君想う[080]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[131]
「ディクスン、手紙きてるよ」
 子爵とクロントフ侯爵の研修監督官であるディクスンはそのように言われて、端末に自分のIDを入力し『今年度監督官の集い』なるタイトルを開き、本文をざっと見て”出席”の返事をした。

 毎年行われる帝国上級士官学校生の研修。その監督官というのは、在職中に一度しか選ばれず、余程特殊な研修でもない限り、生徒に近い年齢の若い警官が選ばれることが多い。
 研修は軍組織の一つである警察と、上級将校に繋がりを持たせることで”大事”を直接伝えられるようなパイプを作る目的もある。その為、卒業し少尉待遇の士官候補生として任務についた際に、研修で懇意にしていた監督官が退職していては話しにならない。
 現職の警官と現職の将校が、近すぎることなく存在することが必要であり、誰かに偏ってもいけないので、一度しか受け持つことはできない。

 会合場所は一般が使用する小さめな室内イベント会場で、費用はもちろん参加者が払う。

「ディクスン兵長はクロントフ侯爵とケーリッヒリラ子爵か」
 会場で監督官同士は互いに直接会って、今まで接したことのない上級貴族に対する見解やら、上手い接し方や扱い方(そんなものは存在しないのだが)監督官として何をどのように指導するべきかなどを話合う。
「ああ」
「どんな御方?」
 最初の会合は、自分が監督している相手についての説明。場を取り仕切るのは、一年時終了時点で首席の研修生についている監督官と慣習的に決まっているので、今回はガルベージュス公爵とイデールマイスラに付いている、安全清掃課の下っ端職員。


 司会の彼はもともと清掃局の臨時雇われであった。
 人と接するのが苦手で、勉強も好きではなかった彼は、適当に生きて気付けば無一文になっていた。そこで彼は人と接しなくても良い仕事を選び、臨時雇われ期間を経て正職員になろう……としたのだが、清掃局は職員を警察にも送る。
 警察の清掃局は所謂事故死体の片付けで、あまりなり手がいない。その為、臨時職員を”正職員にしてやる”といい、軍属に移して警察署に送り込む。
 こうして動物の死体や人の死体と接することになった彼は、ますます人と接することが苦手になり、苦手なまま生きていくのだろうと思いながら、動物の死骸の詳細を記録し報告書をあげて処分していた。
 動物の死体の詳細を記録するのは、猟奇系殺人犯は最初は動物を殺すという、昔からの大原則に従い、もしもの為にと記録を残すように義務づけられているのだ。
 人と接したくない彼は、仕事を適当に省いて話しかけられるのも嫌だったので、マニュアル通りに仕事をして……結果、

―― 清く正しい清掃担当者。それが貴方です! ――
―― ……は、はあ…… ――

 帝国の至宝がやって来てしまった。
 彼は本来ならばゾフィアーネ大公とヒレイディシャ男爵の監督官になるはずだったのだが、
―― 貴様口がきけぬのか ――
―― …… ――
 イデールマイスラが”劇が嫌だ”と言ったことが原因で、会を取り仕切る役割を負うことになってしまった。本来であればピンクアルパカと黒山羊の劇に感動して、共に脚本を練り直し、残りの袋の枚数を数える監督官が司会になる予定であった。そちらは人前で話すことには慣れており、学生時代に幾つかのイベントに携わったこともある適任者。
 ガルベージュス公爵は自分を担当した監督官が会合責任者になることも解っているので、彼をどうにかしなくてはならない。
 会合適任者に監督官を変更すれば良さそうだが、全報告書を手抜きなく、間違わずにあげていたのは彼だけ。
 会合の為に研修監督官を変えるのは本末転倒だと、ガルベージュス公爵は彼を喋れる様にすることに決め……一ヶ月半で彼は大人数の前でも、初対面の相手でも目を見て話せるようになり、会の進行まで出来るようになった。そして何より彼は死ぬ気で頑張った。どのくらい頑張ったかというと、頑張っている最中”辞職”どころか”死ぬ”という選択肢すら思い浮かばないくらいに頑張った。

 ガルベージュス公爵とまともに会話ができるスキルがあれば、惑星知事くらい簡単に務めることができる。


 ともかく一ヶ月半前まで、目を見て話すことができなかった人物とは思えない堂々とした態度の司会のもとで話が続けられる。
「大人しい御方だよ。とくにケーリッヒリラ子爵閣下は……エヴェドリットとは思えないどころか、普通の人としても大人しい」
「へー」
「へぇ〜」
 エヴェドリットは狂人というイメージを持っている警官にとって、兵長と同じく衝撃であった。そのイメージは正しく、子爵が若干はずれているだけなのだが彼らに知る術はない。
「クロントフ侯爵は?」
「侯爵閣下は……静かに騒がしい御方だ。それというのも、研修先は侯爵閣下が子爵閣下に頼みに頼み込んで、一緒に来てもらったのだとか。ちなみに侯爵閣下はミステリ愛好家だとかで、未解決事件が大好きなのだそうだ」
「去年うちの署に来た伯爵閣下も同じ理由でした」
「五年前にも」
 方々から”あ〜はいはい”という声があがり、見たことのある彼らは”静かに騒がしい”の意味を理解する。
 未解決事件の書類を見ている時の研修生は、無言なのだがやたらとオーバーアクションで、風を切り偶にその風圧で窓硝子を割ってくれたりするので、本当に静かなのだが、やたらと騒がしいのだ。
「子爵閣下は興味はないのか」
「特にはないらしい。ただ非常に面倒見の良い方で……侯爵閣下がそのように言われたのだが、私が見てもそう思う。本当に付き合いがよく、休日に侯爵閣下が見つけた未解決事件の現場を巡るツアーのようなものを組んでくださる。食事や休憩場所、たまに事件関係者にコンタクトを取り会う段取りをつけたりと、様々な方面を取り仕切っていらっしゃる」
「ディクスン兵長が場所を用意したりは」
「最初は申し出たのだが、本当に趣味なので私の手を煩わせたくないとのことで。事件関係者と会うことになるので、私も同行を許可してもらっている」
「じゃあ食事とかも?」
「連れて行ってくださる。どこも上流で高価。代金は払うと言ったが、相手にされない」
「へえ。いいなあ」
 ディクスンの話を聞いていた一人が手をあげて尋ねてきた。
「そのツアー、たまにケディンベシュアム公爵閣下とヨルハ公爵閣下も一緒ではないか」
 警官として鍛えているとはいえ、女性のディクスンよりも細身の男性。
 貴族階級では珍しくはないが、監督官に選ばれる多くの平民や下級貴族は、やはり男性警官のほうが体格は良い。
「えっと……検死官殿」
 見るからに警官らしくない初対面の男性を、ディクスンは手元の端末で在籍部署と担当を調べる。
「済まん、済まん。まだ順番ではないのだが、ついつい」
「気にしなくていい。話を続けてくれ」
 司会がそのように促し、検死官から話しを聞く。
「あの……ケディンベシュアム公爵閣下とヨルハ公爵閣下は……仲悪くないと認識していいものなのか?」
 周囲で聞いていた監督官たちはほとんどが意味を理解できなく、検死官が担当している《ケディンベシュアム公爵》を調べる。
 ヨルハ公爵は王国貴族に疎い帝国の一般市民でも聞けば解るが、ケディンベシュアム公爵は馴染みが薄い。
 司会も解らなかったので調べ、
「うあ……シセレード公爵の……」
 建国以前より険悪で有名なバーローズ公爵家とシセレード公爵家”そのもの”が同じ場所にいることを知り、司会を含めた誰もが検死官に何ともいえない視線を向ける。
「あー。それは私も気になって、子爵閣下にお尋ねしたのだが、公爵家同士は敵対関係だが、個人的にお二人は仲悪くないそうだ」
「そうなのか? ディクスン兵長」
「そっか。じゃあ、ケディンベシュアム公爵閣下とヨルハ公爵閣下を引き離さなくても大丈夫?」
「恐らく。子爵閣下にもう一度お聞きしてみるが、子爵閣下曰く”エヴェドリット特有の考え方から来るもので、一般人には理解し難い殺意が根底にある敵対関係だ”とのこと。ケディンベシュアム公爵ご自身”敵対といってもそこら辺の犯罪組織とは違い、争えば王国その物に打撃を与えるから、好き勝手に殺せん”と仰っていた。詳しくは明日にでも聞いてみる。検死官殿、連絡先を教えてくれるか」
「ああ!」
「ディクスン兵長、私にも教えてくれないか」
「貴方は……」
「はいはい。ちょっと待って。紹介のあとに、連絡先交換会もあるから。ただし、ここでの交換会はプライベートのは無しだぞ。それは別の場所でな」
 帝国上級士官学校の研修は、警察という組織の中でもあまり繋がりのない者同士が一堂に会し、共通の話題で知り合ってゆく場にもなっている。

※ ※ ※ ※ ※


 メディオンは美容部の面々と共に、大宮殿へとやってきて皇帝の前で、クラブの活動を見せていた。
 髪を梳かすブラシや化粧品の成分と肌生理学。被服の歴史と帝国正装の変遷など。
「建国以来、模様一つ変わっていないのが、リュティト伯爵の属するテルロバールノル王家です」
 メディオンはルグリラドからもらった、王女の格好で皇帝の前に出る。刺繍が美しい緋色のドレスに、マントを兼ねた長いベスト状の物を羽織る。
「見慣れた格好だな。だがアルカルターヴァには似合っておる。例え顔がガウ=ライであってもな。お前は立派なアルカルターヴァだな、メディオンよ」
 皇帝に褒められて良い気分で列に戻り、あとは部長が皇帝の髪を梳いてクラブ活動報告は終わり、場所を庭に移し軽食を楽しむ。
 皇帝だけは座っての立食形式。メディオンは着慣れている正装で、気分よくアイスティーを飲む。部長は皇帝の傍で談話し、
「メディオン」
「おう」
 ある程度の所でメディオンを呼び寄せた。
「メディオンは四年後には部長ですので」
「伝統ある美容部部長には相応しいな。なあ、デルシ」
「そうですなあ」
「……」
「どうした? メディオン」
「陛下。そのイヤリングは」
「ん? これか。ヌビアが皇帝の為に作ったただ一つの宝飾品だ」
 皇帝は耳朶を掴み少しばかりつまみ、メディオンに見やすいようにしてやる。ヌビアが作ったイヤリングは、精巧な三日月形の枠のみで、中心に好きな宝石を入れて耳を飾る。
 上下についたクリップ状のものが、どのようにカットされた宝石でも固定する。そこに入らない、または固定できない石も当然ある。
 それを貴族に茶化されたヌビアは「枠がその屑石を拒否しているだけだ」と、高級な大粒ダイヤを斬って捨てた―― そんな逸話も残っている。
「やはりそうでしたか!」
「お前が気付くとは思わなかったな、メディオンよ」
「あ、あの」
「見るか?」
「儂も見たいのですが、それは来週クラブ活動報告しにくる、人体調理部の面々に見せてやって下さらぬか」
 子爵が見たら喜ぶだろうと、メディオンは皇帝に”是非是非”とお願いする。不安と幸せと恥ずかしさが入り交じった少女の可愛らしい笑顔に、皇帝は頷いてやった。
「ケーリッヒリラか」
 護衛として隣に立っていたデルシが特定の名をあげ、それがメディオンの中で『正答』であったため、思わず体を硬直させる。
「ケーリッヒリラ?」
 皇帝は子爵と一対一で会ったことがないので、聞いたことがある響でもそれ以上は出てこない。
「フレディルの次男ですが、夫のデルヴィアルス家の昔の性質が強い若者です」
 デルシも子爵には直接会ったことはないのだが、ヨルハ公爵が「シクが、シクが、シクが、シクがエルエデスと、シクが」と繰り返すので、面識はなく、調べたこともないのだが、子爵のことをかなり良く知っていた。
「…………ああ、ナザール以前のか。それならば、このイヤリングに興味を持つであろうな。もしかして、ヒロフィルが言っていたヒューか」
 キルティレスディオ大公が仕事をしているか? を確認するために、定期的に足を運ぶように命じているフェルディラディエル公爵が、報告以外の楽しい話として語ったことを皇帝は思い出した。

―― テルロバールノル貴族がヌビアについて触れてきましてねえ。驚かれたでしょう、陛下。もちろん私も驚きましたとも

「そうでしょう。それの顔はナザールですが」
「来週も楽しみだな、デルシ」


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