広大な更地を見て、
「設計図と模型を作るか」
本腰を入れなければ無理だなと覚悟を決めた。
「設計用プログラムじゃあ駄目なの?」
「普通仕様の迷路ならあるが、ヴァレンの庭に作るとなると特殊仕様でもいいだろう。なにより設計用のプログラムは基本無駄を排除し、安全性を確保してからデザインを決めるから面白みがない」
「なるほど」
ヨルハ公爵の希望を聞きながら紙にペンを走らせる。
「ねえ、ヴァレン。一部緑で覆われたような迷路はどうでしょう?」
「いいな、クレウ」
「蔦か? じゃあ蔦の種類を決めて材質もそこは変えよう。あと土壌もな」
「土壌まで?」
「エヴェドリットの外庭の土壌は、植物を育てるのには向いていない。観賞用の庭は防衛の関係上室内に作るからな」
「へえ〜」
「クレウ、どんな植物がいい?」
話をしている二人の脇で、宇宙船の応急処置用ボードを切り、パーツを作りそれを置いてゆく。無造作に置いているようでありながら、形となってゆく。
「器用な男だな」
「本当ですよね。いやー凄いなあ」
エルエデスはザイオンレヴィとは違うことでも感動していた。
―― 容姿だけではなく、元来のデルヴィアルスの性質を受け継いでいるんだな。オランジェレタが普通だったら、間違いなく結婚していただろう……婚約者になれなかった所に、好感が持てるのが、なんとも……
迷宮のアイディアを出し合ったり、テニスをしてテニスコートが壊れて修復依頼を出したり、ザイオンレヴィの美しい歌に耳を傾けて、全員で二年生最初に行われる「宝探し」という名の死体探しの為の訓練をしたり、
「エルエデスの指美味しいよ。生煮えだけど」
「お前等は食うなよ! ゼフ以外は腹壊すかも知れんからな!」
料理当番になって”また”指を切り落とし煮込んでしまったエルエデスが照れながら威嚇したり、
「言われなくても食べません」
「失礼ながら食べられません」
ケシュマリスタの二人が料理その物を食べることを躊躇したり、
「ヴァレン、指だ」
「ありがと、シク。でもシクなら食べても平気じゃない? 消化能力は飛び抜けてるでしょ」
「そっちは問題ないが、労せずシセレードを食ったとなると羨ましがられるからな」
―― そっちが心配なのか、ケーリッヒリラ子爵
子爵が指を譲った残りのシチューを普通の顔で啜ったりと……エヴェドリット生活を満喫したケシュマリスタの二人は、エルエデスと共に帰ることになった。
「冬期休暇が終わったら!」
「それじゃあまた! ヴァレン」
「お邪魔しました! ヨルハ公爵」
「エルエデス、気を付けて帰ってね!」
「言われなくても、ゼフ」
二人に見送られて旅立った三人はすぐに、予定していなかった相手と合流することになった。
『帝星まで一緒に行って良いかな?』
「マーダドリシャ侯爵閣下」
その相手とはマーダドリシャ侯爵。
エルエデスが領内を移動するとなると、細心の注意を払う必要がある。
『そんな他人行儀な呼び方しなくていいよ、ギュネ子爵。私のことはトストスと』
「いえ……あの……」
『ちなみに君のことはなんて呼べばいいかな? ギュネ子爵。そう言えば君、名前略していないよね。私が年長者として名前を略してあげよう。そうだねえ……』
「なんで貴様が帝星に?」
やたらと嬉しそうなマーダドリシャ侯爵に、エルエデスは”あまり動くと問題になるぞ”と言外に語りかける。
『バベィラ様がキルティレスディオ大公に喧嘩を売りにいったので迎えに行こうとおもって。ちなみに私はキシャーレン王子を王城に送ってきたところ』
「……あの話、本当なのか」
『もちろん』
「……」
エルエデスはエヴェドリット王国内にいる時がもっとも危険である。王国内であればシセレード公爵家は強行に出られる。皮肉でもなんでもない、古来から言われていることだが敵の敵は味方状態で、エルエデスはバーローズ公爵領内にいる間は、兄に殺害されることはない。だがバーローズ公爵領だけを通って帝星に戻ることはできない。
帝国領に繋がる空間は全て王国領と繋がっている。
「……」
それ故にバーローズ公爵領を出てシセレード公爵領でもない王国領を通過する。
ここを安全に通過するためにジベルボート伯爵とザイオンレヴィと共にやってきたと言ってもいい。ケシュマリスタの二人もその事は承知していた。
マーダドリシャ侯爵も固まって移動しているが、それでも危うかった……のだが、
「艦隊ですね」
「本当だ? エヴェドリット王国軍じゃないよね」
「違うでしょう、ザイオンレヴィ」
「普通に軍隊がいて、知ってはいるけれどびっくりするなあ」
「ですよね……それで何家でしょうね」
エヴェドリット軍の紋様はないが、かなり赤が多用されている高位の爵位を持っていることが一目でわかる軍隊。
マーダドリシャ侯爵は部下たちに気付かれぬように胸元に指をかけて、気持ち着衣をひっぱり息を吐き出した。
実は彼、エルエデスの兄リスリデスが外出していると聞き、急いで迎えにやってきたのだ。エヴェドリットの外出はほぼ艦隊編成。
最近ではエルエデスを殺害を許可しない父親にまで不満を募らせ始めたらしいリスリデスの外出となれば、どれほど注意深くても足りないことはない。
―― ああ良かった。エヴェドリットを止められるのはエヴェドリットだけだからな……ソーホスとヒネッセなら
戦艦名と所属を確認して、マーダドリシャ侯爵は無事に帝星まで辿り着けることに安堵した。軍人としてはマーダドリシャ侯爵の方が巧みだが、単身でリスリデスが戦艦に乗り込んできたら勝ち目はない。艦隊戦をしているつもりなのに、気付けば白兵戦になっていることも、帝国対エヴェドリットでは珍しくはないのだ。
なにより戦争というのは戦争をしてくれる相手だから戦争ができるのであって、戦争を仕掛けたら別の相手に簒奪を仕掛けてしまうような相手では、戦争のしようがない。仕掛けた相手が自分の方を向いてくれるとは限らない。それがエヴェドリット。
そして彼らの前に現れた艦隊は、ソーホス侯爵とヒネッセ伯爵。どちらもエヴェドリットで育った貴族。片親が皇王族なので、マーダドリシャ侯爵のことも見捨てはしない。
安堵しているマーダドリシャ侯爵と、
「デルヴィアルス公爵家だ。正確にはデルヴィアルス公爵家の跡取りオランジェレタと、弟ノースラダスタだ」
ケシュマリスタの二人に”誰なのか?”と聞かれたエルエデス。
「……」
「えっと……エルエデスさんは会ったことあるんですか?」
エルエデスの答えに二人は顔を見合わせた。
オランジェレタとノースラダスタは知らないが、デルヴィアルス公爵家は子爵の父方の親戚。
「それはな。デルヴィアルス公爵家は、エヴェドリット国内では有名だ。エンディラン侯爵の実家ウリピネノルフォルダル公爵がケシュマリスタでは名門だが、エヴェドリットでは知名度がないのとは同じようなものだろう。あと跡取りのオランジェレタは我と同い年だから、何度か会っている」
「へえ」
「あまりシクの前では話しませんでしたね」
「ケーリッヒリラも我とオランジェレタが知り合いなのは知っているが……まったく知らないお前等の前で、内輪の話をしていたらおかしいだろう。ゼフも知っているはずだ」
常識のあるエヴェドリットの三人は、決して内輪ネタだけで盛り上がったりはしない。
『君たちどうしたんだい?』
マーダドリシャ侯爵が声をかけると、彼の艦隊とエルエデスたちがいる艦隊の通信が開かれて、
<やほー>
ソーホス侯爵オランジェレタと、
<やほーやほー>
ヒネッセ伯爵ノースラダスタが、
<やっほー>
<やほやほー>
並んで親指を立てた片手を前に出し、ウィンクして現れた。
あまりの登場に、
「エルエデスさん?」
ジベルボート伯爵が”いとこ?”と不審をあからさまにして尋ねる。
「信じられないだろうが、あいつらはケーリッヒリラの親戚だ」
エルエデスにしてみれば子爵のほうが余程”いとこ?”だったのだが、彼女は初対面のとき表情には出さなかった。
「やっぱりシクって突然変異なんでしょうかね? ザイオンレヴィ」
「さあ……お母さんに似ているってことなのかなあ……」
―― フレディルとも似ていないが……面倒だから黙っておくか
<オルタフォルゼから話を聞いてやってきたんですぅ>
「どういうことだ?」
<ジベルボート伯爵、エディルキュレセの恥ずかしい過去を知りたかったんでしょ。オルタフォルゼが答えられなかったから、我等姉弟になにかあったら語ってきてくれ! って頼まれたから来たの>
「恥ずかしい過去じゃなくて、過去の失敗ですよ。酷くないところでお願いします」
下らない話をしながら艦隊は最高速度でつき進む。
デルヴィアルス公爵家の二人はジベルボート伯爵に話をしに来た、という体裁を取り護衛を開始したのだ。
<ほんと、あいつは失敗しないんだよ>
<ごめんな>
「シクらしいいと言えば、シクらしいですね」
「本当にそうだね」
<あいつ我が家によく遊びにくるんだが、まったく失敗しないんだ>
<失敗するような遊びはしないからねー姉さんと違って>
<うるせぇ、弟>
ヨルハ公爵とエルエデスが見せる、他者から見たら殺し合いの勢いで突っ込みあう姉弟を眺めながら、ケシュマリスタの二人はとにかく話しをした。
画面越しにも通じる思いと、計器が拾った「外出中のリスリデス」
”帝国領に入るまで! 帝国領に入るまで!”全員がそう唱える。
<安心しなよ>
<そうだよ、安心しなよぅ。我等は脱出屋だぞ>
<こうみえても、結構実力はあるんだよ>
<エディルキュレセほど冷静じゃないから怪しいけどな>
<それを言っちゃ駄目だろ、姉さん>
艦数ではリスリデスに劣るが、デルヴィアルス公爵家の二人は余裕を見せていた。実際のところ、リスリデスに攻め込まれたら勝ち目はなく逃がしきれない。だからといって挑発するほどの艦隊を率いて動くのは逆に戦闘を産む。
だが過去の名声というものはこういう時に効力を発揮するもので、わざと僅かな戦艦を率いてやってきた二人を前にリスリデスは躊躇った。
攻める時は一気に勝ちをとらねば、彼リスリデスも後はないのだ。
ザイオンレヴィは初めての駆け引きに圧倒されながら、画面に映し出されているオランジェレタ凝視していた。
<エディルキュレセは我の婚約者候補だ>
「ええ!」
「驚くことか? ギュネ。ケーリッヒリラはあれでも大貴族の一員だぞ」
―― エルエデスさん”あれでも”って……
「シク、そんなこと言わないし」
ちなみにジベルボート伯爵は貴族の当主だが、婚約者はいない。彼の婚約者は直属の主であるカロラティアン伯爵が決めると宣言しているのだが、中々良い娘がおらず決めかねていた。
カロラティアン伯爵はジベルボート伯爵の妻選びは慎重だった。下手な女を選んで、自分の母親や妃(予定)とぶつかるようなことがあったら、仕事に支障をきたすからだ。
だがある程度ぶつかれるような女でなければ、潰されてしまう……ということで、様々な娘を吟味しており、ジベルボート伯爵は婚約者なしのまま過ごすことになっていた。
婚約者がいないことはジベルボート伯爵にとって『最高の幸せ』であった。例えそのせいで「カロラティアンの稚児」と呼ばれようとも、独り身の開放感の前にはなんの苦でもなかった。
”僕、美少年ですから!”もちろん、持ち前の性格も大きい。
さてオランジェレタが子爵のことを婚約者候補と言ったのだが、隣にいた弟が高い位置から拳を振り下ろして否定する。
<姉さん。婚約者候補だった、って過去形だろ>
<細かいこと言うなよぅ……あ、もう王国領終わりだ。残念>
<エルエデス、またね!>
二人は王国領ギリギリの所で止まり、四人を見送った。
<スリルあったね、姉さん>
<そうだな……おや? エディルキュレセから連絡? 珍しいな>
帝国領に入り通信が切れてから、語る必要もない婚約しなかった理由を三人は噛み締めた。
「お前等が見て分かっただろう? どうしてケーリッヒリラが婚約者にならなかったのか。こればかりは強制できないからな」
オランジェレタは幼児体で成長が止まるタイプで、彼女の見た目は六歳ほどで止まっている。もちろん女性機能などは正常に機能しているので結婚はでき、公爵家を継ぐことができるくらいに強くもある。
通常であれば貴族が婚姻を断る理由に「容姿」は認められないのだが、見た目幼女と性交渉ができないのは認められている。
「シク、常識人ですからね」
見た目ではなく性格だ……とは言うが、性格が良くても見た目が幼女な成人に躊躇いなく勃起するのは若干どころではなく問題であろう。
デルヴィアルス公爵家を支えるに適している子爵が、幼女タイプのオランジェレタの婚約者ではないところにエルエデスは好感を持ったのだ。
エルエデス、幼児を殺害するのに良心の呵責も何も無いが、幼児を性の対象とする奴は嫌いである。
「そうだろうね、クレッシェッテンバティウ。ダメな人は本当にダメらしいから」
子爵の性格を理解している両親は、こればかりは強制しなかった。
デルヴィアルス公爵はナザールによく似た子爵を婿にできないことを残念がったが、ここは子爵の両親が譲らなかった。
「本当にシクって常識人ですよね。もちろん幼女体なソーホス侯爵と結婚する人が常識ないとは言いませんが」
若干異常性欲ではあるけれども――
「ヒネッセ伯爵は普通サイズ型で良かったね」
領民の前には弟のノースラダスタが出ることになる。
ともかく無事に帝国領に入り、二人はケシュマリスタの旅船に乗り換えて、
「それでは! エルエデスさん!」
「また!」
王国へと帰っていった。
『エルエデスも名前を略して……』
「バーローズ縁者に名前を略される覚えはない」
その後エルエデスとマーダドリシャ侯爵は大宮殿へと入り、デルシの元へと向かった。そこには大暴れし、皇帝の命令によりデルシの監督下に置かれているバベィラとキルティレスディオ大公が居た。
「事務局長みったん! お久しぶり! あ、今は寮母みったんですっけ?」
「お前か! トゥロエ!」
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