君想う[097]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[148]
 テルロバールノル王国軍総司令室。
「さすがゾフィアーネと言うべきじゃな、ディフォレンケ」
 王国軍の総帥であるテルロバールノル王と、側近中の側近ローグ公爵は研修にやってきたゾフィアーネ大公の仕草を観察していた。
「はい、王。まこと見事な礼儀作法にございます」
「フェルディラディエルに叩き込まれただけのことはあるな」
 皇帝に酒を注ぐために育てられた”ガニュメデイーロ”
 皇帝が王たちと乾杯をする際、皇帝の命をうけて酒を注ぐのはこのゾフィアーネ大公の役目。全ての所作を王たちに間近で見られる彼は、皇帝の名誉とガニュメデイーロの伝統を背負い完璧を身に付けている。
「ここまで完璧になれるのじゃ、フェルディラディエルも教えて楽しかったであろうよ」
「そうですなあ」

 所作は完璧だが、格好は「お兄さん格好」即ち”腰だけ丸出し”

―― 腰布は陛下に対してだけの正装です。この腰丸出し格好は、ガニュメデイーロ第二の正装です! テルロバールノル王にしてアルカルターヴァ公爵に対する、尊敬を表すための格好なのです!
 本人に言われ、皇帝にも「格好は大目にみてやれ。自宅では服着ておらぬから、あまり着衣が得意ではない」と言われたら王やローグ公爵にはどうすることもできず。
「格好以外はメディオンの夫に相応しいな、ディフォレンケ」
「はい、この格好さえしなければ……まさに完璧な男ですのじゃ……」

※ ※ ※ ※ ※


 子爵の部屋から飛び出してメディオンは廊下を少々走ったものの、行儀が悪いことに気付きローグ公爵家の娘にあるまじき行為だと立ち止まって一人で反省し、心中で王家と実家の両親に詫びてからゆっくりと廊下を歩き出した。
 さきほど子爵に抱き締められたことを思い出し、俯き加減になり視線を落とす。

―― 気付かれたって、気付かれたって良いのじゃ……良くないのじゃ!

 気持ちに気付いて欲しいと思う反面、気付く力を子爵が嫌っていることも知っている。その力で気付いてくれないかな? と考える、自分の我が儘で尊大、思いやりのない身勝手な思考回路にメディオンは自身を叱りつける。
「メディオン」
 廊下で一人自分に厳しく接していたメディオンは、後ろに手を組んで向かいから歩いてきたキーレンクレイカイムの声に顔を上げた。
「キーレンクレイカイム、なんじゃ?」
 メディオンの前に立ち、後ろに回していた右手を前に出す。
 その手には、ロヴィニアの高名な芸術家が作った一輪挿しが乗っており、
「プレゼント」
 遅れて前に出した左手には一輪の鈴蘭。それを一輪挿しに挿し、メディオンに差し出す。
「貰う謂われはないのじゃが」
「泣かせたお詫び」
「要らんのじゃが」
「ローグ公爵に叱られるの嫌だから受け取ってくれ」
「……仕方ないのう」
 メディオンは渋々ながら鈴蘭を受け取った。
「詫びは詫びだが、あの場面では、悪い判断であったとは思わない」
「……それは認めるのじゃ」
 あの場で手を離されたら、真っ直ぐに子爵のもとへと向かい、途中でヨルハ公爵かエルエデスに吹き飛ばされて、目覚めたら病院のベッドの上であったことは確実。
「そうか。それじゃあ、今日の夕食の時にまた」
 去るキーレンクレイカイムの後ろ姿を見送り、鈴蘭を目線高くに上げて笑った。
「花は可愛いな。容れ物は品がないが、まあ許してやるか」

※ ※ ※ ※ ※


 メディオンに鈴蘭を渡し執務室へと戻ってきたキーレンクレイカイムを”ジベルボート伯爵の歌声ショック”から立ち直ったファロカダが出迎える。
「お帰りなさいませ。お姫様には受け取っていただけましたか?」
「受け取ってもらったぞ」
「良かったですね。いつもは見栄えする派手は花で大きな束を作り持って口説く殿下が、王家の花一輪持ってゆく姿は、本気を感じさせました」
「隠すつもりはないからな」
 キーレンクレイカイムは椅子に腰を下ろして後頭部で手を組み、足をも組む。
「でも告げるつもりもない……と」
「それはな。隠さず、さりとて広げず。面倒が起きない程度にな」
 キーレンクレイカイムがメディオンのことを気に入っているのは、姉のイダ王にも知られている。キーレンクレイカイムの生殺与奪を握っている王が知っているのだから、精力を傾けて隠すほどのことでもない。
 何より相手はローグ公爵家の娘。キーレンクレイカイムが妃にしようと考えていると聞いても、誰も奇異には感じない相手。
「分かりました。ローグの姫でなければ、結婚して離婚してそのまま愛人という道もありますが、さすがに無理ですからね」
 奇異に感じないというのはまた、簡単に手出しできる相手でもない。
 親王大公と結婚することが決まっているキーレンクレイカイムは、簡単に結婚、離婚できる相手でない限りは「本気」になってはいけないのだ。
「ああ。まあ良いさ。メディオンが幸せな表情をしている姿を見るのも良い物だ」
「そんな物ですか? 気に入っている相手が他人と仲良くする姿って、そんなに良い物じゃない気がするのですが」
「昔好きだった相手に似ているから、幸せそうにしている姿をみるのは楽しいもんだぞ」
「殿下の昔……いつの事ですか?」
「それがまったく思い出せない。おそらく、初恋の相手に似てるんじゃないかと」
「殿下の初恋って、サズラナシャーナ様の胎内に居た頃ですか?」
 ファロカダは目の前に書類を並べ、サインを求める。
「否定したいところだが、否定できる要素がない。相手のこと、覚えていないんだよな。だがメディオンに似ている気がする」
 ”メディオンに似ている”と言われたファロカダは、容姿を思い浮かべてみるも、ガウ=ライ・シセレード顔の人物は出てこなかったので、雰囲気なのだろうかと考えて、
「ロフイライシ公爵バベィラ=バベラとか?」
 顔は祖先ラウ=セン・バーローズに似てはいないが、若い頃からエヴェドリットの迫力を持つヨルハ公爵の主の名を挙げた。
「いやあ、母上はバベィラには会ったことはない……とも言い切れんか。でも、なんか違うぞ、あれは。たしかに文句なしの美人だが、メディオンとまったく繋がらん」

 フィラメンティアングス公爵キーレンクレイカイム。守備範囲広くどんな女でも「性別:女性」であればいけるが、初恋くらいは本当に可愛く、愛らしい女の子であって欲しいと願う、ごく普通の面をも持つ。

※ ※ ※ ※ ※


 鈴蘭を貰ったメディオンは、手に持って歩いていた。
 王家の花をそこら辺の召使いに渡して、部屋に届けておくようには言えない。それほど王家と思っていなくとも、宇宙では四王家であり四大公爵。ある程度の敬意は払う必要がある。
「メディオン」
 メディオンの目では追いきれないほどの死闘を繰り広げた二人のうちの一人、ヨルハ公爵がいつもと変わらぬ姿で廊下に足を投げ出し座っていた。
「なにをしておるのじゃ? ヴァレン」
 周囲に人の気配はない。
 先程の小競り合いという名の大惨事を見たイダ王が、召使いたち全員にヨルハ公爵からの退避命令が出たためだ。
 軍人たちは一応正式軍人と、まだ学生という立場から、退避は許されていない。
「メディオンが来るの、待ってた」
「そうかえ。まあ立て、ヴァレン」
「うん」
 メディオンに言われて立ち上がり、その手にある鈴蘭に目を止めて指をさして、首を折れているのではないか? と他人が不安になるほど折り曲げてのぞき込む。
「お主、初めてかえ? これはロヴィニア王家の花、白い鈴蘭じゃよ」
「触ってもいい?」
「構わんぞえ」
 ヨルハ公爵は三白眼を大きく開き、細心の注意を払って人差し指で鈴蘭の花に触れる。
「おもしろーい」
「本当に鈴の音が響き渡りそうな花じゃよな」
「うん!」
「ところでヴァレン、どうしたのじゃ?」
「お礼を言っておこうと思って」
「なんの礼じゃ?」
「シクのこと心配してくれてありがとう!」
 メディオンとヨルハ公爵は肩を並べて廊下を進み、吹き抜けの柵に背を預ける。
「お主等は心配とかしないのであったな」
 エヴェドリットは作戦中であれば怪我の程度を聞くことはあるが、心配をすることなどはない。先程の子爵の怪我も、首の骨を折ったのはエルエデス、真っ二つに切ったのはヨルハ公爵。
「うん!」
 ヨルハ公爵も”シクを真っ二つに!”と分かっていても、謝るような気持ちはない。
 子爵もエルエデスやヨルハ公爵に謝られたら、メディオンが心配してくれたのと同じくらい困る。
「のう、ヴァレン」
 メディオンは一輪挿しの鈴蘭を少し揺らしながら左隣にいるヨルハ公爵に、エルエデスのことを尋ねた。
「エルエデスのこと? 好きだよ」
 薄く色が悪くかさついている唇は、正直であった。
「そうかえ」
「エルエデスが言ってたんだけど、メディオンが諭してくれたんだって?」
「諭すなどという大層なものではない。ただ……のう、ヴァレン。ヴァレンはエルエデスの戦いについてどう思っておるのじゃ? エヴェドリットとしてどう思っているのか、教えてくれぬか」
「いいよ」
 ヨルハ公爵はまた指先で鈴蘭に触れながら、先程の正直な気持ちを語った時と同じく、嘘偽りなく答える。
「戦えるエルエデスは幸せ」
 全てが集約されたヨルハ公爵の答え。吹き抜けの風に舞い上がるマントと、大きく揺れる鈴蘭の小さな花。
「やっぱり幸せなのかえ」
「うん。我がね、メディオンのように言うと侮辱していることになるからね。だから……ありがとうね」
「エルエデスが死んだら悲しいかえ? 儂は悲しいぞ」
「死に方にもよるな。勝てなくても思いっきり戦って死んだなら、それで充分だと思うんだ」
「ヴァレン」
 ヨルハ公爵は誰が見ても分かるほどの狂気を含んだ笑顔を作る。
「我はエルエデスは好き。でもこの好きには大量の殺意が含まれている。ほとんど殺意、少し……なんだろう」
 骨と皮ばかりの手で、同じく骨と皮だらけの胸に手をあてる。
「その少し、愛情というものではないかえ」
「そうなんだろうね。この感情嫌いではないけれど、殺意と同化してしまったらもっと幸せな気持ちになれるような気がする」
 この愛が歪んでいると言うのは簡単だが、メディオンは正しい愛情がどんなものであるか? 知らない。
 エヴェドリットでは”これが正しい”と言われたら、否定することはできない。
「でもね、メディオン」
 ヨルハ公爵は語らなかったが、エルエデスに対して持つ殺意は誰よりも多い。その殺意の量こそが愛情なのだ。殺意は殺意として独立している彼らにとって、愛情が混じった不純な殺意を持った相手は、そのままでは殺さない。
「なんじゃ? ヴァレン」

 その不純な殺意が、純粋な殺意になるまで――

 だがそれが訪れないことも、ヨルハ公爵は分かっていた。不純な殺意は純粋な狂人の中で、ずっとずっと眠るのだ。彼が死ぬその時まで、安らかな表情を浮かべて。
 その眠る不純な殺意の周囲を、ヨルハ公爵は友人たちで飾る。眠る不純な殺意がもっと眠り続けるようにと。
「我はメディオンがエルエデスのことを大事にしている感情も、シクのことを大切に思う気持ちも好きだよ。その感情、その考え方でこそメディオンだ。我が言うのも変だけれど、メディオン、いつまでもそのままで変わらないでいてね」
―― 主に認められてしまったら、儂も主等を認めねば……
「ああ。儂は変わらんよ」
 ヨルハ公爵はもう死ぬことが無さそうなので”その”生き方を認められるのだが、エルエデスはそうではないから認められない。
「……」
「……」
「のう、ヴァレンや」
「なに?」
「主は儂がエディルキュレセを心配して抱きついたのを”してみたい”とは思わんか? 心から心配していなくてもいい、ただ楽しそうに感じなかったか?」
「……ちょっと楽しそうだった」
「お主も”どん!”とエディルキュレセに飛び付くのじゃ。その際のかけ声が”無事か!”でも良いではないか!」
 ヨルハ公爵の「塗っている」ようにしか見えない顔色が、少しだけ赤味を帯びて少しだけ生き物のようになる。
「それいい考えだ! じゃあ、シクのところに行ってくるね! ありがとう! メディオン」
「……もう見えんわ」
 元気よくかけていったヨルハ公爵の姿は、すぐにメディオンの視界から消えた。

 その後。
 風呂に入っていた子爵のもとへ、絶望のどん底に落ちた死刑囚を死刑執行官(普通の公務員)に渡して”一仕事した”といった表情のジベルボート伯爵が訪れた。
 そして待っている間に、ヨルハ公爵がやってきて、メディオンからの提案を聞かされる。
「いいんじゃないですか!」
 ヨルハ公爵は風呂から子爵が出て来るのを待ち、
「クレウにヴァレ……」
 出て来た子爵に飛び付いた。

―― ヴァレンに抱きつかれたら、シクが縦に真っ二つ

 攻撃するつもりはなかたのだが、楽しさと興奮のあまりに無意識で切ってしまったのだ。
「ごめんね! シク。こんなこと、するつもりなかったんだ!」
「……(謝らなくていい、ヴァレン)」
 言いたかった子爵だが、縦に割れたため言葉を喋るのも不自由であった。
「ごめん! シク」
 戦闘中の不慮の怪我は謝罪しないが、遊ぼうと思って抱きついた際の負傷に関して、ヨルハ公爵はかなりすんなりと謝ることができた。

 そしてこの日から「シクに飛び付く練習」が開始される。飛び付かれたほうが、どのようになったのかは……

―― 僕だけのひ・み・つ

 謎のままだが、子爵の付き合いはすこぶる良く、半年後には子爵は縦にも横にも斜めにも、側面半分スライスにもなることはなくなった。

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