君想う[078]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[129]
「ところでヒオ」
「なんですか?」
「私の相手よりも重要な”あること”に気付いたのです」
「なんですか? ナスター」

※ ※ ※ ※ ※


「大抵のことは諦めて流して下さる陛下だが、お前に手出したとなると俺、まともに働かなけりゃならなくなるだろが!」
 キルティレスディオ大公は王女に手を出したら即刻処刑、身内に手を出した場合は正式結婚の上に激務を課されることになっている。

※ ※ ※ ※ ※


 エシュゼオーン大公が復唱した皇帝の命。
「……」
「……」
「それは良い考えですね、ナスター」
「解ってくれましたか、ヒオ」
 皇王族幼稚舎(皇王族の子どもを集めて、皇帝に対する忠誠心を教え込む機関)で共に育った二人は、思考回路の同調能力が高い。

「ミーヒアス様が更生したら、陛下もお喜びになることでしょう」

 二人は皇帝の御心を安らかにする為に! と、同志を募りキルティレスディオ大公に総攻撃をかけることにした。
 皇帝とデルシが帰ってくるので、そろそろ寮に戻って仕事をしようとしていたキルティレスディオ大公は”向こう側”から自分目がけて駆けてくる、見覚えのある娘たち、世間一般では姫君にあたる少女たちと遭遇した。
 なんの用だと思い見ていると、全員が突然叫び出す。
「ミーヒアス様! 結婚してください!」
「ミーヒアス様! 愛人になりにきました!」
「なんだ。お前ら!」
 からかわれているのか? 本気なのか?
 子爵あたりは判断がつかないが、皇王族歴五十年の男は、姫君たちが本気であることにすぐに気付き、尋ねておきながら背を向けて走り出す。
 その背に姫君たちは声を揃えて答えを返す。

『ミーヒアス様を更生させる会です!』

 答えにキルティレスディオ大公は、
「巫山戯る……あああ! 巫山戯てねえんだな! お前等だもんな!」
 やはり振り返らずに怒鳴り、本気で走り出す。そして迂闊に”あの条件”を口にした自分を呪った。
―― こいつ等が、こう考えてこう動くこと、解ってることじゃねえか!
 当事者なので必死だが、もしも自分の立場が別人であれば、キルティレスディオ大公も後ろから迫ってくる姫君たちと同じ行動を取るとはっきりと言えた。
 彼もまた皇王族だから解るのだ。そうだからこそ「止めろ」と言って止めないことも、解っているのだ。
 解決策は逃げるしかない。
 大宮殿の廊下を疾走している一団、その先頭であり追われているキルティレスディオ大公が曲がり角にさしかかった時、
「ミーヒアス様! 結婚しましょう!」
「愛人から始めましょう!」
 待っていたとばかりに、別の集団が飛び出して来た。
「後ろより巫山戯るなああ!」
 他に進む道はなく、大宮殿を壊すわけにもいかないので、キルティレスディオ大公は壁の僅かな突起に足をかけて、飛ぶように逃げる。
 曲がり角から飛び出してきたのは男たち。世間では公子と呼ばれる面々。
 帝国は同性同士でも婚姻が可能なので、キルティレスディオ大公の逃走はより一層本気になる。
「誰が! 男なんぞと結婚するかあ! 退けえぇぇ!」
 女の皇王族とすら結婚したくないのに、男の皇王族に手を出すなど、女好きの彼には耐えられない。
 デルシの夫予定であり、帝国上級士官学校首席卒業した皇帝の従弟は、その才能と知恵と年の功で、ほとんどの皇王族を振り切った。
「ナスターのやつ……」
 廊下の装飾である銅像や花瓶などに身を隠し、あたりをうかがいながら、キルティレスディオ大公は寮に戻ろうと必死であった。
 寮に戻れば寮母として、心置きなく反撃ができるためだ。
「ミーヒアス様!」
 その最後に、エシュゼオーン大公と共にこの会を結成したガニュメデイーロが、
「ゾフィアーネ!」
 ”ガニュメデイーロ”の格好で、
「私もおりますよ! ミーヒアス様」
「ジーディヴィフォ!」
 その隣には結い上げた髪を両手で弾き上げて、やたらと目立たせる兄、ジーディヴィフォ大公が待機していた。
―― 厄介なのに会ったな……
 キルティレスディオ大公がそう考えるよりも早く、
「さあ、このお兄さんに犯されて花嫁となるか!」
 ジーディヴィフォ大公は口を開き、
「提案した以上、弟である私も体を張りましょう! 私を犯して花婿となるか!」
 ゾフィアーネ大公がそれに続く。

「さあ! どっちを選びますか!」

 普通の大人であれば”自分を大事にしろ”と言うところだが、キルティレスディオ大公はそんなことを言う性格でもなく、なにより目の前の兄弟大公にそんなことを言ってやる必要性は”誰も”感じない。
「どっちも選ばねえよ! 近親相姦大好きなケシュマリスタども! 兄弟でやってろ!」
 キルティレスディオ大公ミーヒアス。ケシュマリスタ王位継承権第四位所持。世間の解釈と法律の下、両大公とは立派な近親相姦に該当する血筋の持ち主。
「ロリにショタに同性愛が備わった、最強ベルレーの子孫である貴方さまなら頑張れますよ!」
 ジーディヴィフォ、ゾフィアーネ両大公、父は現皇帝の弟、母は先代皇帝弟の娘。

「……」
「……」
「……」

 三者三様、互いの台詞を聞いて、気分が低下し、そして優しい気持ちになる。その優しさは弱者に対するものではなく、幼子を慈しむものではなく、自分自身に向ける偽りの優しさの果てに見つかるもの。普通の人はその優しさに辿り着くと、大体が自殺する。そう、またの名を絶望。
「けっこう互いにダメージがくるね、弟さん」
「そうですね、兄さん」
 血筋として許されてしまうが、できるならロリにもショタにも走りたくはないと思っている両兄弟と、
「お前等、五十になった俺が十代に手出したとして、陛下が《更生した》と思ってくださると思うか?」
 近親相姦は皇王族の結婚として仕方ないとしても、同性愛だけは避けたいと願うキルティレスディオ大公。
「ええ、まあ。なにせシュスター・ベルレーの子孫ですから。思ってくださることでしょう。ねえ、弟さん」
「そりゃまあ、シュスター・ベルレーの子孫ですから。ねえ、兄さん」
―― 前途有望な娘に手出したのと、前途有望な男に手出したんじゃあ……言っても無駄か
「お前等なあ」
「でもシュスター・ベルレーって実は年上好きですよね」
「実はねー。で、どうします?」
「断る」
 話をしていても埒が明かないとばかりに、
「ならば強硬手段を取るのみ!」
「陛下の為に!」
 兄弟大公は最終攻撃《既成事実》作りの為に飛びかかってきた。
「陛下のことを考えたら、俺にちょっかいだ……」
 将来があるんだから”少し黙れ”とキルティレスディオ大公は拳に力を込める。今まで追ってきた皇王族からは足だけで、危害を加えずに逃げ切れる自信はあったが、この兄弟相手では多少の暴力も致し方ない。
―― 俺の貞操を奪ったり、俺に貞操奪われたりするよりなら、殴って瀕死になったほうがマシだろう
 右の拳を腰の位置に作り、軸足に力を込めて殴りつけようとした時、
「この際不倫でどうでしょう! 責任とって仕事に復帰してください!」
 帝国軍で皇帝の次に地位が高い帝国軍筆頭元帥サディンオーゼル大公アーディランが、それは元気よく現れた。
「馬鹿か! サディンオーゼル! ……閣下」
 年は下だが、軍人としての地位はガルベージュス公爵の母のほうが上。
 もちろん、まっとうに生きていればキルティレスディオ大公がその地位に居た筈なのだが、言っても仕方のない事。
「妻が馬鹿と言われたら、夫は黙っていられません」
 ”……閣下”の部分にかかるように声を張り上げるデステハ大公。
「連れて帰れ……」
「ならば私も馬鹿になりましょう! ミーヒアス様、私と不倫しましょう!」
「馬鹿夫婦がぁぁぁ!」

―― 若いのがあまりにも馬鹿で、思わず現場に復帰したくなった

※ ※ ※ ※ ※


「うわあああん! どうせ儂は弱いんじゃあ」
 エシュゼオーン大公の「適当に言ったら間違ってしまいました」のあと「ヨルハ公爵の良さ」を力説するエルエデスと「子爵の良さ」を力説するメディオンが激しい言い争いをし続け、最終的に、
「仕方ないだろうが」
 メディオンが泣き出した。
 泣き出したメディオンを前にエルエデスは腕を組む。泣き出した理由というのが「エヴェドリット男は強い女を選ぶ」ことを思い出したメディオンが、エルエデスと勝負して、あっさりと負けた為だ。
 メディオンは身体能力はそれなりだが、戦いのセンスというものがまったく無い。
 テルロバールノル国内であれば、その身体能力で大振りのパンチも当たるが、
「うああああん」
「あの大振り、本気で当たると思ったのか?」
 身体能力から戦闘センスまで、全てを上回っているエルエデスが相手では勝負にならない。本当に勝負にならず、戦えば相手を叩きのめすまで止めないエルエデスが、指一本で弾いて止めてしまうくらいに。
「うわああん!」
「泣き止め! それた話に戻るぞ! ……リュティト、お前ケーリッヒリラが好きなのか」
「…………」
 ”ぴたり”と泣き止んだメディオンを前に、エルエデスは甘やか蜂蜜色の髪をかき上げて、馬鹿にするようなことはせずに答えた。
「あのな……ケーリッヒリラに関しては、強い女は選ばんだろうよ」
「ほ、本当か!」
「あいつは、頭が良い女が好きだと……」
 言いながらエルエデスは硬直した。
 エルエデスとメディオン、帝国上級士官学校で身体能力を除外した成績は、
「主のほうが好みではないかああ」
 エルエデスの圧勝である。
「絶対に我はあいつの好みじゃない! 話を聞け!」
 メディオンは決して馬鹿ではない。エルエデスが学年の成績で不動の五位なのだ。
「主は誰が好みなんじゃ!」
「我は自分よりも弱い男は好みではない。頭脳もしかり!」
「なんと! 主の好みはガルベージュスであったか」
「あれは違う!」
「なんでじゃ! 主等は強ければ性格なんぞ気にせぬのじゃろう!」
「限度ってもんがあるんだ、限度ってものが! ガルベージュスの性格は、軽く限度越えしてるわ!」
「エディルキュレセは性格いいぞ!」
「あの性格は、我の好みではないと、何度言えばわかるんだ!」
「エディルキュレセの性格の良さが解らないとは!」
「性格が良いのは解ってる。我々エヴェドリット王国において、あの気配り上手は重要な性格だ! だが、我の好みではない。我は強く頭脳明晰で、性格は狂人が好みなんだ!」
「ヨルハみたいなのか?」
「……」

 長い長い言い争い(一部暴力を含む)の果て、やっとメディオンは言い争いの原因を理解した。

「まあ、そういうことだな」
「それは悪いことをしたな」
「いいや……」

 二人とも気付いたら自分の好きな相手を他人に知られて、どうして良い物か? と、静寂を取り戻した空間で見つめ合うしかできなかった。

※ ※ ※ ※ ※


「騒ぎの理由は解った」
 葬儀から帰ってきた皇帝は、大宮殿の一部の惨状を知らされ、原因となった者たちを一人一人呼び出し、理由を聞き、最後にキルティレスディオ大公を呼び出した。
「……」
「お前が悪いとは言わん」
 悪いと言われれば否定したくなるものだが、悪くないと言われれば、
「まあ……元々の原因は俺ですので」
 少し詫びたくなるもの。
「気にするな。ただ余はあれ達を止めるつもりはない。お前が対処しろ。良いな、ミーヒアス」
「ぎょいー」

 自堕落な生活を続けたいので助けてください陛下 ―― それは言えないので、キルティレスディオ大公は気のない返事をして寮へと戻っていった。


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