君想う[067]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[118]
 大宮殿に戻った皇帝は、打ち上げで生徒が羽目を外さぬよう監督する任務を背負ったために、生徒たちの飲酒見ながら素面でいなくてはならないという、酒好き酒乱には厳しい拷問を課せられているキルティレスディオ大公を呼び出した。
「陛下? どうなさいました」
『ミーヒアス。来年からは巴旦杏の塔の警備も任せる』
「はあ……」
『来年にはランチェンドルティスが死ぬ』
「そう……ですか」
『ガルベージュスが騒がしくなるであろうから、その監督も頼むぞ。ミーヒアス』
「はい。でもまあ、ガルベージュスですから、俺が監督するまでもないでしょう。相手は日光に弱いだけで、異形でもありませんしな」
『馬鹿者。ガルベージュスが恋した娘が異形であったら、貴様に監督など命じぬわ、ミーヒアス』
「たしかに」
『助言してやるのなら、ベルにしろ。異形の妻への接し方に悩んでいるようだからな』
「そうですねえ。でも俺の助言は悪い方に働きそうです」
『そうかもな。貴様とデルシの間に何があったのかは分からんが、そう言うのだからそうなのであろう』
「……エデリオンザは年齢調整しないのですか?」
『本人が必要ないとな。結婚するわけでもなし、好きにさせておる』
「そうですか」

※ ※ ※ ※ ※


―― 何故じゃ! 何故、儂はエディルキュレセに会えぬのじゃ!

 メディオンは子爵を捜して走り回っていた。その後ろには、寮祭に「来たい」とメディオンに頼み招待してもらったジータ公爵家の三人がつきまとっていた。
 ジータ公爵家はメディオンに直接依頼できることから解る通り、テルロバールノルの名家である。
 もちろんローグ公爵家は完全に別格だが、デーケゼン公爵家やタカルフォス伯爵家(副王)と並ぶ名門で、地球時代から続く貴族の一門。そのジータ公爵家の三人、長女ロントコーファー、二女セドルトトーファー、三女フランカラトーファーだが、実はローグ公爵から「寮祭でメディオンに変な男がつかぬように見張れ」と依頼されてやってきていた。
 三人は挨拶が終わって「儂は用事がある」といって去ったメディオンの後をつきまとっていた。メディオンはついて来ようが付いて来るまいが、あまり気にはしてないのだが、その三人が問題であった。

「シク、殺気が近付いてるから逃げよう」
「そうだな。あっちに行くかヴァレン」

 背後の三人、殺気を出してメディオンの後ろをついて歩いていたのだ。
 メディオンは殺気に鋭くはない。背後の三人を疑うこともしてはおらず、そもそも殺気はメディオンに向いていないので気付き辛い。
 対するヨルハ公爵や子爵は全方位、誰に向けた殺意でも気付く能力が高い。
 普段であれば殺意の元へと近付くヨルハ公爵だが、寮祭を楽しんでいることと、なにより殺意の主が殺意は強いが本体は弱いことを見抜いて、戦っても楽しくはないとばかりと避けていた。
 そのため、メディオンがどれほど追いかけても、子爵に会えないのだ。

―― 風船がなくなってしまったら……

 寮祭で風船を配ると聞き、一緒に選んだメディオンは、風船をもらうのを楽しみにしていたのだがどうにも会えず、寮内で増える風船を持った人たちを見て焦る。
「イヴィロディーグ!」
「なにをしておるのじゃ? メディオン」
 寮祭も残すところ僅かとなった頃、メディオンと会ったヒレイディシャ男爵は、まだ風船を持っていないメディオンに驚いた。
「エディルキュレセが見つからないのじゃ」
「当たり前だろう! 後ろのジータの公女どもが殺気を放ってお主につきまとっているのじゃから! あいつらは騒ぎを起こすまいと避けてるじゃろう!」
 ヒレイディシャ男爵に指摘され、メディオンは振り返る。「ローグの姫君」の本気な視線をぶつけられた三姉妹は、円になり指をさして互いに首を振る。
「ここは儂に任せて行け、メディオン」
「任せる? 邪魔であろう?」
 ヒレイディシャ男爵は婚約者と共に寮祭を楽しんでいた。
 鉄仮面なので表情からは何もうかがえないが、彼なりに楽しんでいたのだ。なにせ婚約者と歩いていると、面倒な皇王族に声をかけられないので、自分のペースを保てるので、とても気楽。
「儂のことは気にするな。行け! もう二十四時十六分じゃ。急げ!」
 (帝国は一日二十五時間:一時間六十分)
 日付変更十分前に終了し、日付が変わった直後から打ち上げになる寮祭。
「……後で礼はする! 任せたイヴィロディーグ、グラドシャ」
 そう言い、メディオンは駆け出した。
 追おうとする彼女たちの前に立ちはだかるヒレイディシャ男爵と、彼に一斉に攻撃する三姉妹。
「儂等はメディオンの側近としてじゃな」
 この三姉妹はメディオンより年上だが、将来的には部下となることが決まっている。メディオンにとって「儂のルグリラド様」が大事であるのと同じように、三姉妹にとって「儂等のメディオン様」なのだ。
「帝国上級士官学校受かってから言え」
「……」
 三姉妹は大宮殿で貴族の姫君として振る舞う分には問題ないのだが、勉強ができなかった。勉強ができなくても賢ければ……というのは、下の階層にだけ当てはまることで、上級貴族の中でも上位にいる貴族がそれではやや頼りない。
 とくにテルロバールノル貴族は国内だけで婚姻を結ぶ傾向が強いため、人間の度合いが多く身体能力では劣るので、頭脳は比肩していなければ地位が維持出来ない。
 だが勉強ができないのは治るものではないので、しっかりとした貴族の後ろ盾を持ち、その庇護の元生きていくように現ジータ公爵は整えた。
 その庇護を与えるのはローグ公爵家。
「儂等が勉強できぬこと、貴様は良く知っておろう!」
「まあな。国内模擬試験の選定試験で落ちる貴様等じゃからな」
 帝国上級士官学校を受験する前に王国内試験が行われる。
 その王国内試験を受ける権利を得る為の選抜試験を受けるための、選定試験で三人は見事に落ちた。
「仕方なかろう! 儂等は勉強が嫌いなのじゃ! とくに軍人の勉強が嫌いなのじゃあ」
「作戦プランなんか嫌いじゃ!」
「戦争の歴史なんぞ嫌いじゃあ!」

「将校育成専門学校の寮内で、そんなことを叫ぶな、ファー三姉妹」

 ヒレイディシャ男爵は二人を、婚約者であるグラドシャは一人を引っ張り、寮の外へと引き摺る。
 三人を寮の外へと叩きだした時、ゾフィアーネ大公の「寮祭終了のお知らせ」が響きわたり、
「三人と一緒に帰りますので。殿下へのご挨拶ができないことを……」
「儂が説明しておく。ではな」
 『姫様! 姫様! 姫様!』と叫ぶ三人を連れて婚約者グラドシャは帰宅の途についた。

※ ※ ※ ※ ※


 ヨルハ公爵からドレッシングの色によく似たペールオレンジの風船を貰い、人混みから離れたところに移動したベリフオン公爵に、かつての知り合いが声をかけてきた。
「やあ、久しぶり。クロスティンクロイダ」
 毒々しいと言われる、赤の強い紫色の風船を持ったマーダドリシャ侯爵。
「久しぶりですね、トゥロエ。ロフイライシ公爵は?」
「あの方は立入禁止ですよ。冬期休暇中に寮母を襲撃した廉で」
「そうですか」
 二人は並び、目の前の光景を見ているようで見てはいなかった。
「なにか食べよう。奢るよ、クロスティンクロイダ」
「ありがとうございます、トゥロエ。それではマヨネーズでも」
「マヨネーズ、飲むの?」
「そうです」
「君のお父さんみたいだね」
「父に捧げる祈りといいますか、マヨネーズレクイエムですよ」
 何も知らない人が聞けば、考えることを拒否したくなるような内容だが、事情を知っているマーダドリシャ侯爵は、教えたいことを理解して自分の持っている「バーローズ家」の色の風船を見上げた。
「……卒業と同時に?」
「そうですね。葬儀には是非来て下さい」
「死を悼みつつ、マヨネーズ持参すればいいのかな?」
「お願いします」
「君の結婚を祝って上げられないのは残念だよ。君からは結婚のお祝いもらったのに」
「私も残念です」

※ ※ ※ ※ ※


「今年も楽しかったな、デルシよ」
「はい」
 デルシはヨルハ公爵からもらった風船を持ったまま、移動艇に乗り込み皇帝と共に大宮殿へと戻る。
「陛下」
 着陸し、出迎えの列を抜けた所で、デルシは足を止めて、年に何度かの《お願い》をした。それは直接的な願いではないが、長年の友人である皇帝には分かっていた。
「なんだ?」
「散歩したいのですが、良い場所はありませんか?」
 皇帝の護衛であるデルシは大宮殿のどこを歩くことも自由だが、唯一「許可」を得なくてはならない場所が存在する。黄金で作られた庭『夕べの園』そしてその先にある『巴旦杏の塔』
「余だけの庭を散歩すること、特別に許可してやろう」
「ありがとうございます」
 皇帝に許可を貰い、デルシは風船を持ったまま「散歩」へと向かった。
「来年には警備をミーヒアスに変更するか……」

 デルシは現在、巴旦杏の塔の周辺警備の責任者である。

 明け方目を覚ましたリュバリエリュシュスは喉の渇きを覚た。水を飲むには一階に降りなくてはならないので、部屋で一緒に眠っているランチェンドルティスを起こさぬように起き上がり、部屋をあとにする。
 喉を潤し外界を望める大窓へと近付き、夜と朝の狭間の空を見上げた。
「エリュシ」
 部屋に戻ってこないリュバリエリュシュスを心配し、ランチェンドルティスも一階へと降りてきた。
「ランチェンドルティス様」
「どうしたのだ? エリュシ」
「星が木にひっかかってしまい、夜空に戻れないようです」
「星が?」
 リュバリエリュシュスが指さした先には、木の枝に糸が絡まった光る風船。
「あれは風船だ、エリュシ」
 ランチェンドルティスは風船が”二度と来るな”と告げた相手の置き土産だと解り、リュバリエリュシュスは知らない寂寥と喜びに潤む目を閉じる。
「風船? ですか」
「ああ。子どもの玩具だ」
 先代皇帝がランチェンドルティスの元に通っていた頃「余が死ねばこの辺りの警備責任者は、お前の妹となるであろう」そう教えてくれていた。
 先代皇帝が教えてくれるよりも前にデルシを拒絶したランチェンドルティスだが、
「子どもの玩具……」
 警備責任者となった妹は言われた通りに顔は見せぬが、年に一度か二度、何かを残して行く。
「心配するな、エリュシ。無くした子どもは新しいものを親に与えられているであろう。それほど高価なものではないからな」
「そうですか。よかったです」
「風船を見ながら夜明けを待つか」
「はい、ランチェンドルティス様。いま毛布を持ってきます」
「任せた」
 両性具有であるランチェンドルティスは美しい。だがリュバリエリュシュスはもっと美しい。
「お前を一人きりにすることを許せよ、エリュシ。一人きりが辛いことを知っている我だが、どうすることも出来ぬ我を許せ」

 もうじき自分が死ぬことを知っているランチェンドルティスは、一人取り残されてしまうばかりか、いずれルベルテルセス皇太子が即位し、殺されてしまう運命を背負っているリュバリエリュシュスのことを思うと、誰に教えられたわけでもないが悲しさに胸が張り裂けそうになる。

―― 生きているうちに、教えてやらねばなあ。お前はルベルテルセスが即位したら殺されるということを……皇帝に退位しないでくれと頼んだところで……頼む術もないがなあ。現皇帝は来て下さらぬからなあ

「ランチェンドルティス様。毛布を持ってきました」
「良い子だ、エリュシ」


|| BACK || NEXT || INDEX ||
Copyright © Iori Rikudou All rights reserved.