君想う[094]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[145]
 研修生ということで、寮と同じように二人一部屋で三室用意された。
 部屋割りをどうするか?
 男性三人と女性二人に別れることになった。男性側は誰が一人になるかで揉めて、ローテーションが組まれるもよう。
 女性二人のエルエデスとメディオンは部屋へと入り、大きなベッドを前に周囲を窺う。
「あのスケベ王子が潜んでいないかどうかを調べるのじゃ」
「そういうスキルに長けていそうな男だな」
 室内に秘密の抜け道などがないことを確認してから二人は浴室へと向かい、簡単に体を洗ってパジャマに着替えた。
 メディオンのパジャマは丸襟で、両手足の袖口がすぼまっている。エルエデスは普通の襟で、両手足とも風通しが良いタイプ。
 色は二人とも同じベージュで、メディオンのほうは刺繍が多い。
 二人とも各々ベッドに入ったのだが仰向けにならず互いを見つめ合い、
「お主のベッドに行ってもいいかのう、エルエデス」
「構わんぞ、メディオン」
 メディオンはベッドから出てエルエデスのベッド脇に行儀良く座った。
「普通に入って来い」
「では失礼するのじゃ」
 二人で肩を並べ、大理石の天板に背を預けて、天蓋を眺める。人
「のう、エルエデスよ」
「なんだ、メディオン」
「こんなことを言うのは間違っておるのは解っておるし、言うべきではないことも重々理解しておるのじゃが。それを解って尚言いたいのじゃ」
 メディオンはブランケットの縁を”ぎゅっ”と握り、エルエデスをしかりと見て、
「生き方を考え直さぬか?」
 自分は異質な考え方を持つ異邦人であると知りながら、内面へと踏み込んだ。
 ヨルハ公爵はエルエデスの内心を理解している。ほぼ完全に理解し、その思考に同化し、止めることもない。
 子爵も根底は理解しており、なにも言わない。言って止められないことを知っている以上に、最後まで説得できない子爵自身の性質を理解している。
 二人のそれは諦めではなく、同じ世界に生きる者が下した決断だが、メディオンは二人と同じ答えを出すためには”諦め”なくてはならない。
 だがメディオンは諦めを嫌い、自身が同じことをされたら嫌であることを知りながらも尋ねた。自分がされて嫌なことは、相手にしてはならないのかもしれないが、それが生死にまつわることならば、両者共々嫌な思いをしても、避けては通れない。
「お前等から見たら、おかしな生き方だろうな」
 他の全てに背を向けて、死に行く道を歩くエルエデスの後ろ姿。メディオンが手を伸ばしたら届き、止める事ができるほどの位置にいる相手。
 できれば行き先を変えたいが、それは叶わぬことだろうとメディオンも薄々解っている。
 だがその道を選んで本当に良いのか? 考え直させることくらいはできるのではないかと思い、生き方を正面から問うてみた。
「それは言わぬ。儂等の生き方もお主等から見れば異質じゃろうからな」
 問われたほうが辛いことを知りながらも。
「殊勝な心掛けのテルロバールノルというのも異質だが」
「儂は殊勝な心掛けではなく……なんじゃろうなあ。お主の存在意義を根底から覆すことを考えろというのじゃから、それなりの叱責なり、デコピンなり、その他なんなりと受ける覚悟はある」
「堅苦しいな、お前等は」
「仕方あるまい。お主が兄と戦う道を選ぶこと、それを同族が止めぬ事と同じくらい”当たり前”のことなのじゃよ」
「解っている、全て解っている。だがどうにもならない」
 エルエデスもメディオンが何を言いたいのかは理解しているのだが、理解していても立ち止まれない。
「儂も解っておるのじゃよ。言ってもどうにもならぬことじゃと。じゃが、一度でいいから今まで通った道のりを考えて欲しいのじゃ。この道で間違いはないのかと、勢いや意地だけで、大事なものから敢えて目を背けて無理矢理前を見ているのではないかと。見ている前が本当に進むべき前であるのか確認するためにも」
 二人の気持ちは近いところにあるのではなく、確かに交錯しているのだが、それは言葉にすると違ってしまう。近づけようとしても、傷つけないようにしようとしても、どうしても違う言葉になってしまうのだ。
「そうだな…………答えは変わらないだろうが、振り返ってみるか。そこで揺らぐようであれば、我はそこまでだ。お前の言葉を胸に止めて、出来うる限り自分を偽らず振り返ってみる」
 相手の望む答えを知りながら、近づけることができない。
「本当はそれで考えを改めてくれると嬉しいのじゃがなあ」
 二人とも長い髪をシーツに広げ、混ざり合うくらいに近くにいながらも、
「それはどうも」
 言葉だけではどうにもならない。
 そのもどかしさにメディオンはブランケットから手を離して、シーツの上に置かれていたエルエデスの手を両手で掴み、目の高さまで持ち上げてエヴェドリットやベルレーヌなら決して言わない言葉を口にした。
「……儂はな、この性格じゃから友達が少ないのじゃ! だから数少ない友達を失いとうないのじゃ!」
「……」
 エルエデスに正面から死を回避しろと言う人は皆無。
 死んで欲しくはないイルギ公爵でも、明言することはなかった。
「ただの我が儘から出た説得にもならぬ言葉じゃと理解しておるが、儂は振り返った、そして未来を見て、お主がもしも居なかったら……寂しいのじゃ。例え死んでもお主は儂の友達じゃが、やっぱり生きていて欲しいのじゃよ。お主の生き方を邪魔する考えではあるが、儂はこれを抱えておけるほど、言わずに済ませられるほど大人ではないのじゃ」
「お前ほど性格の良い女もいないだろうよ、メディオン」
「儂は……ほれ! 頑固じゃし融通はきかぬし、その決して性格は良くないぞ」
「お前の性格はたしかに鬱陶しいと感じるが、それは自分にやましさがあるからこそ感じる疼きから目を背けるための偽りの感情だ。こんなにも真っ直ぐに向かい合い、理解しようとするお前の性格が悪いはずないだろうメディオン」
「お主のように認めてくれる友達がおらねば、解らんのじゃよ」
「研修の間、考えてみる。お前に意見を求める事があるかもしれないが、その際は忌憚なく……などお前には言う必要無いか、メディオン」
「もちろんじゃ。儂は儂が思ったままに言う。それこそが儂の望みじゃ」
 喧嘩になろうとも、悲しい思いをしようとも、これで仲違いをしようとも、何も言わずに遠ざかる背を見送るよりは余程良いと――
「じゃあ、横になるか」
「おう!」

―― 生涯に一度でも、友人の全てと真っ正面から向かい合い、受け止めることができたのなら、それは ――

「誰かと一緒に寝るのは楽しいのう」
 ブランケットで口まで隠してメディオンがはしゃぐ。
「キーレンクレイカイムでもか?」
「あれは駄目じゃああぁぁぁ!」
「悪かった、悪かった」
 思わず軽口を叩いたエルエデスは、一応詫びた。あまり誠意はこもっていないが。
「お主は誰かと一緒に寝たことはあるか?」
「ゼフの家に行った時、ベッドの置き場所について言い争いになり、寝て確認してみることになり寝たが……あの時は一睡もしなかったなあ」
「ははは、そりゃ仕方ないわい。儂じゃったら、多分逃げるわ」
「ケーリッヒリラでもか」
「恥ずかしくて死んでしまうのじゃあ。儂は姫らしからぬ寝相じゃからなあ」
「悪いのか?」
「悪いぞ。ころころ、ころころと転がるのじゃ」
 メディオンは大貴族の姫なので、ベッドも怖ろしく大きく落ちたことはないが、その分自分の移動があからさまで”ま、枕が10m先にある。儂、頭をあそこに置いて寝たはずなのに”と。
 ちなみに寮では当初はころころと転がっていたが、枕元にバーディンクレナーデを置いて以来寝相はすこぶる良くなった。
 ただし枕元におかないと、今でもころころと転がってしまう。
「それは楽しみだ」
「楽しむなあぁ!」
「それはそうと、一緒に寝て安心できた相手はいる」
「誰じゃ?」
「デルシ様だ。あの方と一緒に寝ると安心出来るな。性的な嗜好を考えると安心してはならないようだが、あの方はおかしな事をしないという信頼と、外敵から守ってくれるという二重の安心がある。ゼフも幼い頃、デルシ様とサズラニックスと共に昼寝をして、それは安心できたと言っていた」
「カロシニア公爵殿下ならば当然かもなあ……なんじゃ? エルエデス」
「お前でもデルシ様は殿下付けて呼ぶんだな! イレスルキュランの事は当人の前で、名前呼び捨てなのに」
 他の王家の王子王女など王族とは思わぬと豪語する貴族の頂点に立つ公爵の娘なので、呼び捨てていても誰も気にはしない。むしろ傭兵上がりの人殺し共の王女に尊称を付けているほうが驚きである。
「カロシニア公爵殿下は別格じゃ。陛下が一目置く相手じゃからして、儂如きの若輩ものが呼び捨てにしてはならんじゃろうて。昔はな、そう……帝国上級士官学校に入学する前はカロシニア呼びじゃったが、その……色々と知って、尊敬したのじゃ! あまり言わすな! 恥ずかしい。じゃがイレスルキュランは別に尊敬するようなことはないし、なによりもルグリラド様のライバルじゃし」
 呼び捨てにされてもデルシは怒りはせずに受け入れる。だがそれはロヴィニアの兄妹の受け入れとは違い、諭すように成長を見守るように、同時に侮られることないような生活態度を維持する。そして成長を見守れられていた事に気付いた者は、いつしか成長し尊敬を表すために尊称を付けて呼ぶ。
「あいつは子供産みそうな胸してるしなあ」
「やっぱりそう思うか? エルエデス」
「胸がでかいから身籠もるわけではないが、あいつの胸はなんかこう……生物らしくて、そっち方面が強そうだ」
「じゃよなあ……ところでエルエデス」
「なんだ? メディオン」
「イレスルキュランと夕食前に会って話をしたのじゃ。その際にクレウもおったのじゃが、あのおっぱいめ、クレウに巨乳マッサージ方法を教えておったのじゃ。クレウはと言えば、儂のほうを”ちらり”と見てから、それを必至に覚えてなあ」
「お前に教えるつもりだったんだろう、メディオン」
 ジベルボート伯爵のおっぱい好きはエルエデスもよく知っている。
 前も後ろも変わりない女性ばかりの一族に生まれた少年にとって、柔らかき胸を愛するようになってしまったことは良いことなのか? 悪いことなのか?
 馬鹿馬鹿しいので、エルエデスはあまり深く考えはしない。なによりジベルボート伯爵が胸のある娘と結婚できる可能性など、キーレンクレイカイムが女嫌いになるよりも少ない。
「教えてもらわんでも、脇で見ていて覚えたわい!」
「ぶっ! おま……覚えたのか」
「そうじゃ。ちょっと起きるのじゃエルエデス」
 横になっていたのだが、起き上がりメディオンは「たぶん、そこはむね……じゃなくて、おっぱい」の位置に手をあてて動かしはじめる。
「どうしたメディオン」
「儂と一緒に胸が大きくなるマッサージと体操をするのじゃ!」
「我は大きな胸は必要な……」
「一人でやっていると虚しいのじゃあ! 貧乳が一人必死に部屋の隅でマッサージしている姿を想像してみい! 悲しいじゃろ、悲しすぎるじゃろうて!」
「……落ちつけメディオン」
「儂はここで、胸を成長させるマッサージと体操をマスターして、ルグリラド様にお教えするのじゃあ」
「解った、付き合う。付き合うから、少し落ちつけ、メディオン」

―― たしかにそれは悲しいというか、虚しいというか、滑稽というか……諦めろとしか

※ ※ ※ ※ ※


「イレスルキュラン様のおっぱいすごかったです」
 部屋割りをしたのは良いが、結局一部屋に三人集まり、本日の散策で起こった事の報告会を開いている。
 ジベルボート伯爵の報告は、イレスルキュランのおっぱいについてだった。
「クレウ、その手の動きはなんだ?」
 二人の前で何かを受け止めるかのような手のひら、そして少し動く指。
「解りません。ですがイレスルキュラン様のおっぱいを脳裏に描くと、無意識に手がこのように動くのです。ヴァレンやシクも動きませんか?」
 ジベルボート伯爵の幸せそうな手のひらの動きを見てから、
「……」
「……」
 素直に二人とも目を閉じて、夕食会で見たイレスルキュランの胸を思い出してみる。
「やっぱり動いてますよ! 本能ってヤツですよ!」
 言われて目を開いた二人は、自分の殺戮に使われる手が、やたらと生き生きと何かを揉もうとしている動きに驚く。
「クレウ」
「なんですか? ヴァレン」
「この本能が甦ってしまったら、我もクレウも悲しい思いをするのでは?」
 バベィラ=バベラ。それは鋼鉄の如き胸を持つ女性。
 ケシュマリスタ女性。それは真っ平ら。
「……っ! シク、どうしましょう!」
 独身を明言している子爵に縋ってくるジベルボート伯爵を見ながら、
「どうするも、こうするも……自ら封じ込めるしかないだろう」
 どうにかしてやりたい気持ちはあれど、どうすることもできないの。
「でも研修中、ずっとイレスルキュラン様のおっぱいを見ることになるんですよ!」

 目に焼き付く、あのおっぱい――

「おっぱいは硬いものだよね、シク」
「そうだなヴァレン。どれほど女性らしい胸の形をしていようとも、柔らかさなどない」
 エヴェドリットは胸のある女性はいる。それが硬いだけであって、胸はある。
「二人ともずるい! 僕の実家はつるぺ……あああああ! 新妻フェルガーデ様が極貧乳だなんて、そんなことカロラティアン伯爵は言ってません!!」

―― 零したんだ、カロラティアン
―― 零したようだな……実は胸好きなのか? 副王

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