君想う[063]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[114]
 学校に戻るために迎えにきたジベルボート伯爵は、
「ザイオンレヴィ!」
 ロープで吊され揺れるザイオンレヴィと遭遇することになった。
「驚いたかい? ジベルボート伯爵」
「あ、ジーディヴィフォ大公! はい……慣れてきてはいるのですが……」

 慣れては終わりだと思われる。

※ ※ ※ ※ ※


 帝国上級士官学校は始業式や終業式などはない。休みの最終日に課題を提出し、翌日からは通常の授業に戻る。
 ヨルハ公爵と共に寮に戻ってきた子爵は、
「なんで、食堂が改装されてるんだ」
 新しくなった寮の食堂を前にして嫌なものを感じ、理由を調べて頭を抱えた。
 ”ロフイライシ公爵とキルティレスディオ大公の小競り合い”
 日時からみて、なにが原因なのか? 明か過ぎ、そして確実に起こる避けられない出来事を予想して。
「久しぶりじゃな、エディルキュレセ」
「メディオン! 久しぶりだな……我との交友に関して、なにか言われなかったか?」
「ルグリラド様がご存じであったが、それだけじゃ! これからもよろしゅうな、エディルキュレセ」
「そうか。これからもよろしく、メディオン」
 握手をし二人は休みの間にあった出来事を話はじめた。
「それで、エディルキュレセはその時何をしたのじゃ!」
「その時にはなあ……」
 話はじめて少しばかりしてから、寮母の部屋近辺で轟音がした。子爵は顔を手で隠すようにして少しばかり下を向く。
「どうしたのじゃ? エディルキュレセ」
「いや……ちょっと。たぶんヴァレンとエルエデスだろうな……と……実は……」
 寮母のかつての渾名を教える。
 教えられたメディオンが子爵にかけることが出来る言葉は一つだけ
「強い奴がいたら襲いかからねばならぬ……それが宿命じゃからなあ」

 先程の轟音は子爵の予想通り、寮母とエヴェドリット双璧系同盟による「みったん戦争」で、脇で見ていた鬼執事は被害を大きくしないためにもと、早々にデルシを呼んだ。
「生まれた時からみったんと呼ばれているのだから、そろそろ諦めればいいものを」
 鬼執事フェルディラディエル公爵、彼こそが”みったん”と命名した元凶である。

※ ※ ※ ※ ※


「イヴィロディーグ。儂はマルティルディと少しは距離を縮められたと思うか? 正直に言え」
 寮に戻る途中、イデールマイスラは鉄仮面ながらも、学校にいるときよりも疲れたように見えるヒレイディシャ男爵に今回の帰省の結果を求めた。
「……失礼ながら、距離はまったく縮まらなかったかと」
 ヒレイディシャ男爵は忠臣だが、イデールマイスラの問いに正確には答えなかった。彼の本心は……

―― 距離が広がったようにしか見えませんでした……なんのアドバイスもできぬ儂をお許しください殿下

「やはりそ……」
 自覚のあったイデールマイスラが溜息を吐こうとした時、
「バーベキュー強制参加ですよ!」
 ドアが勢いよく開き、二人が乗っている移動型コロニーの責任者であるジーディヴィフォ大公が乱入してきた。
 この移動型コロニーは反重力ソーサーレース部の合宿用の設備
 『半月後、迎えに行きますから』と言っていたガルベージュス公爵がエシュゼオーン大公と共に”これ”を操縦してケシュマリスタ領にやってきた時のヒレイディシャ男爵の心境は、語る必要もないことだろう。
「バーベキューは……」
「遠慮は無用ですよ! さあ!」

 イデールマイスラとヒレイディシャ男爵の一年目の冬期休暇は《忍耐力》を育むものであった……とでも考えなければやっていられない。

※ ※ ※ ※ ※


 在校生たちが戻って来て校内が活気に溢れ、そして……
「大浴場に行きましょう!」
 日々が繰り返される。
 寮の個室には小さいながらも風呂はあるが、寮には共用の大浴場も備わっている。
「お伴させていただきます」
 ガルベージュス公爵が行くと言ったので、付き人である子爵も背中を流したり、髪を洗うのを手伝ったりするために付いて行くことに。
「いいですね! ご一緒していいですか!」
 同行希望の一人目はエシュゼオーン大公。
 大浴場は一つしかなく、もちろん風呂は混浴である。建前は何時もの如く「上級将校たるもの、異性の裸を見て邪な気持ちを持つな」であり、本音も何時もの如く「同性愛者多いから、風呂を同性分けすると余計に面倒になる」である。
「イデールマイスラも一緒にいきましょうね! 嫌とは言わせませんよ!」
 ガルベージュス公爵の輝かんばかりの笑顔を前に、
「わかった……イヴィロディーグ、付いてこい」
 交友関係を広げなければ生き延びられないことを理解しはじめたイデールマイスラが、彼にしてはあっさりと了承する。
「畏まりました」
 ヒレイディシャ男爵の隣にはメディオンもいたのだが、イデールマイスラは皇王族たちとは違い、異性同士肌を晒しあうのは良くないという考えの持ち主であったので声をかけなかった。
「リュティト伯爵も一緒にいきましょうよ!」
 だがその考えはあっさりと廃棄された。
「じゃが……儂は……」
「テルロバールノルの男性は、女性を女性として扱いすぎる傾向があるので。父にもその傾向があり、母によく注意されております。ベル公爵殿下を叱るのはガルベージュス公爵閣下に任せて、ここは私がお誘いしますよ」
 エシュゼオーンの父親は先代テルロバールノル王の実弟。彼らの思考回路はイデールマイスラと似たようなもの。
「お……おお……」
 メディオンは”助けを求めて”イデールマイスラを見たのだが、
「仕方なかろう。メディオンも来るがよい」
「畏まりました……」
 残念ながら助けてはもらえなかった。
 普段のメディオンであれば、気にせずに風呂に入るところなのだが、ガルベージュス公爵と一緒に子爵が来るということで、恥ずかしさが溢れ出し、出来れば入浴を避けたかったのだが、命じられては断ることはできない。
 入浴道具を持って大浴場に向かう途中、
「ガルベージュス公爵。皆さんでどこかへ行くのですか?」
 腰布一枚の正装姿のゾフィアーネ大公と遭遇し、
「大浴場へ行くのですよ、ゾフィアーネ大公。貴方も一緒に入りますか?」
「はい! お待ちください! 着換えてまいりますので!」
 彼は部屋に戻り、ズボンにシャツに上着にマント、剣帯に手袋にブーツを着用し、入浴道具を抱えてやって来た。
「……」
「……」
 風呂に行くのに何故着込んでくる―― ヒレイディシャ男爵と子爵は互いに視線で会話したが、皇王族たちは何時ものことらしく気にせず、メディオンはそれどころではなく、イデールマイスラは冬期休暇を共に過ごして以来、この兄弟について深く考えることを止めていた。
「あれ? シク。お風呂?」
「そうだ」
「我も一緒に行っていい? ガルベージュス公爵」
「もちろんですよ、ヨルハ公爵。他の方も誘って来て下さい。大浴場で語り合いましょう」
「じゃあクレウ誘って来る。風呂でまた!」
 ヨルハ公爵はジベルボート伯爵とザイオンレヴィ、そしてエルエデスを連れて大浴場にやってきて、服を畳むのもそこそこに浴室へと消えていった。
「まったく」
 先に着ていた子爵だが、ガルベージュス公爵が「洋服を畳んでくださいね」付き人の仕事を与えてくれたので、それをこなしている間にヨルハ公爵たちがやってきてこの有様である。
「おい、ゼフ!」
「我が畳むからいい」
「お前がいいなら構わんが」
 服を畳んだエルエデスが浴室へと消え、
「湯気が立ち上るお湯だよ! クレッシェッテンバティウ」
「蒸し風呂があるから水風呂もあるはずですよ! ザイオンレヴィ」
 風呂は35℃程度が基本のケシュマリスタの二人が、叫び声を上げる。
 風呂も国によりかなり違いがあり、様々な国の者を部下にする将校となる彼らは、それらを知っておく必要もある。その為、このような共用の浴場にも頻繁に足を運び、覚えなくてはならないのだ。
 ケシュマリスタは前述の通りの風呂で、水深も25p程度。露天風呂が多く、花びらを散らした浅い水に横たわる。
 蒸し風呂はテルロバールノルで数種類の水風呂も用意される。
 後々子爵が仕えることになる帝后はテルロバールノル王領出身で、故郷にいるときは近くの湖の水で体を洗い、故郷を出て官舎で厄介になった時もほぼ水のような風呂であった。
 帝后の故郷の惑星は支配王家と同じく蒸し風呂が主なのだが、個人宅に蒸し風呂はない。二ブロックごとに共用の蒸し風呂があり、そこで会話とともに風呂を楽しむ。
 自宅の風呂は蒸し風呂に行く前に体を洗う場所であり、彼らの認識では風呂の前に身だしなみを整える場所である。
 皇王族たちの温度設定は高めで44℃〜46℃。浴槽という概念がなく、基本大人数でシャワーを浴びるというもので個人風呂という認識は低い。シャワーが基本なのはシュスター・ベルレーが下位の軍人であった名残である。現在はもちろんシャワーだけではなく、豪華な浴室が完備されている。その基礎を作ったのはロヴィニアで、彼らの湯の温度は40℃程度で個人風呂の認識が高い。
 エヴェドリットは風呂というよりはウォータースライダーが標準装備で、設備が大がかりなのでやはり風呂と言えば共用で、家にあるのは”洗い場”くらい。

 上記の帝后が帝星で風呂に入った際、お湯の温度の高さに驚いたのはこの温度差のためである。

 脱衣所のあちらこちらにかかったヨルハ公爵の洋服を集めて畳み終え、自分の服も脱いだ子爵は、ロッカーの前で立ち尽くしているメディオンに声をかけた。
「どうした? メディオン」
 準備が随分と遅いな……女性は男性よりも準備に時間がかかることもあるのだろうと子爵は思っていたのだが、それにしても遅かった。
「いや……か、髪をまとめるバレッタ(共用の風呂に入る際は、非婚既婚関係無く髪はまとめる)を忘れてきたようじゃ……」
 バレッタを忘れたのは本当だが、脱ぐのが遅いのはそれだけではない。
「良かったら」
 子爵は入浴道具の中から一つ髪をまとめるバレッタを取り出した。
「これは?」
「我が作ったものだ」
「エディルキュレセが……あ、ありがとう! 借りる! 急いで髪を上げて入る! 待っててくれなのじゃ!」
 恥ずかしさもあるが、子爵の作ったバレッタが手元にあるという嬉しさがそれを上回った。
「ああ、待ってる」
「蒸し風呂の正しい入り方、教えてやるからな!」

 その後全員で風呂を巡り歩く。

「楽しかったですね」
「そうですね。皆さんと入ると楽しいですよね」
 共用大浴場というテーマパークを無事に回り終えた彼らは、良い顔で浴槽で寛ぐ。
「ところでギュネ子爵とジベルボート伯爵、そしてヨルハ公爵とケーリッヒリラ子爵」
 エシュゼオーン大公に名を呼ばれた男たちは、全員で顔を見合わせてから、ヨルハ公爵以外は”ばつの悪い”表情で彼女の顔を見た。
「私の胸、そんなに気になりますか?」
「……」
「……」
「……」
「うん、気になる」
 ヨルハ公爵以外は無言で下を向く。
 名を呼ばれた四名は、女性らしい胸というものを初めて見た。エヴェドリット女性の胸は大胸筋と呼ぶに相応しいか、乳房があっても合金のごとし硬さで揺れたりはしない。エルエデスの胸は後者である。
 ケシュマリスタはと言えば「胸はない方が上品」であり、イデールマイスラが「前も後ろも違いがないのじゃな」と言ったマルティルディを筆頭に、思春期前の少女の胸の膨らみで終わってしまう人が多い。

 上記の失言はイデールマイスラとマルティルディの不仲原因の一つである。それはたしかに事実だが……事実だからこそ失言なのである。

 浴室にいた三名の女性、一人は合金の如き強度を持つエルエデス。もう一人のメディオンは胸の大きさは未熟。そして子爵がいるので、恥ずかしがってタオルで隠していたので男たちは見ることはしなかった。”気にするな”と言って育てられるが、気にしている人を気遣うことくらいは出来る。
 そして最後の一人、女皇殿下の名を持つエシュゼオーン大公は、皇王族軍人らしく完全に自由であり人目に晒すことに照れがなかった。
 年齢からいってまだ胸の膨らみは少女のものだが、柔らかく動くと小さく揺れる。……普通の人間がよく目にする胸という物だが「平ら」が普通で育った彼らにとって、その胸は不思議であった。
「触らせてもらったらどうだ」
 普段ヨルハ公爵に関しては女性らしい感情を持つエルエデスだが、胸の膨らみなどに関しては無頓着。興味を持ったとしても、不快には感じない。
 エルエデスに言われたヨルハ公爵は”どうしよう”といった面持ちでエシュゼオーン大公とガルベージュス公爵を見る。
「構いませんよ。どうぞ触ってください。興味があった皆さんもどうぞ」
 ヨルハ公爵は喜んで胸を触りに行った。
 純粋に胸を触ってみたかっただけの行為で、邪心もなにもないその姿は、いっそ見事なゾンビである。
「みんな、触らないの?」
 エシュゼオーン大公の胸を触りながら、動かない三人に不思議そうに声をかけるヨルハ公爵。
「よろしいのですか? ガルベージュス公爵閣下。婚約者の胸を……」
 ここで触らねば一生膨らんだ女性の胸に触れることはできないだろうジベルボート伯爵が、未来の夫に尋ねると、
「胸は彼女個人のものですから、わたくしにはなんの力もありません。わたくしとて触れたければ、エシュゼオーン大公の許可を得てからでなければ触ることはできません。触ってもよろしいですか? エシュゼオーン大公」
「駄目です」
「そうですか。こういうことです。ジベルボート伯爵」
 あまりにも立派な態度と否定と答えに、
「じゃあ……」
 触らずには終われない状態になってしまったので、触らせてもらうことにした。
「…………ザイオンレヴィ! おっぱい素敵です!」
「良かったね、クレッシェッテンバティウ」

 子爵とザイオンレヴィは触らずに風呂から出て、互いに苦笑いを浮かべた。


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