君想う[077]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[128]
―― 勝てないのなら逃げてもいいじゃない。なんならケシュマリスタに来る? 私の部下にしてあげるわ。我が家の軍を預けてあげる。夫のイルギ公爵も一緒に引き受けてあげるわよ……本当に、馬鹿ねえ ――

※ ※ ※ ※ ※


 エシュゼオーン大公とゾフィアーネ大公の部屋は非常に簡素である。寮が用意している品だけで、あとは着換えが持ち込まれているだけ。
 二人とも毎週実家《大宮殿》へと帰るので、部屋は本当に必要最低限のものしか置いていない。帝国上級士官学校の生徒の自宅は大宮殿が九割近いので、どの生徒も二大公と似たような部屋である。
 部屋に荷物を持ち込み、家財道具を増やすのは王国出身者が多い。
「……と、言う訳で、間違ってしまったようなのですよ、ヒオ」
 ゾフィアーネ大公マルファーアリネスバルレーク・ヒオ・ラゼンクラバッセロ。
「仕方ないでしょう、ナスター」
 エシュゼオーン大公デッシェルファルネカルティト・ナスター・メルキュランタ。
 二人とも自分の名前は長いという自覚があるので、普通に話す際には、もっとも短い部分で呼び合っている。
「間違ったのは分かったのですが、正答はもらえませんでした。残念なことです」
「正答をもらえなかった”もやもや感”を、私にも与えて苦しませるとは! やりますね、ナスター!」

 この二人がなんの話をしているのかというと……ここから時間は少々遡る。

「ガルベージュス公爵とミーヒアス様の性格的共通点は、ありませんでした」
 エンディラン侯爵に”婚約者をしっかりと捕まえておいてよ! あの男逃がしたら、貴方だって痛手でしょ!”と叫ばれ続けたエシュゼオーン大公は、とくに危機感はないものの、婚約者を詳しく調べたことがなかったことに気付き、改めて身上調査をゾフィアーネ大公に依頼した。
「また面白いことを」
 依頼されたゾフィアーネ大公は、幼馴染みの希望を聞き入れて、開示されている記録の全てをまとめて彼女に差し出した。
 それらに目を通し、デルシが皇帝と共に帝星を離れているので、騒ぎを起こすと面倒事になることは分かっているので、酒を飲まずに女に手を出して過ごしているキルティレスディオ大公の所へと顔を出して、
「ミーヒアス様にお聞きしたいんですけれども」
「なんだ」
「ミーヒアス様とガルベージュス公爵、どこか似ている所ありますか? 首席卒業や血筋ではなく、性格などの方面で」
 本人に直接聞いてみた。
「……」
 酔っている時に聞かれても厄介だが、素面の時に聞かれると、これほど答え辛い話もない。
「……」
「あのな、ナスター」
「はい」
「俺とあいつ、似てるところあるか?」
「見当たらないのでやって来ました」
「来てもあるわけねぇだろ」
「でも、それですと、困るのです」
「なにが、どう困るんだよ。言ってみろ」
 豪奢な絨毯を敷いた床に胡座をかいて座っていたキルティレスディオ大公は、左腕を体の後方について上半身を預け、煙管を持った女に手を伸ばして受け取り噛み右膝を立てる。
「あのですね。先日、エンディラン侯爵とお話をしておりまして」
「エンディラン……ああ、あのデヲント・プロレターシャな。あれがどうした?」
(デヲント:皇帝の血を一切引いていないのに、皇帝の容姿を持っている個体のことを指す)
「彼女とお話をしていたところ、ガルベージュス公爵は私の好みではないことに気付いたのです」
 煙管を吸い口寂しさを誤魔化しながら、キルティレスディオ大公は話を聞き続ける。彼からして見ればエシュゼオーン大公は孫にあたる年頃。
 人生について悩みがあるのならば、聞くだけなら聞いてやろうと。
 政略結婚は婚約の段階で取り返しがつかなくなったものの、それ以外のなにも生み出さない、浮つくだけの色恋沙汰は生来の能力の高さで、易々と乗り越えて生きてきたキルティレスディオ大公。
「そもそも、お前の好みは誰なんだ?」
「五歳の頃にミーヒアス様と両親に言って以来”男見る目ない”という烙印を押されてからは、誰にも興味を持ちませんでした。その後、ガルベージュス公爵の婚約者選びの列に並び、見事な血筋と才能で婚約者に選ばれてしまいました。ですから好みは初恋の人で、私に烙印を押してくださったミーヒアス様、貴方です」
 脇で聞いているキルティレスディオ大公の愛人たちは、身の置き場に困ったが、勝手に退出する訳にもいかないので、どの女性も麗しい顔をうつむき加減にして、美しい長い髪で表情を隠した。
「そりゃ悪かった。いたいけな五歳の娘に、そんな烙印押してたとは気付かなかった」
「エンディラン侯爵が”ガルベージュス公爵をちゃんと捕まえておいてよ!”と叫んだことが切欠でここまでやってきたのです。解っていただけたでしょうか?」
 思考回路の飛び具合は、皇王族同士なので理解できる。
「俺が好きだったのなら、ガルベージュスは好みじゃねえだろうな」
「やはりそうですか!」
「でもよ。いまのお前は自由だから、遊んでもいいんじゃねえの?」
「はい?」
「ガルベージュスがデヲント・プロレターシャとどうなるのかは解らねぇが、押しと政治的なことで、ガルベージュスがデヲントと結婚した場合、お前には良い男が用意されるだろうよ。五歳のお前は知らないが、今のお前は好きになった相手と絶対結婚する! なんて騒ぐ馬鹿とは程遠い。俺がここで女と遊ぶように、お前だって好きな男と遊べばいい。お前の頭脳と身体能力なら遊んでいてもトップ10以内を維持できるだろ。なあに、意外と今のお前はまともな相手を好きになるかもしれない。遊ぶだけでも良いだろう」
 キルティレスディオ大公の勧め方は悪いが、内容は悪くはない。ガルベージュス公爵同様、この年まで異性に興味を持たずに生きてきたエシュゼオーン大公が、将来的におかしな行動を取らないためにも経験を積むのは必要。
 あのガルベージュス公爵の奇行を前にすると特に。
「ミーヒアス様の愛人に立候補」
 ”それじゃあ!”とばかりに”にこにこ”しながら挙手したエシュゼオーン大公だが、
「不採用」
 キルティレスディオ大公はそっぽを向いた。
「どうしてですか。おっぱいもありますし、美人ですし、なにより若いですよ!」
「お前に手を出したら、愛人で済ませられるわけないだろう」
「大人のお付き合いってことで」
「大抵のことは諦めて流して下さる陛下だが、お前に手出したとなると俺、まともに働かなけりゃならなくなるだろが!」
 キルティレスディオ大公は王女に手を出したら即刻処刑、身内に手を出した場合は正式結婚の上に激務を課されることになっている。
 死にたいわけではないので、王女に手をだすことはなく、激務など御免とばかりに手を出す女は全部身内外。
「ミーヒアス様、働かなくても養って差し上げますよ。それ以前にミーヒアス様働く必要無いでしょう」
「ガルベージュスの婚約者で女皇殿下に手を出したら、逃げられねぇ。俺は二度目はないって言われてるんだよ」
「婚約破棄に関してですか?」
「そうだ」
「婚約破棄者同士、仲良くなれそうですが」
「お前等二人の前向きで前途有望な婚約破棄と、人生投げた婚約破棄を一緒にするな」
「デルシ様は人生投げてませんけど」
「まあな。婚約破棄したのは俺だからな」
「でも一世一代の大勝負だったと聞きましたよ、ミーヒアス様の婚約破棄。帝国史に残る婚約破棄っぷりって」
「……まあ、その、なんだ。ナスター」
「はい?」
「お前じゃなかったら、殴り殺してる所だから、そろそろ俺の婚約破棄話から離れろ」
 随分昔に自分が原因で一方的に破棄した物だが、触れられると未だに古傷が疼き、それと共に羞恥がわき出して暴れたくなる。彼のこういった所は、昔と変わらず子どものままであった。
「はい」
「それに俺は年齢差2〜3歳くらいの間の男と仲良くなれと言っているんだ。四十ちかくも年の離れた男じゃなくてな」
「年齢差2〜3歳の男性となら、仲良くしてますよ」
「そう言う意味合いじゃなくてな。昔から言われていることだが、男は同い年の女に比べて精神的に幼い奴が多い。だから物足りなく感じる女もいる。成長した女の何割かは年下の男の物足りなさを好むようになる。これは成長してしまえば、どうとでもできる問題だ」
「はあ?」
「だから成長する前に、それを実感しておけ」
「何故ですか?」
「今しか経験できないことだからだ」
「…………なる程。この年齢の私が同い年の男性と、ちょっと深く付き合うというのは、さまざまな経験が出来るということですか」
「ガルベージュスはお前の好みじゃねえが、ありゃ完璧だから女の好みではある。あいつ、何でも出来るから楽だっただろ」
 ガルベージュス公爵と共にいると、確かに自身も成長するのだが、あまりに完璧なので、自分が成長したことすら気付かない。
「そうですね」
 自分が《自身の不足》に気付く前に、ガルベージュス公爵により見事に不足のない状態にまでに成長してしまう。自分を振り返る、自分を知るというのには、ガルベージュス公爵は本当に向かない相手。
「デヲントの恋に破れたら、あいつは素直にお前と結婚して、今まで通りの態度で生きていくだろうし、お前に用意される婚約者はガルベージュスに似た、精神的にやたらと発達している男だろうよ。だから、今しかねぇよ」
「聞けば聞く程、ミーヒアス様ほど適任はいないんですけれどね。でも年齢かあ」
「俺は成長もなにも見込めない男だが、お前と同い年のおっちょこちょいは成長する。その違いだな」
「ミーヒアス様の駄目ぶりは、成長途中に見えますが」
「そうだな。どこまで落ちるか、俺自身見物だが、これは俺だけの見物であって、お前に見せてやる気はない」
「もう、照れ屋さん!」
 キルティレスディオ大公の肩を元気よく、普通の人間なら壊れるくらいの力で叩く。
「照れ屋でもねえが。お前は皇王族の男以外と付き合ってみろ。ゾフィアーネやジーディヴィフォは駄目だぞ。あいつらとお前は言わずとも解るかな。皇王族も大体同じ動きをするから、王族出身者がいいだろう」
「……」
「なんだその目は」
「私の心の中画像で、ミーヒアス様に矢印がついていて、脇に注意書きが」
 エシュゼオーン大公の心の中では「キルティレスディオ大公(画像)←王族と経験を積まなかったために……(赤のちょっと下手な字)」という画像が合成されていた。
「なんの注意書きかは解ったが聞かないでおいてやる。ともかく王国出身者の男と付き合え」
「解りました。ミーヒアス様お勧めの人はいますか?」
「居ねぇな。あの年で俺以下なんて居るわけねえだろ。同級生の女共に聞けよ」
「良い人紹介してくれますかね?」
「自分が好きな男以外を紹介してくれる筈だ。聞いたからには、その女が言わなかった男、もしくは否定した男には手出すなよ」
「機微というやつですね」
「そうだ。お前等若い皇王族は、真っ直ぐが真っ直ぐ過ぎて、突っ切ってるからな」
「それが売りです」
「ちなみに最後に言った”その女が言わなかった男には手出すなよ”は言うなよ」
「難しいですね」

 そんな話をし、煙管を持ったキルティレスディオ大公に部屋を追い出されるように見送られたエシュゼオーン大公は、寮へと戻ってきて、
「……というわけで、私に似合いの駄目っぽい王国出身者の方を紹介してほしいのです」
「……」
 そこにいたエルエデスと、
「……」
 メディオンに尋ねた。
 無言になった二人だが、答えなければ逃げられないだろうことは解ったので、出来るだけ無難な相手を教えることにした。
 エルエデスは、
「ケーリッヒリラは該当しないだろうな」
 エヴェドリットが誇れる気配り上手は、エシュゼオーン大公の行動をフォローしてくれるだろうから除外しろと。
 メディオンは、
「ヨルハも該当せんじゃろう」
 もう一人のエヴェドリット貴族の名を上げた。子爵と一緒にいることの多いヨルハ公爵を、メディオンはよく見る機会があり、その際に気付いたのだが、ヨルハ公爵は子どもっぽいところもあるが、駄目男からは程遠かった。メディオンは説明はできないのだが、ヨルハ公爵の動きと態度、どれもがメディオンに「敵わない」と思わせるものがあった。
「……」
「どうしたのじゃ? エシュゼオーン」
「解りました!」
「なにがじゃ?」
「ケディンベシュアム公爵が好きなのはケーリッヒリラ子爵で、メディオンが好きなのはヨルハ公爵なんですね!」
 《好きなんですね!》と言わないようにと、キルティレスディオ大公は教えなかった
「違う! 我はケーリッヒリラみたいなの……つっ!」
「違うわいぃ! 儂はヨルハなんぞのああ!」
「”ゼフなんぞ!”たあ、なんだ。このローグ!」
「”エディルキュレセみたいなの”とはなじゃ! このシセレード!」

※ ※ ※ ※ ※


「……と、言う訳で、間違ってしまったようなのですよ、ヒオ」
「仕方ないでしょう、ナスター」
「間違ったのは分かったのですが、正答はもらえませんでした。残念なことです」
「正答をもらえなかった”もやもや感”を、私にも与えて苦しませるとは! やりますね、ナスター!」
 メディオンとエルエデスが言い争いになったのを放置して、彼女は部屋へと戻ってきた。
「争いを放置して帰ってきたのですね」
「そうですね。悪いことをしたでしょうか」
「さあ。でも気になりますね」
「気になるでしょう」
「気になりますが、いまの問題は貴方の遊び相手です」
「そうですね」


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