「乳男様は死んだことあるの?」
「少しだけ。少しだけ死んで帰ってくることを仮死という」
「その時、死んだ人に会えた?」
「会えなかったな」
「どうして?」
「私が少しだけ死んだ時は、私が一番で知り合いは誰も死んでいなかったから、会えなかった」
―― 入れ違いだったのかもしれない。もしかしたら会ったら……私が付いて来てしまうかもしれないと思ったのかも知れない
「寂しかった?」
「まあ。たぶん寂しかった。だから生き返ってきた」
「そうなんだ」
「でも今度は帰ってこない」
「お友達がいるの?」
「そうだな……」

―― カムイ! あっちに行ってみようよ! ――

「秘密の友達が待ってる」
 友達といったら怒るかもしれないとは思えど、それ以上の気持ちはあっても《そう》語る気にはなれなかった。相手がグラディウスだからではなく、相手が誰であっても。
「秘密?」
 最初に《恋人だよ》という相手は、やはり《ランカ》なのだ。
「そうだ。私の大事な友達。教えたのはグレスだけだ」
「……」
「会えるよ、必ずな。死んでも会えるからと……」
 両性具有は全ての《未来》を塗りつぶされる。
 生まれてきた瞬間から隔離され、そして巴旦杏の塔に入り、一生をそこで終えて、挽かれ溶かされる。その存在も死も隠される。
「死んでも会えるからって?」
 他の両性具有がどうなのか? キーレンクレイカイムには解らないが、―― カムイ、カムイ。格好良くなってね、カムイ。ランカは格好良いカムイが好き! でも、格好悪くなっても好きだから安心してね。一緒に苔数えてあげるから。えっとね、カムイ……カムイ……大好き―― 会えると思っているような台詞があった。
 キーレンクレイカイムはそれを信じて、ランカを迎えに行く。
「リュバリエリュシュスに教えてやってくれ」
 そして知らないだろう彼女に、伝えてやって欲しいとも願った。
「……なんで乳男様が言わないの?」
「んー。私では届かない」
「届かない? おっさんだけだよ、届くのは? あてしも届かないよ、エリュシ様に」
 届かないのは手ではなく、声でもなく。ならば《なんなのだ?》と問われたら、目蓋を閉じて頭を振るしかない。頭が回れば口も回る男が、無言を貫くしかない。だが自信はあった。リュバリエリュシュスに伝えようとした時、それはグラディウスを通すしかない。
「私が喋っても解らないだろう。グレスが言わないと解らないんだ」
「あてし喋るの下手だよ?」
「それでも。伝えてくれるか?」
 キーレンクレイカイムは自分がリュバリエリュシュスに持っている特別な感情の原因も意味も客観的に理解している。《彼女》の向こう側に《ランカ》を見ている。単純過ぎるほどに単純、だからこそ誤魔化しがきかない。
 だが自分は《ランカ》には色々なことができたが、《彼女》には何もできない。出来るとしたらそれは……
「うん! あてし頑張るよ。頑張って、頑張って! それでね!」
 グラディウス以外にはいない。
「なんだ?」
「あてしの友達にも乳男様会ってくれる? あのね、洪水で死んじゃったけど、一番の友達だったんだ!」
「会わせてくれるのか? それは楽しみだ。その日までお互いに内緒にしておこう……どうした?」
「怪我とかしてないかなあ」
「友達がか? そうか、洪水だもんな。だがそれは心配ない、みんな元気になってるそうだ。怪我も病気もなく……」
―― 差別もなく……あって欲しいものだが
「そうなんだ! じゃあ、エリュシ様も元気になるんだね! とうちゃんとかあちゃんを、エリュシ様とほぇほぇでぃ様に会わせてあげたいな。とうちゃんもかあちゃんも、驚くだろうなあ」
「それは豪勢だ」
「楽しみ……だなあ」
 鼻水を啜るようにし、下唇をへの字にしてグラディウスは泣きそうになるのを堪えた。
「”死んだらどうなるの”について私が知ってる全てを語った。たぶん、グレスの欲しい答えとは違うだろう。それはやはりグレスが自分で見つけなくてはならない。その手掛かりになればいいなと思い、語らせてもらった」
「ありがと、乳男様。あてし、乳男様が教えてくれたこと、全部解った。だから……本当にありがと!」
「どういたしまし……」
 浴室は温かいがそろそろ上がらないと……そう思った矢先に、キーレンクレイカイムが危惧していた人物がやって来た。
「この破廉恥がああ!」
「来たのかルグリラド」
 日中用の化粧を施したルグリラドが、ドレスのまま浴室に突進してきて、
「グレス! 裸になるとは何事じゃ! 男の前で裸を晒すな!」
「睫のおきしゃきさま?」
「大体貴様もじゃあ! キーレンクレイカイム! 貴様という男あああああ!」
 ―― しんみりした空気を吹き飛ばしてくれて感謝す……

「ルグリラド!」

※ ※ ※ ※ ※


「全裸の貴様に抱きかかえられるとは、不覚!」
「本当に不覚だな、ルグリラド」
 ルグリラドは浴室で倒れて、キーレンクレイカイムに抱きかかえられてベッドに寝かされた。
「医師によると寝不足だそうだ」
「そんなこと、言われずとも解っておる!」
 ルグリラド、グラディウスの寝顔を見て完徹。その前料理の準備で三日間、ほぼ徹夜。計四日の徹夜はルグリラドには耐えられなかった。その上”とどめ”の浴室での説教。
 頭に血が”これでもか!”と言う程に登り、登ってついに倒れてしまった。
「お前は今日帰れ」
「なんじゃと!」
「急用が出来たってことにしておいた。あと浴室で倒れたのは、足を滑らせたと」
「儂は、儂は!」
「落ちつけ。せっかくグレスと遊ぶのに、万全の体調ではないのは勿体ないだろう? それに倒れたとなればグレスが心配する。心配させることは本意じゃないはずだ」
 女たらしの破廉恥が何時になく真面目な顔で語るので、ルグリラドは思わず言葉を失う。
「急用が出来たから帰る。あとで遊ぶ約束を”私”が責任を持って取り付ける。《遊ぶ約束》に関して私の口約束だけでは信用ならないだろうから証書を」
「要らぬわ」
「いや、自分で言うのもおかしいが、私は本当に信用ならない男だから」
「貴様等ロヴィニアと正面から会話して勝てるはずがない。言っていることは正しいと儂も認めるゆえに、本日は帰る。その代わり、グレスを楽しませよ! 良いな」
 これ以上話しても勝ち目はなしということもあるが、自分の至らなさに恥じると同時に、これ以上の失態は回避するべきとのテルロバールノル王女としてのプライドもあり、提案を受け入れることにした。
「いやあ、でも証書貰っていってくれよ」
「要らぬわ! 貴様等の証書は胡散臭いわ、持ってるだけで金盗まれそうだわ、しゃべり出しそうだわ、侍女孕ませそうだわ。傍に置きたくもない!」

 控えていた召使いたちが内心で必死に笑いを堪えていたのは、説明する必要もないことだろう。瑠璃の館は様々な意味で笑いの絶えない館である。

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