君想う[072]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[123]
「ライフラ・プラトではないのか?」
 メディオンは思っていることを正直に答えたが、答えは違った。
「違います。私の持っているライフラ・プラトは三つの能力の中で危険度は最低です。もっとも危険なのは、エターナ=ロターヌ。相手に感情を伝えてしまう能力です」
「……」
 外れたことを悔しいとも、恥ずかしいとも思いはしなかった。
 真実を知るのに、それは無意味であることを、メディオンは王国から離れて暮らすようになってから”感じる”ようになった。
「記録を盗まれたり、記憶を見られたりすることを恐れるのは当然ですが、記録も記憶も”存在”するものですから、これらの特殊能力を使わずとも暴くことは可能です。記録はそのシステムを乗り越え、記憶であれば拷問や薬で。ですが感情だけは不可能です。あれの前には言葉による洗脳など児戯にも等しい」
「感情?」
 メディオンは考えを伝えることが出来ると覚えていたのだが、
「そうです」
 ゾフィアーネ大公は”感情だ”と言い張る。
 自分の意見に固持する必要もないので、メディオンは耳を澄まし、ゾフィアーネ大公の心地良い声に耳を傾ける。
 内容は心地よさとはかけ離れているが、興味だけではなく声も捕らえて離さない。
「私と兄さんの失敗談になりますが、幼い頃、私と兄さんは様々なシステムに侵入して、記録を取り出して遊んでいました。面白くて様々な情報を取り出し続け、その結果、私は自身の情報処理能力を超える情報を脳に取り込み壊れかけました。それを救って下さったのが、ガルベージュス公爵です。公爵は私が取り出した情報の十分の九ほど消してくれました。今は成長し、情報を処理するための”知識”と言う名の能力も得たので、あの時のような失敗はしません。それで壊れかけた私ですが、情報を消すとすぐに戻りました。その時公爵から言われたのですが”あなたを救うことはできます”と。では救えない人がいるのですか? と聞くと”大体の人は救えない”と言いました」
「……」
「私は機械から情報を取り出します。記憶媒体に感情はありません」
「そうじゃろうな」
「”なにかを”忘れたいと願う人は、ほとんどが”感情”なんですよねえ。公爵は記憶の消去できますが、感情は消去できないのです。記憶がなくても感情は残り、その感情はどことも繋がりませんが、息絶えることもありません。感情は空気がなくとも食料がなくとも、その人が生きている限り残ります」
「……」
「ギュネ子爵が言っていたのですが、マルティルディ様はことある事に彼を”レイプさせるぞ”って言うんだそうです。彼、レイプされたらどうなると思います?」
「どう……とは?」
 とつぜん話を変えられて、遊ばれているなと思いながらもメディオンは食いつく。
「私は情報を手に入れられますが、兄さんがシステムを起動させてくれない限りは手に入れられません。これらの能力は、どこかにストッパーがあるのです。私の場合はそれが兄であり、別の個体でした。システムから情報を取り出す場合は、私たち兄弟のような形でも問題ありませんが、人間から情報を取り出す場合、一つの個体に両方が揃っていなければなりません。能力は”能力”であり、ストッパーは”感情”です。ケーリッヒリラ子爵は記憶を読むことを嫌い、出来る限り回避します。それは彼の感情であり、能力に制限を与えます。ギュネ子爵は感情を伝えることができます。彼は感じた恐怖をすべて伝えることができるのです。普段の彼は触れても簡単には意識は伝わってきません。それを制御しているのはやはり感情です」
「よく分からん」
 説明するとは言ったものの、ゾフィアーネ大公は解り易く説明するつもりなどなかった。解り易く説明できないという面もあるが、相手を見て話すつもりは最初からない。
「彼に触れた人間は、彼の感情をダイレクトに感じることができる。即ち、彼をレイプした場合、相手は彼が感じた苦痛や不快感、そして自分の行為をダイレクトに感じるのです。よって理論上、彼をレイプするのは不可能です」
「もしも、ネロムがなんとも思わなかったら?」
「ほぼ感情がない状態でしたら、近付くこともできません。感情の無い人は、相手に考えが伝わっても困りませんので、感情を出しっぱなしです。そんな状態のエターナ=ロターヌに近付いたら自身の感情が殺されます」
「ネロムの感情は重要なものなのじゃな。あれから感情を奪うと、大変なことになると」
「そういうことです。彼は負の感情を相手に伝えることができます。ロターヌ=エターナとエターナ=ロターヌは名称が《逆転》しただけなので、似た能力と思われがちですが、実際はまったく違うものです。前者のロターヌ=エターナは私と同じく、自分の脳で処理して理解しなければなりません。違うのは、その記憶に付随してくる感情も上手く処理しなくてはならないこと。エターナ=ロターヌは処理する必要はありません。その代わり、自分がある人は、伝わらないように己の感情を制御しなくてはなりません。自分の感情だから上手く制御できるだろう、簡単だろうと思われがちですが、自分に感情を完全にコントロール出来ている人など、そうそういません」
「たしかに」
「実体のない感情が入り込んできたら最後、どうやっても消せません。ギュネ子爵は相手に体験したことのない、記憶にない恐怖を感じさせることができます。理由がないので消すことはできません。意味の解らない恐怖だけが居座ることになります。そうなったら公爵でも、どうすることもできません。その身に他人の感情が巣くうのです」
「ネロムがたまに”ぼうっと”しているのは、感情を制御するためなのじゃな?」
「いいえ。彼のアレはただの性格です。ケシュマリスタ男って、ぼうっとしている人が多いんです。私のように」
「……」

―― この男が”ぼうっと”しておったら、世の中の者は、ほとんど”ぼうっと”している状態じゃ

「どうしました? メディオン」
「主の”ぼうっと”の範囲が良く解らん」

※ ※ ※ ※ ※


 マルティルディとイデールマイスラの面会は続いているのだが、
「……」
「……」
「あいつ、どこに行ったんだよ」
「聞くな……なのじゃ……」
 エンディラン侯爵は付き人を降りた。
 ”寮に近付きたくない!”という彼女の希望をマルティルディも聞き入れた……のだが、
「たしかにロメララーララーラは大宮殿にいるけどさ」
「大宮殿は奴等の実家じゃからな」
 そんな事はお見通しだったのか、愛によって引き寄せられたのか?
 ともかくガルベージュス公爵も大宮殿へと向かった。
 二人きりになってしまったイデールマイスラとマルティルディは、向かい会って座り、
「……」
「……」
 溜息を漏らすこともなく無言のまま。その沈黙のまま面会が終わるかと、イデールマイスラは思ったのだが、
「なんか話せよ。学校とか寮で面白いことあるんだろ。下らないことでもいいけどさ」
 マルティルディからの思いがけない言葉に、
「お、おお……ま、まあ……どんなのが良いのじゃ」
 驚きながら楽しんでもらえそうな話を探す。
「色恋沙汰以外がいい」
「そうか。えーとじゃなあ、あー研修先での出来事なのじゃが……」

 話の内容は普通であったが、二人がまともに会話をしたのはこれが初めてとも言えた。

 初めて”会話”をしている二人の隣の部屋では、
「やあ、クレッシェッテンバティウ。久しぶりだね」
「こんにちは、イネス公爵」
 今回の付き人のイネス公爵ダグリオライゼ、後の皇帝サウダライトとジベルボート伯爵が、ケーリッヒリラ子爵の部屋で時間を潰していた。

※ ※ ※ ※ ※


 部屋の主である子爵は、クロントフ侯爵と共に迷宮入り事件の現場巡り中。楽しそうだということで、ヨルハ公爵も付いて来た。
 解決されていない殺人の現場にエヴェドリットという不吉極まりない組み合わせだが、
「殺人事件! 殺人事件!」
「未解決! 未解決!」
 クロントフ侯爵とヨルハ公爵は楽しげであった。
「休みだからついて来なくても良かったのに」
「いいえ。本官も興味がありますので。それに休日返上は何時もの事です! むしろ休日に休むことのほうが慣れません」
 兵長も付き合ってくれ”迷探偵たち”は迷宮事件ツアーを楽しんでいた。殺人現場を楽しむというのは、不道徳であり褒められたものではないが、
「人を殺した場所が現場と呼ばれて、調べられるなんて!」
 殺人の認識が一般人とはずれているヨルハ公爵と子爵に、
「犯人は現場に戻ってくるのですよ!」
 マニアに何を言ってもどうしようもないと「解らせてくれる」クロントフ侯爵。

 子爵の場合、一般人とずれていないと、一族として抹殺される恐れがあるので、ずれる必要があるのだ。

 市民であり警官である兵長はというと、不快に感じることはなかった。大貴族の三人が興味を持ってそれらの現場を見て回ったことを上司に報告すると、予算が下りて捜査チームを少数ながらでも再編成してもらえる可能性がある。
 それがあるので、積極的に携わることにした。
 クロントフ侯爵は痕跡など残っていない道路に頬を押しつけて証拠品を捜し、推理がよく解らないヨルハ公爵も似たように道路に頬を押しつけて、道路そのものを凹ませてみたり。
「道路の補修はこっちでする。保全課には我から連絡しておくから、心配するな兵長」
「はい、閣下」
 ヨルハ公爵が壊した物の修理を依頼し、本来修理する部署に「必要無い」と連絡する子爵。兵長は、遠巻きに目立つ三人を見ている人たちを、眉間に皺を寄せて厳しい表情を作り、手と頭を振り、時には口元に人差し指を当てて「早く行け」と追い払う。
「二人とも、そろそろ昼食だ」
 放って置いたら一日中殺人現場を笑顔で転がりかねない二人の襟を掴んで、子爵は無理矢理立たせた。
「昼食なんて要らないよ、ケーリッヒリラ子爵」
「いいのか? レストランを予約して、この現場の第一発見者を呼んだんだぞ」
「……」
「兵長が話を聞いてくれるのか! シク」
「そうなる……」
「そういうことなら、早くに教えてくれ! さあ! 行こうか!」

―― コンタクトが取れたなんて前もって教えたら、我慢できなくなって第一発見者の家に乗り込んだだろうが

 子爵がそう考えるのも当然なほど、クロントフ侯爵は未解決事件に対しては、良く言って「情熱を持っている」普通に言えば「非常識な行動を取る」状態であった。
「兵長も料理を楽しんでくれ」
「料理の代金はお支払いしますが」
「必要ない。味と値段がお手頃なところだ。気にするな」
 兵長が連れていかれたレストランは、
「……」
 兵長が普通に生きていたら「殺人現場」にでもならない限り、足を踏み入れることはないような高級レストランであった。
「お酒飲む? カスティエータ」
「飲まないよ。酔って推理はできないからね。もっとも、推理している自分に酔っているから、少しでも酒を飲んだら両方の酔いで泥酔しかねない」

―― 解ってるのか……

 今回は三人だが、次回の迷宮入り事件現場巡りツアーは最低でも四人はプラスされることになる。
 一人は今日見合い中のメディオン。もう一人は強制的に決闘に参加させられているザイオンレヴィ。そして自主作製のホラー映画の主演女優を務めているエルエデス。
「ぎゃああああ! くんなあああああ!」(作り物の幽霊が”ゆらりゆらり”と近付いてきている)
「見事な叫び声です、エルエデス」
「なんて迫真の演技!」
 そして、ただいま接待中のジベルボート伯爵。
 子爵は誰に押しつけられたわけでもなく、積極的に”やろう”としたわけでもないが、自然の流れというべきか、当然と言うべきか? 次のミステリーツアーの食事や休憩場所を既に考え始めていた。
 子爵はこのことが切欠で幹事役になることが多くなり、卒業後も集まる時は子爵が日程を決めたり、会場を押さえたり、参加者の人選をしたりするようになる。

※ ※ ※ ※ ※


「ところで、うちの息子は?」
 特に話があるわけではないが、父親がやってきたら出迎えるくらいのことはするだろう息子の姿が見えないので、イネス公爵は”取り敢えず”尋ねた。
「ガルベージュス公爵閣下に勝負を挑まれて帝星のほうに」
「あ、そう。マルティルディ様とイデールマイスラ様の面会が終わるまで付き合ってね」
 エンディラン侯爵がガルベージュス公爵に惚れられた――
 その結果、イネス公爵のところには、見合いの申し込みが幾つか舞い込んでいた。狙いはもちろんザイオンレヴィ。
 誰も彼がガルベージュス公爵に勝てるとは思っていないので、六年後に結婚適齢期になる姫たちの親から申し込みがあったのだ。
 イネス公爵はそれらを適当にさばき、マルティルディの機嫌を伺いながら、大事にならないように尋ねる日々。

―― うちの息子、マルティルディ様のお気に入りだから、下手な娘と縁談組めないんだよねえ。ああ、ロメララーララーラで決定して安堵してたのに

 息子の婿入り先を適度に悩んでいるイネス公爵に、
「はい……あのですね、イネス公爵」
「なあに」
「切実なお願いです」
 今日わざわざ残ってイネス公爵を接待することにしたジベルボート伯爵が、真の目的を語る。
「なんだい?」
 特異体質のエンディラン侯爵とは違い、イネス公爵は談話室あたりでフェルディラディエル公爵に相手をしてもらっても良いのだが、あえてジベルボート伯爵は子爵から私室を借りて、この場を作った
「マルティルディ様のお付きは、イネス公爵がずっと務めてください。来週フェルガーデ様で、再来週がライアスミーセ公爵で、その次がランドレッサ伯爵……は大丈夫ですけれども!」
「でもみんなマルティルディ様のお伴したいって言うし。接待は君じゃなくて、違う人に頼めばいいんじゃないのかね?」
「フェルガーデ様、僕に接待するように命じて……そしたら、そしたら……何れはオヅレチーヴァ様が来るとか言ったら僕……あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛!」
 頭を抱えて人々を不安のどん底で墓穴を掘らせるような声で叫び出す。
 イネス公爵も”オヅレチーヴァはねぇ”と、いびられて死亡した先代カロラティアン副王を脳裏に描き、皇妹を下賜された自分の父親も似たようなものだったなあと、恐かった母親を思い出して、全面的に協力することにした。
「ああ……そうねえ……うん、まあ、要するに君が接待しなければいいだけだよね。そういう風に決めてしまえばいいんだね。それなら任せなさい。そうだね、君も勉強が忙しいだろうしね」
「はい! お願いします! 絶対にお願いします!」

―― 正直者だねえ、クレッシェッテンバティウ。殺されたお父さんに、全然似てないねえ。それにしても誰に似たのかねえ、お母さんもオヅレチーヴァと互角張る性格だったし、サルヴェチュローゼンが不思議がってるのが良く解る

 ケシュマリスタの美しい女に性格の良い者はおらず、ケシュマリスタに嫁いでくる女に性格の良い女はいない ―― それは至言である。


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