君想う[099]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[150]
「親睦を深めようか」
 研修の五名と、言いだしたキーレンクレイカイム、研修生をからかうのが楽しくなったので同行希望したイレスルキュランは王族専用ビーチにいた。
 子爵はスタンダードな男性用水着。
 エルエデスは着る必要性があまり見当たらない程布が少ないワンピースタイプ。
 腰の切れ込みが凄く、胸も乳首の周辺を隠すのみ。背中も大きく開き、胸の部分も臍のあたりまでV字の切り込み。
「さすがマネキン体質だけのことはある」
 普通の人間が着たら様にならない水着だが、エルエデスの体は硬度があるので水着に体のどの部分も押し潰されることがなく、形を保つことができるので、水着も体もこれ以上ないほどに完璧。
 キーレンクレイカイムはマネキン体質といったが、もちろんマネキンよりもエルエデスの体のほうがはるかに固い。
「兄上、新しい水着」
 イレスルキュランもエルエデスと同じワンピースタイプ。
 布面積はエルエデスよりも多く、胸はしっかりと押さえられ、同時に谷間がはっきりと分かるように開いている。
 形良く決して崩れることのない形良く大人の女性の乳房と「おっぱいの側面ですらおっぱい」と紅顔の美少年に、訳の解らぬことを呟かせるほど完璧な巨乳……の間に挟まれた貧乳のメディオン。
 水着はタンキニタイプで、下は巻きスカート風。胸は寂しさを隠すかのように、五段重ねのフリルが飾られている。子供っぽい水着とも言える。
「……」
 普段のメディオンは胸がなかろうが、くびれが貧相でやや子供体型っぽくあろうが気にしないのだが、
「ケーリッヒリラ」
「はい、殿下」
「お前の体、凄いな」
「そうですか?」
 子爵のエヴェドリット成人男性の体つきを前に、いつまでも発展途上の自分の体を恥ずかしく感じていた。

―― そろそろ発展途上という言い訳も無理な年頃になってしまうのじゃ……頑張れ、儂の胸!

 メディオンの胸はメディオンに忠実ではなかったので主の希望を聞き入れることはなかったが、現時点のメディオンには未来は分からない。
「私も鍛えて筋肉はあるほうだが、お前の体は……なんだ、それ」
 キーレンクレイカイムの体は鍛えた人間の男性だが、子爵の体つきはしなやかな肉食獣のような……という表現がぴったりと当てはまる。
「基本的な体つきと申しますか……エヴェドリットでは普通の体です」
「何度かカロシニア公爵の体を見たことはあるが……」
「兄上。カロシニア公爵まで? 範囲広すぎ!」
「さすがに手出ししていない。男性として無理とは言わないが、向こうが断固拒否してきたら勝ち目がない」

 フィラメンティアングス公爵キーレンクレイカイム。この頃の彼は女性に対して無敵であった。どんな女であろうとも抱けると豪語していた。のちに一人だけ「乳男さま」と呼びかけてくる少女だけはどうしても無理で”ほぼ全ての女が守備範囲”と言い換えることになるが、この頃の彼は”全ての女を抱ける”と言いきっていた。

「話が逸れたが、カロシニア公爵は”体を鍛えたことはない”と言っていたが、お前もそうなのか? ケーリッヒリラ」
「学校生活で鍛えられているとは思いますが、特に意識して鍛えたりはしません」
「そうか……でも、そんなに立派な筋肉があっても、ヨルハには勝てんのだな?」
「はい」
 キーレンクレイカイムと共に全員が、少し離れた場所ではしゃいでいるヨルハ公爵とジベルボート伯爵に視線を移す。
 そこには子爵と同じ黒い男性用水着を着た、肌の色が悪い背骨と肋骨がはっきりと分かるヨルハ公爵が両手を半端に挙げて震わせていた。
「普通人間だったら、お前の体格の方が勝ちだがな」
「そうですが……はあ」
 ヨルハ公爵の体は見れば見る程、どこにあの力があるのか? と謎を呼ぶ体格。
「あ、シク!」
 視線に気付いたヨルハ公爵が振り返り、イレスルキュランが特注した水着を着たジベルボート伯爵と共に駆け寄ってくる。
 キーレンクレイカイムは野郎の水着姿は興味がないので、三人の水着はファロカダに用意をさせた。命じられたファロカダも野郎の水着のデザインなんぞ適当が最上とばかりに、汎用型のデザインで作らせた……のだが、ジベルボート伯爵で遊ぶ楽しみを覚えたイレスルキュランが、ここぞとばかりに水着を用意してきて、ビーチで「着換えろ」と命じた。
 素っ気のない黒い水着を着ていたジベルボート伯爵は受け取り、開いてみて、表裏をなんどか見直してから、
「誰か目隠しになってくれますか?」
「我がなる」
 少し離れヨルハ公爵の影で水着を着替えることにした。

「お気に召しましたでしょうか? イレスルキュランさま」

 おっぱい攻撃に悶絶し、おっぱい様のお気に入りになった紅顔の美少年が手渡されたのは、
「似合ってる、似合ってる。美少年が着る水着だって、今ひとつ信用できなかったけど、嘘じゃなかったんだな」
 青地に濃紺の縞模様がはいった上下一体型。二の腕の中程までの袖と、太股の真ん中あたりまでの裾。襟ぐりは丸く、前には小さなボタンが三つほどついている。
「たしかにお主には似合っておるわい、クレウ」
「子供なら似合うやつもいるだろうが、十七になってもこのデザインを着こなせるのはお前くらいのものだろうなジベルボート」
 子爵やヨルハ公爵、キーレンクレイカイムが着たら惨事というか「ご乱心!」と言われそうな、可愛い女性水着に近いデザインの水着を完璧に着こなしたジベルボート伯爵。
「わあー良かった!」
 海に反射した光を背に、紅顔の美少年の笑顔は輝いていた。

―― イレスルキュランさまの胸の谷間凄い

※ ※ ※ ※ ※



 ベル公爵イデールマイスラ殿下は、テルロバールノル王族らしく気位が高く、王太子の婿としての責務を果たそうとする。
 それがかみ合わない。
 ”二人の体の相性は悪かったらしい” そんな噂話をしている召使いがいた。一人や二人ではない。
 もっともそんな噂をしていた召使い達は、気が付くと消えていた。マルティルディ殿下が殺害を命じたのであろう。
 何故僕に殺害を命じなかったのか、不思議でたまらない。
 僕は忠実なる下僕だというのに。
 マルティルディ殿下とイデールマイスラ殿下の御子は、多くの者が期待していた。
 イデールマイスラ殿下は期待を重圧と感じ、少しでも軽減したいとマルティルディ殿下に執拗なまでの性行為を求めたという。
 対するマルティルディ殿下は、異常に嫌った。
 ある日、まだイネス公爵だった父が執務机に肘を置き、額を乗せて困り果てていた。呼び出された僕は、何事ですかと尋ねると、イデールマイスラ殿下がベッドの上でマルティルディ殿下に重傷を負わされたと。
 イデールマイスラ殿下はかなり強い。
 だがマルティルディ殿下は……現帝国で最も強い。あのガルベージュスでも敵わない。
「という訳で、お前警備についてもらいたい」
「寝所の……ですよね。ですが、正直……どちらの意見を尊重したら良いのですか?」
 父は再び眉間に皺を寄せてうめき声をあげた。

 イデールマイスラ殿下は真面目な人で愛妾の一人もいないし、何処かに 《心の安らぎ》 のような女性が居る訳でもない。
 もちろん男性にも興味が無く……生まれた時から 《ケシュマリスタ王太子マルティルディの婿になる》 と育てられ、役割としてひたすらマルティルディ殿下を求める。

 マルティルディ殿下は拒否してはいけないのだ。

「イデールマイスラ殿下に協力して、マルティルディ殿下を抑えつけろ……と命じたとして、出来るか? お前」
 父はあれでも、かなり文官としては有能で、外交能力も高い。
「僕が抑えつけられるとも思えませんが、マルティルディ殿下の許可があるのでしたら、やりましょう。ですが本気で抑え込みたいのでしたら、ガルベージュスの協力も必要かと」
「ガルベージュス……なあ」
 マルティルディ殿下の横暴と、プライドを何よりも重んじるテルロバールノル王家の折り合いを付けさせる解決策を 《両者に納得させた》

 結局僕一人で、マルティルディ殿下を抑えることに決まった。抑え付けるのは僕一人だが、監視する者がついた。僕がマルティルディ殿下に性行為を……の警戒らしいが、触れるはずもないのに。
 僕はあの御方に触れる気持ちになれない。
 全裸の二人と一緒にベッドに入り、マルティルディ殿下の上半身を押さえつける。
 僕はマルティルディ殿下を抑えるのに精一杯で、終わった時はほっとした。やっと開放されると、転がるようにベッドから降りた。
 ベッドの上から憎悪の視線を感じ、仰ぎ見る。
 見下ろしていたのはイデールマイスラ殿下。

 あの日以来、僕はイデールマイスラ殿下に 《マルティルディ殿下の愛人》 と言われるようになった。
 それは噂になり、噂している者達が処分されることもなく、結果としてテルロバールノル王が折れた。
 ”マルティルディ殿下に対して、不名誉な根拠のない噂を立てた息子” に対する叱責。
 それで相殺して欲しいとの事だった。あの王家はやはり栄誉や矜持に拘る。
 ベッドでマルティルディ殿下を抑えつけたのはあれ一度きり。父に聞けば、あれを最後に二人は所を床を共にしていないという。
「何故?」
「色々なあ……まあ……ねえ」
 マルティルディ殿下が懐妊なされれば、盛大な祝いが開かれる筈だ。


 後継者であれば


 僕の五年生の時の研修先はケシュマリスタ。だからマルティルディ様がご成婚なされて五年が経っていた。本気で押さえ付けるならガルベージュスを、彼も研修でケシュマリスタにいたのに ――

 僕はそれから七ヶ月後、研修の一環だとして主星から離れた出先機関に一人だけ送られた。多分僕は分かっていたんだ……でも知らなかったんだ。

 二ヶ月後主星に戻った僕は、ベル公爵とガルベージュス公爵の間の空気がおかしい事に気付いたが、知らない振りをした。
 僕はなにも見ていない、僕は何も知ろうとしない。
 僕はそれで良いんだ。
 僕はなにも見ず、知らず、探らず。マルティルディ様だけを見て、
「久しぶりに君の歌が聞きたいなあ、ザイオンレヴィ」
「はい。マルティルディ様」
 マルティルディ様のためだけに歌うんだ。この海に浮かぶ廃墟で、マルティルディ様だけを見て。

※ ※ ※ ※ ※



「あの二人、対岸の別大陸まで行くつもりか?」
 布面積の少ない水着が切れてしまうことが怖くないのか? と他人が心配になるほどの泳ぎを見せるエルエデスと、元気な水死体にしか見えないヨルハ公爵は、海に入ってすぐにキーレンクレイカイムの視界から消えた。
「恐らく」
「本当にか?」
 子爵の返事に”冗談で言ったのに”と、眉間に皺を寄せて聞き返すキーレンクレイカイム。
「キーレンクレイカイム、あの二人はエヴェドリットじゃぞ」
 メディオンがフリルで飾られた胸の前で腕を組み、元気に泳げよ二人……と見送る。
「そうか。じゃあメディオン、フルーツジュース飲むか? 飾りのフルーツはなにがいい?」
 ビーチに置かれた椅子に横たわり、水着姿の侍女を呼び、ゆっくりと話をしよう――体勢にはいった。
「お主、泳がんのか!」
「まずはこうやって海と空の美しさを楽しんでから……メディオン?」
 メディオンはキーレンクレイカイムの話など聞かず、飲み物を運んできた侍女の胸を凝視していた。
 キーレンクレイカイムが水着を着せて海岸に並べるほどの侍女だ。スタイルは申し分がない。
「…………っ!」
 すべての男が胸の大きな女が好き……ではないが、目は行くだろう! と子爵の方を見ると、
 やはり胸の辺りに視線が向いていた。
「どうした? メディオン」
「エディルキュレセ、何を見ておったのじゃ?」
「花だ。ジュースの飾りに使われている花、綺麗だが覚えがなくてな」
「胸を見ておったのじゃないのか?」
「いや、見てない……とは言わんが、意識して見ていたのは花だ」
 キーレンクレイカイムは侍女からジュースを受け取り”お前等子供か?”と言うようなやり取りを聞いて楽しみながら、妹におっぱいで横面を張られて砂に倒れている、もう少年を脱しかかっている年齢だが紅顔の美少年を優しく見守った。

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