君想う[095]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[146]
 胸が成長する体操やらマッサージを行い、二人で一つのベッドに入り、宣言通りころころと転がるメディオンをがっちりとエルエデスがホールドし、

「目の保養だな」

 ”特技:夜這い”と断言する身体能力に優れていないのに、夜這いの時だけはデルシが呆れ七割を含みつつも感心するほど気配を消すことができるキーレンクレイカイムが、二人が寝ている姿を見るだけで満足して引き返す。
 夜にそんな事があったとは知らず、
「朝じゃのう、エルエデス」
 目を覚ましたメディオンがエルエデスに抱きつく。
「そうだな……」
「どうしたのじゃ? エルエデス」
「自分の腕の中にガウ=ライがいるというのは不思議なものだ」
「……」
「そんな顔するな。本来ならば我がこの姿で生まれていたのかもしれないと思うと……お前の意見は尊重したくなるのだから」
「そ、そうかえ? ま、まあ、そうならば、そのように良い方向に取ってくれているのならば許す」
「カーテンを開けるか」
 ベッドを降りてカーテンを開き、朝日を眺める。
「エルエデス。今夜も一緒に寝ていいか?」
「ああ。その前にバストアップマッサージするんだろう」
「おう! お主の話も聞くぞ」

 限られた時間に予定を詰め込んだ。

※ ※ ※ ※ ※


 キーレンクレイカイムはメディオンとエルエデスを連れて、姉と妹二人が待っている部屋へと向かった。
 イダ王に挨拶し、イレスルキュランと、
「相変わらず胸小さいな、メディオン」
「黙らんかい、イレスルキュラン」
 すっかりと打ち解けた? 挨拶を交わす。
 そして最後に、
「クーテレントラハです」
 ロヴィニア王女とは思えないほど大人しい少女が挨拶をした。
 クーテレントラハ王女はテルロバールノルの王太子アインザバドルの婚約者。
「……」
「……
 ベルレーヌとは違う、ロヴィニア特有の煩さが感じられない王女を前に、メディオンとエルエデスは顔を見合わせて首を捻る。
「せっかくメディオンがいるのだから、クーテレントラハの行儀を採点して欲しくてな」
「もうじき王太子殿下と結婚するのに、今頃になって儂に行儀を見ろと?」
「そうだ」
 メディオンとしては礼儀がなっていないであろう他国の王女の行儀採点などしたくはないのだが、次期テルロバールノル王妃となる王女となればそうも言ってはいられない。
 軍の研修の一環とは思えはしないが、引き受けることにした。

 そして――

「一から礼儀作法を学び直してくるのじゃ!」
 メディオンよりも三つ年下のクーテレントラハの行儀は、王太子妃として到底認められるものではなかった。
 脇で見ていたイダ王は、
「メディオンの物言い、随分と優しいではないか」
 エルエデスに耳打ちをする。
「上級士官学校入りして、少し丸くなったようだ」
「なるほど。丸くなったメディオンをあそこまで怒らせるとなると、本城入りしたらセウトベリアンスが容赦しないだろうな」
 セウトベリアンスとはメディオンの姉で、次のローグ公爵。
 ”がちがち”という言葉すら柔らかく感じられる程のテルロバールノル王家至上主義者。礼儀作法の教本のような女性であり、嫁入りした王太子妃に礼儀作法を教えることが決まっている。
「大姉上さまがお主を見たら、怒りに打ち震えてしまうではないか! おおお、大姉上さま、お労しや……」
 メディオンは姉が二人おり、跡取りの姉のことを「大姉上さま」と呼んでいる。

 未来の王妃の行儀作法の”なって無さ”に泣き出したメディオンをエルエデスが小脇に抱えて、
「メディオンの精神にくるから、それはもう近寄らせるな」
 部屋を出ていった。
 残されたロヴィニアの王族四名と、多数の召使いたち。
「教師の質が悪かったのか? それともお前の能力が低いのか? どちらだ、クーテレントラハ」
 イダ王の視線は鋭く、声は冷たい。
 クーテレントラハはテルロバールノル王太子妃用に、王族の中でもかなり金をかけて育てられた。
 もっとも金をかけて育てられたのは皇帝の正妃になるイレスルキュラン、二番目はイダ王。三番目がクーテレントラハ。育つ過程ですら金を稼ぎ、もっとも金がかからなかったのがキーレンクレイカイム。
「……」
 クーテレントラハは馬鹿ではないので『教師が悪い』と言ったら最後、どうなるか? 分かっているので、自分の能力が悪いと言うしか道はない。

 『教師が悪い』と言おうものならば、イダ王はテルロバールノルからローグ公爵夫人、メディオンの母にして現テルロバールノル王の妹くらいならば金と権力に物を言わせて”雇う”

「でもカップをおく時の指の動きなんて、覚えられないもんですよ」
 イレスルキュランが笑いながら、がちゃがちゃと音を立てながらカップを上げ下げする。イレスルキュランは”これ”を『本気』で言っているのではない。
 全員が一斉に責め逃げ道をなくすることは、叱る上で得策ではない。逃げ道を残しつつ、君の気持ち良く解るよと寄り添う素振りを見せながら。
 もっともそんな叱られ方をしている時点で、然程才能はないと言われているようなものだが、王太子妃に出せる王女がクーテレントラハしかいないので「その程度」の劇は行う。
「どうするつもりだ? クーテレントラハ」
「そう簡単に解決策は見つからんでしょうよ、姉上」
 キーレンクレイカイムが何時もと変わらぬ態度で”まあまあ”と声をかける。
「あまり時間がない。私はお前がテルロバールノル王国で作法で責め立てられても構いはしない。よって頑張れとも言わぬ、努力しろとも言わぬ。自分で考えろ」
 イダ王はそう言い残し、仕事へと向かった。イダ王はクーテレントラハは「あれ以上は無理」であることを分かっているが、作法を求めるのはイダ王ではなく相手側の国。
 希望に添うように努力するか? それとも独立した態度を取るかは個人の自由。

―― 才能がない者は従順しか道はないことは理解しているようだが……あれが嫁に行ったらローグに嫌味を言われるのか。仕事と分かっていても面倒だな。とは言っても、メディオンやセウトベリアンス、ルグリラドがクーテレントラハの年齢の頃は……完璧だったな。娘や主が完璧な以上、文句を言われるのは仕方ないか

 イダ王としても礼儀作法が完璧な妹を送り込んだほうがずっと楽だが、そんな妹がいないので嫌味に耐えるしかないのだ。
 キーレンクレイカイムは研修生たちの相手をすると、イダ王が去った後にすぐに退出し、将来の皇妃と未来の王妃の二人が部屋に残された。
「教師を変えるんじゃなくて、増やしてみたらどうだ」
「……」
「それとも皇妃にでもなりたいのか。なったらなったで大変だぞ。皇后はルグリラドで、帝妃はデルシの後押し付きのエヴェドリット王女。帝后は性格悪いケシュマリスタ女だ。うまく立ち回れるというのなら変わってやってもいいが」
「教師を増やして頑張ろうと思います……」
「そうか。じゃあ後で姉上のところに一緒に頼みに行くか」

※ ※ ※ ※ ※


 楽しそうに書類整理をしていた男三人の所へやってきたキーレンクレイカイムは、
「死刑執行頼んでいいか?」
 ロヴィニア軍人たちにエヴェドリット貴族の恐ろしさを見せてやることにした。
 最近は戦争などはないので、エヴェドリット貴族の恐ろしさは伝え聞くだけになっている。本当にそんなに怖ろしいのか? 実感していないので分からない者も多い。
 恐怖を知らず、研修中のエヴェドリット貴族に下手なことをして被害が拡大する前に、恐怖を植え付けておくのも重要な仕事。

「軍人に恐怖を受け付けるのは良くないのでは? それでは戦争できなくなりますが」
「ファロカダが言うのは最もだが、取り扱いが難しいことは理解させる必要があるだろう。誰にでも扱える傭兵じゃない。それをしっかりと叩き込んでおかないとな。ロヴィニア軍人が全員頭が良いというのなら別だが、そうではない者も多数いるだろ」

 死刑囚を一箇所に集めて、
「軽く殺してもらえれば」
 遊び半分に殺してくれとキーレンクレイカイムは持ちかけた。
「いいよ。何人?」
「五千四百人」
 宙に死刑囚たちの写真が映し出される。
 ヨルハ公爵はそれを見回し、目を見開いて子爵を見つめる。
「ヴァレン、一人で殺していいぞ。我は見ているだけで充分だ」

―― シク……エヴェドリット貴族としてそれは”どう”ってか、シクらしいってか……

 脇で聞いていたジベルボート伯爵の心中。
「王子、また死刑執行させてくれるんだよね!」
「ああ。五千人くらいじゃあ一人分だったか。死刑囚なんて唸る程いるから、今度はエルエデスやケーリッヒリラも一緒に殺せるくらい連れて来るな」
 子爵の目と口が半開きになった。
 その姿を見ていた周囲の何も知らない者たちは”次回を楽しみにしている顔”なのだと解釈し、背筋に冷たいものを勝手に感じた。
 実際は、
―― お気遣いありがたく……見たい気持ちも解りますし、見せ物的に殺すのは第二の稼業でしたが
 どうしようもない気持ちであった。
 子爵の血筋からすると、見せ物的に殺すのは得意。その技能でアシュ=アリラシュの部下になった程。だが得意だからと言って好きかと言われると……。
 遅れてやってきたエルエデスとメディオンと合流し会場へ。
「ヴァレン、喜んでおるのう」
「我は次の機会か。ちっ……」
 公開処刑用の円形の場で、見物席がある。
 連れてこられた死刑囚たちは人数の多さに驚き互いの顔を見て、死刑囚の集まりであることを確認し、見物席にロヴィニアの王子がいることを確認し不安になる。
 王族がわざわざ執行に立ち会うことはない。
「ところでヨルハ」
「なに? 王子」
「全員殺すのに何時間くらいかかる?」
「五分かからないよ」
 キーレンクレイカイムと部下たちは驚き顔色の悪い、骨と皮だらけの生き物を見直す。
「五千人以上いるんだぞ?」
 問い質すキーレンクレイカイムに、
「フィラメンティアングス。ゼフは人間なら一秒平均八十八人殺せる。単純計算で五分もあれば二万六千は軽い。今回は顔を見て殺すから少し時間がかかるだけだ」
 エルエデスが”間違ってはいない、お前等の常識で計るな”とばかりに挑発的に答える。
「エルエデスは一秒平均八十二人殺せるんだよ」
 ヨルハ公爵が嬉しそうに自慢している側で、
「エヴェドリット、人間殺害タイム計測とかするんですか? シク」
「まあなあ」
 普通そんなことわかりませんよね……と、ジベルボート伯爵が死刑囚たちの顔と罪状を読みながら聞く。
「ちなみにシクは一秒何人ですか」
「笑うなよ……四人だ」
「笑いませんよ。一秒で四人でも凄いと思いますもん」
「あの二人は例外じゃろうて。気にするな、エディルキュレセ」

―― メディオン、エヴェドリット貴族相手にその慰め、いいのか?

 キーレンクレイカイムは思いながら、
「王子、行っていいの!」
「いいぞ」
 許可を出した。ヨルハ公爵は大振りに手を振り見物席を駆け下りて、人の中へと飛び込んでいった。
 大喜びで飛び込み、三分後には一人の死刑囚を連れて見物席を駆け上ってくる。
「この人はリストになかったよ」
「……よく見分けたな」
 処刑場に入れた死刑囚は五千四百”一”名。
 ヨルハ公爵はリストになかった死刑囚から手を離し、キーレンクレイカイムに顔を近づけて、
「楽しかった? 楽しかった? ねえ、楽しかった?」
 隈の濃い目を大きく見開き、何度も問いかける。
「ああ」
 そのヨルハ公爵の横顔にエルエデスがパンチを入れて、死体が転がる処刑場へと吹っ飛ばす。
「相手しろ、ゼフ」
 ヨルハ公爵が殺しているのを見て、自分でも殺したくなったエルエデス。
 近場で相手になりそうなのはヨルハ公爵しかいないので、問答無用で殴り飛ばし、そして死体を踏みつけながら勝負を開始。
「本当に数が足りなかったようだな。半端に戦わせると収拾がつかなくなるとは聞いていたが」
「この有様、恐怖は充分ですが……殿下、どのように戦争狂人と殺戮人を止めるおつもりですか?」
 ファロカダの問いにさすがのキーレンクレイカイムも視線を逸らして、どうしたものか? と苦笑するしかなかった。

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