君想う[079]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[130]
「ゼフ」
「なに? エルエデス」
「明日、リュティトとこの部屋で二人きりで話をしたいから、外してくれないか?」
「いいよ。何時間くらい?」
「解らん。話が続くかどうかも解らんからな」
「解ったよ。我のことは気にする必要はない。シクと部室にいるから」
「そうか」

 メディオンとエルエデス。互いに好きな相手が解った二人は、しばしの沈黙の後、場所を変えて話をすることにした。
 話の内容は他者に聞かれたくはないので、どちらかの部屋で会うことに。その時メディオンの脳裏を過ぎったのはバーディンクレナーデ。そう、子爵からプレゼントされた兎の縫いぐるみ。
 好きだと知られたことと、縫いぐるみをベッドに飾っていることを知られるのは、恥ずかしさの種類が違う。
「主の部屋でいいか!」
「構わんが、一つ条件がある」
「なんじゃ?」
「礼儀作法について一々突っ込むな。我の部屋はエヴェドリット様式だ」
「了承した」
 エルエデスとしても、メディオンの部屋には行きたくはなかった。テルロバールノル貴族の私室など、礼儀作法と堅苦しさで口を開くのが億劫どころか、普段であれば入り口のドアすらノックしたくはないほど。
 そんな両者にとって良い判断で、エルエデスの部屋になったが、部屋には当事者であり、絶対に聞かれたくない相手、ヨルハ公爵もいる。
 ヨルハ公爵は盗み聞きをするような性格ではないので、私室にいれば良いだけなのだが……照れというか、好きだからこそ遠くに行って欲しいということで、軽く追い出すことに。
 ヨルハ公爵はというと、
「邪魔をするぞ」
「リュティト伯爵」
「ヨルハ公爵」
「三品ほど料理を作っておいたから、是非食べて、そしてエルエデスと仲良くしてくれ。それじゃあ!」
 当日、手料理を作ってメディオンを出迎えて、部屋を出ていった。
「お……おお」

―― エルエデスが他属の女の子と仲良くなるのは良いことだと思う。用事はシクへのアプローチの仕方かなあ。エルエデス、アドバイスしてあげるのかなあ

 敵対しているが仲の良いエルエデスに友達が増えることを喜び、去年からとっくの昔に気付いていたメディオンの恋心を応援しつつ、子爵と新入部員が待っている人体調理部へと向かった。
「お主等、仲良いのじゃな」
 部屋を出ていったヨルハ公爵と共有スペースのテーブルに載っている料理を見て、解っていたことだが改めて言葉にしてみる。
「仲が悪いから殺すわけではない」
 いままで言わなかったのは”言ってはならないこと”だと思い込んでいたため。他国の貴族に興味のないテルロバールノルだが、バーローズとシセレードの諍いは、貴族間問題ではなく、帝国に直接仇を成すレベルで、さすがのテルロバールノル貴族も知っていた。ただし表面上だけ。
「意味が分からん」
 エヴェドリット特有の殺意を理解することはなく、理解のしようもない。
 メディオンもただ仲が悪いだけだと認識していたのだが、実際二人が一緒にいるところを見ると、仲の悪さは思ったほど感じられない。
「仲が悪いだけならば、これほどの期間、敵対していられんだろうな」
 メディオンは個人として誰かを傷つけようと思ったことはなく、ローグ公爵家は特定の敵を持ったことはない。だからエルエデスとヨルハ公爵の”生まれた時からの敵対関係”は理解できなかった。
「そうか……料理、結構美味そうじゃな」
「味は悪くはない。材料もごく普通のものだ」
「グロテスクな飾り付けでもするのかと思ったのじゃが」
「ゼフは料理は普通だ。菓子作りになると、あの傾向に走る」
「なんでじゃ?」
「さあな」

 エルエデスとメディオンのお茶会(料理は主にヨルハ公爵)は、これから何度も行われる。特に関係が進展するような提案があるわけでもなく、たまに喧嘩してエルエデスにデコピン食らってメディオンが大泣きすることもあったが、二人は会話を楽しんだ。
 何もかもが違う二人だが、一点だけ揺るぎない共通点があった。
 それは二人とも、自分がこの自分しか考えられないこと。
 エルエデスは決して恋が叶わぬ相手ヨルハ公爵に恋したが、自分がバーローズ公爵になりたいと考えたりはしなかった。同時に兄リスリデスを疎ましいと思うが、彼のいない人生も想像できなかった。
 エルエデスは不自由で思い通りにいかない立場に生まれたが、だからと言ってなんの障害無いもない家に生まれ、諍い無く育ちたかったとは考えない。
 デルシに報告にあがり、ベリフオン公爵と計画を立て、ヨルハ公爵とホラー映画を見て、人体調理部の面々と騒ぎ、音痴な紅顔の美少年と共に夫であるイルギ公爵の元へ通う。
 嫌なこともあるが、それ以上に楽しくもあった。

 メディオンは子爵に恋をしたが、エヴェドリット貴族に生まれたかったとは思わない。芯が強い、または我が強いと言われるテルロバールノル貴族でも、特筆されるローグ公爵家の一員であるメディオンにとって、自分が自分以外のものであることは想像もつかなかった。
 それは子爵に恋をしても同じ。
 こんな風に好きな男の話をしていたら、互いに立場が別々であれば……と考えそうだが、メディオンにそれはなかった。メディオンにとって感情は自身の根底を否定しない。

 なによりも、それこそがメディオンが子爵に恋をした理由であり、それに気付くのは三年後のことになる――

 互いに互いであることを否定しない。その根幹が同じであったので、話はどれほどずれようとも、着地地点は同じであった。
「聞きたいのじゃが、そもそもイルギとヨルハという存在は、なんなのじゃ? 何の為にあの傭兵王は双璧家臣に産ませたのじゃ?」
「ああ、それか。長いが最初から説明しよう。もともとは王妃ウージェニーが……」

※ ※ ※ ※ ※


「女の子同士、色々あると思うんだ」
 在学中、度々部屋から追い出されることになるヨルハ公爵だが、
「だろうな。エルエデスのほうが年上だし、同室のヒレイディシャ男爵に聞けないことも相談できるだろう」
 部室で楽しみ、校外で楽しみ、一人散歩で楽しめるので、なんとも思わなかった。
「やっぱり同性同士の会話の時間を作るのは必要だよね」
 属する国家が違えば大きく思考の違う彼らだが、性別というのは国家を越えることもままある。
「我もそう思う」
 特に子爵は「争わないで仲良くすればいい」という、エヴェドリットでは変わり者認定直後に処刑されそうな思考回路の持ち主なので、二人が仲良くしているのを見るのは楽しくあった。
「シク、クレウ。何か悩みなどはないか? 年上の我が答えるぞ」
「我の悩みは実家からの見合いだな」
「僕の悩みもシクと同じような物です」
「そうか。ところでクレウ、エシュゼオーン大公との”清く正しい交際”はどうなった?」
「一回で終わりました」
「それは残念だったな」
「なんか、深い事情があるそうで。それらについては後日、説明があるそうです」
「そうか……なんだろうな? シク」
「さあなあ。それで、エシュゼオーン大公の”ミーヒアス様のような少年とお付き合い計画”は終わったのか?」
「僕からザイオンレヴィに移動しました」
「それはまた……」

 子爵たちは良い具合に女の子たちに振り回されながら、人体調理部の技術を磨いていった。

 ”諸事情”によりジベルボート伯爵から標的をザイオンレヴィに変えたエシュゼオーン大公。その噂を聞いて、提案したキルティレスディオ大公が「そいつはマルティルディの許可もらってからにしろ」注意を促した。
「斯く斯く然々、というわけでギュネ子爵とお付き合いしたいのです」
「あのさ、エシュゼオーン。”斯く斯く然々”って喋っても、理由は通じないんだよ」
 キルティレスディオ大公は故人となったマルティルディの父親エリュカディレイス王太子と親交があった。当事者同士に言わせると『親交なんてねえよ』『親交なんてないね』だが、会って話をすることは何度かあった。
 それと言うのもキルティレスディオ大公は、マルティルディの夫候補の一人であった為。
 キルティレスディオ大公自身は結婚はしないと言い張ったが、見合いの話が無くなったわけではない。
 注意を払ってやらねばすぐに先細るケシュマリスタ王家との縁談も、血筋上組まれたことがあった。

―― お前が男で良かった、エリュカディレイス
―― それは僕の言葉だよ、ミーヒアス

 ケシュマリスタに王女が生まれたら婿にされる可能性が高かったキルティレスディオ大公は、マルティルディが生まれた時、本気で頭を抱えた。
 皇帝の意思はイデールマイスラであったが、知識があり異形と何度も対面しているキルティレスディオ大公のことも思い浮かんだ程。キルティレスディオ大公としては運良く王婿の座から逃れられてから、エリュカディレイスと話をする回数が増えた。
 何度か話をしているうちに、エリュカディレイスが自分に惹かれていることにキルティレスディオ大公は気付いたが、知らぬふりを続けた。
 からかい半分に口にすることもなかった。それは、エリュカディレイスの奥底に見つけてはならない物を見つけてしまったからに他ならない。

―― ねえ、ミーヒアス
―― なんだ? エリュカディレイス
―― 僕のマルティルディなんだけど、ダグリオライゼの息子が好きみたいんだよね
―― そうかい。目障りなら殺したらどうだ?
―― 怒り狂った太陽の破壊者を止めてくれるのかい?
―― 俺が責任とるわけねえだろ、エリュカディレイス
―― 最低な男だね、君は
―― ああ、そうだよ
―― 本当に駄目男だしさあ
―― はいはい
―― 僕のマルティルディの【男性の好み】どうやら僕に似ちゃったみたいだなあ。可哀相なことをしてしまった
―― そりゃあ可哀相なことだ。お前が好きな男が誰かは知らんけどなあ
―― それで良いんだよ、ミーヒアス

 父親のエリュカディレイスとキルティレスディオ大公の親交について、マルティルディはあまり知らない。
 エリュカディレイスも帝国でもっとも責任感のない男に、なにかを託してしぬような愚かな真似はしなかった。だからこそキルティレスディオ大公は自分の好きな位置で、エリュカディレイスの娘と運悪く選ばれた婿を眺めることにした。

―― 運が悪かったのは、婿じゃなくて娘のほうか。なんで俺に似たのが……

「そうですか。では長くなりますが説明いたします。ことの始まりはガルベージュス公爵がエンディラン侯爵に懸想し……」
 マルティルディのいまの感情はもう解らないキルティレスディオ大公だが、権力者特有の一度気に入ったら、他人が手を出すのを良しとしない可能性も考慮して、エシュゼオーン大公に話すように促した。
「解った、斯く斯く然々でいい。それで僕のザイオンレヴィと付き合ってどうするの?」
「ミーヒアス様が帝国の男ではなく、王国の男と付き合ってみると成長すると言われたので」
「キルティレスディオね。ふーん、それで僕のザイオンレヴィなの?」
「最初はジベルボート伯爵とお付き合いしてみたのです」
「クレッシェッテンバティウは駄目だったのかい?」
「良い感じだったのですが、私の友達が彼に好意を寄せていることを知りまして」
「へえ。誰?」
「ソオシューテ伯爵シストレイステンです」
「誰、それ」
「私の二つ年下の、ケシュマリスタ系皇王族です」
「そんなの居たんだ」
「おります。ケシュマリスタ系皇王族にありがちな両親との幼少期の死別により、ジーディヴィフォ大公の元に引き取られました。その縁でお友達に」
「ふーん。あいつらの所にねえ……で、その子は結婚したいの?」
「まだはっきりとは解りません。今年受験して、後輩になって、クラブ活動を通じて近付くという壮大な計画は聞きましたが」
「帝国上級士官学校に合格するまでは壮大な計画だよね。その先は小さいけどさ」
「はい」
「……」
「……」
「クレッシェッテンバティウはあげるけど、ザイオンレヴィは駄目」
「そうですか。残念ですが諦めますね」

※ ※ ※ ※ ※


 カロラティアン伯爵からの連絡を受けて、
「僕のお嫁さん選びが本格化したとか……なんだとか……う……ふふふふ……け、けしゅ、ケシュマリスタ女性……」
 ジベルボート伯爵は、幼少期から見ていたオヅレチーヴァの度を超した嫌がらせの数々を思い出し、涙に暮れる。
 ケシュマリスタ女性の大半がオヅレチーヴァと同じように、感情だけで嫌がらせをするので、回避方法がない。天気が気に食わなかったり、侍女の顔つきが気に入らなかったり、風が吹いたから腹が立ったり、コーンスープにのっているクルトンの大きさが気に食わなかっただけで、相手の精神をごっそりと剥ぎ取るようなことをしてくるのだ。
「クレウ……」
「気をしっかりと持つんだ、クレウ」

 ジベルボート伯爵クレッシェッテンバティウ。主であるカロラティアン伯爵が選んだ「お前も私と同じ苦しみを味わうがよい」貴族を妻に迎えるか? それとも、
「兄さん」
「弟さん」
「合同誌の締め切りまで一週間を切りましたが、進捗状況はいかがですか! 兄さん」
「ばっちりだよ、弟さん」
 ジーディヴィフォ大公を頂点とする、皇王族系ケシュマリスタの身寄りのない少女を妻にするか?

 後者を妻に迎えると、若干マルティルディの好感度が下がるという、ケシュマリスタ貴族としてはダメージを被ることも考慮しなくてはならない。


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