君想う[059]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[110]
「サズラニックス。こっちがクレウで、こっちがギュネ子爵だよ」
「キィーキィーギィィィィ!」
「言ってることわかるんですか? ヴァレン」
「解らないけれども、ギュネ子爵のこと気に入ったみたいだ」
「顔が気に入ったようだな」
「……エルエデスさん、それは……この顔を見て気に入ったということは……」
「そういうことだ。その顔の宿命だろ」

 サズラニックスと交流を深めたり、

「ネーサリーウス子爵。シク……じゃなくて、ケーリッヒリラ子爵の子どもの頃の失敗談なんかあったら教えて欲しいんですが?」
「なにを聞いているんだ? クレウ」
「残念ながら、面白く語れるような失敗談はない。期待に添えないで悪い……のはお前だな、エディルキュレセ」
「へえーやっぱりそうなんですか」
 子爵は昔から子爵なのだと、オルタフォルゼと話をしたりして楽しんだ。

 夕食前にオルタフォルゼは帰途につき、五人は特別室へと向かった。
「食事をするスペースではないが」
 五人が通されたのは緑豊かな中庭。
「防衛用の武器が見えない」
「緑だけだ」
 普通エヴェドリットは庭で食事を楽しむようなことはしないのだが、バベィラは「噂」をこの目で見てみたいと特別に庭を用意させたのだ。
 テーブルにははっきりと解る二種類の《食料》エヴェドリットは大量の料理、ケシュマリスタは花に水に木の実に蜂蜜。
「うわああ! ザイオンレヴィ、久しぶりに慣れた食事ですよ!」
「やった!」
「ゼフが校外でまで無理させたくないと言ったのでな。気に入ってくれたか? ケシュマリスタの」
「はい! ロフイライシ公爵、マーダドリシャ侯爵ありがとうございます」
「ヴァレン、ありがとう!」
 二人は手を握り絞め飛び上がりながら、久しぶりの「食べ慣れた」食事に歓声を上げる。
 エヴェドリットからすると腹の足しにもならなさそうな食事だが、見ている分には目の保養になる。二人とも料理ではなく、この採ってきた食料を啄むように食べる姿が正に絵になるのだ。
 色とりどりの小さな花を両手で持ち口元へと運び、その色のない唇で”ぱくり”と食べるザイオンレヴィの姿、蜂蜜を少しだけスプーンですくい、舌で軽く触れて味を楽しむジベルボート伯爵。
 かつて人間が観賞用に飼っていた人造人間であることが良く解る―― そう思わせる食事風景であった。
「ところでギュネ子爵」
「はい、ロフイライシ公爵閣下」
「お前は花を枯らす力を持っていると聞いた」
 ザイオンレヴィは《枯死》という力を持っている。
 歌で草木を急速に枯らしてしまうことのできる力だが、それは途中で止めると美しい世界を作り出せる。
「持っています」
「庭に蕾の花を用意しておいた。我にその力を見せてくれないか? もちろん俗に言う”神の通った跡”で止めてくれ」
「畏まりました」
 ザイオンレヴィは水差しとグラスを持って緑の中へと進み、歌う場所を選ぶ。
 すでに空は暗く、庭の花はまだ固い蕾だらけで明日の陽射しを浴びても、まだ開きそうにはない。だがザイオンレヴィはこれらを開かせることができる。
 美しい生物が美しい歌声を植物に聞かせると、それに反応して花々が咲き誇り、緑が成長する。
 見た目は非常に幻想的だが、理論的には植物の生長サイクルを早めているだけ。
「殺傷能力はないのか? ロフイライシ」
 もとは暗殺用に作られたもので、歌い花を咲かせて喜ばせながら、聞いている相手の内臓をも急激な速度で老化させ一晩のうちに老衰で殺す。
 篭の中の美しい人造人間が、そんな力を持っているなど知らず。歌っていた人造人間自身知らなかったこと。
 両方の能力を持ち合わせていれば暗殺に使えたが、人間を老化させるのと、植物を枯死させるのは別々の波長が必要で、片方しか持ち合わせない者も多かった。
 殺傷能力がない方は、本当の観賞用として売られた ―― そのような過去がある。
「ない。完全観賞用だ。たとえ所持していたとしても、我等には通じぬからな」
「そうだが」
 ザイオンレヴィは歌う場所を決め、コップに水を注ぎ一口飲んで、足元にそれらを置き、特別な動きなどはとらず、話すのと同じように歌い出す。夜空の下地上に現れた月のようなザイオンレヴィ。
 聞き覚えのある歌が蕾を包み込み、花が目覚め生き急ぐ。
「すごいなあ……」
 大地の養分を吸い上げ必死に開こうとする。そして十分もしない間に、緑の庭は色とりどりの花で溢れかえった。
 全ての花が開き大地を飾る。その俗称が”神の通った跡”
「……この辺りがもっとも美しいので終わります」
 ザイオンレヴィは花の状態を見て歌を中断した。
「花はこれ以上成長させずに歌を続けろ。いい声だ。さすがケシュマリスタ王国声楽隊隊長になるはずだった男」
 バベィラが頬杖を付き花に囲まれて佇むザイオンレヴィを見ながら、歌を楽しむ。
「本当にザイオンレヴィって見た目と歌声が合ってるんですよね。とくに夜に歌うと容姿が幻想的で」
 昼間に歌えば幸福が訪れそうな容姿をしながら、ひどい音痴のジベルボート伯爵が言う。

―― クレウはなあ……

※ ※ ※ ※ ※


「サズラニックスのことよろしくお願いします。バベィラ様」
「任せておけ、ゼフ」
 エルエデスとバベィラをずっと同じ場所に留めておくのは、色々な面で良くはないので到着した翌日、五人はヨルハ公爵の領地へと出発する。
「お世話になりました、ロフイライシ公爵閣下」
「お前とはまた会うこともあるだろう、ジベルボート伯爵」
「お世話になりました、ロフイライシ公爵閣下」
「お前にはまた歌ってもらいたいものだ、ギュネ子爵」
「失礼いたします、ロフイライシ公爵閣下」
「お前はどのエヴェドリットの部下にもなるなよ、ケーリッヒリラ子爵。お前は我がゼフの友人であればよい。主は他属にするが良い」
 そして最後にバベィラとエルエデスが無言で握手……だったのだが、バベィラがエルエデスの耳元で囁いた。

(我は弱いイルギは嫌いだが、音痴な天使はもっと嫌いだ。あの男に早急に天使の音痴を治させろ)
 バベィラはザイオンレヴィが歌い終えてから、こともあろうにジベルボート伯爵にも歌を歌わせてしまったのだ。
 ”音痴なんです!”という同級生たちの言葉を彼女は信用しなかった。「ケシュマリスタにしては歌が下手だというだけだろう」と。それはかつて子爵やヨルハ公爵、エルエデスも通った道。バベィラよりもケシュマリスタに接する回数が多かったマーダドリシャ侯爵も、バベィラと同意見で……ケシュマリスタの音痴は見た目のダメージが大き過ぎた。
(あまり期待するな。たしかにあの顔と声で、あの音痴は残念極まりないが)

 挨拶なのかどうなのか? といった会話を交わし、最後にマーダドリシャ侯爵がまとめてくれた。
「最後に私から一言。今の寮母のキルティレスディオ大公ミーヒアス閣下。私が在籍していた頃は事務局長で、経費で酒買って騒ぎになったんだけれども」
 酒で身を滅ぼしている男は、大体のことはしている。
「あの富豪が、どうして経費で酒を買う?」
 バベィラが呆れたようにマーダドリシャ侯爵に尋ねる。
「皇帝陛下が禁酒を命じて、資産で酒を購入できないようにしたので経費で。寮内に酒の自販機があるので上手くいったようです」
「頭はいいからな、あの大公」
 酒に関しては特に冴える。
「そのキルティレスディオ大公ミーヒアス閣下のことだけど、私たちは当時名前を略して読んでいて、大公閣下にも略称付けたんだよね。”みったん”って。在学生みんなで”事務局長みったん”って呼んでいたんだ。もしも良かったら呼んでみると良いよ。本気で銃もって追っかけてきてくれるから」

―― なんでそんな絶望チキンレースをせねばならぬのですか、マーダドリシャ侯

「へえー。トストスも呼んで追いかけられたの?」
「うん。あの人強いよ。”みったん”って呼んだ生徒の三割は病院送りにしてたから」
 子爵は間違っても寮母を「みったん」呼ばわりしないことを心に決め、見送られて飛び立った。

「”みったん”のこと、本当だと思うか? ゼフ」
「どうだろうね? エルエデス。寮に戻って呼んでみたら解るんじゃないかな」
「そうだな、呼んでみるか」
 艦内で楽しそうにそんな話をしている二人の会話に、子爵は自分がエヴェドリットとして間違っていることを重々理解しながら、当然背を向けていた。

 子爵たちが乗っている宇宙船が見えなくなってから、バベィラが食えない夫に尋ねる。
「病院送り、三割とは本当か?」
「嘘です。本当は六割超ですけれども、そんなこと言ったらゼフ、領地に戻らないで寮に引き返しちゃうじゃないですか」
「確かに。それで、全生徒が呼んで六割か?」
「そうです。あの人、本当に強いんで……って、バベィラ様、どちらへ!」

 ロフイライシ公爵バベィラ=バベラ。彼女は強い男がなによりも好きである。

※ ※ ※ ※ ※


 ヨルハ公爵領の中心、ヨルハ公爵邸のある惑星には現在誰一人として住んでいない。
「全員殺しちゃった」
「さすがゼフ」
 ”そこは褒めなきゃ駄目なのかな?”と、ケシュマリスタの二人は事も無げに行っているヨルハ公爵の上機嫌な横顔を見つめる。
「ヴァレン。他属が返事に困るぞ」
「あーごめん。気にしないでね、クレウ。ギュネ子爵」
 気にはしなくても返事に詰まるのはどうしようもない。
「ところでギュネ」
「はい、エルエデスさん」
「お前が”神の通った跡”を作れるとは知らなかった。学内の履歴には書いていないが、理由でもあるのか?」
「戦争に必要ない特殊能力なので……書いた方がいいですかね?」
「記載しておくべきだ。歌うのが嫌いだというのなら別だが」
「嫌いじゃないです。でも本当に有り触れた能力なので」
「ケシュマリスタじゃあ良くある力なのか? ギュネ子爵」
 正面から破壊する戦闘能力を求めたエヴェドリットは、隠れて行われる暗殺などを必要とはしなかったので”神の通った跡”を作れる能力者は皆無といっても良い。
「結構いるよ……ね? クレッシェッテンバティウ」
 子爵に改めて聞かれ、ザイオンレヴィは驚きながらジベルボート伯爵に同意を求める。
「ケシュマリスタにはかなり居ますよ。もちろんザイオンレヴィほど力を操れる人は稀ですが」
「え、そうなの?」
「知らなかったんですか? ザイオンレヴィ。普通は地面に生えているしか咲かせることができないんですよ。ザイオンレヴィみたいに、目覚めの花を用意できるのは珍しいんですから」
「へえ。そりゃ知らなかった」
 エヴェドリットの三人にはジベルボート伯爵の言葉の意味が解らなかったが、それ以上に、
「ギュネ」
「はい、エルエデスさん」
「自分の能力くらい完璧に把握しろ」
 様々なことに無頓着すぎるザイオンレヴィにエルエデスが腹を立てて、頭髪を毟るように掴み持ち上げる。
「ひぃぃ……済みません」
 エルエデスもマルティルディのお気に入りをいたぶるのは賢くないことは解っているので、すぐに手を離しジベルボート伯爵に今の会話の説明をさせた。
 エルエデスにとって「ぼけ具合」は似たような二人だが、会話するなら外交用に育てられたジベルボート伯爵のほうがマシであった。
 ジベルボート伯爵の説明によると《枯死》を操るのにも幾つかの段階があり、ザイオンレヴィは最上位に位置する。
「マルティルディ様が通る時、お花を撒くのはご存じでしょうが、あの花はすべて歌により咲かせたものです。自然に咲いたものは一つもありません」
 王族ならば他属でも知っているが、貴族となるとそうでもない。
「権力の象徴というやつか」
「そうなりますね。それでほとんどの歌い手は、昨日バベィラ様が用意したように、地面に植えていないと咲かないのですけれども、ザイオンレヴィは蕾で摘み取られた花でも開かせることが出来るんです。おまけに”時差”も付けることができます」
「狙った時間に花を咲かせることが出来ると?」
「そうです。だからマルティルディ様の寝所に夜、蕾を撒いてザイオンレヴィが歌って眠ると朝には花が開いているんです。まさに”エターナの神が降りた寝室”ですよ」
 この無害な《枯死》はエターナ・ケシュマリスタが持っていた力で、彼はよく寝室で花を咲かせていたとされている。
 ただ帝国では”神”は皇帝を表すため”エターナの神が降りた寝室”という言葉は、別の意味を持っている。
 一般階級でも「シュスター・ベルレーは姉で后にしたロターヌよりも、弟で王となったエターナの方が好きだった」と言われているくらいなのだから”エターナの神が降りた寝室”という言葉を知る階級にとって、それは明かであった。
「幻想的だねえ、クレウ」
 だがそれら生々しい過去を知っていたとしても、幻想的であると言える。
「ええ、とっても。でも僕が見て驚いたのは海一面に蕾を浮かばせて、ザイオンレヴィが歌うと海の色が変わって行く様でした。本当に凄いんですよ! ヴァレン」
「我も見たい! 見たい! 見せてくれないか? ギュネ子爵」
「はい。花さえあればいつでも」
「やった! 途中の惑星で用意させておく! 連絡してくる!」
「僕も一緒に。花の種類とか教えますよ! ヴァレン」
 喜んでいるヨルハ公爵を前に、ザイオンレヴィは少しばかり嬉しかった。優れているとはいえ、ケシュマリスタでは珍しい能力ではないので、こんなに喜ばれることは滅多にない。
「すごいな、ギュネ子爵」
「そうかい? そう言ってもらえると嬉しいよ、ケーリッヒリラ子爵」


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