君想う[066]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[117]
 ケシュマリスタの女性というのは、容姿だけで勝負する。
 当人たちが明言し、国の確かな基準となっているので、彼女たちに恋をするときは、性格など知らずとも見た目が美しいので好きになりました! が、通用するのである。
 むしろそれ以外の条件が付いてしまえば、ケシュマリスタ女としては不良品扱い。
 とにかく見た目だけで相手を虜にし、性格の悪さも美貌の前にねじ伏せ、絶望を感じさせるほどの意地の悪さも容姿でひれ伏せさせる。それこそが彼女たち《ケスヴァーンターン》であった。

 その為ガルベージュス公爵の一目惚れは帝国としては正しく、ケシュマリスタとしても正統。

「陛下、冗談でしょう」
 少し離れたところから心太早食い競争を見ていたマルティルディが、白骨尾でガルベージュス公爵を威嚇して、エンディラン侯爵を保護したあと、追ってきた子爵たちに彼女を預けて「寮祭楽しめよ」と気分転換に出し、デルシにガルベージュス公爵を押さえ付けさせて、事態の収拾に乗り出した。
 エンディラン侯爵はザイオンレヴィの婚約者なので”諦めさせてよ!”そう皇帝に言ってみたものの、上記の理由であっさりと断られた。
「冗談ではない。ウリピネノルフォルダルならばなんの差し支えもないしな」
「ええーやだやだやだぁ! ロメララーララーラの結婚相手がガルベージュスなんてやだ! ザイオンレヴィがいいの!」
 エヴェドリットとは違い、ケシュマリスタはガルベージュス公爵と貴族が結婚しても、反逆の意図があるなどとは考えたりはしない。
「そもそも、イネスの息子に固執する必要はなかろう?」
「そうなんだけどさあ」
 デルシとキルティレスディオ大公に押さえ付けられている、脳のリミッターが全部外れた夢見心地で鼻から心太状態のガルベージュス公爵の同室であるイデールマイスラは、
「ほれ、見苦しいぞ」
 ハンカチで心太を引っ張り出した。
「見苦しかったですか、イデールマイスラ」
「ああ、見苦しかったぞ。ケスヴァーンターンの女を追うには相応しくなかろう」
「気付かせてくれてありがとう! イデールマイスラ!」
「……その……なんじゃ。お主の趣味はあのプロレターシャじゃったのか」
 エンディラン侯爵、見た目は四代目皇帝プロレターシャに似ている。
 プロレターシャ帝は母親が二代皇帝デセネアで、父親がアシュ=アリラシュで彼女は当然のごとく美しいかった。
 母親ほど線が細くはなく、戦死した姉三代皇帝ダーク=ダーマほど凛々しくもなく、夢幻の如き祖父母のケスヴァーンターンとも違い、非常にバランスが取れている。どこを取っても女らしいが、ひ弱さはない。だが可憐で特に男は放っていけない雰囲気。
 その美しさを受け継いでいるエンディラン侯爵は、非の打ち所がない美貌を持っているといっても、誰も否定はしない。
「はい!」
「お主がいいのなら、いいのじゃが……」
 そのエンディラン侯爵よりも美しい彼の妻は、
「猶予期間? ……陛下がそこまで言うなら考えてもいいけどさあ」
 皇帝とこの状況の収集にむけて話合っていた。

※ ※ ※ ※ ※


 望んでもいないのに寮祭の主役にのし上がってしまった、
「もう、信じられない!」
 エンディラン侯爵と、
「本当に御免」
 ザイオンレヴィ。
 二人とその他がいるのは、エンディラン侯爵が希望していた模擬店。テーブルに覆い被さるようにして、
「信じられない! 信じられない!」
 今日の信じたくはない出来事を徹底的に否定する。
 そうでもしなければやっていられない! それがエンディラン侯爵の正直な気持ちであった。
「腹減ってると、怒りっぽくなるから」
 子爵は”取り敢えず”注文した、料理を並べて勧める。
「信じられない!」
 叫びながらエンディラン侯爵はフライドポテトにフォークを突き刺した。
「シク、ここは任せてください」
 その脇で勢いに負けつつも控えているジベルボート伯爵が”行ってください”と促す。
「どこに行くの? エディルキュレセ」
「風船を膨らませに」
「風船?」
「ピエロの格好をしたヴァレンが配って歩くんだ。その風船造りを頼まれてな」
「ふーん。じゃあヴァレンに私のところにも風船届けるように言ってね」
「ああ」
 子爵はジベルボート伯爵に「済まん」といった風に手を上げて、風船を膨らませる気体が入った装置を背負い、無数の風船を持って、喜び勇んで着換えているヨルハ公爵の元へと向かい風船を膨らませて紐を付ける。
 顔色は悪いが上機嫌なピエロ・ヴァレンが現れて、色とりどりに様々な形の風船を見て興奮して声を上げ、それを握ってよろよろと歩きだす。
「ノースラダスタ! 風船あげるよ!」
「おっ! ゼフか。もらっていいのか?」
「うん!」
 ただ風船を配り歩くだけなのだが、ヨルハ公爵は喜び、もらった方も、
「ありがとね、ヴァレン」
「いやいや、もらってくれてありがとう、ジュラス」
 なんとなく楽しくなる。
 後ろで気体を入れ端を結んで紐を括り付けている子爵も、やたらと楽しかった。
「デルシ様!」
「ゼフか」
 皇帝とマルティルディの間でガルベージュス公爵とエンディラン侯爵について、協定が結ばれたのでデルシはまたエルエデスを伴い寮内を歩いていた。

―― あの協定で……あれは協定になるのか? その……なんで我はあの女を不憫に思って……

 脇で合意に至る迄の話を聞いていたエルエデスは、これからエンディラン侯爵の身に起こる出来事に、いままでからかわれたことを覚えていて尚、同情した。
 重いようで軽いヨルハ公爵の足音が二人に近付いてくる。エルエデスはヨルハ公爵のピエロの格好を手伝ったので、この場で見ても驚きはしなかった。
 ただ手に持つだけでは飽きたらず、両肩にまで風船を山ほど付けた姿は、少しばかり意表を突かれはしたが。
「デルシ様、風船どうぞ!」
「色を選んでもいいのか」
「色も形も、どれでもお好きなものをどうぞ!」
 スタンダードな形にハート型。少し空気を入れるのに手間がかかるスペード型やクラブ型。内側に軽い骨組みを入れて作るダイヤ型や星形。メロンや西瓜、林檎や苺に見えるものなど。
「……ゼフ、夜空で光るようなものはないか?」
「ありますよ。このスタンダードと、星形は全部かな」
「ではスタンダードをもらうか」
 デルシはそう言い風船を受け取った。
「エルエデスは?」
「要らん」
「そっか。じゃあ打ち上げの時にまた! それでは失礼します、デルシ様」
 子爵は風船を膨らませる手を休めて頭を下げ、ヨルハ公爵と共に、また風船を配り歩く。
「大人になると、このような機会でもない限りもらえんぞ」
「……」
「この風船はやれぬか。欲しくばゼフからもらえ」

※ ※ ※ ※ ※


「……」
 皇帝とマルティルディの間で結ばれた「協定」を聞かされたエンディラン侯爵は、酷い顔をしていた。
 毒を吐く可愛らしい口元は両方の口角が下がりへの字になり、細く形の良い柳眉は端が持ち上がり形が崩れ、眉間に皺がより、視線は批難のみ。その視線を受けているのはマルティルディと共にやってきたイデールマイスラ。
「イデールマイスラの世話してもらってるし、これでも僕の夫だしさぁ。同室ってこともあるから無碍にもできないんだよ」
 頬杖を付いてさしものマルティルディも疲れた表情で、エンディラン侯爵に協定の内容を語った。
 皇帝とマルティルディが結んだ取り決めは「六年間はガルベージュス公爵を自由にしてやる」というもの。六年間、ガルベージュス公爵からの求愛をはねのけ続ければ、エンディラン侯爵はザイオンレヴィと結婚することができる。
 六年間は長いようだが、五年間は帝国上級士官学校在籍なのであまり自由はない。本当は五年で打ち切らせようとしたマルティルディだったが、

「去年一年間、彼女の美しさを知らなかったわたくしを憐れと思って、あと一年! あと一年下さい!」

 ここは引き下がった。
 せっかく「期限」を自ら提示しているのだ。これを無理矢理縮めるよりは、相手の意見を受け入れた形にしたほうが何かと都合がいい。
 事実、ガルベージュス公爵は皇帝に「六年間でエンディラン侯爵を振り向かせる」はっきりと誓った。
 皇帝が《至宝》とまで言う男からの求愛を突っぱねることができる条件をもぎ取ってきてくれたマルティルディには、言葉にできないほど感謝しているエンディラン侯爵だが、
「……」
 容姿が似ている上に《こいつがマルティルディ様と仲良くしないから、マルティルディ様が足を運ぶ羽目になって……その結果私が!》この事件の責任の半分くらいは背負ってもいいイデールマイスラには憎しみしかない。
 殺意ではなく害意がだだ漏れの視線に晒されたイデールマイスラは、
「わ、儂が……その……儂も協力するからして……逃げ切れや。それで良いであろうか? マルティルディよ」
 生まれて初めてマルティルディにほんの僅かながらだが、頭を下げる形を取った。
「君がそんなに殊勝な態度を取るあたりに、この事件の重大さがうかがえるよねえ……うん、そうだね、君にも協力してもらうよ、イデールマイスラ。ロメララーララーラは返事をしないように。もしかしたら六年後、ザイオンレヴィじゃなくてガルベージュス公爵を選ばせるかもしれないけれど」
「はい」
 当事者の一人なのに勝手に一人で蚊帳の外に出て行ったザイオンレヴィは、マルティルディたちに付いてきたフェルディラディエル公爵に、疑問に思ったことを尋ねていた。
「フェルディラディエル公爵、真君シュスター・ベルレーはガルベージュス公爵みたいな性格だったんですか?」
「僕もそれ聞きたいです」
 聞かれた帝国最長老は、過去を思い出しながら、六年間恋敵に認定されるザイオンレヴィに励ましの意を込めて丁寧に答えてやった。
「私がまだ遊ぶことだけが仕事だった頃、十七代(ヴィオーヴ帝)に連れられてシュスター・ベルレーと直接面識のある最後のゾーレウド(*注釈1)と会って、話をしたことがありました。ゾーレウドは私に色々な事を教えてくれました。徐々に世界を知った私は、ある日ギュネ子爵と同じ質問をキアヌ、そのゾーレウドが人間だった頃の名前です。そのキアヌに同じ質問をしたのです。それでキアヌが言うには”その質問を最初にしたのは八代皇帝の皇君だった。それ以降増えてきて、十二代を越えた頃には、私に会った誰もが聞く質問となった”と。もちろんガルベージュス公爵の部分は別人ですがね」
 八代皇帝と皇君の間に生まれた《シュスター・ベルレーの容姿》を持っていた親王大公はただ一人、九代皇帝オリバルセバド。
 帝国上級士官学校に”親睦を深める為に行われる艦隊戦シミュレーション”を導入し、六年連続単独制覇者になった軍事に長けた皇帝。
「……えっと、それはオリバルセバド帝から始まった……ということですか?」
「そうです。キアヌは最後に笑いながら”あれは皇君の血のせいじゃないか?”そう言い解放されました。というわけで、突然変異のようです。血が混じったせいであのようになったと考えるのが妥当でしょう。真君シュスター・ベルレーは、普通に伝わっている通りの御方ですよ」
 フェルディラディエル公爵が語り終えると、語った彼以外の全員がイデールマイスラを見た。

「儂は悪くないぞ! ……た、多分悪くないんじゃ……」

 説明するまでもないが、八代皇帝の夫である皇君はイデールマイスラの祖先。直系テルロバールノル王子である。

*注釈1 ゾーレウド:特殊記録用にサイボーグ化された人間。純粋な人間のため、寿命もかなり延ばすことが可能。現在(22代)は作製禁止されている。

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