研修中であってもクラブ活動は行われる。
人体調理部の面々は与えられた調理室で作業を続け、召使いたちが掃除するのを拒むくらいに完成度の高い死体菓子を作製していた。
召使いたちはもちろん偽物だと聞かされているのだが、一体くらい本物が混じっているのではないかという先入観と、死体菓子の中で眠っていて突然起き上がったヨルハ公爵に遭遇するという椿事により引きつけ及び貧血を起こし、以来部室の掃除は、
「掃除代金払うから掃除は自分達でしてくれ」
部員三名がロヴィニアの清掃員給料を貰い、自ら行うことになった。
金をしっかりと払い、依頼するのがロヴィニアである。
美容部部長のメディオンは折角ロヴィニアにいるのでということで、ロヴィニアの伝統的なファッションを調べて、レポートにまとめていた。
ホラー映画鑑賞部副部長のエルエデスはというと、部長から命じられたので、ロヴィニア王国内だけで流通しているホラー映画の発掘、観賞レポートをまとめるように言われる。
国内でのみ流通映画というのは、ヒット作ではない……とも言える。
「エルエデス、これ怖い?」
「……」
二人が見ているのは由緒正しいホラー映画。技法は「手ぶれ」で、怪物が安臭くても、脅威の手ぶれで”恐怖”を演出し、はっきりと見えないので作り物丸出しでもあまり困ることはない。一時期は廃ったのだが、最近また技法として盛り返してきた。
理由は昔と変わらず「安くつく」からである。
ただ人間の目には手ぶれではっきりと判別つかなくても、エルエデスやヨルハ公爵の前では、普通に観ることができる。
純粋な感動とは別方向に感動できる、安っぽいメイクや服。
それらを見て、エルエデスは顔を引きつらせていた。
「エルエデス……て、手がぼきっ! って」
ヨルハ公爵の骨と皮だけの手はホラー映画鑑賞部のためにも頑張っていた。
※ ※ ※ ※ ※
研修中、生徒は研修先の責任者の査定表や、帝国軍に届ける書類などを持ち、帝国軍の出先機関へと足を運ぶ。
子爵たちが報告に向かう帝国軍の出先機関は、ロヴィニア主星から往復五日間の所にある。出先機関が王城内に存在しないのは、軍事施設であることや、独立性を保つ必要性があるので主星に置かれていない。
だがあまりに遠すぎると、今度は他国と諍いがあった際に連携を取りづらい……ということで、往復五日間の場所にある。
「じゃあ届けてくるからな」
「主等、あまり騒がずに待っておるのじゃぞ」
メッセンジャーよろしく出先機関に向かうのは子爵とメディオン。
「心配するな」
「暴れないとは言わないけれど!」
エルエデスは置かれている状況から王城待機で、ヨルハ公爵も念のために一緒に待機。
「大丈夫、逃げます」
誰もが認める紅顔の美少年ジベルボート伯爵も王城待機となった。
二人を見送ってから、またレポートを書くとヨルハ公爵を連れて部屋へと戻るエルエデス。二人を見送ってから、ジベルボート伯爵はまた王城内を歩いて回っていた。
―― 壁も天井もある! 崩れているところがない! あんま、海ない!
彼にとっての王城とは、アーチバーデ城。即ち廃墟。割れていない窓硝子や、鉄骨が剥き出しになっていない柱など興味深そうに見て、頬擦りし、材質の匂いを嗅ぎ、耳を傾け……と味覚以外のすべてを使って王城を満喫していた。
「おい、ジベルボート」
王城を満喫して歩いているジベルボート伯爵は、イレスルキュランに呼び止められた。
「はい、殿下」
本来ならば”ナシャレンサイナデ公爵殿下”と呼ばなくてはならないのだが、しっかりと覚えてこなかったので怪しく、下手に口にしない方が無難なので殿下だけで返した。
ちなみにジベルボート伯爵の心中ではイレスルキュランは最上級の敬意を持って”おっぱい様”と呼ばれている。
見た目は紅顔の美少年。中身は普通の男子。それがジベルボート伯爵(本人談)
「王城は殿下だらけだ。お前たちのケシュマリスタとは違い、私たちは数が多いからな。しっかりと名前で呼べ」
「いやあ、そんな、恐れ多い」
恐れ多いのだが、胸は気になるのがジベルボート伯爵。腕を組まれて横乳を押しつけられて、張りと柔らかさと若々しさと瑞々しさにドキドキしながら、されるがままに引き摺られる。
「実は名前も爵位も覚えてないんだろ」
「済みません」
自国の最強王太子マルティルディの爵位、直接的な上司カロラティアン伯爵の妻フェルガーデが結婚して授かった爵位、研修先の上司であるキーレンクレイカイムの爵位を覚えるので彼は精一杯だった。
「兄上のほうが難しいと思うが」
「フィラメンティアングス公爵殿下にお世話になるのは、二年の頃から考えていたので、必死に覚えてまいりました」
「ああ、そうか」
「殿下が皇妃になった際に授かると言われているバンディブルーゼ侯爵でしたら、覚えて参りました」
「そうか。でもまだ呼ばれるわけにはいかないから、ほら私の名前、練習しろ」
”ぐいぐい”と横乳を押しつけるイレスルキュラン。
「ああ! ご無体ですけど、ご無体じゃない!」
ジベルボート伯爵は研修を、わりといい意味で満喫していた。
※ ※ ※ ※ ※
「イレスルキュラン、あまりカロラティアンの部下で遊ぶな。あんな顔をしているが、あれでも男だぞ」
キーレンクレイカイムが一応妹に注意するも、
「分かっていますけれど、反応が面白いんで。あんな初心な反応をする年上の美少年顔なんて、滅多お目にかかれませんし」
イレスルキュランは悪びれた様子はない。
「おいおい、あれでも帝国上級士官学校に入学できるほどの身体能力の持ち主だぞ。間違いがあったらどうする?」
「別に構いません。処女じゃなけりゃ結婚できないなんて下らない規則はありませんし、暴行されたら賠償金を強奪しますから。それこそ、ケシュマリスタからも”ごそっ”と取ります」
「……それでこそ、ロヴィニアの女だな」
「もちろん。でも、そんなことないと思いますよ。顔は可愛いし、性格はほんわか残酷系ですが、充分な紳士ですよ」
「……」
「なんですか? 兄上」
「ほんわか残酷系ってなんだ?」
「ほんわかしつつ、残酷なんです」
男と女は感覚として解り合えないところがある。例え兄妹であろうとも、同じ国で育とうとも、ほぼ同じ地位であろうとも、確実にその溝はある。
※ ※ ※ ※ ※
ホラー映画を真面目に観賞し終え、レポートをまとめてクラブ宛に送信したエルエデスは、床で体育座りをしながら前後左右に揺れているヨルハ公爵の背中を見て、背中を預けるようにして自分も体育座りをした。
エルエデスの背中がくっつくと、ヨルハ公爵は動くのを止める。
背骨が浮いて”ごりごり”とし、突き刺さるような感触の背中と、筋肉がつき逞しい背中がぴったりと触れる。
「シクとメディオンが帰ってきたら、海だって。楽しみだね」
「ああ」
「エルエデスはどんな水着着るの?」
「胯間近辺の角度がかなり険しいものだ。フィラメンティアングスの趣味らしい」
「多分似合うんだろうね。王子、そういうの得意そうだ」
「……お前は我はどんな水着が似合うと思う?」
「はだか。何も着てないエルエデスは、すっごく速く泳げる」
「ま、そうだな」
水着の話をしていたのに、話題が泳ぐ速度に変わってしまったが、腹を立てることもなく、エルエデスは膝を抱いている腕に力を込めて、夜にメディオンと胸が大きくなるマッサージをしながら話している内容を語った。
もっと真面目に話せば良さそうだが、下手に真面目過ぎると落ち込むこともあるので、違うことをしながら、時には茶化して、だが真剣に二人は話しをした。
―― シセレード公爵位を奪う以外の生き方は見いだせぬのか? ――
ヨルハ公爵は一切動かず、話に耳を傾けて聞き終えてから、
「良く解らないけれど、メディオンが良い子なのは分かった」
メディオンの真っ直ぐな気持ちは称賛したが、どうやっても争ったり奪ったり、殺害したり破壊すること以外の生き方を模索することの、根本の意味が分からなかった。
和平を尊び、傷つけ合わない生き方をするのが人間の理想であるから、人造人間に属した彼らは、和平を嫌い傷つて生きていくのだと。
「我も同じ意見だ……メディオンには悪いことをしたなと思っている」
そしてメディオンの中には、人間が思い描いた理想がしっかりと残っていることも。
「なにが?」
「我等などと知り合いにならなければ、これほど悩むこともなかったのになと。あいつはあいつの世界で生きていっても良かったはずだ。これほど真っ直ぐに生きていけるのなら」
「そうなのかもね。でも我等が悪い気がしないってことは、メディオンも嫌な気持ちだけではないと思うよ」
―― 儂の一族は昔から奪う立場にあった。有史以来、儂等の一族は貴族として君臨し、人々から奪っておった。その一族の一人である儂には語る権利はないのやもしれぬが……争って欲しくはない ――
「そうだな……」
「それでさエルエデス。どうするの?」
「我は考えを変えるつもりはない」
「そっか」
「だが考えを変えるつもりはないということを、深く考えている。答えは決まっている、迷うわけでもない。だが考えている」
「メディオンはエルエデスにリスリデスと仲良くして欲しいんだよね」
「そうだな」
ヨルハ公爵は首をぐるりと回し、仲良くできたであろう条件を、その血色悪くかさついている唇から紡いだ。
「アシュ=アリラシュがいたら、仲良くできたかもね彼がいまここにいたら、我等は皆彼に従い、帝国を滅ぼしに行く。ヨルハはバーローズの下でアシュ=アリラシュを待ち……」
「イルギはシセレードの下でアシュ=アリラシュを待つ」
「いつかアシュ=アリラシュが甦った時に」
「部下がいなければ困る。帝国を痛めつけ、嬲るのだから」
「部下はのこしてゆく。ラウ=センの元に」
「ガウ=ライの元に」
「我が還ってきたら、四名よ従え」
「勝てると思ったらかかってこい。ただで従えとは言わん」
「帝国よ、お前はいつも瀕死なのだ。その首にいつも刃が食い込んでいる」
子供のころから言い聞かされている、詩にも似た文章を互いに言い合う。イルギとヨルハはずっとアシュ=アリラシュを待っているのだ。
「帝国、滅ぼしに行く? そしたらリスリデスと争わなくてもいいよ」
「アシュ=アリラシュがいない。今のエヴェドリット王もトヴァイシュ王太子も遠く及ばん」
もしアシュ=アリラシュがいたら、エヴェドリットは一丸となり、帝国へ攻撃を仕掛けに向かうことだろう。争いが嫌いな子爵ですら従って、戦いに赴く。
「残念だね」
「そうだな」
「やっぱり、リスリデスと争うしかないよね」
「そうなるな……メディオンが大切にしている帝国のためにも、我はリスリデスと争うしかない。我等は帝国に多く存在してはならぬ存在だ。少数でも危険だというのに」
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