君想う[060]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[111]
 ヨルハ公爵邸に向かう途中の惑星で、花が咲いた海をヨルハ公爵が大喜びで泳ぎ回り、
「元気がいいゾンビだな」
 同じく泳いでいたエルエデスが、その姿をいつも通り複雑な気持ちで眺め呟いた。
 海のヨルハ公爵は知人が見ても水死体と誤認する。
「エルエデスさん。ゾンビってなんですか?」
「貴様はゾンビを知らないのか、ジベルボート……知らんでもいい」
 子爵は船の舵を取りながら、やはり泳ぐ水死体ことヨルハ公爵と、一面に広がる花を見下ろしていた。
 そんな寄り道をし、途中で合流した無人の輸送船団とともに一日遅れでヨルハ公爵邸に着陸した。
 ヨルハ公爵邸は長方形の箱が何個も連なっている状態。
「基礎だけなんですね」
「そう、基礎だけ」
 ケシュマリスタ貴族の廃墟風の邸とは違い、エヴェドリットの邸は要塞と言われる。だが今彼らの前の前にある建物は、ただの箱。
「交戦している途中で邸も壊したんだよ」
「邪魔だからな」
 攻撃用の武器や守備用のシステムなどは開発が行われ、新機種が出れば当然取り替える。その取り替えることができるように、エヴェドリットの邸は箱のような基礎が連なっている状態で、武器を装着して初めて要塞と呼ばれる邸となる。
「息苦しくないですか?」
 窓ひとつない建物を見上げてザイオンレヴィが尋ねる。壊れ開放感のある邸や王城で育ったザイオンレヴィの目には、窓一つ無い建物は異様に映った。
「邸だと思うから気になるんだ、ギュネ子爵。戦艦だと思ってくれれば」
 子爵の説明にザイオンレヴィは”うんうん”と頷く。
 ヨルハ公爵が一族皆殺しにより家督を奪ったのは約二年前。その際邸は九割が壊れ、その後バーローズ公爵家が調査し死体回収を行い、邸を掃除、修復をし終えた頃にはヨルハ公爵は上級士官学校に入学していた。
 どれ程の規模の戦闘であったか? 多くを語る必要は無い破壊ぶりである。
「家具の運び込み!」
 やっと修理が終わったので、なにもない家に家具を運び込むこむ。
 無人の輸送船団は、すべて発注しておいた家具。寮でヨルハ公爵がエルエデスと共に選んだものである。
 もちろん兵器も持ち込んではいるが、まずは家具を運び込み、客人を泊められる客室を作らなくてはならない。
 全員で家具を邸に運び込み、客間と応接室と調理室に、死体菓子作成工房が無事にできあがった。
 邸の大きさからすると焼け石に水程度の家具搬入だが、二人が冬期休暇を過ごすには充分。五人でここまでやって来たのだが、子爵とヨルハ公爵以外は途中で帰る。
 ケシュマリスタの二人は故郷であるケシュマリスタ王国へ戻らなくてはならない。ジベルボート伯爵はマルティルディに挨拶したあと、カロラティアン伯爵の元へ。

―― オヅレチーヴァ様にもご挨拶しないと! ――

 ザイオンレヴィはマルティルディに挨拶した後、実家に戻るつもりであったが……彼は知らないが、ジーディヴィフォ大公率いる反重力ソーサーレース部がケシュマリスタで合宿を張っているので……。
 エルエデスは家同士の確執もあるので、ケシュマリスタの二人が帰国するのと一緒にヨルハ公爵邸を発ち、大宮殿のデルシの元へと身を寄せることになっていた。
 そのエルエデスだが、ヨルハ公爵相手に何時もの事ながら怒鳴りつけていた。
「だから、こっちだ!」
「ぜったいこっちがいいって!」
 家具の運び込みはほぼ終わり、残すは当主の部屋。
 ヨルハ公爵家は帝国でも名の知られた大貴族。当主の部屋ともなれば、贅を尽くして当然。大貴族らしい執務机に、無駄な小さなテーブルに、大きな花瓶やら、サイドボードに銘品を並べたり。
「端末一つあれば仕事できるのにね」
 邸の修復中、近くの小さな館で端末一つで仕事をしながら試験勉強をしていたヨルハ公爵が『最低でも貴族当主の部屋に用意しておかなければならない品目』を見ながら、ロヴィニアめいたことを言う。
「確かにそうだがな」
「ベッド持って来ましたよ! ヴァレン」
「ありがとう! クレウ、シク!」
 大貴族のベッドともなれば豪華で大きく、寝室を我が物顔で陣取る。ヨルハ公爵が新調したベッドもそうであった。
「それで、どこに置けばいいんですか? ヴァレン」
 初めての引っ越し作業を楽しんでいたジベルボート伯爵が”もっと家具を飾りたかったですね”と子爵と話をしながら運んできたベッドを持ったまま尋ねる。
「東側の壁にくっつけて」
 ヨルハ公爵がそう言ったのだが、
「防衛の面から考えたら西側だろ?」
 エルエデスは西側を譲らない。
「ええー東側がいい」
「西側だ」
 ヨルハ公爵とエルエデスの意見が食い違い、ジベルボート伯爵と子爵はベッドを持ったまましばし立ち尽くしていた。
 言い争う二人の会話を聞いていた子爵は、寮にいるときからこのベッドの配置で二人が争っていたらしいことを知った。
 その両者の言い分、子爵もよく分かるので、どちらに加勢することもできない。ジベルボート伯爵も、軍人なので子爵と同じく『どっちも良い案ですよね』と互いが歩み寄るのを待っていた。
 だがただ一人、軍人らしく育っていないザイオンレヴィは、普通の打開策を提案した。
「じゃあ、お二人で寝てみたらどうですか?」
「は?」
「ああ?」
「寝て確認してみればいいじゃないですか。ベッド大きいですから、二人一緒に寝ればいいかと」
 九歳までマルティルディに添い寝していたザイオンレヴィに悪気はなかった。
「それは……」
 子爵はジベルボート伯爵と共にベッドを床に降ろして、驚きのあまり硬直してしまったエルエデスとヨルハ公爵の代わりに否定する。
「駄目なんですか? 良い案だと思ったんですけれど。悩むよりも一度寝て、結果を確認したほうが」
 ”ぼけ”も過ぎると”すっぱり”してしまうらしい。
「ザイオンレヴィ。思い出してください。ザイオンレヴィがマルティルディ様の添い寝ができなくなったのは、両者が大人になったからですよ。ヴァレンとエルエデスさんは、ザイオンレヴィよりも年上ですよ」
「……ああ! そうか。でも、それが両者もっとも納得出来ると思うんだけどなあ」

 そんな悪気のないザイオンレヴィの提案により、

「……」
「……」
 ヨルハ公爵とエルエデスはベッドに一緒に寝ることになった。
 提案された際、どちらかが引けば良かったのだが、防衛的な面では引けなかった二人は、ならば実際に良さを相手に伝えるために! と、提案を受け入れた。
 大貴族の当主のベッドなので、広さは充分で端と端に体を横たえれば、間に軽く五人は寝られるが、

―― それでは意識していると言っているも同然

 エルエデスが”善し”とせず、二人で中心に寝ることになった。
 両者とも天井を見たまま目を閉じるわけでもなく、動くわけでもなく、静まり返った部屋で時が流れるのが、遅いような早いような不思議な感覚で過ごす。
 幸いというべきか、救いようがないというべきか、三人はからかったりすることはなく、変に勘ぐるような真似もしなかった。
 ”寝室の何処で休むか? は大事なポイントですからね”
 襲撃されるようなことはないジベルボート伯爵だが、主の休息を守るための訓練を受けているので、どこにベッドを置くのか? を悩むことは当然のことだと納得。
 子爵も同じようなもので、
”熟考するのは良いんじゃないか? 一応ヴァレンとエルエデスは対立している家同士だから、意見を交わすのは良いことだろう。ちなみに我が推すのは北東。そうだ、もっとも脱出し易い。だからそこは除外したらどうだ? ヴァレンは戦わずに逃げたりはしないだろう?”
 誠実に答えた。
「エルエデス」
「なんだ、ゼフ」
「……」
「……」
 話そうにも話せず、話がないのなら話しかけるなとも言えず。二人は翌朝まで身じろぎ一つせず朝を迎える。
「朝だな」
 外気温の上昇を感じ取りエルエデスが起き上がった。
「そうだね、エルエデス」
「今日の夜は西側を試すか」
「あ、うん」

 ベッドの置き場所は防衛にも逃走にも向かない中心に置かれることになる。

※ ※ ※ ※ ※


「シクー!」
「どうした? ヴァレン」
「庭に迷路作ってくれないか!」
 建物を思い思いの兵器で武装させていると、ヨルハ公爵が”向こう側”を指さしながら、突然子爵に頼んできた。
「向こう側に空き地でもあるのか?」
 惑星一つ丸ごと邸のため具体的に”どこを”指さしたのかは分からないので、子爵は安請け合いしなかった。
「うん! 庭にするべきところなんだけど、ただの庭だと面白くないから。大宮殿地下迷宮みたいなのを作って欲しい」
 大宮殿の地下には、四王国と皇家の五つの区画に分かれ独立している巨大迷宮がある。一応は脱出経路なのだが、
「大宮殿のエヴェドリット迷路は脱出経路じゃなくて、人を追い込んで殺すような仕組みなんだって!」
 ヨルハ公爵は手を”ぐるんぐるん”振り回し興奮ながら、エルエデスは”そういう物もあったな”と、至極冷静に。
「脱出経路を使って逃げるようなエヴェドリットは要らんからな。大宮殿正面突破できないのなら死ねばいい」
 エヴェドリットでは存在も意義もなにもかもが《違って》いた。
「脱出ってことは、シクのお父さまの実家が?」
「大宮殿のエヴェドリット地下迷宮は、デルヴィアルス家が指揮を執ったそうだ」
「格好良いですね!」
 ジベルボート伯爵に尊敬の眼差しで見つめられた子爵は、少しばかり視線を逸らして、言う必要もない事実を教える。
「逃げるのは不可能に近い、脱出用経路としては使い物にならん迷路だ。それどころか、外部からもっとも入りやすく、それを獲物にするとか……聞いた」
 人狩り名人たちの本領発揮といったところ。
「大丈夫だよ、ケーリッヒリラ子爵。さすがの僕でもエヴェドリットが普通の脱出経路を作ったなんて思わないから、誰も考えもしないと思うよ」
 ザイオンレヴィのもっとも過ぎる返事に、
「まあな」
 やはり苦笑いして答えるしかできなかった。


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