君想う[082]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[133]
「ケーリッヒリラ子爵って地味じゃない」
「地味じゃない! 地味ではないのじゃ!」
「……(挑発に乗りすぎだ、メディオン。こいつを喜ばせるだけだ)」

 話に花が咲くのはまだ先だが、育ちの違いなどの垣根は、この短時間で随分と取り払われてきており、料理を追加注文することもなく、茶を飲み喉を潤して三人は話し続ける。

「ガルベージュス公爵、乗り込まないのですか」
 さきほど皇太子たちが通っていた回廊の、メディオンたちから少し離れたところで”可愛い”着ぐるみを装着したガルベージュス公爵と、普通の格好(大宮殿仕様)をしたジーディヴィフォ大公が声を潜めて話をする。
「恋話中の乙女の邪魔などしませんよ」
「そうですか。でも残念ですね。エンディラン侯爵は誰が好きなのか聞こえてこない」
「好きな相手がいないということは、わたくしを好きになって下さるという可能性が高いということです」
「そうともいいますね。でも時間、空いてしまいましたね。どうです? 我が家で食事でも、ガルベージュス公爵」
「ではお邪魔させていただきます、ジーディヴィフォ大公」

※ ※ ※ ※ ※


 皇太子夫妻と皇帝の夫たちは、皇帝と共に卓を囲み、定期報告会を行っていた。各自からの要望や、話したいことなどを聞き終え、デルシが『本日の身体検査結果』を各自に配る。
 誰の身体検査結果であるか? その中で重要なものはなんなのか? 誰もが目を通すことはしないが解っていた。
「ルベルテルセス」
「はい」
「こうして定期会合の都度、お前を責めるのは余も億劫だ。責める理由、解っておるな」
「……はい。皇太孫を陛下に早くお見せしたいとは、妃と常々話をしております」
「話しているだけではないことも、報告を受けておる。努力は買う。だが後継者問題に関して、結果のない努力は無駄という」
 息子夫婦の閨の報告を受けるのは私人としては億劫で聞きたくもないが、皇太子夫妻の性行為の報告は皇帝として受け取らなくてはならない。
「解っております」
「余もこの話をするのは好きではない。余も若いころは、散々だったからな」
 シャイランサバルト帝は《数えられることのない子》を含めても三人しか産んでいないが、先代である母帝はシャイランサバルト帝以外に十二名の親王大公を産んだ。
「陛下……」
 母帝は現帝を責めはしなかったが”努力せよ”と、会うたびに語った。
「貴族に嫁いだ余の妹が、すぐに子を産んだのは辛かった」
 皇太子よりも先に生まれた皇妹の息子、現イネス公爵ダグリオライゼ。
「……」
「貴族の嫡子に”サウダライト”なる皇帝名が授けられたのも、大きなプレッシャーであった。これをストレスとは言わぬ……ルベルテルセス」
「はい」
「後継者が出来ると、楽だぞ。皇族として本当に楽しい人生を送ることができるぞ。そして、キュルティンメリュゼ」
「はい」
「お前も人生を楽しむことができる。皇太子と相性が悪いのかもしれぬが、皇后の座には就けぬゆえ、一番に子を産んだほうが良かろう。解って入るであろうがな」
「はい」
 こうして家族間の会話を終えて、デルシ以外の全員を帰して、息を吐き出し空を見上げる。
 今日、クラブ活動報告でやってきたメディオン。その彼女とどこか重なる”ランカ”
 息子には決して明かせぬ秘密と、帰ってこない存在。
「陛下」
「デルシ」
「お疲れのようですが、次の予定は妹弟たちとの観劇です」
 皇帝の次の予定は、妹弟たちとの会合。
 予定を聞き、時計を眺めて頬杖をつき、デルシと目を合わせず、空を眺める。
「ああ……息子と息子嫁を、夫たちの前で責めるのは辛い」
「でしょうな」
「だが余が問わねば、周囲の者たちの口を塞ぐこともできぬ」
「そうですな」
「言われても孕めぬことは、余が誰よりも知っておる」
「はい」
「だが、ルベルテルセスをあまり責めるなとも言えぬからな」
「はい」
「キュルティンメリュゼが妊娠し辛い体質であることとも知っておる」
「本当に……陛下が嘘をつかれてまで皇太子殿下を責めている姿を見るのは、臣としても辛いものです」
 皇帝は嫁いだ実の妹が、自分よりも先に子供を産んだこと、喜びはしたがプレッシャーを感じたりはしなかった。
 誰よりも”良かったな”と心よりの祝福していた。 
「仕方あるまい。だが余はお前が解ってくれるから、我慢できる」
 だがそれを率直に皇太子に言うか? となると、話は違う。
「勿体ないお言葉です」
「デルシ、お前の今夜の予定は」
「エルエデスに正妃の礼儀を教えるため、夕食を一緒に取ることに」
「そうか」

 皇帝から離れ、部屋で趣味の読書をしながらエルエデスを待っていたデルシなのだが、
「エルエデスは?」
 約束の時間になっても、エルエデスが現れなかった。
「まだお出でになっておりません」
「珍しいな」
 何事かあったか? と、宮殿内の全警備に連絡を入れて居場所を捜させる。

『昼からずっと、お話中のようです』
 報告と共にもたらされたのは、メディオン、エンディラン侯爵と話をしている姿。
「良い傾向だな」

※ ※ ※ ※ ※


「だからぁ。男には貢がせればいいのよ」
「見返り無く貢ぐものか?」
「見返りがあるように勘違いさせるだけよ。その結果、男が破滅したって知ったことじゃないわ」
「復讐されるだろ?」
「復讐なんて簡単に阻止できるじゃない。エルエデスだって得意でしょ。皆殺しよ、皆殺し。貢ぐってのは、本人やその親族や関係者、その全ての命まで貢いで、初めて貢いだって言うのよ。財産貢いで破算で家族離散程度は貢いだって言わないわ」
 エルエデスは皆殺しは得意とはいわないが、確かに”できる”
 ただし彼女の皆殺しは地位を奪うか、もしくは皆殺しにしたい欲求から来るもので、財産を貢がせた後始末とは違う。
「……」
 だがそれをエンディラン侯爵に語る気にはなれなかった。
「悪女じゃ! 悪女がおる! 悪女がおるぞ! この悪女めぇ! ぬぉぉ! ケシュマリスタ悪女め!」
「メディオン。”ケシュマリスタ悪女”は”馬から落馬”と同じだろ」
 突っ込んだり突っ込まれたり、典型的な悪女発言だったり。そんな話をしている三人の元へと、
「楽しそうだな」
 デルシがやってきた。
 訪問する予定であったエルエデスは腕時計を見て、立ち上がる。
「デルシ様……あっ!」
「気にするな」
「約束は守らなきゃ駄目よ、エルエデス」
 気付いていながら声をかけなかったのではないか? そう思わせるエンディラン侯爵の笑い。
「おまえ……」
「もうこんな時間じゃったのか!」
 本当に気付いていなかったと解るメディオンの叫び声。
「女は話していると時が経つのを忘れるからな」
「またな、エルエデス」
「またね〜」
 デルシに連れられて二人と別れたエルエデスは、背後から聞こえて来る”主、気付いて居ったのなら教えてやれ” ”ええー気付いてなかったわよー”の声を聞きながら。
「楽しかったか? エルエデス」
「…………はい」
 ゴシップや悪口ばかりのエンディラン侯爵の話ではあったが、ケシュマリスタ女性の特権か、それがあまり不快にならない。内容は酷いのだが、追い落とすために本気になった語りではないので、腹黒さが無かったこともある。
 そして本気で些細なことにも驚くメディオン。そんな話に一々驚いていたら、体が持たないのではないか? と心配になるほど、メディオンは全身で驚き、そして《悪口は嫌いじゃあ》と言い返す。子供っぽい態度ではあるが、それもまた悪くはない――
「そうか。どんな人生を歩むとしても、良い経験だ」

 デルシとメディオンを見送ったあと、
「私の家に来ない、リュティト伯爵」
 エンディラン侯爵はまだ話し足りないとばかりにメディオンを貴族街のウリピネノルフォルダル公爵宅へと誘った。
「……行く!」
 ケシュマリスタ建築の邸を直接見たことのないメディオンはその誘いに乗り、二人は、
「主、悪口はやめんか」
「悪口じゃないわよ。情報よ」
 帰っていった。
 ジベルボート伯爵邸の五倍ほどあるウリピネノルフォルダル公爵邸を案内し”ローグ公爵家のお嬢様をお迎えしてるんだから”と、当主の部屋を勝手に使用。
 場所を変え、エンディラン侯爵のテリトリーになったことで、話の内容はより過激になってゆく。
「皇太子殿下って、絶対エルエデスのこと気に入ってるわよね」
「そうか? 儂にはよく解らんが」
「皇太子殿下って、マザコンじゃない」
「マザ……コン……」
「マザーコンプレックスのことよ」
「そのくらいは知っておるが! なぜ皇太子殿下がマザコンだと? はっ?! 貴様、悪女じゃな! 悪女なんじゃな!」
「そうよ」
「貴様は悪女であったな……それで、主がそう思った理由は?」
「皇太子殿下って、頼りないじゃない」
「し、知らぬわ!」
「陛下に頼りきりでしょ」
「……否定はせん。だが皇帝と皇太子というものはそれで良いのではないか?」
「そうかしら? マルティルディ様は九歳の頃から、お父さまのエリュカディレイス様と政策を話合い、時にはご自分で決断を下していらしたわ。エリュカディレイス様のお身体が強くなかったこともあるけれども、帝国の主柱になる御方で、マルティルディ様より遥かに年上なんだから、もっとご自分で決めるべきだと感じるのよ」
「それは解るのじゃが、マルティルディの決断は、所詮”王”止まりじゃからな。皇帝陛下のご決断となればまた違う」
「そうかもしれないけれども、だからこそ、そういう女性が好きとも言えるわ。母親である陛下並に頼りがいのある女性が」
「陛下のように頼りがいのある女性……あとは、カロシニア公爵しか思い浮かばんが」
「そうそう。でもカロシニア公爵殿下は正妃にはならないことが決定してるでしょ」
「そうじゃな」
「だから、似たようなしっかりとした女性」
「エルエデスはしっかり……しておるな」
 皇帝やデルシに比べれば普通の娘だが、メディオンは自分とエルエデスを比較してみて、エンディラン侯爵の評価に頷いた。
 だが、頷きながら”エルエデスがしっかりしているのなら、エンディランも……”とも考えた。
「あと、実家が小うるさくないこともね。王女を妃にもらうと実家の王が煩いでしょ」
「……儂に同意しろと言うのか?」
「言わないけど、否定はしないでしょ」
「まあ……そうかもな……」
「エルエデスはしっかりしてるし、実家煩くないし、あの骨格がしっかりとした美形顔は、好みの人には好みでしょう」
 美そのものはケシュマリスタに軍配が上がるが、好みとなると違う『線の細い嫋やかな美女』を好む人もいれば『凛々しくしっかりとした美形』を好む人もいる。
 皇太子が後者を好むのであれば、エルエデスは好みその物。
「なるほど……じゃが、エルエデスの好みではないな」
「そうでしょうね。大体エルエデスは、損得勘定なしの戦争狂人好きだもの。なにより自分より腕力で弱い男に頼られるなんて、考えたこともなさそうよ。とにかく強い男が好きよね」
「あー」
―― 性格も少しは関係するがなあ……
 強いがエルエデスも避ける男に惚れられた女の口元を眺めながら、メディオンは甘いホットココアを舌に乗せる。
「でも、庇護を求める男から好まれるタイプなのよね。なんでも自分でできるし、全体の雰囲気もしっかりしてるから。皇太子殿下とかイルギ公爵とか、自分で物事を決めるの苦手な部類じゃない。自分で決断を下して責任を取るのが苦手な男から見ると、幼少期に”公爵家を奪う”と決め、家族を敵に回し、自分の判断と決断力でここまでやってきたエルエデスの実績に惚れちゃうのよ。凛々しい生き様に惚れる男は多いわ」
「そうじゃなあ……ジベルボートも若干頼りがちじゃなあ」
「あ、それは違うわ。クレッシェッテンバティウは単純に”恐くない女の人”ってことで、懐いてるのよ」
 メディオンの耳奧を駆け抜ける”オヅレチーヴァ様がああああ……うおあああああ!”の声。
「お前等、ケシュマリスタ。もうちょっとジベルボートに優しくしてやらぬか」
「なに言ってるのよ、リュティト伯爵。クレッシェッテンバティウはケシュマリスタ男のなかでも恵まれている方よ」
「……あれで?」
「そうよ。まずは性格の悪い両親が物心つく前に死んだこと。これがまず幸運よね」
「そうなのか……」
「そしてクレッシェッテンバティウには大きな武器があったわ。美貌と天性のぼけ、この二つよ。子供の頃から紅顔の美幼児だったから、美貌が全てのケシュマリスタではそれだけで勝者よ。あのクーデター後、同じように副王に引き取られた子供たちの中で、クレッシェッテンバティウが最も綺麗だから重用されたの。顔が悪いのはオヅレチーヴァのいたぶり用に払い下げ」
「……生きてるのか?」
「三割自殺、二割が廃人」
「五割生き延びているのならば……」
「そこら辺はあの人も弁えてるわよ。オヅレチーヴァが本気だったら、子供なんて全員死んでるわ。だってあの人、実の娘もいびり殺した人だもの」
「あー。聞いたことがあるが、本当なのか?」
「珍しいことじゃないでしょ。母親が娘に嫉妬して殺すなんて、神話時代からある話ですもの」
「そうじゃがな」
「クレッシェッテンバティウの生い立ちと、オヅレチーヴァについて聞く?」
「……聞いてみるか」

 メディオンは帰寮後、ジベルボート伯爵の両肩をがっしりと掴み、
「困った事があったら、遠慮せずに儂に言ってみろ。力になれることがあったら、力になってやるからな!」
「あ、は、はい?」
 可哀相な同期に本心から声をかけてやった。


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