君想う[083]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[134]
 管理者たちの会合にて――
「それはお喜びになられてな」
「あー。あまり縁が無さそうだものなあ」
 喜んだ人はジベルボート伯爵とザイオンレヴィ。喜んだ理由はルミノール反応。
 現在では使われていない、ルミノール液とブラックライトを使用した拭き取った血痕を浮かび上がらせる手法がいたく気に入った。
 霧吹きを持って”きゃっきゃ! きゃっきゃ!”と飛び跳ねて、試薬を使って貰うために用意した部屋の隅から隅までかけまくり、部屋の電気を消してブラックライトを持って飛び回るその姿。一言で表すならば”血濡れた(本人は濡れていないが)天使”分からない彼らからすると、幼児の残虐性を思わせる姿、要するにケシュマリスタのその物。
「本当に喜ばれて、試薬を購入して寮に戻られた。なにかに使う……と言っておられたが」
 彼らはそれ以上は知らなかった。
 知らないほうが良いだろうと思い、子爵は口外しなかったのだ。なにせ使われた先が「皇帝の眼前」であった為に。

※ ※ ※ ※ ※


 ルミノール液を持って帰寮したジベルボート伯爵は、皇帝にクラブ活動を報告する際の飾り付けを提案した。
「お皿に一度血を撒いて、拭くだけにして、陛下の前でルミノール液をかけて光らせたらどうでしょう!」
 死体菓子には”もってこい”の効果である。
「……陛下は見るだけだから、見た目を楽しませるのには良いかもしれないが」
―― 喜んでもらえるのだろうか?
 子爵は首を傾げる。
「食べるのはデルシ様だけだから問題はないだろうね」
 皇帝は専任の調理人が調理した物以外は、専用の惑星で作った材料以外は口に運ぶことはない。よって人体調理部員が作った死体菓子を口に運ぶことはなく、代わりに食べると宣言したデルシは血が多少どころではなく掛かっていようが、肉片まみれであろうがなんの問題もない。
「じゃあ皿は古いものを調達するか。やっぱり女性の物がいいのか」
「そうだね。お皿残ってる?」
 この場合二人が言っている皿は古い血痕が付いた皿のこと。
 いまジベルボート伯爵が持っているルミノール液は、古い血のほうが鮮やかに発光する性質を持っているので、それを知っている二人はならば古い品をと。
 菓子の見た目も若干死亡から日時が過ぎた感じがポイントになる菓子なので、効果として使うのならやはり古い方が良い。
「我等の血では発光がほとんどないから、人間を乗せた皿で、洗ってないものか……あるかなあ」
「そうなんですか?」
 ヨルハ公爵の”我等の血では……”という部分を聞き、ジベルボート伯爵が持っている霧吹き(ルミノール液入り)を指さしながら尋ねる。
「そうだよ」
「そうなんですか。それと古い人間の血が付いたお皿、あるんですか?」
「実家の倉庫には確実にある」
 子爵の実家はあまり一族郎党皆殺しが発生していないので、古くて「外には出さない品物」はかなり残っている。ヨルハ公爵の場合は骨董品は持っていても、人の死体を乗せた皿などの芸術品ではない類のものは、厳重に管理していないので破壊されて無くなっている。
「でも実家に連絡したくないでしょ、シク」
「まあな」
 どうして子爵の実家に人間の血が付いた大皿があるのか? ジベルボート伯爵は深く追求せず、ヨルハ公爵はとくにおかしい事だとは思っていないのでまるで触れなかった。
 結局実家に連絡することはせず、皿に合法的に金で買った若い娘の血を上手く滴らせ、拭き取りルミノール反応を楽しんでもらうことにした。

「ほう、面白いな」

 人体調理部総勢五名で皇帝にクラブ活動を閲覧してもらう日がやってきた。子爵とジベルボート伯爵、そして新入部員はそれなりに緊張したが、ヨルハ公爵はさすがと言うべきか緊張することもなく、いつも通り。
 皇帝とデルシが待つ部屋へと向かい、皿に乗った大作を披露する。
 どこからみても、誰も疑わないほど精巧な死体。死体特有の匂いはないので、通常死体を隠す際に使われることが多い、香りの強い五種類の花で皿を埋め尽くして、より一層雰囲気を出す。
 その花を子爵がデスサイズで払いのけ、ジベルボート伯爵が余すところなく、均等にルミノール液を散布して、一年の一人が部屋の照明を消し、もう一人がブラックライトを持って皿と死体に掛かった血を発光させる。
 皇帝は最先端技術の報告を受けることはあっても、現在使われていない技術は自身で興味を持たない限りは知らない。
「中々に面白いではないか、デルシ」
「喜んでいただけるとは」
「この発案はジベルボート伯爵です」
「ほう。カロラティアンのな。オヅレチーヴァはどうしておる」

「オヅレチーヴァ様……ぐああああああああ! うぎゃががが!」

 皇帝の前ですら恐慌状態に陥った。
「陛下。ジベルボート伯爵にイーサンクレー伯爵のことを聞いてはなりません」
 ヨルハ公爵が説明し、子爵がジベルボート伯爵を抱えて部屋を出ようとする。
 ほんのりと浮かび上がる死後一ヶ月程度の状態の良い死体風菓子と、死体の匂いを隠せるほど強い香りを持つ五種類の花の存在感の争い、そして精神の底をヤスリでこそげ取るような叫び声。
「見事だな」
 皇帝は気分を害することなどなかった。
「ジベルボート」
「はい、陛下!」
「お前は強い男だ。耐え抜き生きているのだからな。褒めてとらす」
―― 陛下が褒める程のいたぶりって……
 子爵は酷いとは聞いていたが、具体的なことは聞いていない。名前を出すだけで絶叫し頭を抱えて床に崩れ落ちる相手に詳細を求めるような子爵ではない。
「陛下……くっ……」
 皇帝の前でも何時もと変わらぬ恐慌っぷりと、皇帝が褒める――まさに言葉に尽くせぬ何かを乗り越えてきたのだと、子爵の持つジベルボート伯爵に対する認識が少し変わった。可哀相などということではなく……憐れでもなく。


 後にメディオンから”エンディランから聞いたのじゃが……”とジベルボート伯爵とオヅレチーヴァとの間にあったことを又聞きして、頭痛を覚えることになる。


 ジベルボート伯爵が落ち着くまでの間、ヨルハ公爵と新入部員が菓子の作り方を実演しながら説明し、皇帝も気に入り再度明かりを落としてブラックライトで発光を見て、
「ケーリッヒリラ」
「はい」
「近くに寄れ」
 今度は子爵を近くに呼び寄せた。
 所属する王国と所持する血から皇帝に近付かないほうが良いのでは? と離れていた子爵は、警備のデルシの表情をうかがってから言われた通りに近付き、足元で膝をつこうとしたのだが、
「それでは無意味だ。立て」
 皇帝に命じられ立ち上がることに。
「先日のクラブ活動報告の際に、メディオンから頼まれてな」
 皇帝は耳元の髪をかき上げて、ヌビアのイヤリングを子爵に見せてやる。
「……」
「何時もは嵌る宝石を適当に選ばせておるが、今日はヌビアに詳しい男が来ると聞いて、気合いを入れて選んだ。どうだ? ヌビアが作ったイヤリングに、ヌビアがイヤリングに嵌めるに相応しい認めた数少ない宝石の一つ、ジオの真珠だ」
 皇帝は片耳だけに装着し、もう片方は宝石箱に入れてデルシの手から子爵に渡された。
「存分に見るがよい。ヌビアのイヤリング。ジオが見つけた真珠」
 開いて見て、掴み、そして、
「陛下。持って来た死体菓子につけてもいいですか?」
「構わんぞ、ヨルハ」
 死体菓子の飾り付けに。
「国宝を装着した菓子ですよ!」
「栄誉だね!」

 子爵が大人しいのは、持って見た時点で腰が抜けて声が出なくなってしまった為だ。

 これは珍しい反応ではなく、よくある光景。自分で宝飾品を作り、ある程度の才能を所持している者たちは、この反応を示す。
「ケーリッヒリラ」
「は、はい!」
「お前も何かを作るのであろうが、作ることを辞めるようなことはしないように」
 ヌビアの作品を直に見て、その才能に打ち拉がれて辞める者と、続ける者は半分ずつ。
「あ、はい!」
 ヌビアの本気の作品に気圧されて子爵はほとんど近寄ることができなかった。死体菓子からイヤリングを外し箱に収めてデルシにヨルハ公爵が返す。
 その後は軽く会話をすることになった。まだ驚きから立ち直れていない子爵は最後に話しかけられたのだが、
「ところでケーリッヒリラ。お前はどうして帝国上級士官学校を受験したのだ?」
 皇帝からの質問に、再度頭が真っ白になる。
 まさか皇帝の前で『人殺すの苦手なので……』とは言えない。仲間内で騒いでいる分には良いが、皇帝の前でそこまで正直になることは出来ない。
「えーあー。実は帝国語の発音を完璧にしたいと思いまして……」
 嘘をついたわけだが、嘘もまた子爵らしく地味であった。嘘をつくのなら思い切って”帝国軍で出世したいんです!”くらい言った方が信用されずとも、皇帝は笑ってそれ以上追求してくることはないのだが、あまりに地味で嘘らしさが少ないために、
「余が聞いている分にはおかしいところはないように思えるが、理には適っているか」
 皇帝は信用した。
「あと王国内だけでは分からないことも多数ありますので」
「向上心があって良いことだ。フレディルが気合いを入れて家庭教師を捜した甲斐のある息子だな」

 子爵の家庭教師は全員皇王族であったのだから彼らを借り帝国領外に連れ出すとなると、皇帝の許可が必要になる。普通の帝国領外に出る場合は、代理が決済し皇帝の耳には入らないが「エヴェドリット貴族が帝国上級士官学校に入学する為に皇王族の貸し出しを求めています」となると、代理決済後ではあるが皇帝の耳には入る。なにせ”皇帝直属の部下になることを希望している”と取られる為に。
 皇帝はフレディル侯爵と二、三の質問をし、二年後入学したと同時に帰ってきた皇王族たちを褒めてやった。

「よろしかったらどうぞ」
 時間となったのでジベルボート伯爵はルミノール液と、新入部員たちはブラックライトを皇帝に献上し、
「血はデルシ様にお願いしてください!」
 ヨルハ公爵がそんな説明をして、子爵は最後にもう一度イヤリングを見せて貰い、また腰を抜かして皇帝の前を辞した。

「どれも面白いな、デルシよ」
「そうですな」
「デルシや」
「はい、陛下」
「オヅレチーヴァをもう少し、どうにかしてやることは出来んのか?」
 目に涙を浮かべる前に鼻水を垂らした美少年の姿を哀れと思い、皇帝はデルシに尋ねたが、
「殺すのは簡単ですが、大人しくさせるのは我には無理です。既に故人ではありますが、陛下の妹君でしたら太刀打ちできたでしょうが。我には殺す以外は無理ですね。殺せというのなら殺します。オヅレチーヴァは好みではありませんので」
「イネスに嫁いだあれは可愛い妹ではあったが、姉の目から見てもあまり性格はよろしく無かったな」
「ケシュマリスタでは普通だったようですが」
「カロラティアンに一度注意しておくか。たまには様子を直に見て、増長の芽を摘み取らねばな」
 デルシは人体調理部が作った菓子の腕をねじ切り口へと運ぶ。
「味はどうだ?」
「血とルミノールの味を除外すれば、菓子として充分な味です。見た目はともかく」
 皇帝は立ち上がり額の部分をつまみ、
「ふむ。確かに菓子だな」
 素知らぬ顔で口に運ぶ。
「陛下」
「見なかったことにしておけ、デルシ」
「はい」
 皇帝はそう言い、今夜開かれる皇太子主催の《夜会》の用意がどれ程進んだかを確認しに向かった。

※ ※ ※ ※ ※


「シク、ヌビアのイヤリング見られて良かったね!」
 ヌビアのイヤリングを見て疲弊しきった子爵にヨルハ公爵が我がことの様に喜びながら声をかける。
 ヨルハ公爵は菓子を見て貰ったこともそうだが、子爵が滅多に直接触れることが叶わないイヤリングに直に触れる機会が持てたことを心から喜んでいた。
「そうですね! メディオンさんにお礼いわないと!」
 ”オヅレチーヴァという存在に耐えることは皇帝に称賛されることである”と、新入部員たちから尊敬の眼差しを向けられることになったジベルボート伯爵。
 五人は大宮殿で食事をして、
「シク。予定を早めて寮に帰ろう」
「どうした? ヴァレン」
「我がここにいると、まずい相手が来る」
「リスリデスか?」
「うん。クレウは大丈夫だとおもうけど」
「いえいえ、僕も一緒に帰りますよ」
 予定を切り上げて部員全員早々に寮へと戻った。途中でメディオンとエルエデスが乗った船とすれ違う。

「皇太子殿下主催の夜会に参加するって言ってたな……何事もなければ良いが」
 子爵の呟きは当然だが、
「なにかあるよ、必ずね」
 ヨルハ公爵の言葉もまた当然であった。


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